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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第55章 解けなかった暗号(2017年6月21日火曜)
367/496

356手目 裏目

挿絵(By みてみん)


 わきくんは、この手に時間を使った。

 1五桂なら、2四歩で止まる。2三桂成、同金のあとがない。

 ただ、意表を突かれたという雰囲気は、脇くんからはしなかった。

 読み筋……でもなさそうなのよね。読んでたら、考えないと思うし。

 私はこのあと、角をどう攻めに使うか熟慮した。

 先手は6筋に傷がある。後手には、6六桂という単純な保険があった。

 まずはそこに手をつけるか、あるいは7四桂とうしろに打つか。

 7四桂は、8二飛~8六歩も含みに入れた手だ。

 いろいろと楽しみがありそう。

 1分ほどして、脇くんも動いた。

「3六桂」


挿絵(By みてみん)


 あ、そっちできたか。

 これは読んであるわよ。

 同歩は6五飛で抜かれちゃうから、取れないでしょ、と。

 だけど、7七角成、同桂、7六銀としてしまえば、取れるようになる。

 取れば2枚換えだから大丈夫、というのが私の結論。

「7七角成」

 同桂、7六銀。

 私は銀を桂頭へ進めた。

「1五角」


挿絵(By みてみん)


 先手は攻めを継続してきた。

 桂馬を延命させるには、攻め続けるしかない。

 2四歩は同桂でお手伝いになるから、5二玉。

「2三飛成」

 え……切ってきた?

 5一角打~3三角引成を本命で考えていた。

 私は椅子に手をあてて、やや前傾姿勢に。

 同金に5一角打ってこと? ……飛車を逃げるかどうかが、まず問題。

 8二飛が普通。とはいえ、2四歩、6二角成、同金のあと、1五の角が動けないですよね、というのもアリだ。

 公式戦なら8二飛で、練習将棋なら2四歩かな。

 私は両方読んで、即死しないことを確認した。

 2三同金。

「5一銀」


挿絵(By みてみん)


 ……読みが合わない。

 角じゃなくて銀? パンチが弱いのでは?

 それとも角をあとで使う筋があるとか?

 いずれにせよ、2四歩とはできなくなった。飛車銀交換は、さすがに悪い。

「8二飛」

 4二角成、6一玉、6二歩、同金、4四桂。


挿絵(By みてみん)


 あー、わかった。同歩に4三角が狙いか。このために角を温存したのね。

 4三角は王手銀取りだから、後手は同歩とできない。

 しまった、桂馬が生き残りそう。7一玉に、どう見ても4三馬だ。

 私は軌道修正を迫られた。

 いやあ、という感じでお茶をひと口。

 それから頭に手をあてて考え込んだ。

 攻め合うしかないと思う。8六歩を、どこかで一本入れたほうが、良かったかなあ。

 後悔先に立たず。私は7一玉と寄った。

 4三馬、4九飛。

 この打ち込みで攻勢に転じる。

 脇くんは10秒で5九銀と引いた。

 6七桂、8八玉、6九銀。

 7六の銀が生きているあいだに、最大限絡む。

 脇くんは7二歩と打ってきた。


挿絵(By みてみん)


 ぐッ……これは厳しい。

 同玉は6二銀成で、ほぼ寄りになる。

 かといって、同飛は戦力が半減。

 どちらもしたくないけど、どちらかしかない。

 私はもうひとくちお茶を飲んで、同飛。

 7六馬、5九桂成、6八金右、7八銀成、同金、5八成桂。

 詰めろがかかった。

 寄せの速度は、思ったよりいい勝負かも。

 脇くんも慎重になった。

「端を突いてないから、どうしても狭いね……7九銀」

 へぇ、端を開けないんだ。けっこう重く受けてきた。

 ちょっとだけ、チャンスが来たように感じる。

 先手も戦力が微妙になった。

 私は残り時間10分のうち、1分使って6九飛成とした。

 6筋に龍を利かせる。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 脇くんも迫ってきた。

 7四銀と打って……同銀成、同歩、8三銀。

 打ち直された。

 縦に逃げるのもムリだしなあ。

 仕方がないので、6一金打。

 6二銀成、同飛、4六角、8二銀、7四銀成、7三銀打。

 金銀入り乱れる攻防で、私は自陣を建て直した。

「けっこうしぶといね。6三歩」

 私は1二飛と逃げた。


挿絵(By みてみん)


 なんだかよくわからないけど、飛車が生還しちゃった。

 絶対取られると思ったのに。

 とはいえ、先手の攻めが切れてるわけでもないから、脇くんは執拗に攻めてきた。

 7三成銀、同桂、7四銀、6四歩、6二金、同金、同歩成、同飛。

 飛車がまた取られそう。

 6三金。

 露骨な金打ち。私はこれを取るかどうか、迷った。

 同飛もアリ……のはず。以下、同銀成が詰めろ。4一飛と下ろされたとき、6一に打つ駒が金と銀しかないから、詰んでしまうのだ。でも、先に8一玉と逃げたら? これは詰まない。うまい早逃げになっていると思った。

 もちろん、2二とか4二へ、飛車を逃げるのもアリ。特に2二は、なにかの拍子で2九飛成が見込める。ただ──3二桂成一発で頓挫してしまう。脇くんが焦って7三銀成から攻めてきたら、わからない。でも、それは楽観的過ぎる。

 だとすれば、4二飛。これかな。

 私は最後の分岐点だと思い、残り時間を投入した。


 ピッ


 1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 脇くんは、この手に「へぇ」とつぶやいた。

 この反応、マズいなあ。7三銀成で寄ってる可能性も。

 自陣の受けを読んでいたときも、危ない順がそうとう多かった。

 脇くんは1分残して──6四角。

 押してきた。安全策なら5二桂成だったはず。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は6二銀と受けた。

「5二桂成」

 ここでか……詰めろになってる。

 はっきり敗勢。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 6三銀、同銀成、5二飛。

 これを同成銀なら、遅くなる。

 とにかく一手緩めてくれないと。


 ピッ


 脇くんもここで1分将棋に。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 ですよねえ。

 ハァ、これはかたちづくりか。

 私は8一玉と寄って、5二馬に6八金と打った。

 7二成銀、同玉、6二飛、8三玉、6一馬。


挿絵(By みてみん)


 私は持ち駒をそろえた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 うーん……とちゅうから一方的だった。

 私は、

「4四角がダメだった?」

 とたずねた。

 脇くんは、

「あれは最善じゃないかな」

 と返した。

 たしかに、4四角でないと、支えきれなかったように思う。

 だとすれば、もっと前で悪かったか、あるいは受けをまちがえたか。

 私がもどる局面に悩んでいると、脇くんは、

「僕は7二歩がひどかったな。6三歩と打っておけばよかった」

 と言った。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 え? なんで? 同金で?

 私が戸惑っていると、脇くんは黙って1六角を示した。

 あッ! 詰めろ飛車取りッ!

 私が唖然とするなか、脇くんは、

「まあ、裏見うらみさんなら同金とはしないと思うけど、これなら本譜より良かった」

 とほほえんだ。

 いや、同金を考えてしまっていたわけですが。

 もちろん、考えたら気づくとは思う。けど、これを指されたら絶望しそう。

 同金としないなら、7二金でしょ。

 ヘタしたら詰みそう。5三馬とかで。

 私は気をとりなおして、

「本譜は4九飛と打ち込んだんだけど、ほかにあった?」

 とたずねた。

「5四銀はちょっとイヤだったかな」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 なるほど、7六の銀をガードか。

「でもこれ、馬を逃げないわよね?」

「6二銀成、同飛、6一金、同飛、同馬、同玉、4一飛の予定」

 私はその順を頭で追った。

「……意外といい勝負?」

「5一になにか受けられて、4二角で回収できるから、先手悪くないと思う」

 後手も悪くない……いや、さすがに悪い?

 こっちはとっかかりがない。

 だいぶまえから後手が悪かったと、私は認めざるをえなかった。

 そのあと私たちは、序盤からざっと検討した。

 3三桂の挑発がよくなかったかなあ、という印象。

 4局目は、積極策が裏目に出てしまった。

 他の席もどんどん終了して、おひらきの時間に。

 脇くんは席を立った。

「それでは、ここまでにしましょう。会場の撤収に、ご協力ください」

場所:赤山学園キャンパス 赤学・聖ソ・都ノ合同研究会

先手:脇 聖司

後手:裏見 香子

戦型:居飛車力戦形


▲2六歩 △3四歩 ▲2五歩 △3三角 ▲7六歩 △2二銀

▲6六歩 △8四歩 ▲6八銀 △6二銀 ▲7八金 △8五歩

▲7七銀 △5二金右 ▲4八銀 △6四歩 ▲3六歩 △6三銀

▲5八金 △4二玉 ▲7九角 △5四銀 ▲3七桂 △6五歩

▲同 歩 △同 銀 ▲5六歩 △3二金 ▲2四歩 △同 角

▲同 角 △同 歩 ▲同 飛 △2三銀 ▲2九飛 △2四歩

▲2五歩 △同 歩 ▲6九玉 △6二飛 ▲7九玉 △3三桂

▲3五歩 △同 歩 ▲6三歩 △同 金 ▲2五桂 △同 桂

▲同 飛 △4四角 ▲3六桂 △7七角成 ▲同 桂 △7六銀

▲1五角 △5二玉 ▲2三飛成 △同 金 ▲5一銀 △8二飛

▲4二角成 △6一玉 ▲6二歩 △同 金 ▲4四桂 △7一玉

▲4三馬 △4九飛 ▲5九銀 △6七桂 ▲8八玉 △6九銀

▲7二歩 △同 飛 ▲7六馬 △5九桂成 ▲6八金右 △7八銀成

▲同 金 △5八成桂 ▲7九銀 △6九飛成 ▲8三銀 △7四銀

▲同銀成 △同 歩 ▲8三銀 △6一金打 ▲6二銀成 △同 飛

▲4六角 △8二銀 ▲7四銀成 △7三銀打 ▲6三歩 △1二飛

▲7三成銀 △同 桂 ▲7四銀 △6四歩 ▲6二金 △同 金

▲同歩成 △同 飛 ▲6三金 △4二飛 ▲6四角 △6二銀

▲5二桂成 △6三銀 ▲同銀成 △5二飛 ▲5三角成 △8一玉

▲5二馬 △6八金 ▲7二成銀 △同 玉 ▲6二飛 △8三玉

▲6一馬


まで121手で脇の勝ち

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