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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第58章 こちら申命館大学将棋部(2017年8月9日月曜)
389/496

376手目 アルコールパワー

挿絵(By みてみん)


 同玉、5三角成は、終わりだぜ。

 メイドさんふたり、悶絶。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 ナメさんは、5二玉と逃げた。

 俺は2二銀不成。

 アイさんは、

「角を取れば、ニャンとか」

 と言って、3五歩。

 んー、たしかに、進めてみるとむずかしいな。

 先手がめっちゃよくなった、という印象はなかった。

 5四飛で決まらないか? ムリ?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 おい、於保おぼ、時間が切れるぞ。

 於保はほんとうにギリギリのところで、3三銀不成とした。

 セーフセーフ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………セーフだよな?

 成ったほうが、よかったんじゃないか?

 俺の直感は、そう言っている。

 いや、しかし、ひっくり返してたら時間切れだったかも。

 いずれにせよ、お姉さんたちの表情は、変わっていなかった。

 疑問手とは見ていないようだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 ナメさんは7六歩。

 攻め合いになった。もう飛車を切るしかない。

「5四飛ッ!」

 同歩、4一角、6二玉、7四桂、同銀、同角成。

 ナメさんは、頭の触角みたいなクセ毛を揺らしながら、

「マスター、ビール!」

 と叫んで、7七歩成と成り込んだ。

 それはなにかの合言葉か? 不正はダメだぜ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 俺は5二金。

 んー、きわどい。追い込んではいるんだが。

 7一玉、6一銀。

 ここで、テーブルに飲み物が置かれた。

 縦長のグラスに、ビールが注がれている。

 おいおい、ほんとに注文だったのか。祝勝会用の酒か。

 気が早いだろ──と思いきや、ナメさんはその場でガーッと一気に飲んだ。

 口もとの泡をぬぐう。

「プハーッ、生き返りました。6六桂」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、マズい。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「ど、同歩」

 7六角、6七桂、同角成、同金、同と、同玉、8七飛成。


挿絵(By みてみん)


 必敗形──でもない?

 7七歩と受けて、7六歩みたいなヌルい攻めなら逆転する。

 現状、7二銀成以下の詰めろだ。

 っていうか、これ、後手は受けがなくね?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 俺は7七歩と受けた。

 アイさんの手が止まった。

「こっちは詰めろですか……」

 手をもどしてくれ。7三金打でも、たぶん逆転する。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「7六金」

 踏み込んできた。

 於保はノータイムで5八玉。

 ナメさんの番に。

 ナメさんはアルコールが回ってきたのか、ちょっとふらふらしていた。

 ミスれ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「アルコールパワーッ! 7八飛ッ!」


挿絵(By みてみん)


 えッ……同銀は詰むのか?

 アイさんも、え、だいじょうぶですか?、みたいな表情。

 俺は高速で読みを入れた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6八角ッ!」

 10秒じゃ読み切れねえ。

 ただ、同銀は詰む気がした。並べ詰みになりそうだった。

 とはいえ、アイさんも読み切れてないっぽい。

 腕まくりして、めちゃくちゃ真剣に読んでいた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 7九飛成。

 於保さん、なんとかしてください。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 同角。

 やっぱそれしかないか。後手玉は詰めろにはなった。

 こっちが詰まなきゃ勝ちなんだが──


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 ナメさんは、酔拳みたいに手をふらふらさせて、龍を入った。

「7八龍ぅ」


挿絵(By みてみん)


 残念ながら、これで詰んでるんだよなあ。

 6八飛合としても、6七金、4八玉、6八龍、同角、5八飛、3九玉に3八飛成と切って、同玉、2六桂。

 1三の香車と3五の歩が邪魔過ぎる。

 まあ、最後まで指すか。ミス期待。

 6八飛、6七金、4八玉、6八龍、同角、5八飛、3九玉。

 ナメさんは3八飛成と切った。

 俺は、於保にちらりと目配せする。

 於保は視線を合わせて、肩をすくめてみせた。

 投了しろってことね。

「負けました」

 俺は頭を下げた。

「ニャッハー、ありがとうございました」

「うぃいい、ありがとうございました」

 マジかよ。

 見ず知らずのメイドさんたちに敗北。

 だれなんだ、このふたり。

「……大学将棋部のかたですか?」

 俺の質問に、アイさんは、

「いえいえ、今日はナメちゃんの手伝いで入ってるだけですよ~」

 と答えた。

 なんかズレてるな。大学生かどうかを訊いたんだが。

 まあ、個人情報だし、ごまかされたんだろう。

 俺は駒をそろえて、

「じゃ、失礼しました」

 と言って、立ち上がろうとした。

「ニャ? もうお帰りですか?」

「はい」

「では、おふたりで2200円になります」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………?

「なんですか、それ?」

「席料です。おひとりさまあたり、30分1100円です」

 俺は困惑した。

「席料なしって書いてありましたよね?」

 アイさんは、店内のボードをゆびさした。


 将棋DAY

 かわいいメイドさんと、将棋を指そう!

 勝ったらコーヒー1杯無料☆ 席料30分無料☆

 ※負けた場合、対局時間分の席料をいただきます。


 うっそだろ、おい。

 於保はあきれて、

「H島のお店は、商売がおじょうずどすなあ」

 と言った。

「お客さん、おどしっこなしですよ。お会計を」

 チェッ、於保は1100円を、俺は2000円を出した。

 タダより高いものはないなあ。

 アイさんは、レジを開けて、おつりを取り出した。

「はい、どうぞ」

 受け取ろうとしたとき、ふと記憶がフラッシュバックした。

 俺は、

「ここ、チェーン店ですか?」

 とたずねた。

 アイさんは犬歯を見せて、ぽかんとした。

「いえ、ちがいますが」

「K都の行きつけのお店に、似た髪型のひとがいるんですよね」

「ほぉ……なんという名前のお店ですか?」

 三毛猫亭*だ、と、俺は答えた。

 すると、アイさんは笑顔になって、

「お仲間かもしれないですねえ」

 と返した。

 そりゃ飲食店だから、仲間だろう。

 これもごまかされた感じがする。

 それとも、俺が知らないだけで、この髪型が流行ってるのか?

 とりあえず、900円を受け取って、退店。

 アイさんたちは、外まで見送ってくれた。

「ご主人さま、ありがとうございました~」

 道路に出た俺は、大きく背伸びをした。

「ハァ、1局1100円って、ぼったくりですよ、これ」

 将棋道場のほうが、まだコスパがよかった。

 お茶くらいは、ついてくる。

 一方、於保は、店のほうを見ながら、

「連盟の研修会員……ってわけでも、なかったわよね」

 と、首をかしげていた。

 ただの将棋鬼強女子でしょ。

 めずらしいけどさ。

 棋界関係者以外の女性は弱い、っていうのは、偏見なんだよね。

御手おて、この話はだれにもしちゃダメよ」

「言いませんよ、こんな恥ずかしいイベント」

 旅の恥はかき捨て。コーヒー飲みに行こう。

 頭を使ったから、カフェモカにするか。

 コンカフェじゃないところにしよう。反省。

*268手目 清水の舞台から

https://book1.adouzi.eu.org/n0474dq/276/


場所:H島のコンセプトカフェ

先手:御手・於保ペア

後手:アイ・ナメペア

戦型:横歩取り


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩

▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △4二玉 ▲5八玉 △7二銀

▲9六歩 △6四歩 ▲3六飛 △8二飛 ▲8七歩 △2五歩

▲3八金 △6三銀 ▲2六歩 △8五飛 ▲2八銀 △7二金

▲1六歩 △1四歩 ▲2二角成 △同 銀 ▲7七桂 △8二飛

▲2五歩 △3三桂 ▲1五歩 △5四角 ▲5六飛 △7四歩

▲1四歩 △7五歩 ▲1三歩成 △同 銀 ▲同香成 △同 香

▲2四角 △2三金 ▲3五角 △3四歩 ▲2四歩 △2二金

▲3一銀 △5二玉 ▲2二銀不成△3五歩 ▲3三銀不成△7六歩

▲5四飛 △同 歩 ▲4一角 △6二玉 ▲7四桂 △同 銀

▲同角成 △7七歩成 ▲5二金 △7一玉 ▲6一銀 △6六桂

▲同 歩 △7六角 ▲6七桂 △同角成 ▲同 金 △同 と

▲同 玉 △8七飛成 ▲7七歩 △7六金 ▲5八玉 △7八飛

▲6八角 △7九飛成 ▲同 角 △7八龍 ▲6八飛 △6七金

▲4八玉 △6八龍 ▲同 角 △5八飛 ▲3九玉 △3八飛成


まで96手でアイ・ナメペアの勝ち

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