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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第50章 2017年度春季団体戦3日目(2017年5月21日日曜)
313/496

304手目 自分の役割

裏見うらみさん、どうぞ」

 今田いまだくんにゆずられて、私が振ることになった。

 奇数先……いや、むしろ偶数先のほうがいい。風切かざぎり先輩は4番席だ。

 私は念をこめて振った。結果は表が2枚。

都ノみやこの、偶数先」

「日セン、奇数先」

 と、とりあえず落ち着かなきゃ。

 将棋は個人競技。私の役割はこの対局を勝つこと。

 幹事が時間を計っているあいだ、私は深呼吸した。

「……それでは始めてください」

「よろしくお願いします」

 私はチェスクロを押した。

 7六歩、8四歩、6八銀、3四歩、6六歩。

 矢倉模様になった。

 6二銀、6七銀。

 おっと、6七銀か。これは雁木ね。

 5二金右、7八金、8五歩、7七角、3二銀。


挿絵(By みてみん)


 私のほうも雁木へ移行する。

 4八銀、4四歩、4六歩、6四歩、2六歩、6三銀。

 手将棋っぽくなってきた。慎重に。

 2五歩、3三角、5八金、4三銀、6九玉、3二金。

 両者雁木が完成。ここからは攻めの間合いをはかる。

 私には、ある構想があった。

 5六歩、9四歩、3六歩、9五歩。

 

挿絵(By みてみん)


 端の圧迫。

 今田くんはこのかたちを見たことがないらしく、手が止まった。

 あごに手をあてて考え込む。

 この場合、ある程度棋力があれば、攻めたくなると思う。

 後手は端に2手かけたから、先手のほうが先攻しやすくなっているからだ。

「……3八飛」

 予想通り。

 私は7四歩と突いた。

 今田くんは3七銀。攻めの態勢を構築してくる。

 次はもう3五歩かな。そこで一気に反撃するのが、私の構想だ。

 居玉のままっていうのがポイント。ちょっと危ないかたちではある。

 私は5四銀右と出て、反撃の準備をととのえた。

 ここからは細かい読み合いになる。

 私は3五歩、同歩、2六銀に4五歩以下の筋を読んだ。

 3分ほどして、今田くんは腹をくくったらしい。

 パンとひざを叩いて、それから3五歩と仕掛けてきた。


挿絵(By みてみん)


 来ましたね。

 私は同歩、2六銀、4五歩と、予定通りに反撃。

 今田くんはさらに3五銀と出てくる。

 そっちか……単に4五同歩が本命だった。

 でもこっちも読んである。

 3四歩、同銀、同銀、同飛、4六歩。


挿絵(By みてみん)


 3筋、4筋だけみると、まるで対振り急戦のようなかたちだ。

 だけどこれで指せるはず。

 今田くんは4四銀でごり押し手きた。

 そこは4四歩じゃない? これはいなせる。

 4三金左と上がって、攻めを催促する。

 同銀成、同金、3七飛。

 飛車が撤退したらこっちのものよ。2八銀ッ!


挿絵(By みてみん)


 攻守逆転。

 とはいえ自陣が薄いから、そこは気を付けないといけない。

 先手の飛車を押さえ込むのが第一だ。

 3六飛、4七歩成、同金、4五銀、2六飛、1九銀不成。

 銀がそっぽだけど、だいじょうぶのはず。

 ただ今田くんは今田くんで、この銀があまりよくないと思っているみたいだった。

 さきほどから表情が変わらない。

「3七桂」

 先手も反撃のスキをうかがっている。

 これは……4四角と出たいのよね。

 そこで3五歩と打ってくると思う。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 以下、同角、1六飛、1四香、3六歩。

 飛車と角の刺し違いになって、そのあとおたがいにどう受けるか。

 先手は飛車の打ち込みに、後手は角の打ち込み弱い。

 まだまだ互角かなあ。

 ただ先手は4九に飛車を打たれると致命傷だから、若干後手持ちかも。

 私は飛車角交換後のパターンを読んだ。

 後手悪くない、という結論に。

「4四角」

 今田くんは30秒ほど考えて──1六飛。

 え? 単に寄り?

 私は見落としがあったかどうか不安になった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ないわよね。

 もしかして1四香に4五桂と跳ねるつもり?

 なくはないけど……どうなの?

 私はその順も読んだ。たしかになくはない。

 先手が一気に潰れる純は見つからなかった。

 でも3五歩以下より先手がいい、という感触もなかった。

「……1四香」

「4五桂」

 1六香、4九歩。


挿絵(By みてみん)


 そうしますかぁ……まあそうするしかないか。

 4九飛と打てば後手勝ちだものね。

 のこり時間は私が10分、今田くんが13分。

 私は1七香成とした。地味だけど、2枚換えを阻止する手だ。

 これで先手がどうするか。

 今田くんはここで長考。かなり迷っているっぽい。

 手はいろいろありそう。攻めるなら6五歩、受けるなら5八銀か7九玉。

 6五歩は角交換になるから、先手が危ないと思う。

 ただなあ、今田くんもわりと攻め将棋な感じがするし、6五歩の可能性は高いか。

 私は人読みをしつつ、あいての出方を待った。

 そして指された手は6五歩。どんぴしゃ。

「7七角成」

 同桂に4六歩と叩く。取ったら3七角。

 今田くん、ひたいに手をあてて、テーブルにひじをついた。

 すこし苦しいと思っている模様。

「……3七金」

 私は1五角と打った。


挿絵(By みてみん)


 さあ、どうですか。2六銀なら4七歩成よ。

 ここで7一角と反撃してくるのも考えられる。我慢できなくなったらそうするだろう。

 一番辛抱するのは3八歩だ。そのときは私も4二玉としたい。

 今田くんは30秒使って3八歩と打った。辛抱してきたか。

 4二玉、6四歩、6六歩、5八銀。 

 私はここで3七角成と切った。同歩に4七歩成、同銀、6七銀と放り込む。

 6八金打、8九飛、7九銀。


挿絵(By みてみん)


 私はお茶を飲む。じっと盤を見つめた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………決めにいきますか。

 私は6八銀成とした。

 同玉、6七金、同金、同歩成、同玉、7九飛成。

 先手陣はバラバラになった。

 あとは後手が寄らなければいい。私は自陣のほうにチェックを入れる。

 飛車がなければ寄らないはず。

 今田くんは長考。のこり時間が溶けていく。

 のこり5分になったところで、2二角が指された。

 私は5一玉と逃げておく。

 1五角、3三金打(歩がないのは痛い)、同桂成。


挿絵(By みてみん)


 先手寄る……わよね。

 私は時間を使う。のこり3分を切ったところで、6六金と捨てた。

 今田くんは、

「んー、そうくるよな」

 とつぶやいて、頭をかいた。

 同玉、6八龍、5五玉、4四銀、4六玉、3三桂。

 成桂をとりあえず抜いた。

 今田くんは3三角引成と切ってくる。

 同金、同角成、同銀。

 ぜんぶ切ってきたかあ。

「4三桂」


挿絵(By みてみん)


 先手は金銀が5枚ある。これは要注意だ。

 うっかりすると詰む可能性もあった。

 私はのこり時間を消費する。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 4二玉。

 以下、3一銀、4三玉で、今田くんも1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「3四金ッ!」

 ぐッ、勝負手きた。

 これは同玉に4五金で攻防にするつもりだ。

 私はとにかく詰まないように用心する。

 同玉、4五金、4三玉、4二金、同銀、3四金打、3二玉。

 後手がいいはず。攻めを切らせば勝ちだ。

 4二銀成、同飛。


挿絵(By みてみん)


 今田くんは4三銀で、サッと王手飛車。

 思ったより危ないかたちになっている。

 落ち着け、裏見うらみ香子きょうこ。詰まなければ勝ち。詰まなければ勝ち。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 2一玉、4二銀成。

 私のほうは詰めろ──しかーしッ!

「5七角」

 私は角を打った。

 今田くんはノータイムで5五玉。

 6六角成、4六玉、5七角、3六玉、2七銀。


挿絵(By みてみん)


 詰みィ! さっき受けてるあいだに読んであった。

 今田くんは嘆息した。

「負けました」

「ありがとうございました」

 ふぅ、ひと仕事した。安堵の心地。

 今田くんは「うーん」とうなって、何度も首をかしげていた。

「どこが悪かった?」

「悪手とまでは言えないけど、1六飛と単に逃げたのは助かったかな」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 私は3五歩、同角、1六飛の順を指摘した。

 今田くんは、

「そっか、こういう順があるのか。見落としたな」

 と答えた。

「あと、6六歩に6三歩成と踏み込まれるのもちょっとイヤだったかも」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「あー、たしかに本譜は6三歩成入らなかったもんね。このタイミングかあ」

 6三歩成まで入っていたら、こっちも危なかったかな、と思う。

 今田くんは残念そうな顔をしつつ、持ち駒をそろえた。

「ごめん、ほかの応援に行ってもいいかな」

「ええ」

 これは渡りに船だ。じつは私から言い出そうか迷っていた。

 私たちは一礼して、席を立った。

 目指すは4番席──風切かざぎりvs速水はやみ戦だ。

場所:2017年度 春季団体戦3日目 9回戦

先手:今田 義規

後手:裏見 香子

戦型:相雁木


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀

▲6七銀 △5二金右 ▲7八金 △8五歩 ▲7七角 △3二銀

▲4八銀 △4四歩 ▲4六歩 △6四歩 ▲2六歩 △6三銀

▲2五歩 △3三角 ▲5八金 △4三銀 ▲6九玉 △3二金

▲5六歩 △9四歩 ▲3六歩 △9五歩 ▲3八飛 △7四歩

▲3七銀 △5四銀右 ▲3五歩 △同 歩 ▲2六銀 △4五歩

▲3五銀 △3四歩 ▲同 銀 △同 銀 ▲同 飛 △4六歩

▲4四銀 △4三金左 ▲同銀成 △同 金 ▲3七飛 △2八銀

▲3六飛 △4七歩成 ▲同 金 △4五銀 ▲2六飛 △1九銀不成

▲3七桂 △4四角 ▲1六飛 △1四香 ▲4五桂 △1六香

▲4九歩 △1七香成 ▲6五歩 △7七角成 ▲同 桂 △4六歩

▲3七金 △1五角 ▲3八歩 △4二玉 ▲6四歩 △6六歩

▲5八銀 △3七角成 ▲同 歩 △4七歩成 ▲同 銀 △6七銀

▲6八金打 △8九飛 ▲7九銀 △6八銀成 ▲同 玉 △6七金

▲同 金 △同歩成 ▲同 玉 △7九飛成 ▲2二角 △5一玉

▲1五角 △3三金打 ▲同桂成 △6六金 ▲同 玉 △6八龍

▲5五玉 △4四銀 ▲4六玉 △3三桂 ▲同角引成 △同 金

▲同角成 △同 銀 ▲4三桂 △4二玉 ▲3一銀 △4三玉

▲3四金 △同 玉 ▲4五金 △4三玉 ▲4二金 △同 銀

▲3四金打 △3二玉 ▲4二銀成 △同 飛 ▲4三銀 △2一玉

▲4二銀成 △5七角 ▲5五玉 △6六角成 ▲4六玉 △5七角

▲3六玉 △2七銀


まで128手で裏見の勝ち

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