表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第56章 蘇った初恋(2017年6月26日日曜)
375/496

363手目 合意された負担

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


【先手:裏見うらみ香子きょうこ 後手:大谷おおたにひよこ

挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………どうにもならないわね。

 私は駒をそろえて、頭をさげた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 チェスクロを止める。

 うーん、3連敗。昨日から、ずっと勝ててない。

 私がちょっとへこんでいると、大谷さんは、

「感想戦のまえに、休憩いたしますか?」

 とたずねてきた。

「そうね、ちょっと休憩」

 私はペットボトルのお茶を飲んで、ひと息ついた。

 そのタメ息がだいぶ大きかったからか、大谷さんは、

「裏見さんのご負担が重くなってしまい、もうしわけございません」

 と言った。

「まあ、話し合いの結果だし、私も了承したからいいんだけど……」

 そう、あのあと話し合った結果、オーダーは次のように決まった。


【上位7人を出した場合】

4 2 7 1 6 3 5


【対京浜】

9 4 2 1 3 5 8


 採用されたのは、バランスオーダー。

 対京浜のほうで、工夫することになった。

 ようするに、真ん中3つを全部拾って、端で最後のひとつを拾う、というパターン。

 現時点の実力順だと──


 青葉 裏見 大谷 風切 愛智 松平 ララ


 これが対京浜のメンバー。

 6番手の穂積ほづみさんと、7番手の星野ほしのくんがアウト。

 8番手のララさんと、9番手の青葉あおばくんがイン。


【京浜が当て馬なし】

 都ノ 9 4 2 1 3 5 8

 京浜 1 3 5 7 6 4 2


【京浜が当て馬あり】

 都ノ 9 4 2 1 3 5 8

 京浜 8 1 3 5 4 2 9


 いやあ……うーん、どうでしょう、今さらながらに。

 風切かざぎり先輩を真ん中にしたから、どうしてもあいての強豪に当てられない。

 もうひとつの問題は、京浜が両端に当て馬を出すと、都ノみやこののセンター3勝が安定しなくなるという点だった。特に3番手の愛智あいちくんと、京浜の4番手との対決が、ちょっとあやしい。

 もちろん、そのあたりは議論で織り込み済み。それに、京浜はこのオーダーを読みにくい、という利点がある。おそらく、京浜が第一候補にするのは、以下の組み合わせ。


【京浜が誤解してくれそうな組み合わせ】

 都ノ 4 2 7 1 6 3 5

 京浜 1 3 5 7 6 4 2


 だから、京浜は当て馬を出してこない、と思う。

 だったら本命は、私と松平まつだいらが、京浜の3番手と4番手にぶつかる。これ。

 それを前提にした練習には、大谷さんと愛智くんが最適。

 3番手なら、大谷さんよりちょっと弱くて、4番手なら、愛智くんくらい。

 愛智くんには、ちょこちょこ入るんだけどなあ。大谷さんがなあ。

 私はもういちどタメ息をついて、気合いを入れなおした。

 感想戦に取り掛かろうとしたところで、部室のドアが開いた。

 愛智くんだった。

 いつもの黒マスクに、リュックサックを背負っていた。

「あ、おつかれさまです」

 私たちもあいさつをした。

 愛智くんはリュックをソファーにおき、盤をのぞきこんだ。

「……感想戦ですか?」

「ええ、そうよ」

「このあと1局指せます?」

「もちろん」

 私と大谷さんは、10分くらいで感想戦を切り上げた。

 愛智くんとチェンジ。

 盤面をもどして、振り駒。

 表が1枚で、私の後手。

「30分60秒で、いい?」

「はい、しばらくは公式戦どおりに指しましょう」

 チェスクロを私の右側に置いて──準備完了。

 私はボタンを押した。

「それじゃ、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 7六歩、3四歩、6六歩、8四歩、6八飛。


【先手:愛智あいちさとる 後手:裏見香子】

挿絵(By みてみん)


 ふむ、四間ですか。

 私は1四歩で、端を打診した。

 1六歩、5二金右、4八玉、5四歩、7七角、4二玉。

 先手がどう出てくるか、様子見。

 3八銀、3二玉、5八金左、6二銀、7八銀、8五歩。

 愛智くんは、3九玉と下がった。


挿絵(By みてみん)


 ちょっと穴熊を警戒してた感じかな。

 いずれにせよ、オーソドックスなかたちになった。

 私は7四歩で、急戦を見せる。

「そっちですか……」

 愛智くんは10秒ほど考えて、6七銀。

 3三角、2八玉、4四歩、5六歩、2二玉。

「さすがにその組み方は、許容できません。6五歩」


挿絵(By みてみん)


 はい、一気に開戦の準備、きた。

 後手が悠長に囲っているあいだに潰す、と。

 もちろん、それを誘ったのは私のほうだから、適切に対処していく。

 5三銀、7八飛、6四歩。

 私は狙い通りに開戦。

 愛智くんも、すぐに5五歩とぶつけてきた。

 むむむ、単に6四同歩とは、してくれませんか。

 5五歩には……同歩もアリかな。同歩、7五歩、6三金みたいな流れ?

 取らない場合は……6五歩? 先手は、5六銀と支えてきそう。

 5筋で反発するか、6筋で反発するかのちがい。

 最初の分岐点で、私は長考。

「……」

 6五歩のほうが、わずかに攻め幅が広いとみました。

 5五同歩、7五歩は、8三飛と一回浮く必要がありそう。

 私はひとりうなずいて、6五歩と取り込んだ。

 愛智くんも長考返し。

 5六銀と進出した。

 3二銀、6五銀、6二飛。


挿絵(By みてみん)


 愛智くんはマスクの下で、いやあ、とつぶやいた。

「角道を開けずに、右四間模様ですか……斬新」

 特に狙ってやったわけじゃ、ないんだけどね。

 銀を進出してきたのは、愛智くんなんだし。

 6四歩は同銀で意味がないから、愛智くんは5四銀と前に出た。

 ここなのよね、第2の分岐点。

 6九飛成とそのまま突っ込むか、それとも5四銀で銀を回収するか。

 銀を回収するのは、同歩のかたちが危ないかなあ。

 私は30秒ほど迷って、6九飛成とした。

 愛智くんは、6八飛で交換を迫ってくる。

 これは無視。

 8九龍、6一飛成、7八龍、5三銀成、同金。

 愛智くんは、角をスッと上がった。


挿絵(By みてみん)


 そっちかあ──予想が外れた。

 手堅く6八金か、一本5四歩だと予想していた。

 私は背筋を伸ばして、ポニテの位置をなおす。

 この手を軽視してたのは、6七歩があるからなのよね。

 そこで8四角と呼び出すなら、4五歩と突く。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 これで一気に角が参戦するから、後手がいいでしょ、という判断。

 愛智くんは、これを互角と見てるのかしら?

 それとも、この進行以外を考えてる?

 私はこぶしを口もとに当てて、黙考した。

 後者っぽいのよね──あ、もしかして、6七歩に5七角?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 攻めずに粘ってくるのかも。

 ここで7三桂と跳ねる?

 でも、8四角と方針転換されたら、困る。跳ねた桂馬が目標になってしまう。

「……6七歩」

「今の長考具合だと、気づかれましたね。5七角」

 私は6九龍と入った。

 5四歩、同金、4三銀。


挿絵(By みてみん)


 おっとっと、露骨にきた。

 同銀だと崩壊……しないか。取っちゃってもよさそう。

 4一龍に、4二銀としちゃえばいいわけで……あ、そこで7九金がある。

 でもでも、4九龍、同銀、5一金で、殺し返せるのよね。

 以下、同龍、同銀、8三飛……先手を取られちゃうか。

 心情的には、ちょっと飛び込みたくないかも。

「5六歩」

 3二銀成が大したことなさそうだから、攻めさせてもらう。

 愛智くん、この踏み込みを受けて、マスクの位置調整。

 手抜けないだけじゃなく、逃げる場所も限られている。

「4六角です」

「4三銀」

 4一龍、4二銀。

 愛智くんは持ち駒の金を手にして、迷った。

 さっきの状況なら、さくっと7九金だったと思う。

 だけど今の局面は、5六に拠点がある。龍の消し合いでも、後手がやれそう。

 それともうひとつ、単に5九金引と、5九金打でも迷っているっぽい。

 愛智くんは金を持ち駒へもどした。

 だいぶ考え込んでいる。

 私はお茶を飲んでから、読みを深めた。

 7九金以下と、5九金引(or打)とでは、進行がまるでちがう。

 7九金は、4九龍、同銀、5一金、同龍、同銀、9一角成と馬を作るか、あるいは8二飛と王手する感じ。5九金引は、9九龍と逃げる。先手も当然に8一龍と逃げて、おたがいに攻めを立て直すことになる。5九金打も9九龍、8一龍の展開だけど、先手は金を手放しているから、守勢になりそう。

 私は5九金引をメインに読んだ。

 これが一番ありそうで、かつ、その後の方針がむずかしい。

 愛智くんは5分も長考したあと、5八の金を5九に引いた。

 9九龍、8一龍。

 ここで気持ちのいい手がある。

「4五歩」


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ