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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第59章 香子ちゃん、北の大地へ(2017年8月22日月曜)
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383手目 味噌ラーメン

 というわけで、すすきのにあるラーメン横丁をぐるり。

 各自、なにを食べたいか相談して、一番合いそうなお店を選んだ。おしゃれってわけじゃないけど、いかにも老舗って感じのところだった。奥にある、4人がけのテーブルへ腰をおろす。

 私は味噌ラーメンを注文。S幌といえば、やっぱりこれでしょ。大谷おおたにさんも、同じものを頼んだ。ララさんは味噌がダメっぽくて、塩ラーメンにしていた。

 全然待たされなかった。麺を綺麗に盛り付けて、コーンをトッピングしてある。私は箸を割って、いただきます。まずはスープを──うん、すごくいい味加減。東京のラーメンは、西日本出身の私には、ちょっと塩辛いんだけど、ここのはそんなことなかった。

 で、肝心の火村ほむらさんなんだけど──

「火村さん、ほんとに食べなくていいの?」

 私が尋ねると、お冷を飲んでいた火村さんは、手をとめた。

「あたしが食事しないの、知ってるでしょ」

 いや、そういうことじゃなくてですね。自分が食べないのに、なんでラーメン横丁に行きたがったのか、って話ですよ。私はそっちを率直に尋ねた。

「あたしが言い出さないと、行きにくいかなあ、と思って」

 なるほど、火村さんは普段食事をしないから、飲食は提案しにくい、と。

 ララさんはこれを聞いて

「ほむほむが食べなくても、行くけどね」

 と返した。

「薄情ね」

「食べないほむほむが悪いんだよ~」

 まあ、それはあるかな。観光のときくらい、食べればいいのに。

 それにしてもこのお店、注文なしのひとを、よく入れてくれたわね。シェア禁止で一人一品のお店も、多いと思う。女子大生4人だから、注意しにくかったのかしら。火村さんのいいわけによると、そのときはお酒だけ注文する予定だった、とのこと。ふむ。

 そのあと私たちは、今日一日のできごとを話し合った。羽田から新千歳までの飛行機とか、そこからの電車、バスとか、ホテルのこととか。飛行機は格安を使った。狭かった。電車は思ったよりも新鮮だった。H島西部の山陽本線は、車窓から海が見える。東京はビルが見える。ここはまた違っていて、とにかく広い平野が見えた。

 ホテルに関しては、ララさんが、

「建物はいいんだから、もっと明るくすればいいのにね」

 と、これまた率直な感想を漏らした。

 格安で紹介してもらったんだから、そういうこと言わない。

 2泊3日で1万円。今回は4泊するから2万円。

 ビジネスホテルより安い。

 さらに観光の話になって、最後は乙部おとべさんたちの話になった。

 火村さんは、将棋カフェのいきさつを聞いて、残念そうな顔をした。

「なんだ、道場破りすれば良かったのに」

 大谷さんは、

蝦夷えぞ大のレギュラーは、強敵です」

 と諭した。

 火村さんは右手を持ち上げて、鋭い爪を見せた。

「あたしがいたら、ボコボコにしてやったわ」

 どうでしょうか。

 関東七将だからイケる気もするし、イケない気もする。

 もちろん、関東のほうが層は厚い。人口比があるから。

 でも、一発勝負だろうしなあ。

 そしていよいよ、例のゲーマーノエルの話になった。

 火村さんは、眉をひそめた。

「ノエルがH海道のゲーマー?」

 私は、デマかもしれないけど、とことわったあとで、

「ただ、ディテールがやけにあったのよね」

 と付け加えた。

 ゲームの名前とか、いろいろ。創作にしては、手が込み過ぎている。

 火村さんは、腕組みをして、ちょっと考えた。

「……H海道出身とまでは、言えないのか」

 そう、出身がH海道だ、とは言ってなかった。

 宗像むなかたパパも日本をうろうろしてたから、ちょっとのあいだH海道にいただけ、という可能性もあった。まあ、このへんの議論は、ララさんがいるから、しないでおく。

 火村さんは、大谷さんにも確認を入れた。

「そのオトベっていう女が、ウソをついてる気配はあった?」

「いいえ、ありませんでした。ただ……」

「ただ?」

「なにか隠している気配はありました」

「どのへんに?」

「それはわかりません」

 私も、これには同意した。

 ナーンかうさんくさいのよね──あッ! 麺が伸びちゃうッ!


  ○

   。

    .


 1時間後、私たちは夜の高速を爆走していた。

 ララさんは、ひとさしゆびでハンドルを小突きながら、

「ニッポンのハイウェイは、夜もへなちょこだね。もっとスピード出せ~」

 と、あいかわらずノリノリだった。

 速すぎぃ、もっとゆっくり走ってぇ。

 周りが暗いから、昼間よりも格段に怖い。

 私は助手席で恐怖した。

 一方、火村さんは後部座席で、あくびをしていた。

「アウトバーンみたいに、もっとかっ飛ばせないの?」

 ララさんは、

「アウトバーンってなに?」

 と訊いた。

「ドイツの高速道路よ。速度制限がないの」

「マジ? じゃあここはドイツだ。120キロ目指そ~」

 絶対ダメ! 交通ルールを守りましょう!


  ○

   。

    .


 ハァ……疲れた。

 宿に到着したときには、深夜になっていた。

 ホテルの窓には、全然明かりがついていない。

 街灯のようなものが2つあって、それが玄関を照らしているだけだった。

 大谷さんは、

「帰る時間を伝えておりませんでした。よくなかったでしょうか」

 と言った。

 たしかに、戸締りされちゃってたら、どうしよう。

 今日はもう帰って来ないと思われたかも。

 このホテル、あの結城ゆうきさんって女性以外に、従業員と出くわさなかったのよね。ひとりで切り盛りできる広さじゃないから、だれかはいるんでしょうけれど。

 心配する私たちをよそに、火村さんはとびらについている、ノック用の金属リングをつかんだ。そのままバンバン鳴らす。あたりに音が響いた。

「火村さん、ほかにお客さんがいたら、マズいわよ」

「だいじょうぶ、だれもいないから」

 不人気ホテルなんですか?

 しばらくして、とびらがひらいた。

 蝶番が、ギィィと音を立てる。

 蝋燭を持った結城さんが、半身をあらわにした。

 顔を下から照らして、じっと私たちを見つめている。

 こ、怖い。お化け屋敷みたい。

 火村さんは、

「帰ったわよ」

 と、ぶっきらぼうにあいさつした。

 ちょっとちょっと。

 注意しようかと思ったら、先に結城さんが答えた。

「おかえりなさいませ、カミーユ様」

 結城さんはそう言って、とびらを大きくひらいた。

 私たちはおずおずと、彼女の横を通り過ぎた。

 火村さんは、自分の部屋の鍵を受け取ると、大きく背伸びをした。

「明日の朝食は、遅めでお願い。9時頃ね」

「かしこまりました」

 常連なのかしら。まあ、格安で泊めてもらえるということは、コネがあるのだろう。火村さんの正体が、ますます謎になった。

 いずれにせよ、私もかなり疲れちゃった。

 メイクを落として、お風呂に入って、さっさと寝ましょ。

 お休みなさーい。


  ○

   。

    .


 翌朝、私はすっきりと目が覚めた。スマホを見ると、まだ6時だった。なんかいつもより早く目が覚めちゃったかも。ベッドがふかふかで、気持ちよかったからかな。熟睡したほうが、睡眠時間は短くて済むの法則。

 洗顔して、軽くメイクして、着替え。部屋を出る。テレビがないから、室内だと暇すぎるのよね。廊下には、すでに朝日が射していた。ひとつひとつの窓から、光の柱が降り注いでいる。古い洋館と、静かな朝。こういう光景って、ロマンチック─ん? なんか声が聞こえる?

 窓から見ると、庭先に大谷さんが立っていた。長袖の白いシャツにズボン。朝日に向かって手を合わせていた。窓を開けると、声がはっきりと聞こえた。

「自帰依沸當願衆生体解大道発無上意」

 ど、読経。

 この場にふさわしくない──というか、この場でなくてもふさわしくない。

 邪魔しちゃ悪いかな。私は窓辺によりかかり、黙って観察。

 ところが、大谷さんは視線を察知したようで、顔を上げた。

 そして、やや大きな声で、

裏見うらみさん、おはようございます」

 とあいさつしてきた。

「おはよう。今日もいい天気ね」

「左様です」

 森の木々から、青空が垣間見えた。

 私は、ごめん、邪魔しちゃったから、戻るわ、と言いかけた。

 大谷さんはそれよりも早く、

「少々ご相談したいことがあるのですが、よろしいですか?」

 と訊いた。

「今日のスケジュール? 朝食のとき、4人のほうがよくない?」

「いいえ、昨晩の件についてです」

 昨晩の件?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………聖生のえるのことかしら。

 私は、オッケーとだけ返して、1階へ降りた。

 重たいとびらを開けて、庭へ出る。

 大谷さんは、あたりに気を配りながら、声を落とした。

「乙部さんがなにか隠していると、裏見さんも思われるのですね?」

「ええ、ただ、昨日言った通り、なにを隠してるのかは、わかんないけど」

「拙僧、昨晩はウソを申しました」

 ウソ? ……どういうこと?

 私は一瞬首をかしげて、それからアッとなった。

「もしかして、隠した箇所がわかんない、って話?」

 大谷さんは、真顔でうなずいた。

「乙部さんがどの箇所で隠しごとをしたのか、拙僧には心当たりがあります」

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