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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第54章 デゼニーランド(2017年6月16日金曜)
344/496

334手目 綱渡り

 会場へもどると、ホワイトボードが用意されていた。

 一ノ瀬いちのせさんは、ペンを私たちに渡した。

「それでは、記入をお願いします」


 6月17日(土)

 〔午後〕

  1回戦 難波千昭 vs 来栖莉帆

  2回戦 牧野賢治 vs 沖田勲


 6月18日(日)

 〔午前〕

  3回戦 三木豊 vs 橋爪大悟

 〔午後〕

  4回戦 温田みかん vs 志邨つばめ

  5回戦 吉良義伸 vs 生河ノア


 ……ん? 私はあいての並びに、ちょっと驚いた。

 火村ほむらさんも、

「さっきの自己紹介の順番じゃない?」

 と見抜いた。

 ですね。関西は、さっきあいさつした順番だ。

 正確に言うと、あいさつしたひとから大将→副将→……と並べている。

 その意図について考えているあいだも、対局準備は進んだ。

 中央のテーブルに盤駒チェスクロが置かれた。

「東日本代表、来栖くるすさん、西日本代表、難波なんばさん、どうぞ」

 ふたりは着席した。

 振り駒は難波さんがゆずって、来栖さんが振ることに。

「表が2枚、私の後手です」

 歩をもどして、ふたりともスタンバイ。

 対局は、天井カメラで映したものを、スクリーンに投影してくれることになった。

 外野は壁ぎわの椅子に移動。バラバラに腰をおろした。

 一ノ瀬さんは時計を確認した。

「……それでは、1時半になりました。対局を始めてください」

 ふたりは一礼し、来栖さんはチェスクロを押した。

 7六歩、8四歩、2六歩、8五歩、7七角、3四歩。


【先手:難波なんば千昭ちあきさかい) 後手:来栖くるす莉帆りほ帝國ていこく)】

挿絵(By みてみん)


 角換わりかあ。

 難波さんは、かるくうなずいた。

「もちろん受けるで」

 7八銀、7七角成、同銀、4二銀、7八金、3三銀。

 どんどん進む。

 4八銀、7二銀、9六歩、7四歩、4六歩、7三銀。


挿絵(By みてみん)


 私は右どなりの火村さんに、

「向こうの並びが無策で来るとは、予想してなかったわね」

 と小声で言った。

 ところが、これには左どなりの志邨しむらさんがつっこんできた。

「関西は、あらかじめ出す順番を決めてたと思います」

「え、どういうこと?」

「自己紹介の順番どおりになったのは、あの時点で大将から五将まで決まってたからですね。おそらくブレイン役は難波です」

 志邨さんがどういう推論をしたのか、細部は分からなかった。

 でも、なんとなく説得力があった。

 歩美あゆみ先輩と宗像むなかたくんにヤル気がないから無策、かと思ったけど、このふたりが対局順序を1年生に強制したとも思えなかった。どっちかっていうと、1年生に丸投げしそう。だとすれば難波さんが仕切りそう、というのも理解できた。

 私たちがひそひそ話をしているあいだにも、局面は進んだ。

 4七銀、4二玉、6六歩、6四銀、2五歩、3二玉。

 後手はすぐ囲う方針の模様。

 5六銀、5四歩、9五歩、1四歩、6八玉、7五歩。


挿絵(By みてみん)


 あ、攻めた。

「ほーん、深く入ってポンっちゅーわけやね」

 難波さんは、小考した。

 来栖さんの3二玉は、この攻めの布石だったみたい。

 金銀で囲うんじゃなくて、単に王様の深さで勝負、と。

 おもしろいけど、明暗がはっきり出そうな構想だった。

「6七銀や」

 難波さん、取らず。

 来栖さんは7六歩と進めた。

 同銀右、4二金、7五歩、5五銀、4八飛、9二角。


挿絵(By みてみん)


 っと、これは奇抜な攻めが飛び出した。

 火村さんは、

「お祭りらしくて、いいじゃない」

 とご満悦。

 じっさい打たれてみれば、攻めるならこれかな、という感じも。

 難波さんは、また小考。

 このへんで手拍子にならないのは、おちついている証拠。

 火村さんは、

「止めるなら7四角でしょうね。次点で3八角」

 と評価した。

 難波さんが選択したのは、後者。

 同角成、同金、8四飛、3六歩、5二金上、1六歩。

 派手な手が出たわりに収まったかな、と思いきや、来栖さんはさらに攻めた。

「9四歩です」


挿絵(By みてみん)


 んー、過激ぃ。

 難波さん、またまた小考。

 ちょこちょこ時間を使っている。

 持ち時間にだんだん差がついてきた。

 火村さんは、

「早指しがいいってわけじゃないけど、形勢互角なら好材料よね」

 と言った。

 そうそう、早指しで形勢を損ねたら意味がない。

 でも、現時点では後手が悪くない。

 同歩、同香、9七歩、8二飛。

「あー、一方的に攻められるのは好かんわ。3五歩」

 難波さん、反撃。

 同歩、7一角で、角換わりの手筋が出た。


挿絵(By みてみん)


 志邨さんは、足を組んで頭をかいた。

「形勢を損ねたわけじゃないですが、この進行はどうですかね」

 私は、

「なにか不満がありそう?」

 とたずねた。

「馬を自陣に引きつけられると、そうとう寄せにくいと思います」

 なるほど、そういう判断もあるか。

 7二飛、3五角成、6四銀、7四歩、同飛、3六馬。

 難波さんは、馬を引きつけ始めた。

 8四飛、5八馬、7三桂、7五歩、5五歩、4七馬。


挿絵(By みてみん)


 火村さんはこの手を見て、

「こののぞきは、機敏ね。後手ちょっと悪くなってきたかも」

 とつぶやいた。

「え、そう?」

「止めるには8三角しかないけど、同馬、同飛、7四歩があるわよ」

 あ、そういうことか。

 志邨さんも、

「ここ数手は難波が稼いだ印象です。ただ、後手不利ってほどじゃないです」

 とコメントした。

 来栖さんは1分使って、8三角。

 同馬、同飛、7四歩で、桂馬が助からなくなった。

 志邨さんは、

「5六歩で反撃をみる手もありますが、単に8四飛のほうがいいかもしれないですね」

 と、すなおに対応する順を示した。

 来栖さんもこの手を指した。

 8四飛、7三歩成、同銀、2六桂。

 

挿絵(By みてみん)


 双方綱渡り。

 おたがいにバランス感覚を競い合っているかのようだ。

 私は、

「この桂打ちは、2四歩からいきなり取りに行く手があるわ」

 と指摘した。

 火村さんは、

「2四歩、1五歩、2五歩、1四歩で、ギリギリって感じかしら。だけど、4四銀とかもありそうね」

 と返した。

「4四銀は攻めを呼び込んでない? 先手から2四歩、同歩、1五歩で、けっこう続くと思うんだけど?」

「んー、やっぱ2四歩のほうがいいか……難しいわね……」

 志邨さんも明確なことは言わないし、考えどころっぽい。

 来栖さんは、かわいいもの談義をしていたときと違って、真剣な顔をしていた。

「……2四歩です」

 私の第一感を選択。

 難波さんもさすがに手が止まった。

 まず方向性を決めないといけないのよね。

 飛車をいじめるなら、7五銀か9三角。以下、4四飛と回るか、あるいは8一飛と引くかの二択になりそう。2六桂を貫徹させるなら、1五歩で、さっき読んだ順に。

 かなり分岐が多い。

 どちらかに決め打たないと、迷子になりそう。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 おっと、そう来ましたか。

 これは2五歩に同桂と取る手だ。

 来栖さんのほうも、2五歩と行くしかない。

 2五歩、同桂、2四銀、3三歩。

 火村さんは、

「厳しいところに打たれちゃったわね」

 と嘆息した。

 私は、

「先手は歩切れだから、いったん休止するんじゃない?」

 と指摘した。

 例えば、3三同桂、同桂成、同銀、4五桂なら、いったん2四銀と逃げておけばいい。このとき3三に打つ歩がないのだ。

 ところが、火村さんは反論してきた。

「1五歩が手筋になってこない?」

「同歩、同香は同銀が桂当たりになるから、忙しいと思う」

「んー、飛車の横利きもあるし、簡単には崩れないか……」


 パシリ


 3三同桂が指された。

 同桂成、同銀、4五桂。

「2四飛です」


挿絵(By みてみん)


「!?」

 こ、これはどうなの? 銀桂交換オッケー、と?

 関西の控え選手も、ひそひそ話を始めた。

 温田おんださんが吉良きらくんに、なにか耳打ちしている。

 吉良くんは真面目な顔で、ひとことふたこと返した。

 この手の善悪を議論しているようだ。

 志邨さんの第一声は、

「アリだと思います」

 だった。

 私は、

「飛車が桂馬に当たるから?」

 と確認した。

「ええ、先手は3七金で受けるしかないですね」

 じゃあ、好手?

 いやでも、銀桂交換に関して不安は生じる。

 残り時間は先手が12分、後手が13分。

 けっきょく、差はほとんどなくなっちゃった。

 難波さんは「ははぁん」と意味深につぶやいて、こめかみに手のひらを当てた。

「これ最善手くさいわ……どないしよ」

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