383手目 味噌ラーメン
というわけで、すすきのにあるラーメン横丁をぐるり。
各自、なにを食べたいか相談して、一番合いそうなお店を選んだ。おしゃれってわけじゃないけど、いかにも老舗って感じのところだった。奥にある、4人がけのテーブルへ腰をおろす。
私は味噌ラーメンを注文。S幌といえば、やっぱりこれでしょ。大谷さんも、同じものを頼んだ。ララさんは味噌がダメっぽくて、塩ラーメンにしていた。
全然待たされなかった。麺を綺麗に盛り付けて、コーンをトッピングしてある。私は箸を割って、いただきます。まずはスープを──うん、すごくいい味加減。東京のラーメンは、西日本出身の私には、ちょっと塩辛いんだけど、ここのはそんなことなかった。
で、肝心の火村さんなんだけど──
「火村さん、ほんとに食べなくていいの?」
私が尋ねると、お冷を飲んでいた火村さんは、手をとめた。
「あたしが食事しないの、知ってるでしょ」
いや、そういうことじゃなくてですね。自分が食べないのに、なんでラーメン横丁に行きたがったのか、って話ですよ。私はそっちを率直に尋ねた。
「あたしが言い出さないと、行きにくいかなあ、と思って」
なるほど、火村さんは普段食事をしないから、飲食は提案しにくい、と。
ララさんはこれを聞いて
「ほむほむが食べなくても、行くけどね」
と返した。
「薄情ね」
「食べないほむほむが悪いんだよ~」
まあ、それはあるかな。観光のときくらい、食べればいいのに。
それにしてもこのお店、注文なしのひとを、よく入れてくれたわね。シェア禁止で一人一品のお店も、多いと思う。女子大生4人だから、注意しにくかったのかしら。火村さんのいいわけによると、そのときはお酒だけ注文する予定だった、とのこと。ふむ。
そのあと私たちは、今日一日のできごとを話し合った。羽田から新千歳までの飛行機とか、そこからの電車、バスとか、ホテルのこととか。飛行機は格安を使った。狭かった。電車は思ったよりも新鮮だった。H島西部の山陽本線は、車窓から海が見える。東京はビルが見える。ここはまた違っていて、とにかく広い平野が見えた。
ホテルに関しては、ララさんが、
「建物はいいんだから、もっと明るくすればいいのにね」
と、これまた率直な感想を漏らした。
格安で紹介してもらったんだから、そういうこと言わない。
2泊3日で1万円。今回は4泊するから2万円。
ビジネスホテルより安い。
さらに観光の話になって、最後は乙部さんたちの話になった。
火村さんは、将棋カフェのいきさつを聞いて、残念そうな顔をした。
「なんだ、道場破りすれば良かったのに」
大谷さんは、
「蝦夷大のレギュラーは、強敵です」
と諭した。
火村さんは右手を持ち上げて、鋭い爪を見せた。
「あたしがいたら、ボコボコにしてやったわ」
どうでしょうか。
関東七将だからイケる気もするし、イケない気もする。
もちろん、関東のほうが層は厚い。人口比があるから。
でも、一発勝負だろうしなあ。
そしていよいよ、例のゲーマーノエルの話になった。
火村さんは、眉をひそめた。
「ノエルがH海道のゲーマー?」
私は、デマかもしれないけど、とことわったあとで、
「ただ、ディテールがやけにあったのよね」
と付け加えた。
ゲームの名前とか、いろいろ。創作にしては、手が込み過ぎている。
火村さんは、腕組みをして、ちょっと考えた。
「……H海道出身とまでは、言えないのか」
そう、出身がH海道だ、とは言ってなかった。
宗像パパも日本をうろうろしてたから、ちょっとのあいだH海道にいただけ、という可能性もあった。まあ、このへんの議論は、ララさんがいるから、しないでおく。
火村さんは、大谷さんにも確認を入れた。
「そのオトベっていう女が、ウソをついてる気配はあった?」
「いいえ、ありませんでした。ただ……」
「ただ?」
「なにか隠している気配はありました」
「どのへんに?」
「それはわかりません」
私も、これには同意した。
ナーンかうさんくさいのよね──あッ! 麺が伸びちゃうッ!
○
。
.
1時間後、私たちは夜の高速を爆走していた。
ララさんは、ひとさしゆびでハンドルを小突きながら、
「ニッポンのハイウェイは、夜もへなちょこだね。もっとスピード出せ~」
と、あいかわらずノリノリだった。
速すぎぃ、もっとゆっくり走ってぇ。
周りが暗いから、昼間よりも格段に怖い。
私は助手席で恐怖した。
一方、火村さんは後部座席で、あくびをしていた。
「アウトバーンみたいに、もっとかっ飛ばせないの?」
ララさんは、
「アウトバーンってなに?」
と訊いた。
「ドイツの高速道路よ。速度制限がないの」
「マジ? じゃあここはドイツだ。120キロ目指そ~」
絶対ダメ! 交通ルールを守りましょう!
○
。
.
ハァ……疲れた。
宿に到着したときには、深夜になっていた。
ホテルの窓には、全然明かりがついていない。
街灯のようなものが2つあって、それが玄関を照らしているだけだった。
大谷さんは、
「帰る時間を伝えておりませんでした。よくなかったでしょうか」
と言った。
たしかに、戸締りされちゃってたら、どうしよう。
今日はもう帰って来ないと思われたかも。
このホテル、あの結城さんって女性以外に、従業員と出くわさなかったのよね。ひとりで切り盛りできる広さじゃないから、だれかはいるんでしょうけれど。
心配する私たちをよそに、火村さんはとびらについている、ノック用の金属リングをつかんだ。そのままバンバン鳴らす。あたりに音が響いた。
「火村さん、ほかにお客さんがいたら、マズいわよ」
「だいじょうぶ、だれもいないから」
不人気ホテルなんですか?
しばらくして、とびらがひらいた。
蝶番が、ギィィと音を立てる。
蝋燭を持った結城さんが、半身をあらわにした。
顔を下から照らして、じっと私たちを見つめている。
こ、怖い。お化け屋敷みたい。
火村さんは、
「帰ったわよ」
と、ぶっきらぼうにあいさつした。
ちょっとちょっと。
注意しようかと思ったら、先に結城さんが答えた。
「おかえりなさいませ、カミーユ様」
結城さんはそう言って、とびらを大きくひらいた。
私たちはおずおずと、彼女の横を通り過ぎた。
火村さんは、自分の部屋の鍵を受け取ると、大きく背伸びをした。
「明日の朝食は、遅めでお願い。9時頃ね」
「かしこまりました」
常連なのかしら。まあ、格安で泊めてもらえるということは、コネがあるのだろう。火村さんの正体が、ますます謎になった。
いずれにせよ、私もかなり疲れちゃった。
メイクを落として、お風呂に入って、さっさと寝ましょ。
お休みなさーい。
○
。
.
翌朝、私はすっきりと目が覚めた。スマホを見ると、まだ6時だった。なんかいつもより早く目が覚めちゃったかも。ベッドがふかふかで、気持ちよかったからかな。熟睡したほうが、睡眠時間は短くて済むの法則。
洗顔して、軽くメイクして、着替え。部屋を出る。テレビがないから、室内だと暇すぎるのよね。廊下には、すでに朝日が射していた。ひとつひとつの窓から、光の柱が降り注いでいる。古い洋館と、静かな朝。こういう光景って、ロマンチック─ん? なんか声が聞こえる?
窓から見ると、庭先に大谷さんが立っていた。長袖の白いシャツにズボン。朝日に向かって手を合わせていた。窓を開けると、声がはっきりと聞こえた。
「自帰依沸當願衆生体解大道発無上意」
ど、読経。
この場にふさわしくない──というか、この場でなくてもふさわしくない。
邪魔しちゃ悪いかな。私は窓辺によりかかり、黙って観察。
ところが、大谷さんは視線を察知したようで、顔を上げた。
そして、やや大きな声で、
「裏見さん、おはようございます」
とあいさつしてきた。
「おはよう。今日もいい天気ね」
「左様です」
森の木々から、青空が垣間見えた。
私は、ごめん、邪魔しちゃったから、戻るわ、と言いかけた。
大谷さんはそれよりも早く、
「少々ご相談したいことがあるのですが、よろしいですか?」
と訊いた。
「今日のスケジュール? 朝食のとき、4人のほうがよくない?」
「いいえ、昨晩の件についてです」
昨晩の件?
……………………
……………………
…………………
………………聖生のことかしら。
私は、オッケーとだけ返して、1階へ降りた。
重たいとびらを開けて、庭へ出る。
大谷さんは、あたりに気を配りながら、声を落とした。
「乙部さんがなにか隠していると、裏見さんも思われるのですね?」
「ええ、ただ、昨日言った通り、なにを隠してるのかは、わかんないけど」
「拙僧、昨晩はウソを申しました」
ウソ? ……どういうこと?
私は一瞬首をかしげて、それからアッとなった。
「もしかして、隠した箇所がわかんない、って話?」
大谷さんは、真顔でうなずいた。
「乙部さんがどの箇所で隠しごとをしたのか、拙僧には心当たりがあります」




