367手目 両取りラッシュ
さて……気を取り直しまして、と。
2回戦のあいては、松平。
駒を並べ終えて、チェスクロの位置を調整。
振り駒の結果は、私の後手。
松平はほかのメンバーに、
「準備はよろしいですか?」
と確認を入れた。
平賀さんのところがちょっとトラブってて、電池交換中とのこと。
1分ほど待って、再度確認が入った。
「よろしいですか? ……では、始めてください」
「よろしくお願いします」
私はチェスクロを押した。
松平は7六歩。
うーん、どうしようかなあ。
最近は大谷さんと指しすぎて、後手番で試したい居飛車の戦法も、ストックがあんまりないのよね。練習将棋だから、いろいろ実験してみたいところ。となれば──
3四歩、2六歩、4四歩、4八銀、4二飛。
松平は、
「四間か」
と言って、ちょっと考えた。
9六歩と、端を突いてくる。
持久戦にしないつもり?
慎重に判断する必要がありそう。
9四歩、5八金右、6二玉、6八玉、3二銀、4六歩。
んー、右四間っぽい? さすがに舐めすぎでは?
私は7二銀で、普通に組むことにした。
7八玉、7一玉、4七銀、3三角、5六銀、5二金左、7七角。
あからさまな右四間だけど、間に合わないでしょ。
銀を4三に上がる必要もない。
私は左辺を放置して、8四歩と突いた。
8八銀、6四歩、3六歩、7四歩、3八飛。
なんですか、この江戸時代の棋譜みたいな構え*は?
失敗を認めた感じ?
次に3五歩ポンなのは、わかる。
同歩、同飛、4三銀、3八飛、3四歩と収めて、先手が一歩持つ流れ?
「5四歩」
松平は3五歩と突かなかった。
8六歩と溜めてくる。
8二玉、3五歩。
このタイミングか……私は長考した。
ここまでが松平の予定とは、思えないのよね。
とちゅうでちょくちょく考えてたし。
それに、後手が悪くなっているという印象もない。
3五同歩、同飛、4三銀のあと、4五歩で追加する感じかな。
でも、3四歩、3七飛と引かせて、4五歩、3三角成、同桂くらいで、よさそう。7七角と打ち直されても、4四角でいいわけで……ん? そのとき8五歩がある?
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
このための8六歩だった? ありえる。
ここを取り込まれると困る。けど、同歩もかたちが悪い。4四角、同銀、3四飛、4三金に3一角と打たれて、どうかなあ。いい勝負。
私はここまで読んで、3五同歩一択でもないことに気づいた。
2四角もある。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
2五歩を突いていないから、それを逆用できそう。
2四角、3四歩、4六角と飛び出せば、いきなり香車を狙える。
これをガードするには、1八飛しかない。攻勢は頓挫する。
試してみたいのは、こっちかな。
飛車先を突いてないデメリットが、どれくらい大きいのか。
私はこちらの順にも1分ほど費やして、それから2四角と出た。
松平も長考返しをしてきた。
ちょっと険しい表情。うまくいってない自覚があるみたい。
けっきょく3四歩と取り込んで、4六角、1八飛、4三銀、4七金と進んだ。
よし、先手は謝った。
私は3五角と撤退。
松平も3八飛で、立て直そうとしてくる。
3四銀、2五歩。
けっきょく突くハメになってますね、はい。
「1四歩」
「8五歩」
おっと、焦点を変えたか。
でも、これはあらかじめ読んであった筋だ。
私は同歩と取って、6八金に3三歩と打った。
これで角が楽になる。
3六金、1三角。
撤退完了。
松平は1六歩で、あくまでも前に出てきた。
むッ……単純に端攻めされたら、意外と厳しい?
次に1五歩~1四歩で、角を3一に引かざるをえなくなる。
2二飛と回るタイミングもない。回ると、角の逃げ道を邪魔してしまう。
「……7三桂」
私は桂を跳ねて、高美濃に組み替えていく。
3五歩、4三銀、2八飛、6三金、1五歩。
ここで5二飛と回る。攻め合いだ。
1四歩、3一角、2四歩、7五歩、8七銀、5五歩。
7筋と5筋を、同時に攻める。
6三金と上がっておいたから、7四の地点に守りはある。
松平は、うーんとうなって、椅子を引いた。
迷ってる迷ってる。
これなあ、同角としてくれたら、ラッキーなんだけど。
1八歩、同香、5五飛、同銀、1九角で、大技がかかる。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
あ、でも、1八歩を取らなきゃいいだけか。
2三歩成、1九歩成、3三とじゃ、勝負になっていない。
いかん、ちゃんと読めてない。どうも調子が悪い。
パシリ
松平は4七銀。引いた。
これは7六歩で、7筋の攻めを再開。
同銀、7五歩、8七銀、6五歩。
松平は厳しそうな顔で、前髪を押さえた。
「受けっぱなしじゃ、マズいか。2三歩成」
2筋はもうどうしようもないから、無視。
私は6四角と飛び出した。
さすがに手抜けないでしょ。次の5六歩が激痛だ。
3三との攻め合いは、大歓迎。
問題は、角筋をどう止めてくるか。
パッと見、3七金か3七桂、あるいは4六歩くらい。
4六歩は4五歩で続くから、3七をなにかで埋めるのが本命。
桂と金の比較はむずかしい。どっちでもよさそう。
松平も迷っているらしく、この手に時間をかけた。
残り時間は、先手が8分、後手が7分。
私のほうも、時間はない。
終盤は、ほぼ1分将棋になりそう。
「3七……金」
金引きだった。
私は1分投入して、3四歩と突いた。
この金をいじめる。
「2四とだ」
そうきたか。
と金で支えて、3筋を奪還するつもりだ。
私は2二飛で、飛車交換の可能性をひらいた。
3三歩成に同桂、同と、2八飛成の素抜きが生じる。
3四歩、5六歩、同歩、3六歩、同銀。
ここで3八歩。
定番の打ち込みで、先手の攻めを牽制。
同金も同飛もないから、先手は忙しくなったはず。
松平は小考後、持ち駒の歩を手にした。
8四歩の垂らし?
パシリ
くぅ、そっちかあ。
6四角の攻めさえかわせば、自然と先手がよくなる、という判断だ。
攻め切らないと、ダメっぽい。
私はお茶を飲み、頬杖をついて、読みを入れる。
3九歩成で、自然とよくなるんじゃないの?
先手は手がなくない?
ムリヤリ攻めるなら、2三とかな、と思う。
だけどそれは、2九と、2二と、2八とと取り合っていい。
先手は囲いがいびつだから、飛車があればそのまま崩壊する。
私は30秒読んで、攻め合いを選択。
3九歩成。
松平は口もとに手をあてて、しばらく考え込んだ。
パシリ
……玉引き? この忙しい局面で?
私は反射的に、2九とと取った。
同飛に5四銀と出る。
松平は5八玉と、さらに上がった。
広いほうへ脱出するつもり? そうは問屋がおろさない。
私は8六歩で、本格的に崩しにかかった。
同銀、6六歩、同角、6五銀、7五銀。
これは強く取り合って……は、やりすぎか。いったん5三角と引く。
松平は2三とと、押し込んできた。
さすがに逃げないと、厳しい。
私は5二飛と6二飛で悩んだ。
攻めに活かすなら、5二。ただし、3三と~4三との危険がある。
とはいえ、6二に隠居させても、と金はそのうち寄ってくる。
ピッ
ここで1分将棋。きつい。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
私は6六銀、同銀を決めてから、5二へ飛車をスライドさせた。
松平は3三と。
うーん、次に2一飛成と4三との、両方を見せられている。
……………………
……………………
…………………
………………ん? 両方防げるのでは?
ああして、こうして──うん、防げそう。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7四桂」
私はチェスクロを、力強く押した。
松平はこの手を見て、かるく首をひねっている。
2一飛成でも4三とでも、悪手になるわよ。
6六桂、同歩に7六角が、両取りになるから。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
ただ、さすがに気づかれるかなあ。
そもそも第一感が5七銀だものね。
後手苦しい。どうも攻め合い負けしている。
ピッ
松平も1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
え……引っかかってくれた。
私は逆に焦っちゃって、一瞬固まってしまった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「ろ、6六桂」
「4七玉」
なるほど、両取りには、さすがに気づいてるのか。
それは逃げてよし、と思ってるわけね。
私は5八銀とごり押しした。
これは採算がある。同金、同桂成、同玉なら、7五角だ。
「3八玉」
松平は、王様を逃げ回る方針らしい。
だったら4九角。
2八玉は2二飛でマズいから、松平は3九玉と引いた。
「7五角」
どやっ。次に7八桂成が、王手金取り。
さっきから両取りの筋が続出している。
4三とは、ミスだったのでは。あそこで冷静に引かれたほうが、困った。
松平は5二と。
さすがに取ってきた。
私は7八桂成で王手。
6六銀、同角、同歩、6八成桂、6一と。
ここが一瞬詰めろになっているから、私は9三玉と逃げた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
8八飛。
詰めろ成桂取り。
金銀を手に入れたけど、攻めがむずかしい。
5八銀と4九角のかたちが、思ったよりよくない。
ど、どうすれば……時間がない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! これだッ!
パシリ
*居飛車の誕生1:初代宗桂vs本因坊算砂
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