359手目 復縁
※ここからは、香子ちゃん視点です。
というわけで、ごたごたは全部解決(放棄?)して、一件落着。
今日は楽しい女子会!
有縁坂にいつものメンバーで集まって、お茶。
私と火村さんとララさん。
大谷さんは用事があるとかで、来られなかった。残念。
私は奮発してパフェを頼んじゃった。
オーソドックスなイチゴパフェ。
夏に食べるの、最高。
私がほくほく顔でいると、ララさんは、
「ねえねえ、今年の夏、どっか行かない?」
と訊いてきた。
私は、
「日帰り旅行?」
と訊き返した。
「日帰りでもいいし、お泊りでもいいよ。女の子だけで行こうよ」
「このメンバーで?」
「ひよこも入れて4人。それ以上は、ちょっと多いかな」
たしかに、4人でもけっこういっぱいいっぱいよね。
火村さんは、
「4人ってことは、あたしも入ってるの?」
と確認を入れた。
「もち。イヤ?」
「イヤじゃないけど、日本の夏って、どこも混んでるわよね」
たしかに、有名なところは、人だらけだと思う。
じつは去年の8月、粟田さんとお台場に行ったんだけど、激混みだった。
しかも暑いし。
楽しかったのは事実なんだけど、どうしても慎重になってしまう。
行き先選びはだいじ。穴場を狙いたい。
火村さんは、
「ヨーロッパ旅行とか、どう?」
と提案した。
そんなお金はありません。
ララさんは、
「定番だと、江の島へナンパされに行くとかかなあ」
と言った。
「ララさ~ん、そういう目的なら参加しないわよ」
「ジョーダンだって。香子、関東で行ってないところ、ある?」
それはいっぱいある。
まず、K倉とY浜は、まだ行っていない。
S玉のほうも全然だし、C葉は松平とデゼニーデートしたくらい。
それより東は未知のエリアだった。
G馬とT木は、西日本人からすると、そもそも地理があいまい。
私がそのことを告げると、ララさんは、
「香子、世界がめっちゃ狭いじゃん」
と返してきた。
いやいや、そんなにあちこち行けないでしょ。
「ララさんこそ、どこに行ったことあるの?」
ララさんは、指折り数え始めた。
「東京でしょ、K奈川でしょ、C葉でしょ、S岡でしょ、A知でしょ、M重でしょ……これくらいかな」
ほら、そんなに行ってないじゃないですか。
しかもS岡とA知とM重は、将棋部で行ったところ。
私がそのことを指摘すると、ララさんは渋い顔をして、
「ブラジル人にしては、行ってると思うけどなあ」
と反論した。
そこで国籍を活用しないでください。
ララさんは、テーブルから身を乗り出してきた。
「で、どこ行く? ララは温泉でもいいよ」
温泉かあ。
場所を選べば、そこまで混まなさそう。
H島は温泉があまり出ないから、新鮮味もある。
ララさんは両腕を高くあげて、
「お肌ツヤツヤになるのだあ」
と笑った。
すると火村さんは、
「これ以上ツヤツヤになると困っちゃう~」
と嘆息した。
「香子、そろそろ移動しよっか」
「そうね。あ、火村さん、伝票はここにあるから」
「ちょっとッ! そんなに怒んなくてもいいでしょッ!」
過度の美容自慢はNG。
ララさんは椅子にのけぞって、
「香子、H島出身なんでしょ? ニッポンの西で、どっか行ったことある?」
と、話題をもどした。
「親戚が四国にいるから、四国は全部回ったわ。あと、高校の卒業旅行のとき、中国地方はぐるっとしてる」
「なんか面白いところあった?」
「温泉なら、それこそE媛とか有名じゃない?」
とはいえ、遠いのよね。
火村さんは、
「四国だと、それこそ1泊2日でもきつくない?」
と指摘した。正論。
ララさんは、
「1泊2日だと、どこが限界?」
と訊いてきた。
私は、
「スケジュールによるけど……西なら近畿じゃない?」
と答えた。
「近畿……K都?」
「K都は観光客が……」
と、そのときだった。
いきなり女性に話しかけられた。
「夏のK都はやめたほうがいい」
ふりかえると、メガネの女性が腕組みをして立っていた──折口先生ッ!
ララさんは、
「ストーカーだ~」
と、おおげさに驚いた。
こらこら、そういう言い方をしない。
私は、
「先生、どうなさったんですか? じつはここの常連とか?」
とたずねた。
「さっき道を歩いていたら、たまたま3人を見かけた。この建物に入って行ったから、私も入った。なかなかいい店だな」
ほんとにストーカーじゃないですか。
どういうことなの。
私が困惑していると、火村さんは、
「だれ、このひと?」
と訊いてきた。
私は、都ノ大学の折口先生だと答えた。
火村さんは全然動じないで、
「ふ~ん……で、夏のK都は、なんでダメなの?」
と、冷静にたずねた。
「死ぬほど暑い。住んでいたからわかる」
これを聞いたララさんは、
「暑いのかあ。日本の夏は、べったり」
と言って、難色を示した。
そういえば、折口先生は古都大だったわね──ん?
……………………
……………………
…………………
………………マズい。
私は席から腰をあげた。
「折口先生、ちょっとお店を出ませんか」
「な、なんだ、ツラを貸せというのか?」
「いえ、そういうわけじゃなくてですね……その……」
私が言い訳を考えていると、サイドから人影が現れた。
最悪のタイミングだった。
「お客様、どうなさいました? ……お客様?」
○
。
.
翌日、私は部室で大谷さんと、将棋を指していた。
【先手:大谷雛 後手:裏見香子】
うーん……私が悩んでいると、大谷さんは両手を合わせた。
「裏見さん、なにかお困りごとがあるのではないですか?」
私は嘆息した。
ちょうどほかの部員はいないし、相談しておこう。
「じつはね……」
かくかくしかじか。
大谷さんはじっと耳を傾けたあと、冷静にまとめた。
「院進希望の女子大生と、祇園のホストが再会した……と。これもなにかの縁でしょう」
予想通りのコメント。
大谷さんなら、そう言うと思った。
「折口先生は、今でも佐田さんのことがお好きなのですか?」
「まあ……喫茶店でのようすを見ると……」
真っ赤になって、挙動不審になった挙句、逃げ帰ったもんなあ。
料金払わずに。
おかげで私たちが払うハメになったんだけど。
あとで請求しなきゃ。
大谷さんは、
「いずれにせよ、おとなの恋愛です。拙僧たちが首をつっこむことではないと思います」
と、これまたばっさりな終わらせかただった。
ま、それもそっか。
私が次の手を指そうとしたところで、部室のドアがひらいた。
松平と平賀さんが入って来る。
ふたりは軽くあいさつしたあと、なにやら深刻なようすで会話を始めた。
「平賀、折口が変だった理由、わかるか?」
「わかんないですね……そうとう変だったと思うんですけど……」
あ、もしや。
私はふたりの会話にわりこんだ。
「なにかあったの?」
松平はふりむいた。
「研究室で、なんかボーッとしてた」
平賀さんも横合いから、
「しかもスマホをやたら触って、ニヤニヤ笑ったり、がっくりしたりしてるんです」
と付け加えた。
うわあ、これはアレですね、アプリで相性占いとかしてるパターンでしょ。
松平は、
「裏見は、なにか心当たりがあるのか?」
と訊いてきた。
松平も、最近勘がいいわね。彼女読みをしている?
私は平賀さんがいる手前、
「ないわね」
と答えた。
「そっか……平賀、一局指すか?」
「はーい」
私も席へもどった。
初恋の男性との、9年ぶりの再開……か。
まあ縁よね。良縁かどうかは、さておき。
いずれにせよ、私たちが干渉することじゃなかった。
私は気をとりなおして、次の手を指した。




