365手目 ワルラスの法則
※ここからは、香子ちゃん視点です。
*** ミクロ経済2 ***
【問1】
(1)ワルラスの法則を説明せよ。
(2)2人2財の交換経済において、競争均衡はどのように求められるか。
(3)完全競争市場の一般均衡モデルを考える利点を挙げよ。
ははあ、一般均衡の問題ですか。
ひとつずつ解決。
まず、ワルラスの法則というのは、
完全競争市場では、すべての市場の超過需要額の和がゼロになる
というものだ。
もちろん、これはただの定義だから、詳しく説明しないといけない。
完全競争市場というのは、
①需要者と供給者が、十分多数存在している。
②各需要者と供給者は、市場へ自由に参入したり、そこから退出したりできる。
③市場で売買される財は同質である。
④すべての需要者と供給者とのあいだで、財に関する情報がすべてそろっている。
という4条件を満たした市場のこと。
現実的にはまずありえない、という点はおいておく。
ここで、需要と供給の均衡について考える。
需要と供給が均衡するのは、需要xが生産量yおよび在庫wの量と一致した場合。
つまり、市場にあるn番目の財について、価格がpのとき、
xn(p) = yn(p) + wn
となるなら、nについて需要と供給が均衡する。
このとき、式を変形すると、
xn(p) - yn(p) - wn = 0
となるから、均衡しているというのが直感的にも分かる。
じゃあ、右辺が0ではない場合も考えると?、というのが超過需要関数。
xn(p) - yn(p) - wn = zn(p)
zn(p)>0なら超過需要、zn(p)<なら超過供給になる。
超過供給はマイナスの超過需要ともいえるから、超過需要だけ考える。
さて、以上の定義から、ワルラスの法則を説明。
まず、各消費者の予算制約式、
から出発。
各消費者の需要が、初期保有からの収入と、企業からの利潤配分との総和になる。例えば、株の配当とお給料があったら、それが消費できる額だよね、という感じ。これをどんどん変形すると、
になる。
これはけっきょくのところ、総消費計画、総初期保有、総生産計画だから、
px(p) = pw + py(p)
p(x(p) - y(p) - w) = 0
と書き換えられる。さっきの超過需要に関する式を使えば、
p1z1(p) + ... + pnzn(p) = 0
これが、ワルラスの法則。
超過需要の金額をすべて合計すると、ゼロ。
次に、(2)の簡潔な答えは、2人のオファー曲線の交点、だ。
オファー曲線を考えるときは、エッジワース・ボックスを使う。
まず、エッジワース・ボックスに、Aさんの適当な予算制約線と無差別曲線を描く。
この予算制約線と無差別曲線との接点が、Aさんの最適消費点。
ここで、X財とY財の価格比を変更して、予算制約線と無差別曲線を動かす。
このときの接点も、最適消費点。
これを繰り返すと、あらゆる価格比について、最適消費点を発見できる。
その最適消費点を結んだものが、オファー曲線。
Bさんについても同様のことができて、Bさんのオファー曲線も存在する。
そして、このAさんのオファー曲線とBさんのオファー曲線との交点が、競争均衡。理由は単純で、競争均衡はパレート効率的な点、オファー曲線の交点は、2人の消費者効用最大化点だからだ。
最後に(3)だけど、これが一番簡単かな。
完全競争市場の一般均衡モデルでは、特定の消費者の効用関数や、生産者の生産関数を考えなくてもよくなる。この性質は便利なのだ。例えば、均衡がそもそも存在するのか、という問題について、不動点定理でその存在を証明することができる。
問2以下も解いて──よし。
このテストが最後。
いざ、夏合宿へ。
○
。
.
ここは、N野の高原。
私たちは高速バスを降りて、涼やかな風を浴びた。
ララさんは麦わら帽子を押さえながら、
「いいねえ、これがヒショってやつかあ」
と、周囲を見回した。
白馬山麓が遠くに見えて、そのうえに青空が広がっていた。
三宅先輩は先頭を切って、右手を高く挙げた。
「よーし、移動するぞ」
ホテルへと向かう。
真っ白な建物の、コミュニティ施設。
大学のゼミ合宿で検索すると、よくヒットするところだった。
私たちは正面玄関から入って、管理人さんにあいさつをした。
ひとのよさそうなおじいさんだった。
男女の大部屋へそれぞれ案内された。2階へ上がる。
入ってすぐに、リビング。フローリングの床に、6人がけのテーブルがあった。
左手のほうが洗面所とシャワールーム、それにトイレ。
キッチンは1階にあるらしく、室内には棚に電気ポットがあるだけだった。
そこから奥へ進むと、寝室。
ベッドが2列×3個置かれただけの、こざっぱりとした空間。
ララさんは寝室の窓に駆け寄って、外を見た。
「うわー、めちゃ景色いい」
私も横からのぞきこむ。
湖を見渡せるかたちで、遠くに山並みを一望できた。
穂積さんは、鞄をベッドのうえに置きながら、
「ああ~、疲れた」
と言って、腰をおろした。
そこがちょうど入り口の近くだったから、ララさんは、
「あれ、八花、そこでいいの?」
とたずねた。
「べつにどこでもいいわよ」
「そっかあ、じゃあ、窓際がいいひと~」
ララさんは、じぶんで手を挙げた。
ほかに挙手はなし。
ララさんは、窓際のベッドのひとつに、ダイブした。
「じゃあここ~」
残りは4つ。私と大谷さんと平賀さんで分割。
大谷さんと平賀さんは、真ん中のベッド。
なんだかんだで、私は窓際になった。
いろいろ準備を済ませて、1階のレクリエーションルームへ。
男子は先に集まっていた。
テーブルはもうセットされていて、将棋ができるように組み替えてあった。
松平はホワイトボードのまえで、
「こちらに書いてある組み合わせと場所で、着席してください」
と指示した。
私は大谷さんといっしょに、ホワイトボードの手前に座った。
全員の着席を確認したところで、松平はペンを持った。
「えー、東京からの移動、お疲れ様でした。本日のスケジュールを説明します。すでに1時を回っているので、これから2局指し、そのあと夕食にします」
松平は、ひと呼吸おいた。
「それでは、主将の大谷さんから、あいさつをお願いします」
大谷さんは席を立った。
みんなのまえで、両手を合わせて一礼した。
「お忙しいところ、合宿にご参加いただきまして、ありがとうございます。A級昇級に向けて、9月から厳しい戦いが始まります。個々人の伸びも大切ですが、チームとして仕上がっていることが重要かと思いますので、どうかお力添えをいただきたいと存じます」
みんな真剣な表情に。
松平が交代した。
「それでは、対局準備を始めてください」
駒を並べて、チェスクロをセット。
振り駒はゆずりあって、私が振った。
歩が3枚。私の先手。
あとは対局開始を待つ。
作業の音も静かになっていく。
最後に咳払いが聞こえた。
松平は、
「対局準備は、よろしいですか?」
と、確認を入れた。
特に返事はなし。
「では、始めてください」
「よろしくお願いします」
私たちは一礼して、大谷さんがチェスクロを押した。
私は力強く7六歩。
以下、8四歩、2六歩、8五歩、7七角、3四歩、8八銀。
角換わりへ。
3二金、7八金、7七角成、同銀、2二銀、3八銀、3三銀。
主導権をにぎりたい。
とはいえ、めちゃくちゃ有力な研究があるわけでもない。
ここはオーソドックスに組んで、ようすを見る。
3六歩、1四歩、9六歩、6二銀、1六歩、7四歩。
私は4六歩と突いて、腰掛け銀へ移行できるようにした。
6四歩、4七銀、9四歩、4八金、7三桂、3七桂、8一飛。
んー、後手は、右玉も視野に入れてるっぽい。
最初から千日手狙いだと、めんどう。
私は5六銀で、すなおに組むことにした。
6三銀、2九飛、6二金、6八玉、4二玉、6六歩。
大谷さんは小考して、5四銀と出た。
4四歩と突かないのか──ここを押さえてみましょ。
私は4五歩と突いた。
チェスクロを押す合間、大谷さんは居住まいを正した。
後手の対応が、ちょっと難しいんじゃないかな、と思う。
王様を動かすのが第一感。でも、動かす先は複数ある。
3一、4一、5一、5二、どれもある。
だけど、この予想は外れた。
大谷さんは6三銀と引いた。
そっちか。
今度は私が迷う番になった。
王様を動かしてくれるなら、2五歩の予定だった。
とはいえ、このかたちでも2五歩はアリ。するかどうかの問題。
「……7九玉」
5二玉、8八玉、5四歩、2五歩。
けっきょく突けた。
大谷さんは10秒ほど考えて、もういちど王様を動かした。
パシリ
そっちかあ。
右玉に方針を切り替えたっぽい。
私も対応する。
6七銀、4二金、2八飛、7二玉、2九飛、6一玉。
露骨な動き。
千日手にするかどうか、その判断もしないといけなくなった。
5六歩、7二玉、2八飛、4一金、5八金、3二金。
後手は金のグルグル戦法を開始。
2六飛、4二金、4六角、3二金。
いかん、打開できない。
固めたのは、ミスだったかも。
もう消費時間がもったいないから、私は2八飛と引いた。
まあ千日手でしょ──と思いきや、大谷さんはここで長考した。
……………………
……………………
…………………
………………
不穏な空気が流れる。
後手から打開してくれるってこと?
この状況で? ……どこから?
私はちょっと考えて、飛車のスライドを思いついた。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
この場合……9八香で、穴熊にする?
角換わりでは、たまにある作戦だ。
以下、8一飛、9九玉、4二金、8八銀なら、打開する筋が生まれるかも。
ただなあ、固めてポン、が効くかどうか。
ちょっと疑わしいような──あ、動く。
パシリ
……なぬ?




