374手目 H島名物
※ここからは、御手くん視点です。
夏が暑いなあ。御手だ。
大学はもう夏休み。だけど、今日はキャンパスに来ている。
申命館の有志で、旅行へ行くことになった。
電車や飛行機じゃなくて、レンタカーでF岡まで行くんだ。
というわけで、大学の門前に集合。
メンバーは、俺、藤堂、於保、駒込、宗像。
不安しかない。
駒込と宗像は、運転できないとか言ってるしな。
このふたりが参加したのは、意外だった。
藤堂以外がそろって、あとはレンタカー待ち。
日射しをさけて、建物の影で待つ。
まだ早朝だから、影は長い。
宗像はすでに座り込んでいた。
遠くの山々の緑が深い。
……ん、道路の向こうに、白いワンピースの美女を発見。
白い日傘をさしている。
K都大の姫野さんだった。
姫野さんは、門のまえを通り過ぎかけて──俺たちに気づいた。
ちらりとこちらを見て、あいさつにくる。
「おはようございます」
おはようございまーす。
姫野さんは、俺たちがたむろしているのを、不思議に思ったらしい。
合宿でもあるのか、とたずねた。
俺は代表して、
「これからF岡まで、ドライブするんですよ」
と答えた。
「お車は、どちらに?」
「藤堂さんが、レンタカーを借りに行ってます」
姫野さんは、このメンツをいちべつした。
「……どうか、ご無事で」
はい、気をつけます。
俺は、
「姫野さんこそ、なにしてるんですか?」
とたずねた。
「朝の散歩です」
へぇ、ひとりで散歩か。
犬を連れてたら、もっと絵になりそう。
姫野さんは、
「それでは、ごきげんよう」
と言って、その場を去って行った。
それから5分ほどして、レンタカーが到着。
5人乗りの、普通乗用車。
運転席の藤堂は、窓を開けて、顔を出した。
「よーし、乗ってくれ」
まずは荷物をトランクに入れる。
女子はカバンがでかいな。宗像とか、ほとんど手ぶらなんだが。
俺は助手席に。
ほかの3人は、後部座席。一番右端に宗像、真ん中に駒込、左端に於保。
全員が乗り終えたところで、藤堂は、
「忘れ物はないな。出発だ」
と言って、アクセルを踏んだ。
K都市内から、高速へ向かう。
俺はスマホをいじりながら、所要時間をチェック。
「H島まで、6時間くらいかかりますね」
そこで一泊する予定なんだよね。
やっすいビジネスホテル。
駒込の家に泊まれないか、と頼んだら、ムリだって言われた。
まあ当たり前か。5人も泊まれる家って、なかなかない。
お盆の時期は外したから、高速はそんなに混んでいなかった。
スムーズに進む──会話しようぜ。
俺は、話題をいくつか振った。
TekTexの動画とか、新しいアーティストとか、そのへん。
於保は会話に乗ってきたけど、宗像と駒込の食いつきが悪かった。
藤堂は運転中に、あんまりしゃべらないタイプのようだ。
俺は、
「駒込さんって、ふだんなに観てるんですか?」
とたずねた。
「うち、テレビないから」
「スマホはありますよね?」
駒込は、んー、とうなって、
「将棋番組?」
と答えた。
マジかよ。ある意味、すごいな。
俺は、宗像にも訊いてみた。
「宗像は、ふだんなに観てる?」
「テキトウ」
その返答が適当過ぎるだろ。
深く訊いてみたら、自宅にテレビはあるらしい。
映画を観ることもある、と言っていた。
ちょっと予想外……でもないか。
宗像が民放のバラエティでゲラゲラ笑ってたら、そっちのほうが違和感ある。
車はどんどん進んで、K戸、O山から、F山へ。
藤堂は、
「おい、駒込、このあたりに美味い店はないのか?」
とたずねた。
「知らない」
「H島県民だろ」
「H島の西と東は、べつものなのよ。交流そんなになかったし」
K京区とF見区のちがい、みたいな感じか?
藤堂は、
「そうか……飯はどうする? もう12時だが」
と、みんなに訊いた。
車内で、菓子食べちゃったしな。腹減ってないんだよね。
俺は、H島市まで我慢して、名物を食べよう、と提案した。
於保は、H島名物ってなに?、と質問した。
そりゃあれだ、やっぱりH島焼きでしょ。
俺がそう答えると、駒込は、
「御手、H島焼きっていう食べ物は、ないのよ」
と言ってきた。
「? ……え、於保さん、ありますよね?」
「聞いたことはあるわね。お好み焼きの一種でしょ」
駒込は、
「ちがうわよ。H島にお好み焼きがあって、O阪にO阪風お好み焼きがあるのよ」
とつけくわえた。
なんだそれ、初めて聞いたぞ。
於保は、
「なにがちがうの?」
と、首をかしげた。
駒込は、両者のちがいを説明した。
聞き終えたときの感想は、作り方がちがうだけじゃね?、だった。
だけど、それ以上のなにかがあるらしい。
宗像は、
「駒込、この食い物に、やたらこだわりあるよな。もんじゃとお好み焼きもちがう、とか言ってただろ」
と嘆息した。
いや、もんじゃとお好み焼きは、ちがうだろ。
さすがに俺でもわかるぞ。
宗像は、どうも食に関心がないっぽい。
とかなんとかやってると、H島市内に到着。
高速を降りて、一般道へ──あれ? 田舎っぽくね?
変だな。日日杯の解説で来たときは*、もっと都会だったような。
於保は、
「これ、ほんとに100万都市なの?」
と、けげんそうだった。
駒込は、
「ここは端っこなのよ」
と弁明した。
そんなもんか? ……あ、だんだんビルが増えてきた。
H島駅の近くまできたら、ちゃんと都会だった。
格安駐車場へ停めて、移動だあ。
まずは昼食。
H島焼き……じゃなくて、お好み焼きを食べる。
これは駒込が案内してくれた。
昔、H島の大会で使ったところ、とのこと。
駅近の名店で、けっこう並んでた。1時半過ぎてるんだが。
黒い暖簾に、赤字で店名が書いてある。
全席カウンター。
待つぜ。こういうとき、何人かそろってると、いいよな。暇つぶしになる。
スマホでメニューの確認をしてるだけでも、けっこう楽しかった。
駒込の話だと、家庭的なお好み焼きじゃなくて、けっこうお洒落なタイプらしい。家でお好み焼きを作ったことないから、よくわからないが、写真はたしかに、それっぽい。事前に調べてあったのは、鉄板の上で焼きそばを焼いて、ペラペラの卵焼きを乗せたやつ。ここの店は、焼きそばが隠れるように、ふわふわの卵で包んであった。
注文がむずかしい。種類がたくさんある。マヨネーズたっぷりにするのもいいし、チーズ入りも気になる。俺は、於保に、
「決まりました?」
とたずねた。
「んー、迷ってる……初めてだから、オーソドックスなのでいいかも」
安全策か。
「藤堂さんは?」
「俺は肉・野菜ダブルでいく」
なるほど、中身を増していくのも、アリ。
だけどなあ、味のバランスがわかんないんだよね。
「駒込さん、おすすめは?」
「私はこっちのチーズ入りに、目玉焼き」
目玉焼き……あ、卵を追加して、目玉焼きを乗せてくれるのか。
いいな、これ。
俺もそうしようかな、と思ったら、宗像が先に、
「俺もそれでいいぜ」
と言った。
取られたじゃないか。
かぶせてもいいんだが……気分的に、変えたい。
前の列が、あと3人。ここは決断力を見せる。
……………………
……………………
…………………
………………よし、決めた。
席につく。店員さんに注文を訊かれた。
「チーズキムチ、ネギたっぷりで」
けっこう勝負した。
店員さんは、あいよ、と言って、目のまえで焼いてくれる。
焼きそばの香りに、チーズの甘い香りが混ざった。
キムチとネギをどっさり乗せて、卵で包んで、できあがり。
「切りますか?」
「あ、お願いします」
店員さんは、ヘラで四等分してくれた。
ほかほかの湯気が立つ。
まだできてないひともいるけど、冷めないうちに食べよう。
いっただきまーす。
「……うま」
すごいな。組み合わせはトリッキー。でも、ちゃんとひとつの味になってる。
ちょっと辛めだけど、チーズが甘いから、うまい具合にバランスが取れていた。
卵もしっかり黄身の味がする。
俺の右どなりで食べていた於保も、
「お好み焼きって、美味しいわね」
と、ほくほく顔だった。
俺の左どなりでは、藤堂がもくもくと食べている。
さらにその左どなりでも、駒込と宗像が、黙って食べていた。
もうちょっと楽しく食べよう……ってわけにも、いかないか。
うしろの列が、どんどん長くなっている。
あるていど味わいつつ、さくさくと完食。
店を出たときには、満足感に包まれていた。
於保は、
「あー、美味しかった……コーヒー飲みたい」
と提案した。
そのへんの喫茶店に入る。
レトロな感じの店。先客がいるから、だいじょうぶだろ、たぶん。
ブラックを注文して飲んでいると、宗像が急に、
「駒込の家って、このへんにあんの?」
とたずねた。
「駒桜市は、もっと奥へ行ったところ」
「ふーん、それって車で寄れる?」
「高速が通ってないから、無理ね」
それは厳しいな。
時間がかかるだけじゃなくて、道がわからなくなる。
藤堂はエスプレッソを飲みながら、
「スケジュールに入っていない行動は、NGだ」
と釘を刺した。
いいじゃないの、すこしくらい。臨機応変にいこう。
というわけで、H島観光、出発だ。
*478手目 すべる大喜利
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