378手目 まっこり
駒込に嫌われてる理由って、なんだ?
このまえ調子こいて、全駒やろうとしたことか?
それとも飲み会で酔っ払って、口が滑ったことか?
まいったな。心当たりが多すぎる。
ひとまず、怒ってるかどうかもよくわかんないし、ここは穏便に行こう。
俺は運転をしながら、バックミラーを見た。
宗像はドアに寄りかかって、寝ている。
駒込はスマホで、将棋バトルウォーズをしていた。
於保は外の風景を見たり、駒込の対局を覗いたり、いろいろ。
助手席の藤堂は、タブレットでなんかしてた。
ほんと忙しいな、このひと。
そろそろ後輩に任せたほうが、いいですよ。
俺は、
「そういえば、H島のマエサコっていうひと、どういう用件でした?」
とたずねた。
「今年度の王座戦だ。半分以上は世間話だったがな」
やっぱりね、という感じ。
「ラムネ味、どうでした?」
「うまかったぞ。皮の味とミスマッチだった気もするが」
もみじまんじゅうって、皮がけっこう厚いんだよね。
さっき食べてわかった。
だから、皮の味もしっかりしてて、餡との調節がむずかしそう。
こしあんは、マジでオーソドックス。可もなく不可もなくだった。
山陽自動車道を、どんどん走る。
Y口の高速は、けっこうくねくねしてた。
海沿いに出たり、山の中に入ったり。
最後はS関に到着。
関門海峡だぜ。
九州の陸地が、反対側からでも見える。
宮島からは5時間ほど。意外と早くついた。まだ4時だ。
藤堂は、
「観光スポットはいろいろあるようだが、素通りするしかないな」
と言った。
ちょっと残念そう。
歴史的には有名なところだよな。
壇ノ浦、宮本武蔵と佐々木小次郎、下関条約。
とりあえず橋を目指す。
黄色いガードレールが、海のすぐそばに続いている。
これ、Y口県の特別色らしい。
名産品のみかんの色なんだって。
最初は知らなかったから、特別な交通ルールかと思って、あせった。
黄色いガードレールって、いかにも意味がありそうじゃん。
ゆっくり走れとかさ。
俺たちは関門橋を通過。
いわゆる吊り橋だな。1キロくらいあるらしい。
渡り終えると、左のほうにビルの群れが見えた。
たしかこのへんって、自治体が合併しまくってるんだよね。
そのまま突っ切って、F岡市へと向かう。
2時間ほどかかって、H多駅前に到着。
さすがににぎやかだ。
俺たちは駐車場に停めて、ビジネスホテルへ直行。
チェックインしてから、駅前へもどった。
JR改札口の前で待っていると、ふたり組の男があらわれた。
ひとりは、恰幅のいい、180センチはあるお兄さん。ちょっと太め。
上下黒で統一してて、夏物のシャツに、ハーフパンツ。
髪型は刈り上げに近いショートで、眉毛は弓なりだった。
温厚だけど、怒らせたら怖そうなタイプ。
このひとは、九州大学将棋連合の前会長、大山さん。
もうひとりは、金髪で、カルマヘア。前髪の真ん中に、スペースを作るやつ。
こっちは真っ白なシャツで、胸元を少し開けていた。首に銀のネックレスが見える。
顔立ちは、目鼻がはっきりしていて、若干ナル入ってそうな雰囲気。
ちょっと化粧してるな。肌質でわかるぜ。
大山さんは、笑顔で手をふった。
「おお、藤堂、よく来た」
「悪かったな、急に連絡して」
「なーに、どうせ夏休みだ」
大山さんは、豪快に笑った。
そのあいだ、俺は金髪のにーちゃんとあいさつ。
「ヨンちゃん、ひさしぶり」
「御手もひさしぶりだね。ゲンキしてた?」
こいつは、イ・ヨンフン。
韓国からの留学生だ。
将棋鬼強韓国人で、もともとオンラインでは有名だった。けど、来日したのは大学生になってからだ。筑紫大学で、電気情報工学を学んでるらしい。
俺とは昔からオンライン対局をしてて、けっこう仲がいい。
面と向かって会う機会は、ほとんどないけどな。
さっきはナル入ってそうって言ったが、じっさいはめっちゃ気さく。
俺はほかのメンバーに、ヨンちゃんを紹介した。
そのあとは、居酒屋へ移動。
大山さんが行きつけのお店だった。
入ってから、すぐに注文。
控えめという言葉を知らないメンツだから、がんがん好きなものを頼む。
もつ鍋は絶対に注文するぜ。
一杯目はビールだ。
グラスが配られたところで、乾杯。
ぷはーッ、うま。ドライブしたあとのビールは、最高だ。
料理も運ばれてくる。
サラダ、刺身、焼き鳥。
まずは、ありきたりなメニューから。
俺はあとの鍋に期待して、ちょっと抑えておいた。
すると、ヨンちゃんから、
「御手、食べるの遅いじゃん」
とつっこまれた。
「本番は鍋だぜ」
「アハハ、だろうね」
ヨンちゃんは、宗像のほうを見た。
「ムナカタくんだっけ、きみも鍋狙い?」
「俺は大食漢じゃない」
ヨンちゃんは、ほんと?、と言って、最初信じなかった。
けど、俺と於保がそうだと言うから、最後は信じた。
ヨンちゃんは、
「そんなんじゃあ、徴兵されたときにやってけないぞ~」
と言った。
宗像は、
「日本に徴兵制はないんだよ」
と言って、ウーロン茶を飲んだ。
「ごめんごめん、でもさ、なにがあるかわかんないじゃん」
ヨンちゃんは韓国人だから、軍隊経験があるんだよね。
1回生だけど、22歳なんだ。
19歳のときに入隊して、そのあと大学へ行ってる。
於保は韓流ドラマを観てるらしく、テーマがそこへおよんだ。
そして、最近見たドラマの話をしながら、
「ねえねえ、あれやって、キョンネ!」
と頼んだ。
ヨンちゃんは真面目な顔になって、敬礼。
「중대장께 대하여 경례! 충성!」
於保、大喜び。
俺は韓国語はわかんないから、通訳できないぜ。
ただ、軍隊用語なのは、わかった。
そのあと、鍋が来た。
本番だーッ!
ここのもつ鍋は、最初から全部入ってるパターン。
牛もつ、キャベツ、ニラ、豆腐。
シンプルだねえ。
鍋奉行はいらないけど、火加減は重要。
醤油ベースだから、煮詰めると香りがなくなる。
俺はじっと具合を観察。
沸騰してきたら、弱火に切り替える。
食べ皿にスープを入れて、まずはひとくち──うん、うまい。
もつの旨みが、よく出てる。臭みもなかった。
野菜がまだ固いかな。これが柔らかくなったら、完成。
もうちょっとだけ待って、それから箸をとった。
「いただきまーす」
俺たちは、すごい勢いで食べていく。
アルコールが入ってるから、満腹感もなかなか起きない。
10分ほどモクモクと食べて、箸を置く。
ふいい、食べた食べた。
俺は、もう一杯飲むことにした。
「ヨンちゃん、まっこり飲もう」
「九州まで来てまっこり飲む必要、なくない?」
いやいや、H多にはおいしいまっこりがあるって、事前に調べてあるんだよ。
それに、日本酒はK都でいくらでも飲めるから、いいんだ。
というわけで、付き合ってもらう。
適当に一品選んで、乾杯。
まっこりってさ、甘酸っぱくて、不思議な感じがするよね。
材料は日本酒とおなじなのに、なんでなんだろう。
そういえば、将棋もチェスもシャンチーも、もとはいっしょだって聞いたな。
起源は同じでも、味がちがう。
人生みたいなものか? いや、そんなこと言うのは、まだ早い。
俺たちは談笑しながら、H多の夜を満喫したのだった。




