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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第41章 王座戦(2016年12月23日金曜)
258/496

251手目 虎穴

「すこし待ってくれ……宗像むなかたがまだ来ていない」

 みんなの私語がやんだ。

 傍目はため先輩はメガネをなおしながら、

「オーダーに記載された選手が開始時に不在の場合、それ以降の席の選手は不戦敗となります。藤堂とうどうさんには釈迦に説法かと思いますが……」

 どこの大会でも、そういうルールになっていた。

 たとえば開始時に1番席の選手が不在なら、7人全員が不戦敗になる。

 どうしてそんなルールになっているかというと、でたらめなオーダーずらしを禁止するため。オーダーで指名された選手は会場にいないといけない。これが鉄則。

 藤堂さんもそれ以上は嘆願たんがんしなかった。

 通らないのがわかってるんでしょうね。

 その代わり、申命館しんめいかんの内部で相談がはじまった。

 私は近くにいたから、丸聞こえの状態。

 まず藤堂さんが、

「おい、駒込こまごめ、空いたところに入れ」

 と指示した。

 歩美あゆみ先輩は腕組みをしながら、

「いいけど、恭二きょうじはほんとに来ないの?」

 とたずねた。

 藤堂さんは、

「駒込こそ、宗像がどこにいるのか知らないのか?」

 とたずねかえした。

「私は保護者じゃないし、見張ってなかったのは主将責任でしょ」

 強い返し。とはいえ、藤堂さんも反論できないようだった。

 ここで御手おてくんが、

「午前は宗像がいなくてもいけますよ。とりあえず出しましょう」

 とわりこんだ。

 藤堂さんはメガネをクィ〜とやってから、ささっとオーダーを記入した。

 8時49分ぎりぎりで提出。

 役員がオーダー表を確認して、それから各校に返却した。

 そんななか、歩美先輩はこっそりと私のほうへ近寄ってきた。

香子きょうこちゃん、ひとつお願いがあるんだけど」

 え……飲み物買ってきて、とかいうオチですか?

 高校同窓OGちゃんの圧力?

 と思いきや──

「恭二をさがしてきてくれない?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………はい?

「えっと、それは……」

「恭二はN古屋にいると思うの。昨日の夜、3000円貸したから。たぶん電車賃」

 私はびっくりした。

「そ、それなら申命館でさがしたほうが……」

「あいつはうちの部員の話を聞かないのよ。香子ちゃん、恭二のこと知ってるんでしょ」

 私はことわろうと、なにか口実を考えた。

 けどそのまえに、歩美先輩はほかの部員に呼び出されてしまった。

 先輩は「よろしく」とだけ言って、対局テーブルへむかった。

 私はその場に取り残されてしまう。呆然。

 大谷さんが異変に気づいて、

「なにを相談なさっていたのですか?」

 とたずねてきた。

 私は話そうかどうかすこし迷ったあと、

「宗像くんがN古屋にいるかも……だって」

 と答えた。

 大谷さんはそこまでおどろかずに、

「なるほど、行き先は見当がついていたのですね。しかし、なぜ裏見うらみさんに?」

 と質問してきた。

 それは私が知りたい。

「宗像くんのこと知ってるでしょ……みたいな理由」

「フレッシュ戦のことでしょうか? あるいは申命館での交流会?」

「たぶん両方……」

 じゃないかもしれない。なんか言外にふくみがあったような気がする。

 東京でのいざこざが、歩美先輩の耳にも入ってるとか?

 ありうる。姫野ひめのさんと藤堂さんも来てたし、口外されていない保証がなかった。

「して、裏見さん、どうなさるおつもりですか?」

 一番痛い質問。

 高校の同窓関係だけど、ぶっちゃけ指示に従う義務はないわけで。

「主体性のない回答で悪いけど、大谷さんだったら、どうする?」

「あくまでも個人的な意見ですが、拙僧ならばさがします」

 え? 意外。

 ひとそれぞれ、という理由でごまかされるかと思った。

「どうして? やっぱり人づき合い?」

「宗像くんは、風切かざぎり先輩と会うのを避けたのではないでしょうか?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ああッ! そういうことかッ!

「もしかして、の……」

 大谷さんは、くちもとにひとさしゆびをそえた。

 私はあわてて口をつぐむ。

 大谷さんはぼやかした言い方で、

「宗像くんのほうも感づいた、ということはありえます」

 とだけ答えた。

 そうだ。聖生のえるがどうしてナリをひそめたのか、その点については憶測があった。

 正体がバレたから活動を控えている、という可能性。

 もし宗像くんが聖生のえるなら、この場に来るのはマズいと思ったのかも。

 都ノみやこのが大勢で押しかける計画を、近畿のひとたちは知らなかった。

 私たちの来場を知って急遽行方をくらました、ということは十分に考えられた。

「仮にそうだとしたら、さがすのはかえって危なくない?」

「そこをどう天秤にかけるか、だと思います。虎穴こけつなのはまちがいないかと」

 入らずんば……か。

 ふたりだと結論が出ないと思い、私は松平まつだいらも呼んだ。

 宗像くん聖生のえる説を共有しているのは、この3人だ。

 会場を出て相談する。空はくもりがちになって、風はやんでいた。

 松平は話を聞き終えたあと、

「なるほど……ありうるな」

 というのが第一声だった。

 捜索するかどうかについては、私たちとおなじように迷った。

「ほんとうに市内にいないのか? じつはこの近くにいる可能性もあるぞ?」

「私たちを監視してるってこと?」

「ありえなくはない。聖生のえるが俺たちを監視した方法は、わかってないからな」

 たしかに……私はしばらく考えてから、

「とりあえず、申命館が泊まってるホテルへ行かない?」

 と提案した。

 松平は、

「ホテルの従業員から宗像に連絡がいくと、めんどうじゃないか?」

 と不安げだった。

「私が歩美先輩に頼まれたから、ごまかせると思う」

「……よし、ちょっと待っててくれ。ホテルを聞き出してくる」


  ○

   。

    .


 とあるビジネスホテルの1階。

 レセプションの男性は、パソコンを操作しながら、

宗像むなかた恭二きょうじさま……たしかにお泊まりです」

 と言い、メガネごしに私たちをみた。

「すでにご出発なされています」

 松平は行き先をたずねた。

「団体様ですので、ご同行なさっているのだと思いますが……」

 うーん、そうじゃないのよね。

 まあ、ホテルのひとが行き先を知っているわけもないか。

 私たちはお礼を言って、そとに出た。

 自動車が行き交う道路のそばで、作戦会議。

 松平が出した結論は、

「駒込の推測が正しそうだな。3000円ならN古屋まで往復して食事もできる」

 というもの。だったらN古屋へ……いや、でも……うーん……。

 私は口をはさんだ。

「チャンスは1回しかないわよ。N古屋まで片道1時間だから」

 ハズレたらおしまいだ。

 松平は頭をかいた。

「そうなんだよな。しかもN古屋市内を捜索するってムリがあるぞ」

 踏ん切りがつかない。

 そもそも歩美先輩の指示にムリがあるのよ。

 やっぱり申命館と合同でさがすしか……と、そのとき、一台の車が乗りつけた。

 有名な日系メーカーの白いバンだった。

 その運転席をみて、私はびっくりした。

佐田さだ店長ッ!?」

 運転席の窓がひらいた。店長はサングラスをはずしてほほえんだ。

「おやおや、奇遇だね」

 それはこっちのセリフだ。

 なんで佐田店長が?

 松平も警戒して、

「どうしてここにいるんですか?」

 と直球の質問をぶつけた。

 佐田店長は表情ひとつ変えずに、

「答え合わせをしに」

 とだけ答えた。

 松平はけげんそうな顔をした。

「答え合わせ?」

「8年前、後部座席に乗っていた少年に会いたくてね」

「!」

 私は息をのんだ──店長もおなじ結論にいたったわけだ。

 宗像恭二=聖生のえるJr説にたどりついたのは、私たちだけじゃなかった。

 松平は慎重にことばをえらんだ。

「目星がついた……と?」

「きみたちもついてるんだろ。そっちのほうが不思議だね。手がかりはなんだった?」

「……」

「ハハッ、黙秘か。それもいい。どうだい、僕といっしょに答え合わせへ行かない?」

 私たちは顔を見合わせた。

 松平は「どこへですか?」とたずねた。

「僕の予想が正しければ、彼はT羽にいる」

「T羽? ……なにか根拠があるんですか?」

 佐田店長はサングラスをかけなおした。

 後部座席のロックをはずす。

「そこが彼の故郷だからだよ……さあ、乗るかい? 1時間ほどのドライブだ。じつは僕もちょっと緊張しててね。同乗者がいると助かる」

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