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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第54章 デゼニーランド(2017年6月16日金曜)
343/496

333手目 5on5

 土曜日の昼過ぎ、私は大きな商業ビルの前にいた。

 9階建てで、外壁はけっこうカラフル。

 エレベーターが2棟あって、それぞれ円筒形の構造物におさまっていた。

 テナント形式で、いろいろな企業が入っているみたい。

 オフィスだけでなく、飲食店なんかもあった。

 私のとなりには、ずいぶんとおめかしした火村ほむらさん。

 まあ、いつもの黒で統一されたフリフリファッションだけど。

 頭にはコウモリ型のヘアピン。

 火村さんは腕組みをして、ビルを見上げながら、

「デイナビは何階?」

 とたずねた。

「6階っぽいわね」

 私は看板を確認しながら答えた。

 そう、ここが今年のフレッシュ新人戦の会場。

 なんで私がいるかというと、氷室ひむろくんの代打。

 昨日、帰りの電車に揺られていたら、火村さんからいきなり連絡があった。

 引率の氷室くんが体調不良で、代わりに来て欲しい、とのこと。

 私は入り口の自動ドアのまえで、

「毎週土日が潰れるわね……」

 と嘆息した。

「そのへんを配慮して、今回は氷室とあたしになってたらしいわよ」

「だったら、代理は大河内おおこうちくんか矢追やおいくんでもよくなかった?」

「去年勝ってるひとじゃないと、締まらない、だってさ」

 べつにいいんじゃないかしら。

 そもそも歩美あゆみ先輩は、出場者ですらなかったんだし。

 とはいえ、関西の引率者を知っているのはおかしいから、言わなかった。

 火村さんは、

「じゃ、行きましょ」

 と言って、ビルに入った。

 エレベーターで6階へ。

 フロア全体がデイナビのオフィスみたい。編集者さんたちがうろうろしていた。

 えーと、第3会議室……第3会議室……あった。

 火村さんがノックをすると、返事があった。

「失礼しまーす」

 中に入ると、20代の若い男性が立っていた。

 いかにもビジネスパーソンっていう感じの、中肉中背のひと。

 メガネをかけていた。

「はじめまして、デイナビの一ノ瀬いちのせです」

 私たちは名刺を受け取った。

 室内は、中央に円形テーブル、壁際には椅子が並べられていた。あとは観葉植物と、資料の詰まった棚。対局用にアレンジされているらしく、テーブルは小さかった。

 どうやら私たちが一番乗りのようだ。

 開始30分前だし、早すぎたかしら。

「準備をして来ます。こちらでお待ちください」

 一ノ瀬さんは、そう言って部屋を出て行った。

 私たちは、壁際の椅子に座った。

 火村さんは、

「これって、去年と同じ形式なわけ?」

 とたずねた。

「んー、わかんない。っていうか、ピンチヒッターの私が知ってるわけなくない?」

「それもそっか……」

 と、そのとき、部屋のドアがひらいた。

 くせ毛の少女が、顔をのぞかせた。

 背は中くらいで、細いアーモンド形の眼をしていた。

 ちょっとかっこいい系の女の子。

「あ、火村さん、裏見うらみさん、おはようございます」

 ん……あ、帝大ていだい来栖くるすさんか。

 来栖さんは、わざわざスーツを着ていた。

 個人戦でもスーツだった気がする。

 来栖さんは新人戦ベスト4じゃないけど、春の個人戦でベスト4だったから、加点で選出。ようするに、残りの4人は新人戦の上位4名。

 火村さんは、

莉帆りほちゃん、こっち来て座りなさいよ」

 と、気軽に名前を呼んだ。

 来栖さんは火村さんのまえまで来て、じろじろと観察した。

 そして、胸に手をあてて、目をきらきらさせた。

「うわ~、そのヘアピン、かわいいですね」

 火村さんは、

「でしょ、見る目があるわね」

 と言って、なんだか上機嫌。

 来栖さんは、さらに私のほうを観察し始めた。

 カバンについているアクセサリに目をとめた。

「あ、デゼニーのモッキーですね。かわいい~」

 そうそう、これはデゼニーデートで買って来たのよ。

 あ、見せびらかしてるわけじゃないからね。

 来栖さんは両頬にこぶしをあてて、くねくねした。

「私もモッキーのぬいぐるみ持ってるんですよ。耳がふわふわの」

 来栖さんは、デゼニーキャラについて熱く語り始めた。

 か、かわいいものオタクか。

 そのわりにファンシーグッズを身に着けてなくて、謎。

 来栖さんの熱弁が続く中、ほかのメンバーも続々と登場した。

 まず生河いがわくんと沖田おきたくん、そのあとに志邨しむらさんが入って来た。

 関西勢はどこかで集合したらしく、引率と5人が一斉に入室。

 吉良きらくんは私を見て、あ、どうも、みたいな仕草。

 声はかけてこなかった。

 関東vs関西の手前、話はしにくいかな、と思った。

 けど、難波なんばさんは揉み手をしながら、

「裏見は~ん、おひさしぶりですぅ」

 と、なれなれしく話しかけてきた。

「おひさしぶり。大都会OKAYAMAのイベント以来かしら」

「さいです。今日はお手柔らかに」

「指すのは私じゃないから、そのへんは……」

「あ、志邨は~ん、おひさしぶり」

 難波さんは、こちらの1年生にあいさつして回った。

 これを見た火村さんは、

「1年生同士、顔見知りなんじゃない?」

 とつぶやいた。

 そうかも。だって県代表経験者でしょ、みんな。

 あ、橋爪はしづめくんはちがうか。奨励会員は大会に出られないから。

 私はそのとき、橋爪くんがいないことに気づいた。

「橋爪くんは?」

 火村さんは、

「んー、まだ5分あるけど……」

 と言って、スマホをとりだした。

 フリックしていると、ドアがひらいた。

 橋爪くんと一ノ瀬さんが、同時に入って来た。

「わりぃ、トイレ行ってた」

 これで全員集合。

 入り口から向かって左に関東勢が、右に関西勢が整列した。

 と言っても、将棋イベントでありがちな、だらっとした感じ。

 一ノ瀬さんは、部屋の一番奥に立った。

「デイナビの一ノ瀬です。本日はよろしくお願いいたします。昨年はO阪の索間さくまさんにご担当いただきました。好評につき、今年も開催する運びとなりました。対局方式およびスケジュールにつきましては、前回を踏襲したいと思います」

 つまり、30分60秒、千日手指し直しあり、持将棋は24点法。

 今日の午後に2局、明日の午前に1局、午後に2局。

「一応、東日本、西日本という枠組みも維持していますが、調整の都合上、関東大学将棋連合と関西大学将棋連合にご担当いただいている点も、昨年と変わりません。ひとつだけ異なるのは、大将をまだ決めていないことです。前回は代表者として、大将のみ事前に登録していただきましたが、今回は白紙です。では、自己紹介をお願い致します」

 ほらほら、1年生、きちんと並びなさい、きちんと。

 まず、関東から自己紹介。引率のふたりから近い順に。

帝國ていこく大学の来栖くるす莉帆りほです。よろしくお願いします」

八ツ橋やつはし沖田おきたいさむです。よろしく」

「……生河ノアです。慶長けいちょうです」

 声が小さい。

晩稲田おくてだ志邨しむらつばめです。よろしく」

修身しゅうしん橋爪はしづめだ。よろしく。あ、下の名前は大悟だいごな」

 次に、関西の自己紹介。

「申命館の吉良きら義伸よしのぶです。よろしく」

古都ことの温田みかんなの~よろしくなの~」

 次のふたりは、私の知らない学生だった。

 ひとりはセンター分けのメンズヘアで、左腕を胸にまわし、そこへ右ひじを添えるかっこうで、こめかみにひとさし指をあてていた。

六甲ろっこう三木みきゆたかです。よ・ろ・し・く」

 な、なんかキザっぽいあいさつの仕方。

 もうひとりはすごーく真面目そうなメガネの少年で、

学志社がくししゃ牧野まきの賢治けんじです。よろしくお願いします」

 と、かるく頭をさげた。インテリ系。

 最後に、難波さん。

さかい難波なんば千昭ちあきです。よろしゅう」

 一ノ瀬さんは、私と火村さんのほうを見て、

「引率のかたも、自己紹介をお願いします」

 と言った。

「聖ソフィアの火村カミーユよ。2年生」

「同じく2年生で、都ノみやこの裏見うらみ香子きょうこです」

 あいての引率も。

「申命館3回生の駒込こまごめ歩美あゆみです……ほら、恭二きょうじもあいさつしなさい」

「申命館2回生の宗像むなかた恭二きょうじだ」

 一ノ瀬さんはお礼を言って、それから、

「索間さんの話では、対局順を学生に決めていただいたとうかがいました。その通りでよろしいでしょうか?」

 とたずねた。

 私たちは、はい、と答えた。

「では、今から作戦会議の時間をとります。10分でお願いします。じゃんけんをして、勝ったほうはこの部屋で、負けたほうは隣室で相談してください」

 火村さんと宗像くんがじゃんけんをして、私たちが別室に。

 さくっと移動。ソファーの置いてある応接室だった。

 志邨さんは、ソファーのひじ掛けに腰をおろした。

 ほかのメンバーは立ったままで相談。

 火村さんは私に、

「前回は土御門つちみかど速水はやみが、勝手に決めてたわよね?」

 と確認してきた。

「ええ、そうね」

 基準は教えてもらわなかった、と記憶している。

 火村さんは腕組みをして、ちょっと考えたあと、

「1年生は、どうしたい?」

 とたずねた。

 こういうのは意見が出ないんじゃないかなあ、と思ったら、志邨さんが挙手した。

「新人戦の順位で、よくないですか」

 私たちは顔を見合わせた。

 沖田くんは、

「順位のいいほうが先? それとも逆?」

 とたずねた。

「そこはどっちでもいいけど、ふつうは逆だろうね」

 つまり……先鋒が来栖さん、以下、沖田くん、橋爪くん、志邨さん、生河くん、か。

 これに気づいた来栖さんは、

「私から、ですか」

 と、けっこう冷静な反応。

 志邨さんは、「イヤ?」とたずねた。

「イヤではないですが、論拠を教えて欲しいです」

「あっちの5人とだれがどう当たっても、いい勝負になるよ。だったら心理的にブレないほうがいい。強さ議論したら揉めるっしょ」

 これには、橋爪くんが苦笑した。

「なんだ、俺が1番だって言い張るからか?」

「特定のひとを念頭に置いたつもりはないけどね」

「ハハッ、大将に1番強いやつを、ってことになったら、俺は自薦するけどな……まあ、新人戦の順番なら、しょうがない。俺はいいぜ」

 橋爪くんは、ほかの1年生を見た。

 沖田くんは、しょうがないという感じでほほえみ、来栖さんもオッケーを出した。

 ひとり生河くんは、

「僕が大将?」

 と、不安げだった。

 橋爪くんはニヤリと笑った。

「新人戦で俺をぶっ飛ばしたときみたいに指せばいいのさ……それとも俺と代わるか? さっきも言ったが、やぶさかじゃないぜ」

 生河くんはしばらくうつむいたあと、顔をあげた。

「……がんばる」

「よし、先輩、これでいいですか?」

 私と火村さんはおたがいに目配せし、うなずきあった。

 火村さんはパチリと指を鳴らした。

「ま、楽しくやりなさい。出陣インドゥラーシュ!」

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