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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第43章 さようなら後輩たち(2017年2月25日土曜)
280/496

272手目 電撃発表

 見知ったメンバーでのペア将棋。

 序盤はほんとうに速く進んだ。

 8五歩、7七角、4二玉、6八銀、6二銀。

 んー、どうしましょ。

 指し方はいろいろあるのよね。

 私はとりあえず5六歩と突いた。


挿絵(By みてみん)


 大場おおばさんはこれを見て、

「そっちっスか……」

 とつぶやいた。ん、なんかちがった?

 細かいところまでは合わせられない。アドリブに期待。

 5四歩、4八玉、3二玉、5七銀。

 私は方針を一貫させる。玉頭にプレッシャーをかけていく。

 5二金右、3八玉、3三角、3六歩、4四歩。


挿絵(By みてみん)


「バランス取るの難しいっスね……4六歩っス」

 佐伯さえきくんは4三金と上がった。

 これは……穴熊を諦めてないっぽいかな。

 ポーンさんがどうするかだけど。

 3七桂、5三銀、5八金左、7四歩。

 ん……しまった、もしかして美濃が間に合わない?

 6四銀〜7五歩で速攻されそうだ。しばし小考。

「……こうね」


挿絵(By みてみん)


 これには後輩3人もびっくり。

「振り飛車ミレニアムっスか?」

 ですねぇ。風切かざぎり先輩にやられたことがあるのよ。

 あのときは完敗した。

 棋力差があるから囲いのせいとは言えないけどね。

 佐伯くんはここで時間を使った。

 30秒ほど考えて4二銀上。やっぱり速攻だ。

 じぶんで言うのも変だけど、このミレニアムが間に合うかしら。

 2九玉、6四銀。

 私は6五歩と突き返す。

「Hmm……いかにもな手筋ですわ」

 これは引けないでしょ。5三銀と戻るようでは、なにをしているのか分からない。

 7三に引っ込むのも無意味だ。おそらく取って来るはず。

「先に8六歩ですわ」

 そこを入れて来ましたか。

 大場さんは同歩。佐伯くんは6五銀と取った。

「4五歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 大場さんはこれを見て、

「さっきから急所が裏見うらみ先輩にばっかり行ってるっス」

 と、やや不満げ。

 まあまあペア将棋だからね。

 大場さんのターンでいい手があったら活躍してくださいな。

 ポーンさんは当然に7六銀と出て来た。

 無視して4四歩と取り込む。

 同金、4三歩。

 ふたたびポーンさんの手番。だいぶ悩んでいる模様。

「Auf den ersten Blick muss ich verteidigen, aber……」

 さあさあ、どうしますか。

 ドイツ語は分からないけど、たぶん4三同銀か7七銀成で悩んでるんでしょ。

「……7七銀成とさせていただきます」

 大場さんは4二歩成と突っ込む。

 同金、7七桂、8六飛、6八飛、8九飛成。

 私は颯爽と3九金。


挿絵(By みてみん)


 どやッ。未完成だけどミレニアムっぽくなった。

 ポーンさんは6四角と反撃してくる。

 大場さんは手筋の5五歩。

 同角なら4六銀打、同歩なら角筋が止まる。安定してきた。

 佐伯くんは形勢不利と見たのか、4三金引とした。

 私は追撃で4六銀と打った。

「激辛ですわ……」

 たしかにパーティーでする手じゃなかったかも……ま、勝負は勝負ということで。

 ポーンさんは1五歩で端歩を絡めてきた。

「意外とめんどうっスか?」

 どうかしら。これは手抜いてもいいと思う。

 助言はしない。

「……まだ大丈夫そうっスね。4五桂っス」


挿絵(By みてみん)


 佐伯くんは4四角。私は6五桂で反対側も跳ねた。

 1六歩、1八歩、5五角左。

 ん? 暴発した? ……いや、佐伯くんだからなにかありそう。

 私は10秒ほど読んで、同銀とした。

 同角、4七金、7七角成。

 うーん、どうしましょ。

 飛車を逃げる手はなさそう。

 攻めたいんだけど……5三銀と露骨に打つか、5一銀と引っ掛けるか迷う。

 5三銀はたぶん取ってくれない。4一金と逃げるでしょうね。

 5一銀は5二金と逃げるはず。

 以下、5三桂左成、同金上、同桂成、同金、4一角でどうか。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)

 

 これは取れないから3三玉と上がる。

 それで捕まえられればいいんだけど……うーん……。

 私は本日一番の長考をしたあと、5三銀と打った。

 ほかの3人の反応はマチマチ。

 大場さんは「そこっスか」とつぶやいた。

 ポーンさんはポーンさんで困ったような顔をしている。

 佐伯くんは無表情。

 さっき考えてて気づいたけど、これ、互角っぽいわね。

 先手のほうがいいかな、と思ってたら、そうでもないみたい。

 4一金、6一角、6八馬、同銀、5八飛。

 本譜はだいたい予想通りに進んだ。

「切っちゃうっス。4三角成」


挿絵(By みてみん)


 これは……あ、うーん、そういうことか。

 7九金で龍を弾きながら銀を助けろってことね。

 だけど……うーん……ちょっと複雑になったような……。

 私が苦吟する中、ポーンさんは同玉とした。

 まあ、7九金と打つしかないか。

「7九金」

「8七龍」

 ポーンさんは金に当てながら逃げた。

 私は7七角で止める。

 佐伯くんはさっき取った角を手にした。

「7五角」

 ……ん? 7五角?

 3九と5三へ同時に利いてるから攻防ってこと?

 でもそれは──

「ヨシュアちゃん、こうするとどうするんっスか?」


挿絵(By みてみん)


「……」

 んー、見落としかしら。

 表情には出なかったけど、それっぽい雰囲気が漂う。

「Kein Problem、まだ行けますわよ」

 ポーンさんは3八銀でフォローした。

 同金、7七龍、同銀、5九飛成。

 なんだかんだでめんどくさい王手が来た。

 大場さんは3九銀打でがっちりガード。

 佐伯くんの7九龍に、私は4四飛と打ち込んだ。


挿絵(By みてみん)


 これで寄りでしょ。

 3二玉、4一飛成、2二玉、3二金、1三玉、2一龍。


挿絵(By みてみん)


 佐伯くんはこの手を見て、

「なにもできない感じかな……ポーンさん、どうする?」

 とたずねた。

「そうですわね……投了もやむなしかと」

「7五角が敗着になっちゃった。ごめん。投了します」

「ありがとうございました」

「ありがとうございましたっス」

 快勝……っと、やけにギャラリーが集まってるわね。

 箕辺みのべくんと葛城かつらぎくんもいた。

 葛城くんは投了図を見て、

「裏見先輩、後輩をいじめちゃダメですよぉ」

 と言った。

 いやいや、いじめてないから。

 箕辺くんは、

「さすが大学将棋で鍛えてるだけのことはありますね」

 と褒めてくれた。

すみちゃんの指し回しもナイースだったっスよ」

「そうだな。4九金が良かった」

 箕辺くんがそう言った瞬間、会場のマイクが入った。

《みなさま、ご歓談の最中ではございますが、ただいまより捨神すてがみ九十九つくも様から、スピーチをいただきたいと思います。壇上のほうへご注目ください》

 捨神くんが壇上にあがった。

 スーツではなかったけど、きちんとしたスマートカジュアルだった。

 グレーのスラックスに白のシャツ、黒いジャケットを羽織っていた。

 捨神くんはマイクを受け取ると、みんなに一礼した。

《捨神九十九です。本日は盛大な会を開いてくださり、ありがとうございました。今年の4月からドイツのフランクフルト・アム・マインへ留学することになりました。この機会を提供してくださった音楽協会のみなさまと、留学先の選定にご協力くださったポーン・ソフトウェア開発財団に、あらためて御礼申し上げます》

 そっか、ポーンさんのツテで決まったのか。

 ポーンさんもフランクフルト出身だものね。

 捨神くんはそのあと、ピアノの関係者、駒桜の知人にも順番にお礼を述べた。

 それから将来の抱負を語った。

 そして、すこし間を置いてから、

《最後に、この場で報告をさしあげたいことがあります……飛瀬とびせさん》

 と言い、飛瀬さんを壇上にあげた。

 飛瀬さんもスマートカジュアルで、グレーのニットワンピースを着ていた

 捨神くんはすこし赤くなりながら、マイクを持つ指に力をこめた。

《じつはこちらの飛瀬カンナさんと2年ほどおつきあいしていまして……このたび結婚することになりました》

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………えぇえええええええッ!?

 会場がざわついて、それから拍手が起こった。

 反応はほんとにみなそれぞれだったけど、3年生陣は全然驚いていなかった。

 私は箕辺くんに、

「知ってたの?」

 とたずねた。

「ええ、このまえの3年生会で聞きました」

 大場さんも拍手をしながら、

「角ちゃんたち、ふたりがくっつくようにサポートしてたっスよ」

 と教えてくれた。

 これには来島くるしまさんが眠たそうな顔で、

「いつの間にかくっついてたけどね」

 とツッコミをいれた。

 そ、そうだったのか。

 一緒に海外へ行くならカウントダウンの問題だったかな、とは思う。

 一方、めちゃくちゃショックを受けているひともいた。

 K知からわざわざやって来た吉良きらくんだった。

「くそぉおおお、俺はなにを見せつけられてるんだッ!?」

 まあまあ、落ち着いて。

 県外から駆けつけてくれるなんて、なんだかんだで友だち関係なのね。

 スピーチが終わり、捨神くんの周りは人だかりができた。お祝いのメッセージを告げるひとの列だ。箕辺くんたちは、邪魔にならないように会場の隅へ移動してしまった。

 私が将棋盤の横に立っていると、松平まつだいらに声をかけられた。

「裏見、順番待ちか?」

「ううん、県外のひとも多し、地元の私が時間を取っちゃ悪いかな、と思って」

「俺も今夜はパスだ。あとでふたりにおめでとうって言っとくよ」

 そうよね、あと数日はいるわけだし、ここで割り込む必要もない。

 私がひとり納得していると、松平はすこし声を落とした。

「ところで、聖生のえるの件なんだが……」

「パーティーが終わってからでよくない?」

 松平は会場の奥、窓ぎわのほうを盗み見た。

 そこには姫野先輩が立っていた。

 黒のドレスを着て、これまた着飾ったひとたちと話していた。

 あれですか、セレブリティですか?

 松平はタメ息をついて、

「……さすがに1992年のハガキは本物ですか、とは聞けないよな」

 とつぶやいた。

 私もそれは反対かな。

「とりあえず楽しみましょ」

「たしかに……じゃ、乾杯」

 私たちはグラスを合わせた。おたがいに微笑み合う。

 すると、箕辺くんがこっちに戻って来た。

「先輩たち、指しませんか? みんなで回してるんです」

 おっと、リベンジですか。

 松平はジンジャエールを飲み干して、グラスを置いた。

「よし、いっちょ揉んでやる」

 私たちはそのあと、夜遅くまで将棋を指した。

 これが最後かもしれない。そう思うと、一手一手に力がこもる。

 勝敗? それはナイショ。

場所:姫野邸

先手:裏見・大場ペア

後手:ポーン・佐伯ペア

戦型:先手振り飛車ミレニアム


▲7六歩 △3四歩 ▲1六歩 △1四歩 ▲6六歩 △8四歩

▲7八飛 △8五歩 ▲7七角 △4二玉 ▲6八銀 △6二銀

▲5六歩 △5四歩 ▲4八玉 △3二玉 ▲5七銀 △5二金右

▲3八玉 △3三角 ▲3六歩 △4四歩 ▲4六歩 △4三金

▲3七桂 △5三銀 ▲5八金左 △7四歩 ▲2八銀 △4二銀上

▲2九玉 △6四銀 ▲6五歩 △8六歩 ▲同 歩 △6五銀

▲4五歩 △7六銀 ▲4四歩 △同 金 ▲4三歩 △7七銀成

▲4二歩成 △同 金 ▲7七桂 △8六飛 ▲6八飛 △8九飛成

▲3九金 △6四角 ▲5五歩 △4三金引 ▲4六銀打 △1五歩

▲4五桂 △4四角 ▲6五桂 △1六歩 ▲1八歩 △5五角左

▲同 銀 △同 角 ▲4七金 △7七角成 ▲5三銀 △4一金

▲6一角 △6八馬 ▲同 銀 △5八飛 ▲4三角成 △同 玉

▲7九金 △8七龍 ▲7七角 △7五角 ▲4九金 △3八銀

▲同 金 △7七龍 ▲同 銀 △5九飛成 ▲3九銀打 △7九龍

▲4四飛 △3二玉 ▲4一飛成 △2二玉 ▲3二金 △1三玉

▲2一龍


まで91手で裏見・大場ペアの勝ち

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