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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第54章 デゼニーランド(2017年6月16日金曜)
355/496

345手目 インタビュータイム

 移動の関係で、西日本チームのインタビューが先になった。

 私たちはとなりの応接室で待機。

 いっしょの部屋だと、コメントがしにくいからでしょうね。

 黒い革のソファーに座って、わいわい。

 入り口から見て右のソファーに、奥から来栖くるすさん、沖田おきたくん、橋爪はしづめくん。

 左のソファーに、奥から私、志邨しむらさん、生河いがわくん。

 そしてテーブル奥のひとり席に、火村ほむらさん。なんか社長みたいなポジション。

 ソファーの並び方は、インタビューしやすいように、指した順になっている。

 待っているあいだ、1年生はずいぶんと盛り上がっていた。

 私は風切かざぎり先輩にMINEで、勝ちましたよ、の連絡。

 30分ほどして、一ノ瀬いちのせさんが現れた。

「お待たせしました」

 一ノ瀬さんは壁ぎわの椅子を持ってきて、テーブルのそばに座った。

 出た順で、ということに。一ノ瀬さんは、ボイスレコーダーの許可を取った。

 来栖さんから。

「全体的なご感想から、どうぞ」

「そうですね……チームが勝ってくれてうれしいというのが、第一です。私自身は負けてしまったので、そこは反省点ですね。今後の団体戦や個人戦でも、難波なんばさんクラスとしばしば当たると思います。もっと力をつけていきたいです」

 うまいわね。

 まとまりのあるコメント。

 一ノ瀬さんは、

「ご自身の将棋で、なにか印象に残ったところは、ありますか?」

 と、追加の質問をした。

「2四飛と寄ったところは、うまく指せたと思ったんですけど、難波さんが冷静でした。3七金の受け以外なら、後手も自信があって……帰ったら、ソフトにかけてみたいです」

「大学将棋における、今後の抱負はいかがでしょうか?」

 ん、そこまで訊くんだ。

 去年は、もっとさらっとしてた記憶がある。

 担当の索間さくまさんが、天然系だったのもあるけど。

 来栖さんは、この質問を予期していなかったようだ。

 すこしだけ考えた。

「そうですね……春の個人戦では4位でしたが、新人戦では最終日に残れませんでした。団体戦も指し分けでしたし、まだまだ実力不足だな、と思います。関東には絶対的エースの速水はやみさんがいますし、速水さんを目標にがんばりたいです」

 速水さんが目標かあ。

 チョモランマ登頂みたいな感じよね、冗談抜きで。

 一ノ瀬さんは、メモを簡単に終えた。

 ボイスレコーダーはあるけど、紙も併用しているあたりが、プロっぽいわよね。

 雰囲気は録音できないし。

「ありがとうございました。では、沖田さん、全体的なご感想を」

 沖田くんは、ちょっと座りなおした。

「はい、えーと、僕も負けてしまって、チームには貢献できていないのですが、ほかのメンバーに助けられたかたちで、感謝してます。僕の将棋が一番ふがいなかった感じがするので、秋の団体戦、個人戦にむけて、また勉強しなおします」

「印象に残った局面は?」

「終盤に入るまえから、もう悪くしていたので、いい印象の局面はないんですが……飛車切りが早すぎたかな、と思います。2四歩、同歩、5五歩、同銀、同飛じゃなくて、2四歩、同歩、2八飛と、じっくり指したほうが良かったです。もっと腰を落として考えられるようにならないと、ダメですね」

「では、今後の抱負を」

八ツ橋やつはしは、A級でしばらく優勝していないらしいので、優勝を目指したい気持ちはあります。チームとしては悪くないんですが、他の大学も強豪ぞろいです。各人がひとつでも多く勝ち星を上げることが、だいじだと思っています。秋は全勝を目指したいです」

 ほぉ、けっこう熱いコメントじゃないですか。

 まあ、沖田くんは次期主将候補かな、とは思う。

「ありがとうございました。橋爪さん、全体的なご感想を」

 橋爪くんは、腕組みをして、ちょっと考え込んだ。

「俺は気の利いたこと言えないんですけど、楽しかったな、っていうのがひとつ。チームが勝ってよかったというのが、もうひとつですかね」

 ちょっと短かったから、一ノ瀬さんは、

「プレッシャーはありましたか?」

 とたずねた。

「プレッシャーですか? まあ、ないと言えばウソですが……2敗してて、あとがなかったですし……だけど対局中は、個人戦のつもりで指してました。でないと、あの地下鉄飛車はやりません」

「印象に残っている局面は、ありますか?」

「9五角ですね。打った瞬間、好感触でした……あ、でも、最後詰ませ損ねたのは、ダメでしたね。7三角に7四桂、5三玉、4三金と捨てて詰んでました」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「33手詰めなんで、実戦で詰ませるもんじゃ、ないかもしれませんが」

 休憩時間に出た話題だ。

 一ノ瀬さんはあとでソフトにかけるつもりなのか、具体的な手順は聞かなかった。

「今後の抱負を、どうぞ」

修身しゅうしんは、秋からBなんですよね。とりあえずAに上がることを考えます。新人戦は一回しかないんで、もう挽回できませんが、個人戦は風切先輩を目標にします。春の個人戦は、2日目にあっさり負けたんで、がんばっていきたいです」

「ありがとうございました。志邨さん、ご感想を、どうぞ」

 志邨さんは髪を触って、ちょっと間を置いた。

「チームが勝って、ホッとしています。個々人の勝ちも負けも含めての、総合的な勝ちだと思っています。引率の先輩方が、プレッシャーをかけないかたちで応援してくれたことも、大きかったです。個人的に、将棋の内容は良かったと思っています。対振りの一局として、満足のいくものが指せました」

「印象に残っている局面は、ありますか?」

「4九銀のところで、きちんと読み切れたことですかね。自玉が安全だと判断して、踏み込むことができました」

「では、今後の抱負を」

 志邨さんは、そうですね、と言ってから、しばらく黙った。

「新人戦は、決勝で読み抜けをして、あっさり負けました。女子の個人戦も準優勝で、まだ一度も優勝してません。ひとまず、個人戦優勝を目標に立てたいです。それともうひとつ、晩稲田おくてだが王座戦に出場できるなら、王座戦全勝も目指します。晩稲田が秋の団体戦で優勝できるように、貢献できればと思います」

「ありがとうございました。では、生河さん、全体の感想を」

 生河くんは、え、あ、その、と、いきなり口ごもった。

 これはマズいかな、と思ったけど、そのあとはぽつりぽつりと言葉が出てきた。

「みんなすごくがんばってて……だから僕もがんばらなくちゃっと思って……真剣に指しました……勝てて良かったです」

「プレッシャーはありましたか?」

「プレッシャー……わからないです……将棋を指してると、他のことはよくわからなくなるから……吉良きらくんはすごく強いですし、負けないようにがんばりました」

「印象に残った局面は、どうでしょう?」

 生河くんは、困ったような表情を浮かべた。

「印象……全部が印象に残ってます」

「勝ったと感じたのは、どのあたりでしたか?」

「ほんとうに一番最後です。2三歩で詰むな、と思って……」

 慎重派ね。

 外野は、吉良くんが逃げ始めたところで、勝ちかな、という雰囲気だった。

「今後の抱負は?」

 これが一番答えにくいんじゃないかなあ、生河くん的に。

 と思いきや、生河くんは、なんだか深刻そうな顔で、

「みんなとずっと楽しく指したいです」

 と即答した。

 どこか妙な重々しさがあって、室内の空気がすこしだけゆらいだ。

 表情を変えなかったのは、一ノ瀬さんくらいだった。

「ありがとうございます。では、引率のおふたかたも、コメントをお願いします」

 え、私たちも?

裏見うらみさんから、どうぞ」

 い、いかん、なにも用意してない。

「まあ、その……氷室ひむろくんのピンチヒッターで入らせてもらっただけで、とくになにもしてないんですが、チームが勝って良かったな、と。今年の1年生は強い子が多いので、私もがんばって研鑽していきたいです」

「昨年度のイベントと比べて、いかがでしたか?」

 あ、そっち系の回答が求められてる感じ?

 私はちょっと思案した。

「今年度は、男子同士、女子同士の対戦になったので、ちょっと意外性がありました……チーム戦だな、っていう雰囲気は、今回のほうが強かったです。前回は初イベントだったので、参加者自身、立ち回り方がよくわかっていなかったところもあって……」

「なるほど、今後の参考にさせていただきます。火村さんは、いかがですか?」

「そうね、前回みたいに事故で決着じゃなかったし、けっこう盛り上がったんじゃないかしら。西日本がどうやってメンバーを決めたのかは知らないけど、東日本は新人戦の結果がメインだし、公平感もあったわ。前回は、選抜過程が不透明だったでしょ」

 シーッ、裏話が多すぎる。

 一ノ瀬さんは知ってるでしょうけど、対外的には時間切れ負けなんだし。

「ありがとうございます。後日、アンケートメールをお送りしますので、改善点などがあれば、お気軽にご回答ください。今回の大会結果は、『将棋ワールド』8月号に掲載される予定です。それでは、お疲れ様でした」

 かくして、解散。

 私たちはお礼を言って、デイナビのフロアをあとにした。

 外に出ると、もう夕暮れどき。

 東の空が、うすい黄色に染まり始めていた。

 火村さんは背伸びをしながら、

宗像むなかたたちも、もっとゆっくりして行けばいいのにねえ」

 と言った。

 いやいや、明日は月曜日ですよ。

 1年生主体だから、1限に語学が入ってるかもしれない。

 私たちも、打ち上げは簡単に済ませた。

 近くのファミレスで食事。7時には解散。

 飛び入りのタスクだったけど、なんだかんだで楽しかったかな。

 他大の1年生とも交流できたし。

 これで私の雑用係も終わりでしょ、さすがに。

 勉強、勉強。

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