298手目 自力
受け切れば勝ち、そうじゃなきゃ負け。
わかりやすいかたちになった。
私は1分使ってていねいに読む。
「……2四桂」
桑原くんは打ったばかりの香車にゆびをそえた。
「じゃ、攻めちゃいますね」
同香、同歩、1五桂。
そこそこ厳しい手。次に2三銀の放り込みを狙っている。
だけどまだ寄るわけじゃない。
私は斬り合いを選択した。
4九銀成、4二金(詰めろ)、同金、7一龍(詰めろ)、4一香。
桑原くんは勢いよく銀をほうりこむ。
「2三銀ッ!」
私は王様をサッと引いた。
これで耐えてるはず。
桑原くんはここで長考。
時間の使い方が微妙だと思う。
「……4九金」
7八飛で王手。
桑原くんは手順に3八金と上がった。
じぶんの陣形をしきりに確認している。攻めてくるとみているらしい。
それは見当違いよ。私は金を自陣にすべらせた。
パチリ
「金打ち?」
桑原くんは短いあごひげをなでた。
「千日手っすか?」
ノーコメント。
たしかにそのルート自体はある。
桑原くんはしばらく考えてから、
「千日手ってどうなるんですか?」
と訊いてきた。
「1回目は指しなおし。2回目は引き分けでおたがいに0.5勝」
ほんとはもうちょっと細かいルールがある。
持ち時間が5分を切っている場合は、5分になるように時間を足す。
例えば桑原くんはのこり4分42秒だから、18秒足す。
そして私の残り時間、6分25秒にも18秒足して6分43秒にする。
でも説明に時間がかかるし、私は千日手にするつもりがなかったから省いた。
桑原くんはうーんと腕組みをして、
「……ま、いっか」
と言ってから、同銀成とした。
同銀、2三銀。
私は4九銀とひっかける。
「!」
はいはい、千日手じゃありませんよ。
桑原くん、困ったように頭をかいた。マジメに読み始める。
というかなんで千日手だと思ったのかしら。
こっちからは簡単に詰めろをかけられるのに。
どうも大会慣れしていない。たぶん趣味で指してたパターンでしょうね。
桑原くんはのこり2分になるまで考えて、3九金打と受けた。
「5八歩成」
と金ができた。
とはいえ、まだ後手勝勢ってわけでもないかなあ。
やっぱり自陣が窮屈。
私は受けの手を集中して読み進める。
「とりあえず銀もらいます。4九金」
私は同と。
桑原くんはまた考え込んだ。
怖いのは5一銀。これは5二金とよけるしかないけど、そのあと少しごたごたしそう。
ほかにも7三龍とか2四香が考えられる。
……ピッ
あ、秒読みに。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
2四香だった。
私は3番目に読んでた手だ。ここから深く考える。
4五歩で金を攻めながら馬筋を通すか、あるいは2二歩で封殺するか。
「……2二歩」
桑原くんは4三歩。
同銀、2二銀成、同角、同香成、同玉。
「2三銀ッ!」
私もここで1分将棋に。3三玉と逃げる。
2二角、2四玉。
耐えろぉ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
桑原くんは3一角成とした。
私は前傾姿勢で読む。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
決めに行く。
1七玉、3八飛成。
先手に手がなければ、私の勝ち。
桑原くんは頭をかいた。
「いやぁ、きついっすね……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4二馬ッ!」
一番イヤなのが来た。
これは同香だと逆転する。2五金、同玉、2六歩、2四玉、2五歩、同玉、3六金、2四玉、2五歩、3三玉、3一龍、3二合駒、2二銀不成までの詰み。10秒将棋だと見落としていたかもしれない。
私は持ち駒の香車を手にした。3三香が一番手堅いはず。
……………………
……………………
…………………
………………ん、ちょっと待ってよ。ほんとに安全?
3三香、1四銀成、同玉、4一馬、3二銀打──
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
あッ! 詰むッ! 2五金、同玉、2六香、1四玉に3二馬と切って詰むッ!
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシーン!
私は桂馬を跳ねた。
2五の地点を押さえれば詰まない……はず。
ひょとして後手が悪いの? よくわからなくなってきた。
しかもさっきからひとの気配を感じる。
桑原くんのうしろには、あきらかに脇くんが立っていた。
3-3で決勝席なのでは?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
桑原くんは3三馬と切ってきた。
ノータイム指しはしない。59秒まで考えて同玉。
桑原くんもそわそわしている。
双玉詰将棋になりそうなかたち。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
2五桂、2四玉、3四銀成、同銀、2三桂成。
4一の香車ががんばってくれてる。逃げ回ればなんとか。
同玉、3三金、2四玉、3四金、同玉、3五銀、4三玉。
「4一龍ッ!」
桑原くんは執拗に王手してくる。
私は王様をひとつ寄った。
「ぐッ……」
切らせた。私は高速で先手の寄りを読む。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
桑原くんは1一龍で香車を補充した。
チェスクロが時をきざむ。
……………………
……………………
…………………
………………よし。
「2七龍」
「うッ……」
桑原くんは、私が詰ませにきたのを悟ったようだ。迷いながら同玉。
私は最後の確認を入れた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3八銀」
同玉、2八金、4七玉、5八角、同玉。
桑原くんはノータイム指し。だけどもう関係ない。
4八銀成、6九玉、5八金。
「ま、負けました」
「ありがとうございました」
私は大きく息をついた。周囲がざわつく。
うしろに立っていた松平は、
「裏見、よくやった」
と胸をなでおろしていた。
「4-3?」
「ああ、ここが決勝席だった」
私たちの会話を聞いた桑原くんは動揺して、脇くんのほうをみた。
「あ、すいません、俺……」
「いいさ、素敵なセッションだったよ。今回は僕たちの負けだ」
とりあえず感想戦に移る。
桑原くんは、
「4二馬じゃなくて1四銀成も考えたんですけど」
と、終盤迷っていたことを伝えた。
【検討図】
「同玉に?」
「4一馬、同金、2五香ですかね」
上部開拓か。
直感的にはムリだと思う。
「……それは詰むわね。2七龍、同玉、2八金、2六玉、2七金、3六玉、6九角で」
【検討図】
「持ち駒が歩と飛車しかないから、4七歩の一択。そこで3五香、同金、同歩で金を入手すれば、簡単に詰み」
「あー、たしかにそうっすね。じゃあもっとまえで悪いのか」
私たちは序盤から検討して、4九銀成に同金としなかったのが疑問と結論づけた。
【検討図】
桑原くんは嘆息して、
「ちょっと迷ったんですよね。4九銀成は詰めろじゃないんで無視できるかなあ、って考えたのが失敗でした。ふつうに受けりゃよかったです」
とコメントした。
なるほど、攻め将棋が裏目に出たパターンか。
私たちは一礼して終了。席を立つと、大谷さんに拝まれた。
「地獄に仏とはこのことです。拙僧と愛智くんが負けて、かなり厳しい状況でした」
おっと、そうなのか。
くわしく聞くと、私、松平、ララさん、風切先輩で4勝。
当初の予定とはちがうかたちでの終局だった。
「ほかはどうなって……」
そう言いかけたとき、会場の後方が沸いた。
ひとだかりができているテーブルで、対局が終わったようだ。野次馬のなかに、ガッツポーズしながらローラーブレードで一回転する磐くんがいた。
それとは対照的に、ショックそうな顔の奥山くんも。
そうだ。日センvs首都工もやってたんだ。
平賀さんが人混みから抜けて、こっちに駆けてきた。
「4-3で首都工の勝ちです」
ひとつの山場が終わった。
これで都ノと首都工が全勝、日センが1敗、赤学が2敗。
私たちは自力昇級の枠に入った。
場所:2017年度 春季団体戦2日目 6回戦
先手:桑原 友助
後手:裏見 香子
戦型:先手ゴキゲン中飛車
▲7六歩 △8四歩 ▲5六歩 △6二銀 ▲5八飛 △4二玉
▲4八玉 △3二玉 ▲5五歩 △3四歩 ▲3八玉 △8五歩
▲7七角 △4二銀 ▲6八銀 △7四歩 ▲2八玉 △7三銀
▲5七銀 △6四銀 ▲6六銀 △5二金右 ▲3八銀 △4四歩
▲4六歩 △4三銀 ▲4七銀 △3三角 ▲3八金 △2二玉
▲5九飛 △3二金 ▲5六銀 △7三桂 ▲5八金 △4二金右
▲1六歩 △5二飛 ▲4八金左 △5四歩 ▲同 歩 △同 銀
▲5五歩 △6五銀左 ▲同銀直 △同 銀 ▲9五角 △5六銀
▲同 飛 △6四銀 ▲5四銀 △9四歩 ▲6三銀成 △9五歩
▲5二成銀 △同 金 ▲4一銀 △4三銀 ▲6一飛 △6五銀
▲5九飛 △6八角 ▲4九飛 △4六角成 ▲9一飛成 △5五馬
▲8二龍 △5一銀 ▲5六歩 △9九馬 ▲7三龍 △4五香
▲4七香 △同香成 ▲同金直 △4五香 ▲4六桂 △同 香
▲同 金 △5七歩 ▲4八金 △4二金右 ▲3二銀成 △同 金
▲2六香 △4二銀 ▲4一金 △5八銀 ▲2五香打 △2四桂
▲同 香 △同 歩 ▲1五桂 △4九銀成 ▲4二金 △同 金
▲7一龍 △4一香 ▲2三銀 △3一玉 ▲4九金 △7八飛
▲3八金 △3二金打 ▲同銀成 △同 銀 ▲2三銀 △4九銀
▲3九金打 △5八歩成 ▲4九金 △同 と ▲2四香 △2二歩
▲4三歩 △同 銀 ▲2二銀成 △同 角 ▲同香成 △同 玉
▲2三銀 △3三玉 ▲2二角 △2四玉 ▲3一角成 △3九銀
▲1七玉 △3八飛成 ▲4二馬 △3三桂 ▲同 馬 △同 玉
▲2五桂 △2四玉 ▲3四銀成 △同 銀 ▲2三桂成 △同 玉
▲3三金 △2四玉 ▲3四金 △同 玉 ▲3五銀 △4三玉
▲4一龍 △5三玉 ▲1一龍 △2七龍 ▲同 玉 △3八銀
▲同 玉 △2八金 ▲4七玉 △5八角 ▲同 玉 △4八銀成
▲6九玉 △5八金
まで158手で裏見の勝ち




