表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第55章 解けなかった暗号(2017年6月21日火曜)
366/496

355手目 スマホチェック

「ありがとうございました」

 いやぁ、勝っちゃった。

 30分60秒で火村ほむらさんに勝ったの、初めてなんじゃないかしら。

 私が喜ぶ一方で、火村さんはまったく納得がいかない模様。

 盤面をゆびさして、

「詰んでないの、これ?」

 と訊いてきた。

「私が読んだ限りでは、詰まないかな」

 火村さんは、ホントに?、と念を押してきた。

 局面をもどして検討する。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 火村さんは、

「金と銀を打ち間違えたと思うのよね。8六金からだと?」

 と言った。

 私はちょっと考える──難解。

「たしかに、さっきの端玉はできないわね」

「でしょ。9九飛成で詰むから」

 途中をはしょらずに並べると、この局面から、8六金、同玉、7五金、同玉、6五馬、8六玉、7六馬、9五玉、9九飛成、9六合、8六銀まで。

 だけど、こうは指さない。

「7六馬に同玉と、取っちゃえばいいんじゃない?」

 私は単純な解決策を示した。

 火村さんは7八飛成とひっくり返した。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「……」

「……」

 詰みそう? それとも詰まない?

 短手数では詰まなさそうなんだけど……うーん、よくわからない。

 私たちが悩んでいると、ノイマンさんが現れた。

「お姉さまがた、眉間にしわを寄せるのは、よくないのです」

 火村さんは顔を上げて、

「これ、詰むと思う?」

 とたずねた。

 ノイマンさんは、ひとさしゆびをこめかみにそえた。

「カミーユお姉さま、頭を使うのです」

 と言った。

 そ、それは失礼でしょ。

 火村さんも、

「なに、あたしが考えてないって言うの?」

 とにらんだ。

 ノイマンさんは全然動じずに、ポケットからスマホを取り出した。

「これでチェックすればいいのです」

 ふたりともずっこける。

 火村さんは、

「それじゃ練習にならないでしょッ!」

 と怒った。

「お姉さま、怒ると血圧に悪いのです。ポチポチ」

 ノイマンさんが入力しているあいだ、私たちは人力で検討した。

 合駒は7七桂なんだろうけど、その次が判然としなかった。

 6五に角を打つかな、という印象。6六玉、7四桂、5五玉……あ、これは詰むか。

 だとすると、7五玉と上がって──

「詰むのですッ!」

 ノイマンさんの大声に、私たちは二重の意味でびっくりした。

 火村さんは、

「ほんと?」

 と、いぶかしげ。

「ここから26手で詰むのです」

 26手ッ! ……あれ? じゃあ全部で何手?

 ここまでけっこう進めてるわよ。

 私は、

「7七銀からだと、何手?」

 とたずねた。

「どの局面ですか?」

 あ、そっか、全部は見てないのか。

 私は局面をもどした。

「……それは詰まないのです」

「え、じゃあどこが悪かったの?」

 進めてみると、7四香に7六銀と打ったのが悪手だった。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 ええ……ここから詰むのか……39手詰め。

 正解は7六金らしい。

 でも、金を手放したら後手は詰まないから、評価値は当然に先手敗勢だった。

 本譜の後手は、7六同香、同桂、8五桂、同歩まで正解で、8六銀がミス。

 ここが8六金なら詰んでいて、同玉、7五金、同玉、6五馬、8六玉、7六馬、同玉、7八飛成、7七桂、6五角、6六玉、7四桂、7五玉、7七龍、6四玉。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 あ~、そっか、これは6三歩に5五玉と下がれない。

 5四銀一発で詰んでしまう。4六の歩が邪魔なのだ。

 だから同龍と取るしかなくて、以下、同銀、同玉、5二銀、6二玉、6一飛、7二玉、5四角と、ここで角が参加。6三銀、同角、7三玉、8一桂、6四玉、6七龍、6五金、5三金、5五玉、4四銀まで。

 歩しか余らないのかあ。

 火村さんはテーブルにつっぷして、

「やっぱり詰んでたじゃな~い。惜しい」

 と言った。

 いやいや、どこが惜しいんですか。8六銀の時点で間違ってたでしょ。

 そもそも39手詰めとか、現実だと詰んでいないも同然。

 6一飛成と突っ込んだのは、人間的には英断だった。

 私が悦にひたっていると、わきくんの声が聞こえた。

「それでは最終戦に入りましょう。組み合わせを作りますので、勝敗結果の報告をお願いします」

 5分後、組み合わせが発表された。

 私のあいては──脇くん。

 なんとなく予想はついていた。

 3連勝同士だものね。よほどのあいてしか、残っていない。

 脇くんはクリーム色のオックスフォードシャツに、ダークグレーの長ズボン。

 無地でそっけないけど、完璧な着こなし。

 前髪には、例の赤く染めたラインが入っていた。

 私たちは黙って駒を並べ、チェスクロをセットしなおす。

 振り駒は、私の後手。

 んー、なにをしよう。

 後手角換わりで、もうひとつ試したいものがある。

 それをぶつけるか、あるいは意表をついて振り飛車を試すか。

 このクラスにはそんなに当たらないから、貴重な機会だ。ちょっと悩ましい。

 脇くんはとくに周囲を見ないで、

「みなさん、準備はよろしいですか?」

 とたずねた。

 返事はなかった。

「それでは、始めてください」

「よろしくお願いします」

 私はチェスクロを押した。


 パシリ


【先手:わき聖司せいじ赤学あかがく) 後手:裏見うらみ香子きょうこ都ノみやこの)】

挿絵(By みてみん)


 相掛かりのお誘いかあ。

 これは困った。相掛かりは、まだ見せたくない。

 私は10秒ほど迷って、3四歩と突いた。

「今のは、意味深だね」

 あんまり考えないでください。

 2五歩、3三角、7六歩、2二銀、6六歩。


挿絵(By みてみん)


 力戦形に。

 さすがに3三角成の舐めプはしてこなかった。

 それだと後手が一手得になる。

 ここからは慎重な駒組みが始まった。

 8四歩、6八銀、6二銀、7八金、8五歩、7七銀。

 先手は矢倉に固定された。

 5二金右、4八銀、6四歩、3六歩、6三銀、5八金。

 私はここで4二玉と上がった。


挿絵(By みてみん)


 これを見た脇くんは、

「右玉じゃないわけだね」

 とつぶやいた。

 まだある範囲かな、とは思うけど、個人的にするつもりはない。

 私が考えているのは、ここからの速攻だ。

 例えば先手が6九玉なら、5四銀、6七金右に6五歩とすぐ仕掛ける。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 いいかどうかは分からない。ただ、漫然と組むつもりはなかった。

 今日は第1局から第3局まで、積極策に出た。

 それが功を奏している。

 脇くんクラスに私の速攻がどこまで通用するか、見てみたい。

 脇くんは30秒ほど考えて、7九角。

 これも同様、5四銀、3七桂、6五歩。


挿絵(By みてみん)


 脇くんはポケットから、リップクリームを取り出した。

 唐突に塗り始める。

 それはおしゃれというよりも、どこか思考を集中させる儀式に思えた。

 現に視線は、盤上に固定されたままだ。

 脇くんはくちびるを結んでクリームを延ばし、ポケットにスティックをしまった。

 だんだん圧が高くなっていく。

 先手も攻め合いを選択したと、私は察した。

「同歩」

 同銀、5六歩、3二金、2四歩。

 やっぱり攻めてきた。

 私は同角と取って、同角、同歩、同飛、2三銀、2九飛、2四歩と収める。


挿絵(By みてみん)


 後手は銀冠へ移行。

 でも、入城できるかというと──

「2五歩」

 ぐッ、先手も手が続きそう。

 同歩、6九玉、6二飛、7九玉。

 脇くんの王様は、スレスレのところで飛車筋を回避した。

 私のほうは、6六歩で位を確保するのが、第一感。

 ただ、5七銀と受けられたあとが、むずかしい。

 私は1分ほど考慮して、2筋を支える方針に変更した。

「3三桂」

 脇くんはスッと3五歩。急所。

 同歩、6三歩。


挿絵(By みてみん)


 んー、同飛はないとして、同金のあと、先手の方針は?

 2五桂と跳ねて桂交換、8八玉で入城、あるいは5七銀のガード。

 このあたりかしら。

 脇くんも積極策だと思うのよね。さっきの継ぎ歩とか。

 だったら2五桂一択で読んでも、いいかも。

 残り時間は15分を切っている。

 私は現局面から、6三同金、2五桂、同桂、同飛に対する反撃を考えた。

 候補手は、すぐに浮かぶ。

 例えば、入手した桂馬で6六桂。

 あるいは4九角で金を狙うか、8六歩と一本入れる。

 8六歩はちょっと遅いかな、という印象。

 4九角の場合、6八金右なら7六銀がある。もちろん、そうはしてくれない。おそらく5九銀と固めるか、あるいは1五桂で攻め合うはず。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 この1五桂は、けっこうキツイ。一見、2四歩で受かってそうなんだけど、2三桂成、2五歩、3二成桂、同玉に、5一角という強烈な返しがある。3二成桂に同玉としないなら、純粋に2枚換えだから、これも先手が成功。

 つまり、このままだと、先手は一手余裕のあるかたちになっている。

 だとすれば……攻防手を指さないといけない。

 先手の攻めを遅らせつつ、こちらからの攻めにもなっている手。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………これしかないか。

 私は6三同金、2五桂、同桂、同飛まで進めて、さらに10秒確認した。

「4四角」


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ