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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第54章 デゼニーランド(2017年6月16日金曜)
349/496

339手目 東京中心主義

 橋爪はしづめくんは7九飛と逃げた。


挿絵(By みてみん)


 あ、手順でそこか。

 私と火村ほむらさんと志邨しむらさんのアイデアが、合体したような局面。

 7六の歩は助からないから、後手は連続で仕掛ける必要が生じた。

 三木みきくんは10秒ほど考えて、すぐに答えを出した。

「6五歩」

 この手を見た志邨さんは、

「パッと指しましたが、3五銀もありました」

 と指摘した。

 事前に読んであったんでしょうね。

 6五同歩、7三桂、7六飛、7四銀打、7九飛。

 三木くんは、ここで3五銀。


挿絵(By みてみん)


 今回の対局、外野の予想が部分的に遅れて当たる、という流れ。

 スパッとこれが好手、とは、なかなか言えないところがあった。

 それでも、先手がじわじわ押してきている、と思う。

 この点は火村さんも同感のようで、

「さすがに先手有利でしょ」

 と評価した。

「どれくらい有利だと思う?」

「んー、評価値で7、800近いんじゃない」

 志邨さんは、

「500くらいだと思います」

 と、ほんの少し低めにとった。

 いずれにせよ、先手が指しやすいようだ。

 対局者の雰囲気にも、それは表れていた。

 橋爪くんはわりと覇気のある感じで、三木くんは、困ったなあ、オーラが出てる。

 1分ほど考えて、橋爪くんは3三歩と叩いた。

 同桂、6四歩で攻勢に。

 同金、3四歩。

 三木くんは片目を細めて、

「さすがに反撃しないとね。6七歩」


挿絵(By みてみん)


 叩き返した。

 同玉、4五桂、同歩の捨て身から、5五桂の打ち返し。

 橋爪くんは7八玉と逃げた。

 6八は6七歩で拠点が発生するから、避けたのだろう。

 4七桂成、同金、7七歩、同金、6五桂。

 またまた痛い桂打ち。

 3三歩成、7七桂成、同玉、8六歩。


挿絵(By みてみん)


 ん……なんか先手も危なくない?

 あ、でも、桂馬がもうないから、だいじょうぶかしら。

 火村さんたちの形勢判断も揺れた。

「さっきより接戦になってない?」

 火村さんは、後手が戻したと感じているようだ。

 志邨さんは、

「3三歩成がちょっと微妙だった可能性も……」

 と、言葉をにごした。

 踏み込み過ぎたんじゃないか、というのは分かる。

 6五桂に6七金と逃げておく手もあった。

 橋爪くんは頭をかいた。

「チッ、やりすぎたか……同歩だ」

 三木くんは7五銀。

 王様のふところを広げつつ、先手玉に迫った。

 橋爪くんは、行きがかり上、3二と。

 6六銀打、6八玉、6七金、5九玉、5七銀成、同金、同金。


挿絵(By みてみん)


 さ、先に圧殺されそうになってる。

 私は後手の持ち駒を確認した──あ、金1枚か。

 さすがに切れるのでは?

 火村さんも、

「後手足りないんじゃない?」

 と、また先手持ちに手のひらを返した。

 一方、志邨さんは足を組み、あごに手を添えて考え込んでいた。

 え? 寄る? 寄るパターン、ある?

 橋爪くんは5八金。

 千日手もなくはないけど……橋爪くんは、選ばないでしょうね。

 いずれにせよ、後手がまちがえたら、完全に切れるかたちだ。

 三木くんもそれはわかっているから、相当に時間を使った。

 そして、6七に金を打った。

 そっちか……4六銀とか4七金打もあったと思う。

 私はほかのふたりに、6七金打の感想をたずねた。

 志邨さんの回答は、

「4六銀、4九桂、4七金打、5七桂、同銀成は第一感ですが、4七金、同成銀に9五角と打つ手が気になります」

 だった。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 私は脳内将棋盤で再現してみたけど、意図がよくわからなかった。

「8四金で止まらない?」

「先手は今、右と左のどちらかに逃げないといけません。右のほうが危険です。2八の歩は、見た目より厳しい楔なので。逆に言えば、左へ脱出できた時点で、先手はかなり楽になります。それに、8四金と使ってもらえれば、先手の詰めろも外れます」

 うーん、そういう理由か。

 だとすれば、三木くんの6七金打は、右へ追いやる手だ。

 つまり、2八の歩を活用するため、打つ場所を選択したことになる。

 現に、本譜もその方向で進んだ。

 6七同金、同金、4九玉、5七金、7八飛。


挿絵(By みてみん)


 浮いて受けた。

 志邨さんの言った通り、2八歩が邪魔過ぎる。

 橋爪くんの残り時間は3分で、受けに使うにはけっこうギリギリ。

 だけど三木くんはもっと少なくて、1分半ちょっと。

 ふたりとも、最後の読み合いに入った。


 1:00……0:34、0:33、0:32、0:31、0:30


 三木くんは6八歩。

 橋爪くんは3九玉と寄った。

 4七金、6八飛。

 ここで三木くんが1分将棋に。

 火村さんは、

「3七金と寄りたいけど、後手玉がかなりあやしいのよね」

 と言った。

 志邨さんも、

「たぶん3七金は詰みます。7四桂に同金と取れません」

 と読んだ。

 おっと、もうそんな局面なんだ。

 三木くんがミスれば終わりかも。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6七歩」


挿絵(By みてみん)


 叩いた。2手スキ。6八歩成で詰めろ。

 6四飛の筋も消しているし、一石二鳥の手だ。

 こんどは橋爪くんが考える番。

 2八飛みたいなのは一気に逆転する。

 きわどくても攻める必要があった。


 ピッ


 橋爪くんも1分将棋に。

 あ~ッ、と言って、後頭部をぽんぽん叩いた。

 手がいろいろあって、迷ってるパターンだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「9五角ッ!」

 三木くんはノータイムで8四金。

 金を使わせたのは大きいけど、6八歩成でけっきょく詰めろという問題が。

 角も質駒になっている。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 4二角が打たれて、ギャラリーの雰囲気が変わった。

 三木くんは反射的に6八歩成としかけて、手をひっこめた。

 一番最初に読み切ったのは、志邨さん。

「詰めろです。5一角成、6三玉、4一馬以下で詰みますし、そのとき5二飛合としないといけないので、詰ませ損ねてもセーフまであります」

 おっと、予想以上に好手。

 三木くん、悶絶。

 キザっぽいところが消えて、げぇみたいな表情。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 三木くんは5二飛と浮いた。

 6四角成、同銀、8四角、7三角、7四桂、5三玉、7三角成。

 寄りそう?

 同銀上──あ、2八飛と取った。

 3七金、2三飛成。


挿絵(By みてみん)


 アッと驚く、飛車の大回転。

 三木くんは4三桂。

 橋爪くんは、右手の指の骨を鳴らした。

「ちょっとかっこ悪いが、しゃーねーか……8五金」

 金を置いて、チェスクロを押した。

 これは……カラい。

 後手はもうなにもできないでしょ、っていう手だ。

 角しかないから攻められないし、かと言って退路をひらくこともできない。

 5七角は2九玉で次がない。7四銀は3一角、6二玉、6四角成で終わり。

 他に動かす駒もない。

 三木くんは前髪をなおした。

 しょうがないなあ、という感じで、フーッとタメ息をついた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「負けました」

「ありがとうございました」

 やったぁ、1勝返した。

 東日本陣営が喜ぶ中、感想戦が始まった。

 三木くんは、

「6七歩がまったく効かないとはね……3七金は詰んだよね?」

 とたずねた。

「ああ、詰むぜ。7四桂、6三玉、6二金以下だ」

「じゃあ、そこではもう敗勢か……5七金のところは、手ごたえがあったんだけど」

 ふたりは局面をもどした。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 三木くんは、黙って4六銀と上がった。

 4九桂、4七金打、5七桂、同銀成、4七金、同成銀、9五角。

 志邨さんが指摘した順になった。

 三木くんは、

「8五角もありそうだし、これは後手負けかな」

 と言った。

「もっと前で後手が悪いんじゃないか?」

「まあ、そう言われるとね……7五銀じゃなくて8一飛だった?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 んー、これはギャラリーも検討していない局面だ。

 本譜の流れを見る限り、9五角の王手飛車を避けておくのは、アリかも。

 橋爪くんは、

「3二とで?」

 と、そのまま入った。

「7六歩、6八玉、7三銀は、どう?」

「7三銀? ……ああ、角打ちの先受けか。4二とで、俺がいいと思うぜ」

 たしかに、これでも先手が良さそう。

 というわけで、後手が良くなる順は、見つからなかった。

 火村さんは、

「角交換型振り飛車にありがちな、どうやっても悪くなる、ってやつね」

 と言って、同情した。

 おなじ振り飛車党だものね。

 そのあとは終盤をもう一回調べて、終了。

 三木くんは立ち上がったあと、

「僕たちも握手しようか」

 と言って、握手してから、

「次の対局があれば、また」

 と、キザな笑顔にもどった。

 橋爪くんはがっちり握手しながら、

「東京に来たら、連絡しろ。いつでも受けるぜ」

 と返した。

 その東京中心主義は、どうなんですかね。

 地方民として疑問に思う。

 とりま、ようやく初日はつひ。次は副将の女子対決──のまえに、昼食。

場所:デイナビ主催 第2回東西対抗フレッシュ大学将棋 三将戦

先手:橋爪 大悟

後手:三木 豊

戦型:後手角交換型四間飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲2五歩 △8八角成

▲同 銀 △2二銀 ▲3八銀 △3三銀 ▲3六歩 △9四歩

▲7七銀 △9五歩 ▲5八金右 △4二飛 ▲6八玉 △4四歩

▲4六歩 △6二玉 ▲4七銀 △7四歩 ▲3七桂 △6四歩

▲7八金 △5二金 ▲6六銀 △6三金 ▲2九飛 △7二銀

▲7七桂 △4一飛 ▲9八香 △5四角 ▲9九飛 △3五歩

▲同 歩 △7六角 ▲4八金 △5四角 ▲5五銀 △7五歩

▲5四銀 △同 歩 ▲8五桂 △7六歩 ▲9六歩 △8四歩

▲9五歩 △8五歩 ▲9四歩 △9二歩 ▲6六歩 △5一飛

▲8八金 △2四歩 ▲同 歩 △同 銀 ▲2九飛 △2八歩

▲7九飛 △6五歩 ▲同 歩 △7三桂 ▲7六飛 △7四銀

▲7九飛 △3五銀 ▲3三歩 △同 桂 ▲6四歩 △同 金

▲3四歩 △6七歩 ▲同 玉 △4五桂 ▲同 歩 △5五桂

▲7八玉 △4七桂成 ▲同 金 △7七歩 ▲同 金 △6五桂

▲3三歩成 △7七桂成 ▲同 玉 △8六歩 ▲同 歩 △7五銀

▲3二と △6六銀打 ▲6八玉 △6七金 ▲5九玉 △5七銀成

▲同 金 △同 金 ▲5八金 △6七金打 ▲同 金 △同 金

▲4九玉 △5七金 ▲7八飛 △6八歩 ▲3九玉 △4七金

▲6八飛 △6七歩 ▲9五角 △8四金 ▲4二角 △5二飛

▲6四角成 △同 銀 ▲8四角 △7三角 ▲7四桂 △5三玉

▲7三角成 △同銀上 ▲2八飛 △3七金 ▲2三飛成 △4三桂

▲8五金


まで127手で橋爪の勝ち

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