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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第57章 チーム東海(2017年8月8日日曜)
386/496

373手目 怪談

 私はお茶を飲んで、ひと息ついた。

 感想戦をしないといけない。

 反省ポイントは、いくつもある。

 とりあえず、仕掛けのあたりから。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「これ、角を殺しに行ったのはミス?」

 藤枝ふじえさんは、3秒ほど考えて、

「んー……それで悪いってわけじゃ、ないと思います」

 と返した。

「藤枝さんの読みも、3八金だった?」

「いえ、6八金です」

 金を締まっとく手か。

 指摘されてみれば、なるほど、という感じだった。

 そこで3五歩なら、同歩、4四銀、4五歩、3五銀に、1一角成と成り込める。先手優勢、ってわけじゃないけど、3六歩、2一馬、3七歩成、同金、3四飛の展開は、先手がイケそう。

 ただ、これはこれで別の将棋になる。

 私は中盤以降も調べていって、また気になる局面に。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 これなあ……本譜は4四角の飛び出し。

 でも、よくよく見たら、けっこう手に迷う。

 30秒将棋じゃなかったら、長考したかも。

 私は馬を2一に入って、

「桂取り……はダメ?」

 とたずねた。

 藤枝さんは、そうですね、と言って、黙ってしまった。

 考えてるっぽいから、邪魔しないでおく。

 1分ほどして、5四香が打たれた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 うーん、厳しい。

 4八銀は3六歩で、追加攻撃されてしまう。

 かと言って、5四同馬は、間違えましたと認めているようなものだ。

 これはムリ、と思いきや、藤枝さんは、

「ただ、切られてどうかな……」

 と、5四同馬を推奨した。

「切ったら、続かなくない?」

 藤枝さんは、9筋をゆびさして、

「ここ突かれるの、イヤでした」

 と答えた。

 9五歩? ……端攻めか。

 対局中は、まったく考えなかった筋だ。

「そんなに厳しい?」

「はい」

 理由を言ってくださいな。

 藤枝さんは、感想戦でも無口なタイプみたい。

 私は、

「同歩、9三歩、同香で?」

 と、すこし進めてみた。

 藤枝さんは、4四角を示した。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ここで本譜の手になるのか。

「4八歩、4五桂、4九歩成、5三桂成なら、間に合うってこと?」

 私の質問に答えたのは、藤枝さんじゃなかった。

 背後から、風切かざぎり先輩の声が聞こえた。

「4九歩成なら、8五桂と打ちたいな」

 ふりかえると、風切先輩が腕組みをして立っていた。

「桂打ち……ですか?」

「ああ、打ってみれば、感触がいいと思うぜ」

 私は打ってみた──たしかに。

 9三歩、同香と吊り上げたのが、大きく効いている。

 藤枝さんはなにも言わなかったけど、暗に同意している気がした。

 そっかあ……もしかして、他の局面でも成立してた?

 4四角、4八歩に9五歩だって、あったかもしれない。

 私は、そこを確認しようとした。

 けど、風切先輩のほうが、先に口をひらいた。

「俺から藤枝に、質問してもいいか? 4一香は、どういう意図だったんだ?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 あ、ここは私も疑問だった。

 あとで利いてきたから、それかな、と思ったんだけど……でも、よくよく考えてみれば、先が見えすぎているように感じた。

 藤枝さんは、小首をかしげて、

「なんとなく……」

 と答えた。

 風切先輩は、

「7一銀が怖いのかと思ったが」

 とつけくわえた。

 藤枝さんは、ちょっと黙ったあと、

「6六桂~7四桂打で、すぐに寄っちゃうと思いました」

 と、自分の意見を伝えた。

 風切先輩は、そのセリフの成否を、しばらく吟味した。

「……なるほどな。そのとき7一に馬が利いてると、即詰みに近い。ただ、桂馬の重ね打ちをしなくても、6八金打、8八玉、6七金寄、9七玉、7八金寄、同銀、同金なら、その瞬間に7一銀で詰むぜ」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 なぬ? ……これで詰み?

 風切先輩は、詰み手順を示した。

「同金、同馬、同玉、6二金、同玉で引っ張り出して、5四桂だ。あとは並べ詰みだ」

 ん……そっか、手順は長いけど、美濃崩しの筋だ。

 藤枝さんも気づいたらしく、

「そうですね……ちがうところを心配してました」

 とつぶやいた。

 なんという綾──ん? ちょっと待って。

「風切先輩、途中からずっと観てたんですか?」

「ああ、中盤あたりからな。裏見うらみがスランプだと聞いて」

 そういうことを、他大学の前で言わないでください。

 数式を解くのは得意でも、人間心理がわかってない。

 そのあとは、終盤を調べた。

 私の勝ち筋は、なかったみたい。

 ひと段落したところで、パンと手を打つ音が聞こえた。

 設楽したらさんが、会場のみんなに号令。

「はーい、それじゃあ、三々五々、解散しましょ。おつかれさま~」

 残って対局するひとと、移動するひとに分かれる。

 小牧こまきさんは、

「おーい、酒飲むやつ、カラオケスペースに集合」

 と言って、宴会の準備。

 風切先輩と三宅みやけ先輩は、そっちに合流。

 お風呂に向かうひと、夜食を作りに行くひと、寝るひと。

 みんなバラバラになる。

 私は盤駒を仕舞って、松平まつだいらに声をかけた。

「どうする?」

「花火しないか、って、せきたちに誘われてる」

 花火かあ。いいかも。

 私もそれに乗った。

 防虫スプレーを塗ってから、外に出る。

 夜空に星が出ていて、私は思わず感嘆した。

 東京とは違って、小さな星までよく見える。

 駒桜こまざくらよりも、はっきりしていた。

 山奥で、大気が澄んでるからでしょうね。

 花火の準備は、もうできていた。

 ろうそく、水の入ったバケツ、それに花火セット。

 まずは手持ち花火から。

 火薬の匂いといっしょに、火花が飛び出す。

 私が持ってるのは、オレンジ色の火花が広がるタイプで、けっこう豪華。

 松平のは白っぽくて、炎がまっすぐ走るタイプ。

 設楽さんは、

「花火文字やろ~」

 と言って、スマホをとりだした。

 関くんはすこし離れたところに立って、

「なにがいいです?」

 とたずねた。

「ひらがなが限界かな。ハートとか、どう?」

「ぼ、僕がハートマーク出すんですか?」

「とりあえずテストしよ。なんでもいいから」

 設楽さんは、スマホをかまえた。

 関くんは、1、2、3と言ってから、花火をくるくる回した。

「……オケ」

 設楽さんは、スマホを確認した。

 できてるできてる、と言って、私たちにも見せてくれた。

 火花がうずまき状に取れている。

 松平は、

「これ、どうやって撮ってるんです?」

 とたずねた。

 設楽さんは、

「専用のアプリがあるんだよ~」

 と教えてくれた。

 どうやら、シャッタースピードを変更できるアプリがあるらしい。

 私たちは設楽さんに、いろんな写真を撮ってもらった。

 松平とふたりきりなら、ハートマークやっちゃうんだけどなあ、ムフフ。

 そのあとは置き型の花火で、派手に楽しむ。

 2メートルくらい上がるやつで、みんなキャーキャー言っていた。

 最後はゴミをかたづけて、ホテルにもどった。

 大部屋へ入ると、完全にできあがった酔っ払いの集団が。

 カラオケコーナーでは、ソファーに座った小牧さんと風切先輩が、肩を組んでビールの缶を開けていた。

 小牧さんは、缶を持ち上げて、

「会長なんかやってられるか。もう辞めるぞ」

 と叫んでいた。

風切かざぎり隼人はやとも辞めまーす」

 ダメなひとたちの集まり。

 私たちは、キッチンから飲み物を持ってきて、休憩。

 お茶を淹れましょう。

 戸棚に手を伸ばすと、いきなり待ったがかかった。

 藤枝さんが、私の腕をつかんでいる。

「そのお茶は飲まないでください」

 な、なんですか? 毒が入ってるとか?

 そんなわけない。

 賞味期限? ……全然だいじょうぶ。

「どうしたの? お茶嫌い?」

 私がたずねると、藤枝さんはバックから、緑色の袋をとりだした。

 S岡産、高級茶葉。

「このホテルのお茶は、飲むに堪えません。お茶はS岡」

 えぇ……ポリティーカル・コレクトネス?

 藤枝さんはてぎわよく、お茶を入れてくれた。

 いい香り。

 お昼に飲んだ茶色っぽい緑茶よりも、おいしかった。

 そのあとは雑談をして、9時半にはお風呂へ。

 さっぱりしてから、部屋へもどった。

 ベッドのうえに腰掛けると、ララさんが、

「ねえねえ、カイダンしようよ。カイダン」

 と言い出した。

 穂積ほづみさんは、

「怖い話ってこと?」

 とたずねた。

「そうそう、日本だとみんなやるんでしょ?」

 いや、べつにそういうわけでは。

 しかも、怖い話とか、そんなに知らないし。

 ララさんは、ベッドにうつ伏せになって、足をパタパタさせながら、

香子きょうこ、カイダンして」

 と言った。

「んー……高校のとき、自称宇宙人がいたこととか?」

「え、めっちゃおもしろそうじゃん」

 おもしろいかなあ。ほんとうにただそれだけなんだけど。

 私は身バレしない程度に、かいつまんで話した。

 寝っ転がって聞いていた穂積さんは、

「UFOじゃなくて、イケメンの音楽家を連れている宇宙人……?」

 と混乱していた。

 いや、だからまあ、怖い話でもなんでもなくてですね、はい。

 すこしふしぎな話ということで。

 ララさんは、うらやま、と言ってから、大谷おおたにさんに話をふった。

「ひよこは、いっぱい知ってるでしょ。お寺に幽霊が出る話とか」

 大谷さんは、ベッドのうえに正座をしていた。

 手を合わせて、静かにくちびるを動かす。

「みなさんにはお伝えしていませんでしたが、この部屋に入ってからというもの、ずっと霊気を感じております」

 怖すぎィ!

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