345手目 インタビュータイム
移動の関係で、西日本チームのインタビューが先になった。
私たちはとなりの応接室で待機。
いっしょの部屋だと、コメントがしにくいからでしょうね。
黒い革のソファーに座って、わいわい。
入り口から見て右のソファーに、奥から来栖さん、沖田くん、橋爪くん。
左のソファーに、奥から私、志邨さん、生河くん。
そしてテーブル奥のひとり席に、火村さん。なんか社長みたいなポジション。
ソファーの並び方は、インタビューしやすいように、指した順になっている。
待っているあいだ、1年生はずいぶんと盛り上がっていた。
私は風切先輩にMINEで、勝ちましたよ、の連絡。
30分ほどして、一ノ瀬さんが現れた。
「お待たせしました」
一ノ瀬さんは壁ぎわの椅子を持ってきて、テーブルのそばに座った。
出た順で、ということに。一ノ瀬さんは、ボイスレコーダーの許可を取った。
来栖さんから。
「全体的なご感想から、どうぞ」
「そうですね……チームが勝ってくれてうれしいというのが、第一です。私自身は負けてしまったので、そこは反省点ですね。今後の団体戦や個人戦でも、難波さんクラスとしばしば当たると思います。もっと力をつけていきたいです」
うまいわね。
まとまりのあるコメント。
一ノ瀬さんは、
「ご自身の将棋で、なにか印象に残ったところは、ありますか?」
と、追加の質問をした。
「2四飛と寄ったところは、うまく指せたと思ったんですけど、難波さんが冷静でした。3七金の受け以外なら、後手も自信があって……帰ったら、ソフトにかけてみたいです」
「大学将棋における、今後の抱負はいかがでしょうか?」
ん、そこまで訊くんだ。
去年は、もっとさらっとしてた記憶がある。
担当の索間さんが、天然系だったのもあるけど。
来栖さんは、この質問を予期していなかったようだ。
すこしだけ考えた。
「そうですね……春の個人戦では4位でしたが、新人戦では最終日に残れませんでした。団体戦も指し分けでしたし、まだまだ実力不足だな、と思います。関東には絶対的エースの速水さんがいますし、速水さんを目標にがんばりたいです」
速水さんが目標かあ。
チョモランマ登頂みたいな感じよね、冗談抜きで。
一ノ瀬さんは、メモを簡単に終えた。
ボイスレコーダーはあるけど、紙も併用しているあたりが、プロっぽいわよね。
雰囲気は録音できないし。
「ありがとうございました。では、沖田さん、全体的なご感想を」
沖田くんは、ちょっと座りなおした。
「はい、えーと、僕も負けてしまって、チームには貢献できていないのですが、ほかのメンバーに助けられたかたちで、感謝してます。僕の将棋が一番ふがいなかった感じがするので、秋の団体戦、個人戦にむけて、また勉強しなおします」
「印象に残った局面は?」
「終盤に入るまえから、もう悪くしていたので、いい印象の局面はないんですが……飛車切りが早すぎたかな、と思います。2四歩、同歩、5五歩、同銀、同飛じゃなくて、2四歩、同歩、2八飛と、じっくり指したほうが良かったです。もっと腰を落として考えられるようにならないと、ダメですね」
「では、今後の抱負を」
「八ツ橋は、A級でしばらく優勝していないらしいので、優勝を目指したい気持ちはあります。チームとしては悪くないんですが、他の大学も強豪ぞろいです。各人がひとつでも多く勝ち星を上げることが、だいじだと思っています。秋は全勝を目指したいです」
ほぉ、けっこう熱いコメントじゃないですか。
まあ、沖田くんは次期主将候補かな、とは思う。
「ありがとうございました。橋爪さん、全体的なご感想を」
橋爪くんは、腕組みをして、ちょっと考え込んだ。
「俺は気の利いたこと言えないんですけど、楽しかったな、っていうのがひとつ。チームが勝ってよかったというのが、もうひとつですかね」
ちょっと短かったから、一ノ瀬さんは、
「プレッシャーはありましたか?」
とたずねた。
「プレッシャーですか? まあ、ないと言えばウソですが……2敗してて、あとがなかったですし……だけど対局中は、個人戦のつもりで指してました。でないと、あの地下鉄飛車はやりません」
「印象に残っている局面は、ありますか?」
「9五角ですね。打った瞬間、好感触でした……あ、でも、最後詰ませ損ねたのは、ダメでしたね。7三角に7四桂、5三玉、4三金と捨てて詰んでました」
【参考図】
「33手詰めなんで、実戦で詰ませるもんじゃ、ないかもしれませんが」
休憩時間に出た話題だ。
一ノ瀬さんはあとでソフトにかけるつもりなのか、具体的な手順は聞かなかった。
「今後の抱負を、どうぞ」
「修身は、秋からBなんですよね。とりあえずAに上がることを考えます。新人戦は一回しかないんで、もう挽回できませんが、個人戦は風切先輩を目標にします。春の個人戦は、2日目にあっさり負けたんで、がんばっていきたいです」
「ありがとうございました。志邨さん、ご感想を、どうぞ」
志邨さんは髪を触って、ちょっと間を置いた。
「チームが勝って、ホッとしています。個々人の勝ちも負けも含めての、総合的な勝ちだと思っています。引率の先輩方が、プレッシャーをかけないかたちで応援してくれたことも、大きかったです。個人的に、将棋の内容は良かったと思っています。対振りの一局として、満足のいくものが指せました」
「印象に残っている局面は、ありますか?」
「4九銀のところで、きちんと読み切れたことですかね。自玉が安全だと判断して、踏み込むことができました」
「では、今後の抱負を」
志邨さんは、そうですね、と言ってから、しばらく黙った。
「新人戦は、決勝で読み抜けをして、あっさり負けました。女子の個人戦も準優勝で、まだ一度も優勝してません。ひとまず、個人戦優勝を目標に立てたいです。それともうひとつ、晩稲田が王座戦に出場できるなら、王座戦全勝も目指します。晩稲田が秋の団体戦で優勝できるように、貢献できればと思います」
「ありがとうございました。では、生河さん、全体の感想を」
生河くんは、え、あ、その、と、いきなり口ごもった。
これはマズいかな、と思ったけど、そのあとはぽつりぽつりと言葉が出てきた。
「みんなすごくがんばってて……だから僕もがんばらなくちゃっと思って……真剣に指しました……勝てて良かったです」
「プレッシャーはありましたか?」
「プレッシャー……わからないです……将棋を指してると、他のことはよくわからなくなるから……吉良くんはすごく強いですし、負けないようにがんばりました」
「印象に残った局面は、どうでしょう?」
生河くんは、困ったような表情を浮かべた。
「印象……全部が印象に残ってます」
「勝ったと感じたのは、どのあたりでしたか?」
「ほんとうに一番最後です。2三歩で詰むな、と思って……」
慎重派ね。
外野は、吉良くんが逃げ始めたところで、勝ちかな、という雰囲気だった。
「今後の抱負は?」
これが一番答えにくいんじゃないかなあ、生河くん的に。
と思いきや、生河くんは、なんだか深刻そうな顔で、
「みんなとずっと楽しく指したいです」
と即答した。
どこか妙な重々しさがあって、室内の空気がすこしだけゆらいだ。
表情を変えなかったのは、一ノ瀬さんくらいだった。
「ありがとうございます。では、引率のおふたかたも、コメントをお願いします」
え、私たちも?
「裏見さんから、どうぞ」
い、いかん、なにも用意してない。
「まあ、その……氷室くんのピンチヒッターで入らせてもらっただけで、とくになにもしてないんですが、チームが勝って良かったな、と。今年の1年生は強い子が多いので、私もがんばって研鑽していきたいです」
「昨年度のイベントと比べて、いかがでしたか?」
あ、そっち系の回答が求められてる感じ?
私はちょっと思案した。
「今年度は、男子同士、女子同士の対戦になったので、ちょっと意外性がありました……チーム戦だな、っていう雰囲気は、今回のほうが強かったです。前回は初イベントだったので、参加者自身、立ち回り方がよくわかっていなかったところもあって……」
「なるほど、今後の参考にさせていただきます。火村さんは、いかがですか?」
「そうね、前回みたいに事故で決着じゃなかったし、けっこう盛り上がったんじゃないかしら。西日本がどうやってメンバーを決めたのかは知らないけど、東日本は新人戦の結果がメインだし、公平感もあったわ。前回は、選抜過程が不透明だったでしょ」
シーッ、裏話が多すぎる。
一ノ瀬さんは知ってるでしょうけど、対外的には時間切れ負けなんだし。
「ありがとうございます。後日、アンケートメールをお送りしますので、改善点などがあれば、お気軽にご回答ください。今回の大会結果は、『将棋ワールド』8月号に掲載される予定です。それでは、お疲れ様でした」
かくして、解散。
私たちはお礼を言って、デイナビのフロアをあとにした。
外に出ると、もう夕暮れどき。
東の空が、うすい黄色に染まり始めていた。
火村さんは背伸びをしながら、
「宗像たちも、もっとゆっくりして行けばいいのにねえ」
と言った。
いやいや、明日は月曜日ですよ。
1年生主体だから、1限に語学が入ってるかもしれない。
私たちも、打ち上げは簡単に済ませた。
近くのファミレスで食事。7時には解散。
飛び入りのタスクだったけど、なんだかんだで楽しかったかな。
他大の1年生とも交流できたし。
これで私の雑用係も終わりでしょ、さすがに。
勉強、勉強。




