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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第58章 こちら申命館大学将棋部(2017年8月9日月曜)
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374手目 H島名物

※ここからは、御手おてくん視点です。

 夏が暑いなあ。御手だ。

 大学はもう夏休み。だけど、今日はキャンパスに来ている。

 申命館しんめいかんの有志で、旅行へ行くことになった。

 電車や飛行機じゃなくて、レンタカーでF岡まで行くんだ。

 というわけで、大学の門前に集合。

 メンバーは、俺、藤堂とうどう於保おぼ駒込こまごめ宗像むなかた

 不安しかない。

 駒込と宗像は、運転できないとか言ってるしな。

 このふたりが参加したのは、意外だった。

 藤堂以外がそろって、あとはレンタカー待ち。

 日射しをさけて、建物の影で待つ。

 まだ早朝だから、影は長い。

 宗像はすでに座り込んでいた。

 遠くの山々の緑が深い。

 ……ん、道路の向こうに、白いワンピースの美女を発見。

 白い日傘をさしている。

 K都大の姫野ひめのさんだった。

 姫野さんは、門のまえを通り過ぎかけて──俺たちに気づいた。

 ちらりとこちらを見て、あいさつにくる。

「おはようございます」

 おはようございまーす。

 姫野さんは、俺たちがたむろしているのを、不思議に思ったらしい。

 合宿でもあるのか、とたずねた。

 俺は代表して、

「これからF岡まで、ドライブするんですよ」

 と答えた。

「お車は、どちらに?」

「藤堂さんが、レンタカーを借りに行ってます」

 姫野さんは、このメンツをいちべつした。

「……どうか、ご無事で」

 はい、気をつけます。

 俺は、

「姫野さんこそ、なにしてるんですか?」

 とたずねた。

「朝の散歩です」

 へぇ、ひとりで散歩か。

 犬を連れてたら、もっと絵になりそう。

 姫野さんは、

「それでは、ごきげんよう」

 と言って、その場を去って行った。

 それから5分ほどして、レンタカーが到着。

 5人乗りの、普通乗用車。

 運転席の藤堂は、窓を開けて、顔を出した。

「よーし、乗ってくれ」

 まずは荷物をトランクに入れる。

 女子はカバンがでかいな。宗像とか、ほとんど手ぶらなんだが。

 俺は助手席に。

 ほかの3人は、後部座席。一番右端に宗像、真ん中に駒込、左端に於保。

 全員が乗り終えたところで、藤堂は、

「忘れ物はないな。出発だ」

 と言って、アクセルを踏んだ。

 K都市内から、高速へ向かう。

 俺はスマホをいじりながら、所要時間をチェック。

「H島まで、6時間くらいかかりますね」

 そこで一泊する予定なんだよね。

 やっすいビジネスホテル。

 駒込の家に泊まれないか、と頼んだら、ムリだって言われた。

 まあ当たり前か。5人も泊まれる家って、なかなかない。

 お盆の時期は外したから、高速はそんなに混んでいなかった。

 スムーズに進む──会話しようぜ。

 俺は、話題をいくつか振った。

 TekTexの動画とか、新しいアーティストとか、そのへん。

 於保は会話に乗ってきたけど、宗像と駒込の食いつきが悪かった。

 藤堂は運転中に、あんまりしゃべらないタイプのようだ。

 俺は、

「駒込さんって、ふだんなに観てるんですか?」

 とたずねた。

「うち、テレビないから」

「スマホはありますよね?」

 駒込は、んー、とうなって、

「将棋番組?」

 と答えた。

 マジかよ。ある意味、すごいな。

 俺は、宗像にも訊いてみた。

「宗像は、ふだんなに観てる?」

「テキトウ」

 その返答が適当過ぎるだろ。

 深く訊いてみたら、自宅にテレビはあるらしい。

 映画を観ることもある、と言っていた。

 ちょっと予想外……でもないか。

 宗像が民放のバラエティでゲラゲラ笑ってたら、そっちのほうが違和感ある。

 車はどんどん進んで、K戸、O山から、F山へ。

 藤堂は、

「おい、駒込、このあたりに美味い店はないのか?」

 とたずねた。

「知らない」

「H島県民だろ」

「H島の西と東は、べつものなのよ。交流そんなになかったし」

 K京区とF見区のちがい、みたいな感じか?

 藤堂は、

「そうか……飯はどうする? もう12時だが」

 と、みんなに訊いた。

 車内で、菓子食べちゃったしな。腹減ってないんだよね。

 俺は、H島市まで我慢して、名物を食べよう、と提案した。

 於保は、H島名物ってなに?、と質問した。

 そりゃあれだ、やっぱりH島焼きでしょ。

 俺がそう答えると、駒込は、

「御手、H島焼きっていう食べ物は、ないのよ」

 と言ってきた。

「? ……え、於保さん、ありますよね?」

「聞いたことはあるわね。お好み焼きの一種でしょ」

 駒込は、

「ちがうわよ。H島にお好み焼きがあって、O阪にO阪風お好み焼きがあるのよ」

 とつけくわえた。

 なんだそれ、初めて聞いたぞ。

 於保は、

「なにがちがうの?」

 と、首をかしげた。

 駒込は、両者のちがいを説明した。

 聞き終えたときの感想は、作り方がちがうだけじゃね?、だった。

 だけど、それ以上のなにかがあるらしい。

 宗像は、

「駒込、この食い物に、やたらこだわりあるよな。もんじゃとお好み焼きもちがう、とか言ってただろ」

 と嘆息した。

 いや、もんじゃとお好み焼きは、ちがうだろ。

 さすがに俺でもわかるぞ。

 宗像は、どうも食に関心がないっぽい。

 とかなんとかやってると、H島市内に到着。

 高速を降りて、一般道へ──あれ? 田舎っぽくね?

 変だな。日日にちにち杯の解説で来たときは*、もっと都会だったような。

 於保は、

「これ、ほんとに100万都市なの?」

 と、けげんそうだった。

 駒込は、

「ここは端っこなのよ」

 と弁明した。

 そんなもんか? ……あ、だんだんビルが増えてきた。

 H島駅の近くまできたら、ちゃんと都会だった。

 格安駐車場へ停めて、移動だあ。

 まずは昼食。

 H島焼き……じゃなくて、お好み焼きを食べる。

 これは駒込が案内してくれた。

 昔、H島の大会で使ったところ、とのこと。

 駅近の名店で、けっこう並んでた。1時半過ぎてるんだが。

 黒い暖簾に、赤字で店名が書いてある。

 全席カウンター。

 待つぜ。こういうとき、何人かそろってると、いいよな。暇つぶしになる。

 スマホでメニューの確認をしてるだけでも、けっこう楽しかった。

 駒込の話だと、家庭的なお好み焼きじゃなくて、けっこうお洒落なタイプらしい。家でお好み焼きを作ったことないから、よくわからないが、写真はたしかに、それっぽい。事前に調べてあったのは、鉄板の上で焼きそばを焼いて、ペラペラの卵焼きを乗せたやつ。ここの店は、焼きそばが隠れるように、ふわふわの卵で包んであった。

 注文がむずかしい。種類がたくさんある。マヨネーズたっぷりにするのもいいし、チーズ入りも気になる。俺は、於保に、

「決まりました?」

 とたずねた。

「んー、迷ってる……初めてだから、オーソドックスなのでいいかも」

 安全策か。

「藤堂さんは?」

「俺は肉・野菜ダブルでいく」

 なるほど、中身を増していくのも、アリ。

 だけどなあ、味のバランスがわかんないんだよね。

「駒込さん、おすすめは?」

「私はこっちのチーズ入りに、目玉焼き」

 目玉焼き……あ、卵を追加して、目玉焼きを乗せてくれるのか。

 いいな、これ。

 俺もそうしようかな、と思ったら、宗像が先に、

「俺もそれでいいぜ」

 と言った。

 取られたじゃないか。

 かぶせてもいいんだが……気分的に、変えたい。

 前の列が、あと3人。ここは決断力を見せる。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………よし、決めた。

 席につく。店員さんに注文を訊かれた。

「チーズキムチ、ネギたっぷりで」

 けっこう勝負した。

 店員さんは、あいよ、と言って、目のまえで焼いてくれる。

 焼きそばの香りに、チーズの甘い香りが混ざった。

 キムチとネギをどっさり乗せて、卵で包んで、できあがり。

「切りますか?」

「あ、お願いします」

 店員さんは、ヘラで四等分してくれた。

 ほかほかの湯気が立つ。

 まだできてないひともいるけど、冷めないうちに食べよう。

 いっただきまーす。

「……うま」

 すごいな。組み合わせはトリッキー。でも、ちゃんとひとつの味になってる。

 ちょっと辛めだけど、チーズが甘いから、うまい具合にバランスが取れていた。

 卵もしっかり黄身の味がする。

 俺の右どなりで食べていた於保も、

「お好み焼きって、美味しいわね」

 と、ほくほく顔だった。

 俺の左どなりでは、藤堂がもくもくと食べている。

 さらにその左どなりでも、駒込と宗像が、黙って食べていた。

 もうちょっと楽しく食べよう……ってわけにも、いかないか。

 うしろの列が、どんどん長くなっている。

 あるていど味わいつつ、さくさくと完食。

 店を出たときには、満足感に包まれていた。

 於保は、

「あー、美味しかった……コーヒー飲みたい」

 と提案した。

 そのへんの喫茶店に入る。

 レトロな感じの店。先客がいるから、だいじょうぶだろ、たぶん。

 ブラックを注文して飲んでいると、宗像が急に、

「駒込の家って、このへんにあんの?」

 とたずねた。

駒桜こまざくら市は、もっと奥へ行ったところ」

「ふーん、それって車で寄れる?」

「高速が通ってないから、無理ね」

 それは厳しいな。

 時間がかかるだけじゃなくて、道がわからなくなる。

 藤堂はエスプレッソを飲みながら、

「スケジュールに入っていない行動は、NGだ」

 と釘を刺した。

 いいじゃないの、すこしくらい。臨機応変にいこう。

 というわけで、H島観光、出発だ。

*478手目 すべる大喜利

https://book1.adouzi.eu.org/n2363cp/490/

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