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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第51章 失われた葉書(2017年5月26日金曜)
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308手目 忘れ去られた文面

 私たちのあいだに緊張が走った。

 ダメダメ、みんな、顔に出しちゃダメ。冷静に。

 ここでも火村ほむらさんのナイスフォローが入る。

「ハガキ? ラブレターでももらったの?」

 ずいぶんとぶっきらぼうな訊き方。

だけど火村さんは見た目からして外国人っぽいから、すえさんもそこはスルーした。

 コーヒーを片手に笑う。

「ハハハ、ラブレターならよかったんだけどね。なんというのかな、怪文書?」

 その言葉に、一同は顔を見合わせた。

 末さんはまた笑った。

「そこまで真剣に受け取らなくてもいいよ。べつに脅迫されたわけじゃないから。意味不明なハガキが届いたってだけ」

 私は用心しつつ、

「そのハガキには、なにが書かれてたんですか?」

 とたずねた。

 末さんはコーヒーカップを皿に置いて、うーんとうなってしまった。

 これは……ごまかそうとしてる感じはしないわね。内容が素で思い出せない?

 私たちは固唾を飲んで待った。

「なんて書いてあったかな……4年前にどうこう言ってたような……」

 その数字を聞いて、火村さんは敏感に反応した。

「そもそもいつの話なの?」

「私が帝大の院へ進んだ年だから……1992年かな」

 きたーッ!

 1992年のハガキの存在が傍証された。

 ここからが大事だ。内容を思い出してもらわないと。

 私たちは遠回しにあれこれ訊いてみた。

 ところが、末さんは頭をなでて、

「もうしわけない。意味不明な文章だったもので、思い出せない」

 と、困っていた。

 どうする? 暗号だったんじゃないですか、って訊いてみる?

 もちろん変な学生だと思われるかもしれない。でも末さんとはこれっきりの可能性が高い。末さんが私たちにどういう印象を持つのかは、ある意味どうでもいい。

 問題は氷室ひむろくんなのよね。氷室くんが同席している状態で訊いていいかどうか。

 リスクはある。だけどハガキの話をする機会はもうないと思う。

 私は意を決した。

「あの……さきほどからお伺いしていると、内容が思い出せないくらいおかしな文章だったみたいですね。なぞなぞかクイズだった、ってことですか?」

 ぎりぎりまでぼかした訊き方。

 これが功を奏した。

「んー……クイズねぇ……当時は、送り間違いという話になったような……」

「なぜそう思われたんですか?」

 末さんは10秒ほど考えて、あ、そうだ、と言った。

「思い出した。3人で昔どうこうと書いてあったんだよ。友だちに送ったハガキなんじゃないかな。だから私たちには意味がわからなかったんだ」

 3人?──3人ってどういうこと?

 聖生のえるが複数いる? それともこれ自体が暗号かしら?

 私が頭を働かせていると、末さんは、

「すまない、おかしな話にしてしまったね。私と氷室くんはすこし相談があるから、これくらいにしよう」

 と言って、話を切り上げてしまった。

 そのあとは2つのテーブルでまったく別々の会話に。

 聞き耳を立てていると、氷室くんと末さんは難しい科学の話をしていた。

 そしてコーヒーを飲み終わると、ふたりはあっさり退店してしまった。


  ○

   。

    .


 2時間後、私たちは夕食もかねてファミレスへ移動。

 大衆食堂っぽいチェーン店。奥のドリンクバーに近い席へ通された。

 大谷おおたにさん、太宰だざいくんとも合流。

 大谷さんは火村さんに、

「スマートフォンを貸し出していただき、ありがとうございました」

 と言って、スマホを返却した。写真とかは撮っていないらしい。

 帝大で大谷さんがいきなり写真を撮り始めたら、疑われるわよね。

 タブレットで注文をしたあとの太宰くんは、開口一番、

「で、どうなった?」

 と、いつもより好奇心強めにたずねた。

 私たちは末さんとの会話をなるべく正確に伝えた。

 すると太宰くんはすっかり黙ってしまった。

 料理が運ばれてきても、太宰くんはそれに手をつけなかった。

 ばんくんはハンバーグを食べる手をとめて、

「おーい、その魚、食べないなら俺がもらうぞ」

 と言った。

 太宰くんはようやくハッとなった。

「ごめん……ちょっと考え込んでた」

 ちょっとどころじゃなく考え込んでた気がする。

 これには火村さんも不審に思ったらしく、

「なにか気づいたの?」

 とたずねた。

「いや……むしろ謎は深まったと思う」

 そうなのよね。私もそれが率直な感想。

 ただひとつだけ、明確になった点があるような?

 松平まつだいらがそれを代弁してくれた。

「1988年にもハガキがあった、っていうのは裏がとれたんじゃないか?」

 私もそう思った。4年前、というキーワードがあったからだ。

 ところが太宰くんはこれを否定した。

「逆じゃないかな。1988年のハガキが存在する可能性は、低くなりそうだ」

 私たちはエッとなった。

 一方、大谷さんは意図を察したらしく、次のように言った。

「伝言ゲームだった、ということでしょうか?」

 太宰くんはうなずいた。

 私もようやく意味を理解して、

「4年前っていうワードが、あとから誤解されたってこと?」

 とたずねた。

「おそらく、ね。末さんが文面を覚えていないとなると、丸暗記するのがかなり難しい文章だったんだろう。そのなかで特定のワードだけが、後世に伝わった。そのひとつが『4年前』だったのかもしれない。そこから尾ひれがついて、4年前にもハガキがあった、という誤解が広まった可能性はある」

 大谷さんは同意しつつ、

「しかし、バブル崩壊との関連性は?」

 と疑問を呈した。

 太宰くんは、そこはわからないと認めた。

「バブル崩壊とか金儲けとか、そういうことを示唆するワードもあったんじゃないかな」

 磐くんはお茶を飲み干して、湯呑みをテーブルに置いた。

「じゃあやることはひとつしかないだろ」

 そうだ──1992年のハガキを見つけること。これしかない。

 文面が不明だから、これ以上つっこんだ推理はできない。

 松平は、

「だいぶ見通しがついたな。あとは文面が見つかれば解決だろう。もしかするとほんとうに送り間違いかもしれないし、ただのいたずらかもしれない」

 と言った。

 ここで大谷さんが口をひらいた。

「ただもうひとつ、説明のつかない点があります。聖生のえるという名前はどこから出てきたのでしょうか? また、リーマンショックのときに聖生のえるがふたたび現れたこと、さらに都ノみやこのに対していやがらせをしている聖生のえるもいること、これらも説明がつきません」

 これには松平が答えた。

聖生のえるっていう名前自体はハガキにあって、あとのは模倣犯なんじゃないか? リーマンショックのときは『俺が聖生のえるだ』って自称していないよな。あくまでも外野がそう言ってるだけだ。それに、直近の聖生のえるはむしろ聖生のえるっぽくない」

 たしかに、松平の言っていることには一理ある。

 宗像むなかた姉弟のお父さんは、単なる相場師だったのかもしれない。都ノにちょっかいをかけている聖生のえるは、お金を匂わせるような話は全然してこないし、なんだか手口がこどもっぽい。

 大谷さんは松平の意見をまとめて、

「初代は都市伝説、2代目は周囲の誤解、3代目は模倣犯、ということですか……」

 とつぶやいた。

 なんだか急に尻すぼみになってきた感がある。

 でもそっちのほうがいい。バブル崩壊を予言できる謎の人物なんて、ねえ。

 ちょっと不気味すぎる。都市伝説であって欲しい。

 そこからは、どうやって1992年のハガキを見つけるのか、という話になった。これについては大谷さんか太宰くんが会長になったとき、という案が多数派だった。ところが当人の太宰くんは納得しなかった。

「それだと早くても12月になっちゃうよね。役員交代は王座戦のときだ」

 松平は、

「12月でいいんじゃないか? 残り半年だぞ?」

 と指摘した。

「半年のあいだになにかあったら困る」

「なにか? なにかってなんだ?」

「おなじ推理にたどりつく人物がいない、とは断定できない」

「俺たちより情報を持ってるやつがいる、ってことか?」

「現に氷室はその場にいたんだよね」

 松平はハッとなった。

「まあ……末さんとの会話はあいつも聞いていたが……」

 ここで磐くんが割り込んだ。

「やっぱり氷室のこと疑ってるんだろ? だから探偵団に入れなかったんだよな?」

 太宰くんは一瞬沈黙した。

 それは無言の肯定というよりも、太宰くん自身に迷いがあるようにみえた。

「氷室は聖生のえるじゃない……と思う。これが僕の率直な結論だ」


  ○

   。

    .


 その夜、なんだかんだでカラオケまでして帰宅。

 これはあれ、ただの大学生の1日?

 捜査が進展したわりに、やってることは普通。

 靴を脱いで自室に上がった私は、ベッドのうえに腰をおろした。

 はあ、つかれた……ん? スマホが振動してる?

 見ると、松平からの電話だった。

 いくら私の声が聞き足りないからって、駅で別れてから1時間も経ってないのに。

 しょうがないなあ、もう。私は受信ボタンを押した。

「もしもし? ……ええ、無事に帰ったけど……え? 事務局に泥棒が入った?」

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