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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第55章 解けなかった暗号(2017年6月21日火曜)
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358手目 解散

 翌日、私たちは例のお蕎麦そば屋さんに集合した。

 聖生のえる探偵団を最初に結成した場所だ。

 氷室ひむろくんは私に耳打ちしたあと、風切かざぎり先輩と合流して、どこかへ行ってしまった。私は松平まつだいら大谷おおたにさんに相談した。結局、太宰だざいくんへこの件を伝えることになった。太宰くんは氷室くんに一回声掛けをしたから、リーダーが太宰くんなことはバレていると思う、という大谷さんの意見が決め手になった。

 私たちがお店に到着したとき、太宰くんはすでに来ていた。

 2階のお座席で、ひとり待っていた。

 太宰くんはスマホをポチポチしながら、

「おつかれ」

 とあいさつした。

 私たちもあいさつをして、入室。

 太宰くんは、テーブルの奥に座っていた。私たちは、入り口の近くに固まった。

 これを見た太宰くんは、

「奥から詰めないの?」

 と訊いてきた。

 松平は、

「太宰のまえに氷室が座る……っていうのが、話しやすいんじゃないか」

 と答えた。

 太宰くんは、そうかもね、とだけ答えた。

 時間ぎりぎりに火村ほむらさんが、3分ほど遅刻してばんくんが到着。

 火村さんは太宰くんのとなりに、磐くんは松平のとなりに座った。

 氷室くんとの待ち合わせ時刻は、わざと30分ずらしてある。

 私たちはさっそく、打ち合わせを始めようとした。

 ところが──

「お待たせ」

 いきなり障子を開けて、氷室くんが部屋に入ってきた。

 唖然とする私たちをよそに、氷室くんは太宰くんのまえに座った。

 そして、あっけらかんとした口調で、

「全員そろったみたいだね。みんな、注文は終わってる?」

 とたずねた。

 太宰くんは、

「いや……まだだよ」

 と返した。

 とりあえず注文をすることに。

 私はざる蕎麦を注文した。

 店員さんが出て行ったあと、氷室くんは話を切り出した。

「その顔だと、もう腹は決まってる、ってわけじゃなさそうだね」

 太宰くんは、まあね、と言ったあと、

「牽制し合ってもしょうがないし、率直に訊こうか……氷室は、暗号が解けたの?」

 と、いきなり核心部分から入った。

 氷室くんは、肩をすくめた。

「いや、解けてない」

 これは意外だった。少なくとも、私にとっては。

 てっきり暗号が解けたから、声をかけてきたと思ったのに。

 太宰くんもこれを聞いて、態度を変えた。

「だったら共闘する意味は、ないんじゃないかな」

 氷室くんは、なぜ、とたずねた。

 太宰くんは、

「僕らが困ってるのは、暗号の解読だけだからだよ」

 と答えた。

 これは。ややおおげさな言い方だった。

 ほかにもいろいろ困ってると思うんだけど。

 聖生のえるの仲間の正体とか。

 ひとりは宗像むなかたくんのお父さんで、ほぼ確定。

 だけど、もうひとりはてんでわからなかった。

 氷室くんは、かるく嘆息した。

「僕はね、あの暗号のキーを見つけた、と思ってたんだよ」

 私たちはおたがいに視線を合わせた。

 太宰くんだけは、氷室くんのほうを向いたままだった。

「と思った、っていうのは?」

「じっさいにはハズレだった」

「わざわざハズレだったことを教えに来たの?」

 太宰くん、ずいぶんと強気。

 ただその背後には、氷室くんに対する警戒もある気がした。

 氷室くんはそこに頓着しないで、話を進めた。

速水はやみ先輩が聖生のえるの遺産を狙ってること、太宰も知ってるよね?」

「まあ、多少は」

「僕は速水先輩からも、声をかけられた」

 太宰くんは、へえ、とつぶやいた。

 警戒心が上がったようにみえる。

 それも当然で──これ、氷室くんが速水先輩のスパイなんじゃないの?

 その可能性がないとは、言い切れないような。

 疑いの目を向けられるなか、氷室くんは、

「きちんと断った」

 とつけ加えた。

 太宰くんは、

「証拠は? と言いたいところだけど、あるわけないか。で、なにが言いたいの?」

 とたずねた。

「そのとき、速水先輩はちょっとだけヒントをくれた」

「ヒント?」

 氷室くんは、そのときの会話を正確におぼえている、と言った。

 そして、内容を教えてくれた。

 速水先輩は、氷室くんの数学スキルを買って、声をかけてきたらしい。

 聖生のえるの暗号というものがあるはずだから、それを解いて欲しい、と。

 氷室くんは、興味がないという理由で断った。

 ところが速水先輩は、氷室くんにも間接的に関係がある、と言ったらしい。

「僕はそのセリフの意味が、よくわからなかった。詳しく訊いても、教えてくれなかったし。ただ、あとでちょっと思い当たることがあって、もしかしたら暗号が解けたかな、という気になった」

 これを聞いた太宰くんは、

「で、解けなかった、と。なにを考えたのか、一応教えてくれない?」

 とたずねた。

 氷室くんはかるくほほえんで、

「風切先輩だよ」

 と答えた。

 私はエッ?という顔になった。でも、太宰くんは冷静だった。

「風切先輩が聖生のえるのこども、あるいはその仲間のこども……と」

「へぇ、太宰もその可能性について、考えたことがあるんだね」

「もちろん。風切先輩は宗像むなかたふぶきさんの元カレで、いきなり将棋界に復帰した。その途端、聖生のえるも復活した。なにかあると思うよね、ふつうは」

 そっか……風切先輩、そこまであやしまれてたんだ。

 私は都ノみやこののメンバーだったから、そこまで疑わなかった。

 部の再建は、私たちから持ち掛けただけで、風切先輩から誘ってきたわけじゃない。

 このあたりは、視点のズレだと思う。

 太宰くんは、

「ってことは、暗号のキーがHAYATOだと思ったってこと?」

 と確認を入れた。

 氷室くんはうなずいた。

「そう、だけど意味のある文書にならなかった」

 太宰くんは、磐くんに目配せした。

 磐くんは、了解、という感じでスマホのアプリを立ち上げた。

「……たしかに、意味のある文字列にならないな」

 ふぅ、ちょっと緊張した。

 総当たりはもう終わってて、解読できないことはわかっている。

 とはいえ、ね。

 ここで、料理が運ばれてきた。

 私たちは黙って、店員さんの作業を見守った。

 急に静かになったから、ちょっと不審に思われたかも。

 ごゆっくり、と言って、店員さんは障子を閉めた。

 影が遠ざかる。

 氷室くんはお茶を飲み、それから先を続けた。

「というわけで、このヒントに関しては、先に進めてない。だいじなのは、もうひとつのほう。僕は速水先輩に、聖生のえるが遺産を隠せる場所なんてあるのか、と訊いた。すると速水先輩は、一時的にどこかへ預けることはできたはずだ、と答えた」

 この言い回しに、その場のだれもが違和感をおぼえた。

 太宰くんは、

「一時的に? ……ほんとにそう言ったの?」

 と、けげんそうだった。

「うん、はっきりおぼえてるよ。一時的に、ってね。最初は変だと思わなかった。例えば銀行に一時的に預けて、そのあと引き出す、とかね。でもよくよく考えたら、つじつまが合わなくなる」

 そうだ。宗像姉弟の生活と整合的じゃない。だって、銀行から引き出したら、合法的に使うのがむずかしくなってしまうから。金融機関を介さずに大金を動かしていると、税務署に目をつけられるはずだ。

 太宰くんは、

「つまり……速水先輩は、かんちがいをしていた?」

 と小声でたずねた。

「太宰はそう解釈するの?」

「いや……速水先輩がそんなミスをするとは、思えない」

 氷室くんも、首を縦に振った。

「僕もそう考えた。だから、いろいろと可能性をさぐって、ひとつの結論にいたった」

 氷室くんは、そこで言葉をくぎった。

 太宰くんは、しばらくじぶんでも考えて──ハッとなった。

「そうか……聖生のえると資金調達役は別……」

 氷室くんはゆびを鳴らした。

「そう、『聖生のえるの遺産』と聞いたとき、僕はお金のことだと思った。太宰もそうなんじゃないかな。でも、速水先輩はちがったんだ」

「速水先輩はお金じゃなく、聖生のえるが日本へ持ち込んだものを追っていた……ってことか。だけど、それがずっと預けられてるとしたら? 例えば銀行の貸金庫とか」

 氷室くんはその可能性を認めつつ、異なる見解を示した。

「僕は、持ち出されたと思っている」

「根拠は?」

「勘」

 太宰くんは、小さく嘆息した。

「ロジックじゃなくて勘、か……氷室らしくないね」

「数学でも直観は大事さ」

「これは数学じゃない。物理的な二択だ。預けられたままか、そうでないか」

 氷室くんは、いつもの冷たい視線にもどった。

 ポケットからスマホを取り出し、テーブルのうえに置いた。

「それを今から確かめよう」

 太宰くんは、眉間にしわを寄せた。

「確かめる? ……だれかに電話するつもり?」

大円だいまる銀行に」

「!」

 私たちは顔を見合わせた。

 太宰くんは、

「教えてもらえるわけがない。できるなら、僕がとっくに電話してる」

 と指摘した。

「もちろん、正面突破はムリだよ。裏手から入る」

「どうやって?」

聖生のえるの仲間のフリをする」

 沈黙──この大胆な提案には、さすがの太宰くんもあっけに取られていた。

「それは……もう犯罪だと思う」

聖生のえるの遺産を調べるなら、どこかで法に触れなきゃいけない。大円銀行の内部にアクセスするしか、ないんだから……ちがう?」

 太宰くんは逡巡した。

 いや、さすがにマズいのでは。

 私はかなりイヤな流れを感じた。

 この場にいるメンバーも、バラバラな反応を示している。

 そんな中、太宰くんが出した結論は──

「……わかった、電話しよう」

 大谷さんが異議申立てをしかけた。

 けど、太宰くんは先回りした。

「ただし、条件がある。探偵団は、ここで白紙だ。イヤなひとは去って欲しい」

 これを聞いた松平は、私のほうを見た。

 私は顔をしかめて、首を左右に振った。

 松平もうなずいた。

「悪いが、俺と裏見うらみは降りるぜ」

「拙僧も降りさせていただきます」

 火村さんも同調した。

 残ったのは、太宰くん、氷室くん、磐くんの3人。

 太宰くんは、どこか納得したような表情だった。

「そうだね。このメンツで分かれよう。むしろ違和感がない……それじゃ、今までありがとう。最後に、食事だけは済ませようか」

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