251手目 虎穴
「すこし待ってくれ……宗像がまだ来ていない」
みんなの私語がやんだ。
傍目先輩はメガネをなおしながら、
「オーダーに記載された選手が開始時に不在の場合、それ以降の席の選手は不戦敗となります。藤堂さんには釈迦に説法かと思いますが……」
どこの大会でも、そういうルールになっていた。
たとえば開始時に1番席の選手が不在なら、7人全員が不戦敗になる。
どうしてそんなルールになっているかというと、でたらめなオーダーずらしを禁止するため。オーダーで指名された選手は会場にいないといけない。これが鉄則。
藤堂さんもそれ以上は嘆願しなかった。
通らないのがわかってるんでしょうね。
その代わり、申命館の内部で相談がはじまった。
私は近くにいたから、丸聞こえの状態。
まず藤堂さんが、
「おい、駒込、空いたところに入れ」
と指示した。
歩美先輩は腕組みをしながら、
「いいけど、恭二はほんとに来ないの?」
とたずねた。
藤堂さんは、
「駒込こそ、宗像がどこにいるのか知らないのか?」
とたずねかえした。
「私は保護者じゃないし、見張ってなかったのは主将責任でしょ」
強い返し。とはいえ、藤堂さんも反論できないようだった。
ここで御手くんが、
「午前は宗像がいなくてもいけますよ。とりあえず出しましょう」
とわりこんだ。
藤堂さんはメガネをクィ〜とやってから、ささっとオーダーを記入した。
8時49分ぎりぎりで提出。
役員がオーダー表を確認して、それから各校に返却した。
そんななか、歩美先輩はこっそりと私のほうへ近寄ってきた。
「香子ちゃん、ひとつお願いがあるんだけど」
え……飲み物買ってきて、とかいうオチですか?
高校同窓OGちゃんの圧力?
と思いきや──
「恭二をさがしてきてくれない?」
……………………
……………………
…………………
………………はい?
「えっと、それは……」
「恭二はN古屋にいると思うの。昨日の夜、3000円貸したから。たぶん電車賃」
私はびっくりした。
「そ、それなら申命館でさがしたほうが……」
「あいつはうちの部員の話を聞かないのよ。香子ちゃん、恭二のこと知ってるんでしょ」
私はことわろうと、なにか口実を考えた。
けどそのまえに、歩美先輩はほかの部員に呼び出されてしまった。
先輩は「よろしく」とだけ言って、対局テーブルへむかった。
私はその場に取り残されてしまう。呆然。
大谷さんが異変に気づいて、
「なにを相談なさっていたのですか?」
とたずねてきた。
私は話そうかどうかすこし迷ったあと、
「宗像くんがN古屋にいるかも……だって」
と答えた。
大谷さんはそこまでおどろかずに、
「なるほど、行き先は見当がついていたのですね。しかし、なぜ裏見さんに?」
と質問してきた。
それは私が知りたい。
「宗像くんのこと知ってるでしょ……みたいな理由」
「フレッシュ戦のことでしょうか? あるいは申命館での交流会?」
「たぶん両方……」
じゃないかもしれない。なんか言外にふくみがあったような気がする。
東京でのいざこざが、歩美先輩の耳にも入ってるとか?
ありうる。姫野さんと藤堂さんも来てたし、口外されていない保証がなかった。
「して、裏見さん、どうなさるおつもりですか?」
一番痛い質問。
高校の同窓関係だけど、ぶっちゃけ指示に従う義務はないわけで。
「主体性のない回答で悪いけど、大谷さんだったら、どうする?」
「あくまでも個人的な意見ですが、拙僧ならばさがします」
え? 意外。
ひとそれぞれ、という理由でごまかされるかと思った。
「どうして? やっぱり人づき合い?」
「宗像くんは、風切先輩と会うのを避けたのではないでしょうか?」
……………………
……………………
…………………
………………ああッ! そういうことかッ!
「もしかして、の……」
大谷さんは、くちもとにひとさしゆびをそえた。
私はあわてて口をつぐむ。
大谷さんはぼやかした言い方で、
「宗像くんのほうも感づいた、ということはありえます」
とだけ答えた。
そうだ。聖生がどうしてナリをひそめたのか、その点については憶測があった。
正体がバレたから活動を控えている、という可能性。
もし宗像くんが聖生なら、この場に来るのはマズいと思ったのかも。
都ノが大勢で押しかける計画を、近畿のひとたちは知らなかった。
私たちの来場を知って急遽行方をくらました、ということは十分に考えられた。
「仮にそうだとしたら、さがすのはかえって危なくない?」
「そこをどう天秤にかけるか、だと思います。虎穴なのはまちがいないかと」
入らずんば……か。
ふたりだと結論が出ないと思い、私は松平も呼んだ。
宗像くん聖生説を共有しているのは、この3人だ。
会場を出て相談する。空はくもりがちになって、風はやんでいた。
松平は話を聞き終えたあと、
「なるほど……ありうるな」
というのが第一声だった。
捜索するかどうかについては、私たちとおなじように迷った。
「ほんとうに市内にいないのか? じつはこの近くにいる可能性もあるぞ?」
「私たちを監視してるってこと?」
「ありえなくはない。聖生が俺たちを監視した方法は、わかってないからな」
たしかに……私はしばらく考えてから、
「とりあえず、申命館が泊まってるホテルへ行かない?」
と提案した。
松平は、
「ホテルの従業員から宗像に連絡がいくと、めんどうじゃないか?」
と不安げだった。
「私が歩美先輩に頼まれたから、ごまかせると思う」
「……よし、ちょっと待っててくれ。ホテルを聞き出してくる」
○
。
.
とあるビジネスホテルの1階。
レセプションの男性は、パソコンを操作しながら、
「宗像恭二さま……たしかにお泊まりです」
と言い、メガネごしに私たちをみた。
「すでにご出発なされています」
松平は行き先をたずねた。
「団体様ですので、ご同行なさっているのだと思いますが……」
うーん、そうじゃないのよね。
まあ、ホテルのひとが行き先を知っているわけもないか。
私たちはお礼を言って、そとに出た。
自動車が行き交う道路のそばで、作戦会議。
松平が出した結論は、
「駒込の推測が正しそうだな。3000円ならN古屋まで往復して食事もできる」
というもの。だったらN古屋へ……いや、でも……うーん……。
私は口をはさんだ。
「チャンスは1回しかないわよ。N古屋まで片道1時間だから」
ハズレたらおしまいだ。
松平は頭をかいた。
「そうなんだよな。しかもN古屋市内を捜索するってムリがあるぞ」
踏ん切りがつかない。
そもそも歩美先輩の指示にムリがあるのよ。
やっぱり申命館と合同でさがすしか……と、そのとき、一台の車が乗りつけた。
有名な日系メーカーの白いバンだった。
その運転席をみて、私はびっくりした。
「佐田店長ッ!?」
運転席の窓がひらいた。店長はサングラスをはずしてほほえんだ。
「おやおや、奇遇だね」
それはこっちのセリフだ。
なんで佐田店長が?
松平も警戒して、
「どうしてここにいるんですか?」
と直球の質問をぶつけた。
佐田店長は表情ひとつ変えずに、
「答え合わせをしに」
とだけ答えた。
松平はけげんそうな顔をした。
「答え合わせ?」
「8年前、後部座席に乗っていた少年に会いたくてね」
「!」
私は息をのんだ──店長もおなじ結論にいたったわけだ。
宗像恭二=聖生Jr説にたどりついたのは、私たちだけじゃなかった。
松平は慎重にことばをえらんだ。
「目星がついた……と?」
「きみたちもついてるんだろ。そっちのほうが不思議だね。手がかりはなんだった?」
「……」
「ハハッ、黙秘か。それもいい。どうだい、僕といっしょに答え合わせへ行かない?」
私たちは顔を見合わせた。
松平は「どこへですか?」とたずねた。
「僕の予想が正しければ、彼はT羽にいる」
「T羽? ……なにか根拠があるんですか?」
佐田店長はサングラスをかけなおした。
後部座席のロックをはずす。
「そこが彼の故郷だからだよ……さあ、乗るかい? 1時間ほどのドライブだ。じつは僕もちょっと緊張しててね。同乗者がいると助かる」




