表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第45章 2017年度春季個人戦1日目(2017年4月16日日曜)
286/496

278手目 データ集め

 私がふりむくと、太宰だざいくんが立っていた。

「太宰くん……初日に来てたの?」

「シーッ……ちょっと廊下に出られる?」

 私はうなずいて、廊下に出た。

 ひとけのないスペースへ移動する。

 太宰くんはメモ帳をひらきつつ、

「昨日の収穫についてなんだけど……」

 とつぶやいた。

「なにか疑問でもあった?」

 手に入れた情報は、すでに太宰くんへ伝えてあった。

 MINEだと記録が残るから、帰りに駅前でこっそり再合流したのだ。

 そのときの太宰くんの反応は、すごく淡白だった。

 大した情報はなかったから、それもそうかな、と思っていたけど──

すえっていうひとを調べてみたんだ。意外と面白いことがわかった」

 私は息をのんだ。

聖生のえるっぽいってこと?」

「んー、そこまでは断言できないかな……ただ、末さんが特任教授になったのは、去年の4月なんだよね。タイミング的には一致している……気がしないでもない」

「それは根拠として弱くない? 去年の4月に就職したひとなんてたくさんいるわ」

「正論だね。そこはあまり重視しないでおこう。むしろ気になるのは、末さんが帝大ていだい将棋部のOBだったことだよ」

 私はさすがにおどろいてしまった。

「何歳?」

「そこが重要だよね……今年で48歳」

 48……私は聖生のえるの年表と照らし合わせる。

「……1988年のときは19歳、1992年のときは23歳?」

「そう、そして帝大の院に進んでるから、どっちの時期も将棋部に出入りしていた可能性が高い。最近顔出ししているのも、OBだからじゃないかな」

 たしかに、そのほうがしっくりくる。

 いくら帝大の教員でも、面識のない部に顔を出すのはむずかしいはずだ。

「ちなみに氷室ひむろくんのお父さんは何歳なの?」

「氷室教授はぴったり50だよ。1988年のときは21歳、大学3年生、1992年のときは25歳。当時は帝大に助手制度があって、1992年にはもう助手だった」

 私はその情報を整理した。そして、

「うろ覚えだけど、氷室くんのお父さんが言ってたことと合ってるわね*」

 と返した。

 太宰くんもうなずいた。

「だね。あのときは僕もメモしてある。1988年には関東大学将棋連合の会長だったというのも正しいよ。だから末さんと氷室教授は、在学中に面識があるはずだ。つまり末さんもハガキを見た可能性があるってこと」

 沈黙。

 日曜日のキャンパスに、ひっそりと不気味な空気が流れた。

 私はあまり考えがまとまらなくて、

「……太宰くんはどう思う?」

 とたずねた。

「まだなんとも言えないかな。帝大将棋部のOBは末さんだけってわけじゃないし、それに末さんが帝大に配属されたのは、きちんとしたプロジェクト関連だからね。都ノみやこのにいたずらする動機はないと思う。ただ……」

 太宰くんはそこで言葉をくぎった。

「ただ?」

「当時を知る重要な人物ではあると思う。1988年と1992年の役員名簿は入手できてるけど、ほとんどのひとは就職先や移住先がわからないんだ。直接話を聞けるチャンスではあるよね」

「末特任教授のことは、どうしてわかったの?」

「簡単だよ。帝大のHPで学歴欄をみたら帝大出身だった。もしや、と思って過去の棋譜をあさったら名前があったよ。棋譜は連合がコピーして保管してるからね」

 さすがの行動力。

 と同時に、次の手が見えてきた。

 私は、

「じゃあまずは末先生から?」

 とたずねた。

「それが堅実だろうね。あとでほかのメンバーとも共有しよう」

 そこで会話は終わった。

 太宰くんはなにごともなかったかのように、べつの対局室へ消えた。

 私も観戦にもどる。

 さっきと同じ順番でチェックした。

 ついでにBの主要メンバーの対局もチェックしておいた。

 けど、チラッとじゃよくわからないところもあるのよね。

 居飛車党か振り飛車党か、振るならどこに振ってるかくらい。

 ひと通り回って、ふたたび209へ入った。

 ずいぶんと悩んでいるマルコくんの姿があった。


【先手:生河いがわノア(慶長けいちょう) 後手:車田くるまだマルコ(都ノ)】

挿絵(By みてみん)


 あ、うーん……後手が悪い。

 飛車角を抑え込まれてしまっている。

 マルコくんはさらに30秒ほど悩んで、6四歩と置いた。

 生河くんは冷静に5六銀と下がる。

 6二銀、8六歩、7三銀。

 マルコくんは組みなおし始めた。

 生河くんは30秒ほど考えて、桂馬を手にした。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 銀に当てた? ……あ、ちがうか。端に狙いを定めたんだ。

 次に6六角~9四歩っぽい。

 マルコくんは8四銀と受けた。

 生河くんは一転して5筋を攻める。

 5四歩、4三金、5五銀右、5四金。


挿絵(By みてみん)


 あうち、ちょっと暴発にみえる。

 とはいえそれくらいしかないのかも。

 同銀、同銀、5五歩、6三銀。

 金銀交換はしたけど、また後手が息苦しい。

 ここで生河くんの長考になって、私はほかへ移動した。

 他大のメンバー調査をやっていると、アッという間に1回戦は終わった。

 控え室にもどったときには、対局を終えた男子が先に集まっていた。

 私は松平まつだいらに、

「どうだった?」

 とたずねた。

「ああ、勝ったぞ」

「ほかは?」

星野ほしの三宅みやけ先輩の勝ちで、重信しげのぶ先輩、青葉あおば、車田が負け」

 あらら、1年生に洗礼がくだった感じか。

 青葉くんは、

「すみません、準備不足でした」

 と謝った。

「受験明けだからしょうがないわよ」

 マルコくんはもうすこしさばさばしていて、

「いやあ、強かったです。あっさりやられちゃいました」

 と言った。

「マルコくんのあいて、去年の都大会で優勝してるみたい」

「え、そうなんですか? それは勝てないなあ。大学将棋、レベル高いです」

 まあそのクラスがゴロゴロいるわけでもない。

 青葉くんは、

「今日は3回戦までありますけど、僕はなにをすればいいんですか?」

 とたずねた。

 私はさっきとったノートをひらいて、

「手持ち無沙汰なら、ちょっとデータ集めを手伝ってもらえないかしら」

 と答えた。

「データ集め?」

「B級校のデータを取って欲しいの。序盤は戦型くらいでいいわ。とくに1年生は去年のデータがないから、そこを優先して」

 マルコくんも手伝うと言ってくれた。

 休憩時間はみじかくて、すぐに2回戦が始まる。

 勝ち抜け組なだけあって、調べる価値のある対局が多かった。

 わりと中堅が気になるのよね。

 上位陣の棋力はだいたい予想がつく。強豪はそもそも今日は対局ないし。

 私はBの所属校で、去年の成績が5-4か6-3のひとを集中的に観た。

 序盤をざっと確認してから、中盤でもういちど一周。

 終盤はとくに気になった学生だけマークした。

 青葉くんとマルコくんも、慣れないなりにがんばってくれた。

 2回戦も順調に終わり、お昼休憩に。

 控え室にもどってきた三宅先輩は、悔しそうに頭をかきながら、

「2日目進出への道は遠いなあ」

 とぼやいた。どうやら負けたっぽい。

 残っているのは松平と星野くんだけに。

 初日で全滅されると、2日目は風切かざぎり先輩と女流しかなくなるわけですが。

 まあそれでもかまわないと言えばかまわない。個人戦だ。

 そんなことを考えていると、青葉くんが、

「この大会って、どのあたりまで行ければそれなりなんですか?」

 とたずねてきた。

 私はボールペンでノートに書き込みを入れながら、

「んー、べつに何回戦までいかないといけないってことはないんだけど……男子は2日目に進出するっていうのが、ひとつの目安じゃないかしら。ベスト64だし」

 と答えた。

「関東で上位64人ですか……秋はがんばります」

 がんばってください。

 ただクジ運かなあ、と思うこともある。

 それにシード組がいるから、2日目に進出できるのは実質40人くらいなのよね。

 私はノートを閉じた。全員そろったし、食事にしますか。

 今回は行きたいところがバラバラになったから、交代で荷物番になった。

 選手のほうを優先。

 松平と三宅先輩、穂積お兄さん、それにマルコくんはメックへ行くとのこと。

 星野くんと青葉くんはコンビニへ買い出し。

 私は大谷おおたにさんとお留守番。集めた資料を整理していた。 

 私はノートをまとめながら、

「Bの選手は、3回戦までそこそこ残ってるわね」

 とつぶやいた。

 大谷さんは、

「AとBを行き来している大学は、ほぼ準A級とみてもよさそうです」

 と言った。そうかもしれない。

首都工しゅとこうがとりあえずのライバル?」

「それと日セン、電電理科でんでんりかあたりかと。この3校で対策は異なります」

「っていうのは?」

「日センは絶対的エースの速水はやみさんがいます。速水さんに入る可能性があるのは風切先輩しかいません。ただし、層が厚いのは首都工のほうだと思います」

 たしかに、青葉くんに勝ったあいては首都工だったけど、よく知らないひとだった。

 そのあたりでも初段以上あるということだ。

「電電は?」

「電電理科は3番手だと思います。そこは確実に勝つ必要があります」

「となると、オーダーは……」

 そのときだった。

 ひとが近づいてきた気配がして、私たちは口をつぐんだ。

 足音がすぐそばまで来る。

 ふりむいた私は、思わずアッとなった。

 真っ赤なフードつきジャケットに、虎のイラストが入った白いTシャツ。

 しかも室内だというのに、フードを目深にかぶっていた。

「い、生河くん……」

 生河くんは両手を胸のまえで合わせ、ゆびをもじもじさせていた。

 すこし猫背気味だった。なんだかおどおどしている。

 ちょっと間があったあと、すごい小声で、

「あの……都ノ大学のかたですよね……?」

 とたずねてきた。

「え、ええ、そうだけど……なにか用?」

愛智あいちくんっていうひとが入ったと思うんですが……今日来てますか?」

*136手目 30年前の証人

https://book1.adouzi.eu.org/n0474dq/136/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ