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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第53章 未来の頂上決戦(2017年6月11日日曜)
335/496

325手目 立会人

 はぁ~、というわけで、新人戦2日目です。

 いつもの公民館の15階。

 観葉植物のそばで、私は松平まつだいらと待機していた。

 観戦者の数は、個人戦よりもすこし少ないくらいかな。

 廊下のあちこちで、みんな談笑をしていた。

 一方、役員はいそがしくて、半そで姿の新田にったくんは、

「すまんな、わざわざ来てもらって」

 と言いながら、荷物を運んでいた。

 松平は、

「ヒマだから手伝うぞ」

 と申し出た。新田くんは、片手で荷物を持ち上げて、

「これしき、ひとりで運べる」

 と笑った。

 こういうとき、力自慢がいると頼りになる。

 ひきつづき風切先輩の登場を待っていると、意外な人物が現れた。

 愛智あいちくんだった。

「あれ? 先輩方も来てたんですか?」

 私たちは事情を説明した。

 愛智くんは、「なるほど」と言って、

「先輩方も大変ですね」

 と、なんだか同情気味。

 私は、

生河いがわくんの応援?」

 とたずねた。

「それもありますが、志邨しむらさんも残ってるんで、知り合い観戦ですね。あとで平賀ひらがさんも来るって言ってましたよ」

 そういう関係か。

 愛智くんは私たちと分かれて、生河くんのほうへ向かった。

 松平はタメ息をついた。

「愛智と平賀に単独行動が多い理由、なんとなく分かった気がする」

「え? どういうこと?」

「ここが地元だからだよ。大学を中心に生活が回ってないんだ」

 あ、そういう……私は納得した。

 私はH島出身で、東京に昔馴染みはいない。ここでの生活は、都ノみやこの大学の裏見うらみ香子きょうこ、という立場になる。この肩書きがないと、面識を作るのはむずかしい。仮に私が就職上京組だったら、このメンバーとは接点がなかった。でも、愛智くんたちは、そういう進路と無関係に友だち同士なわけだ。

 とまあ、そんな分析をしていると、風切かざぎり先輩が現れた。

 うしろでたばねた髪をいじりながら、眠そうにエレベーターから降りてきた。

「裏見、松平、早かったな」

「おはようございます」

 風切先輩はスマホで時間を確認して、

「まだ15分ある」

 と言い、土御門つちみかど先輩をさがした。

 私は、

「土御門先輩なら、さっき沖田おきたくんとどこかへ行きましたよ」

 と伝えた。

 沖田くんというのは、八ツ橋やつはし期待の新人。

 ウェーブのかかったロングヘアの男子で、ちょっとあやしげな雰囲気だった。

 土御門先輩の平安貴族みたいな服装ほどじゃないけど。

 そうこうしているうちに、ベスト4の1年生はそろった。

 役員は氷室ひむろくんが1分ほど遅刻して、全員集合。

 風切先輩を中心に、選手と野次馬は扇状にならんだ。

 私たちは一番うしろにスタンバイする。

 風切先輩は、こほんと咳ばらいをした。

「えー、それでは……」

 風切先輩は、ちらッとこちらを見た。

 松平はカンペボードをこっそり出した。

 周囲に気づかれない程度に、高く上げる。

「これより新人戦2日目を始めます。選手は前に出てください」

 志邨さん、沖田くん、生河くん、橋爪はしづめくんが前に出た。

 志邨さんは白のイラスト付きTシャツに、紺のデニム。首にはいつものシルバーネックレス。前髪を何度もなおしていて、周囲を気にしていない感じだった。

 沖田くんは茶色と赤のチェック柄のポロシャツに、オフホワイトのチノパン。このメンバーの中で、一番ファッションに凝っていないかっこうだった。言い方は悪いけど、なんだか浪人生っぽくみえる。

 生河くんは、黒い模様の入った青の柄シャツに、白のデニム。模様はよくみると、ひとの顔を加工して散りばめたものだった。さすがに暑くなってきたからか、例のフード付きのジャケットは着ていなかった。そのせいか、やっぱり体の線がかなり細いな、と思った。

 橋爪くんは、前回と同じストリート系のファッションで、余裕のある夏物シャツに、ぶかぶかのズボン。首には金のネックレス。派手な装飾つきの指輪をはめていた。

 なんか沖田くん以外、将棋の大会に見えない。

「今から、準決勝の抽選をおこないます……新田、頼む」

 新田くんは、例の抽選箱を持ち出した。

 五十音順で、生河くんから引いていく。

 結果を確認した風切先輩は、

「志邨vs沖田、生河vs橋爪になります」

 と告げた。

 野次馬がすこしざわついた。

 風切先輩は、もういちど咳ばらいをした。

「えー、それでは、部屋の割りふりをします……じゃんけんでいいですか?」

 あ、あんまりいいアイデアではないような。

 案の定、だれがじゃんけんするかで、ゆずりあいになった。

 最終的に、志邨さんと橋爪くんになった。

 じゃんけんの結果、志邨vs沖田が和室に、生河vs橋爪が洋室に。

 というかそもそも、分ける必要あった?

 4人なら、和室でも洋室でも入るんだけど。前回揉めたのは、洋室での対局を想定していなかったうえに、火村ほむらさんが和室で指したくないと言ったからだ*。あれ以来、和室も洋室も対局室として確保する、ということになったらしい。現に今日もそうだった。

 なんだか雲行きがあやしくなってきた。

 ここで志邨さんが拍車をかけた。

「で、立会人は?」

 風切先輩はふりむいて、

「立会人?」

 とたずねた。

「去年は立会人がいたって聞きましたけど」

 え? そんなのいなくなかった?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、私か**。

 でもあれは、イレギュラーだ。

 空調が壊れていて暑いから、観戦者はふたりまで、という話になった。

 クジの結果、私と速水はやみ先輩だけ入室した。

 伝聞なら、正式な立会人と誤解してもおかしくはない……か。

 私は訂正しようか迷ったけど、役員でもなんでもないから、言い出しにくかった。

 風切先輩はちょっと混乱して来たらしく、「ん?」という表情。

「……そうか、じゃあ立会人は……指名してくれ」

 ダメでしょ、それはッ!

 利害関係のないひとを、役員が選ばないと。

 さすがに新田くん、春日さんあたりは「?」となってたけど、口には出さなかった。

 土御門先輩は、扇子であおいでるだけ。仕事してください。

 一方、1年生はなにも知らないから、すぐに指名に入った。

 生河くんは、サッと手を挙げて、

「都ノの愛智くんにします」

 と言った。

 愛智くん、困惑。

「え、僕は役員でもなんでもないから……」

 愛智くんがことわりかけると、生河くんはしおれた子犬みたいになった。

「あ、やります」

 愛智くん、ご愁傷様。

 橋爪くんは、ポケットに手をつっこんだまま、

「風切先輩を指名するのは、ダメですかね?」

 とたずねた。

「あー、べつにいいぜ」

 いいんかい。まあどうせ観戦する以外に仕事はないから、関係ないか。

 沖田くんは、

「土御門先輩か山名やまな先輩に頼みたいところですけど、同じ大学はさすがにダメですよね……じゃあ、ひそか」

 と言って、同学年の中禅寺ちゅうぜんじくんを指名した。

 今の雰囲気だと、友だち関係かな。

 最後に、志邨さんが残った。

 志邨さんは、けだるそうに会場を見回し、そして──

「都ノの裏見さんで」

 と、私を指名した。

「え? 私?」

 思わず、すっとんきょうな声をあげてしまった。

 周囲の視線が集まる。

「私でいいの?」

「観戦者の女子だと、一番強いんで」

 いや、そんなことは……あ、速水先輩も三和みわ先輩も来てないのか。

 朽木くちき先輩がいないから、たちばな先輩も来ていなかった。

 火村さんも不在。

 しょうがないなあ。裏見香子、指名されます。

 風切先輩は、

「よし、それじゃあ部屋を分かれてください」

 と言って、じぶんは洋室のほうへ移動した。

 私は志邨さんといっしょに、和室へ。

 盤と駒箱は、すでに用意されていた。

 私は入り口を背にして、中禅寺くんの左、部屋の奥のほうへ座った。

 志邨さんと沖田くんのあいだで、上座のゆずりあいになった。

 志邨さんが、

「どっちでもよくない?」

 と言ったのに対して、沖田くんは、

「どっちでもいいなら、志邨さんが上座ね」

 と返して、一本取ったかたちになった。

 志邨さんは床の間を背にして腰をおろし、あぐらをかいた。

 駒箱を開けて、王様を自陣に置いた。

 私は中禅寺くんに、

「沖田くんとは知り合い?」

 とたずねた。

「全国大会で何度か会ってます」

 またまたそういう殿上人みたいなことを。

 ちなみに、沖田くんはF島出身なのよね。

 T木と近いから、その関係もあるんじゃないかな、と推測。

 対局準備が終わり、振り駒は志邨さんが担当。

「歩が3枚、私の先手」

 チェスクロの位置がととのえられた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、2年生だから、私が司会か。

「それでは、新人戦準決勝をおこないます。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 ふたりとも頭を下げて、沖田くんはチェスクロを押した。

 7六歩、8四歩、2六歩、8五歩、7七角、3四歩。


【先手:志邨つばめ(晩稲田おくてだ) 後手:沖田おきたいさむ(八ツ橋)】

挿絵(By みてみん)


 角換わり模様。

 8八銀、3二金、3八銀、4二銀。

 先手からの交換を誘った。

 志邨さんも、当然にこれは乗る。

 2二角成、同金、7七銀、3三銀、3六歩。

 先手は、態度を保留している。

 ここからなら、なんでもありそう。後手に合わせるつもり?

 沖田くんは、なぜか小考したあと、

「……決勝に好局なし、か」

 とつぶやいた。唐突なひとことに、志邨さんは、

「これ決勝じゃないけど」

 と返した。

「ごめんごめん、ひとりごと……だけど、志邨さんの意識、なーんか決勝に行っちゃってる気がしてさ」

 志邨さんは右の眉を持ち上げた。

「おっと、気を悪くしたなら失礼」

 沖田くんは7四歩と突いた。


挿絵(By みてみん)


 え、これは──

*132手目 畳ではなく

https://book1.adouzi.eu.org/n0474dq/132/

**134手目 蒸し返された結末

https://book1.adouzi.eu.org/n0474dq/134/

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