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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第40章 幽霊部員ストーカー事件(2016年12月5日月曜)
254/496

248手目 火消し

 昼下がりの喫茶店、もとい雀荘ディジット。

 お店のそとには、長い行列ができていた。

 私と松平まつだいらはすみっこのテーブルで、店内をうかがう。

 中央にあるバーの陰から、雀荘フロアのドアを観察していた。

 私たちは帽子にサングラスといういでたち。かえって目立つかしら。

 コーヒーとケーキを食べながら、かれこれ1時間が経過していた。

 松平はコーヒーのおかわりを注文した。

 そしてふいに、

「ほんとうにその……和泉いずみってやつだったのか?」

 と確認してきた。

 シーッ、私はくちびるに指をあてた。

「ここでその名前を出しちゃダメ」

「す、すまん……」

 松平はドアをみやった。

「ネットの写真だと、似てるような気はしたが……」

 そう、インターネットにも和泉プロの写真はころがっていた。

 なにかの大会で優勝したことがあるらしい。

 ところがそのときの写真は、どれも雰囲気がちがっていた。

 髪はもっと短く切っていて、男性用メークもラフな感じ。

 実物をみるしかないということで、わざわざ来たのだ。

 松平はコーヒーをひと口飲んで、それから、

「このまま出て来ない可能性もあるな……」

 とつぶやいた。

 そうなのよね。喫茶店だから、何時間居座ってもいいとは思う。

 問題は和泉プロが閉店まで姿をあらわさないときだ。

 私はスプーンでコーヒーをかき混ぜた。

「じかに見るチャンスはここしかないのよ。住所はわからないし」

「わかったとしても、さすがに張り込みはできないと思うぞ。それこそストーカーだ」

 たしかに──その瞬間、ドアがひらいた。

 私はアッとなる。

 和泉プロがお客さんを店外に案内していた。

 そのお客さんは熱心なファンなのか、しきりになにか話しかけていた。

 チャンス。松平にチェックさせる。

 松平はびっくりして、

「……そっくりだ」

 とつぶやいた。よし、証言がとれた。

 私たちは席を立つ。お会計を済ませて、場所を移動した。

 ショッピングモールを出てモノレールの駅へ。

 そのまま路線を乗り継いで大学前に到着。

 若者向けのお店がならんだ大通り。私たちはいっしょに歩いた。

 松平はまだ信じられないらしく、

「いや、しかし……どういうことなんだ?」

 と混乱していた。けど、

「まあ、女装趣味があるからどうこうとは言わないが……」

 と言って、私とおなじ感想に帰着。

 私も本来の目的にたちかえる。

「問題は動画を消した犯人よ」

「だな……とはいえ、和泉自身じゃないのか?」

「それは難しくない? 部室にどうやって入ったの?」

「そこは和泉特有の問題じゃないだろ? だれだって難しいぞ?」

 ま、そこは認めざるをえない。

 だけど、松平はひとつ見落としている。

「今回の事件は、だれかが火消しをしてるのよ」

「火消し? ……それをしてるのが和泉じゃないのか?」

 私はゆびをふった。

「彼はデータの存在を知らないと思う」

 松平は怪訝けげんそうな顔をした。

「張本人なのに?」

 そこが盲点なのよね。

 和泉プロはデータ消去事件の犯人じゃない。

 それどころかおそらく、データの存在そのものを知らない。

 じゃあ犯人はだれなのか。

 名探偵香子きょうこちゃん劇場の、はじまりはじまり。


  ○

   。

    .

    

 大学の図書館。

 その3階にある小さなグループスタディルーム。

 ゼミやサークルの打ち合わせに使う部屋だ。

 白い丸テーブルがふたつ。椅子がそれぞれ4つ。

 ホワイトボードがあって、天井にはプロジェクターも用意されていた。

 壁はガラスだけど、一部にくもりが入っていた。

 私はその一席で教科書をひらいていた。

 勉強──もあるけど、タイミングの見計らい。

「というわけで、あなたが犯人です」

 私のまえで勉強していた穂積ほづみさんは、顔をあげた。

「なにか言った?」

「穂積さん、動画を消したのはあなたでしょ?」

 穂積さんはペンをおいた。腕組みをして私をにらむ。

「ちょっと、さすがに冗談でも怒るわよ」

「和泉プロと救急車に乗ったとき、なにか見たんじゃない?」

 穂積さんはすこし顔色を変えた。

 けど、すぐに否定した。

「なにも見てないわよ。なに? あたしが和泉プロとなんかしたって言いたいの?」

「そうじゃなくて、なにか彼の秘密を知っちゃったんじゃない?」

 私の推理はこうだ──あの日も和泉プロは女装していた。

 下着が女物だったんじゃないか、というのが私の予想。

 救急車のなかで、穂積さんはそれを見てしまった。

 私はあいての出方をうかがう。穂積さんの挙動が変わった。

「……香子、動画を見たんだっけ?」

「見たわ」

「……動画の女が和泉プロに似てたってこと?」

「そう」

「他人の空似そらにじゃない? データがないから確認しようがないし」

「それが狙いだったんでしょ。ここからは水かけ論よね……待って、私の話を聞いて。和泉プロの趣味をどうこうする気はないの。データを消されて部が混乱してるのと、聖生のえるが疑われてるのが問題。このままだと、すごいミスリーディングになっちゃう。そこはどうにかできない?」

「どうにかって言われても、あたしは犯人じゃないし……」

「そうよね、データを完全に消したのは、お兄さんのほうだから」

 穂積さんは口をつぐんだ。

 私はトリックをあばく。

「パソコンの仕組みについてはくわしくないけど、ちょっと変だと思ったの。動画だからデータの容量は大きいでしょ。だったら上書きにも時間がかかるはずだわ。しかもあとで調べてみたら、上書きする箇所は指定できないらしいじゃない。となると、ランダムに上書きを繰り返して、どこかでヒットするのを待つしかないわよね。こんな芸当ができるのは、穂積お兄さんしか考えられないわ。リカバリするふりをしながら、こっそり上書きしてたんじゃない?」

 穂積さんは沈黙した。

 シャーペンのおしりをかるく噛む。

「……うまくできた推理だけど、証拠がなにもないわよね」

「それはそう。うまく火消しできたらいいな、っていうだけ。気を悪くしたならごめんなさい。だけど、火種は残すと再燃すると思う。完全にデータを消せたっていう確証も、ほんとはないんじゃないかしら。さっきも言ったけど、私は和泉プロの趣味には興味がないの。この火種が消えたら、もうなにも言わないつもり」

 穂積さんは教科書をたたんだ。

 荷物を整理する。

「ちょっと用事を思い出した」

 穂積さんはグループスタディルームを出て行った。

 しばらくして、松平がこっそり入室する。

 穂積さんがいなくなったのを確認しながら、

「退部……とかはないよな?」

 とつぶやいた。

「断言はできないけど、穂積さんはわりとリーズナブルだし、だいじょうぶだと思う。お兄さんと相談して、なにかうまいストーリーを準備してくれるんじゃないかしら」

「だといいが……ちょっと座っていいか?」

 私はOKした。

 松平はとなりの椅子をひく。

「どうして穂積兄妹が犯人だってわかったんだ?」

「一番大きかったのは、病院でのできごとかな」

「病院?」

 粟田あわたさんといっしょに和泉プロのお見舞いへ行ったこと、そこで高子たかねプロに声をかけられたことを、私は伝えた。

「高子プロは、救急車に同乗した子を知りたがってたの」

「なるほどな、粟田が疑われてたってことか」

「たぶんね。高子プロが粟田さんをストーキングしたこと、あとで急に謝ったことも辻褄が合うわ。高子プロは目撃者をさがしてたのよ」

 つまり時系列はこうだ。

 高子プロは和泉プロの女装趣味が外部にバレたことを知った。

 そこで口封じのために同乗者をさがした。

 最初は粟田さん、次に穂積さんに接触して、穂積さんが同乗者だとわかった。

 なんとか和解して、外部に漏らさないように頼んだ。

 穂積さんもこれを了承した。だからストーカーの件は立ち消えになった。

 松平も納得しつつ、

「焼肉屋でこの話になったとき、あっさり流されたよな。あの時点で八花やつかと高子、あるいは和泉とのあいだで話がついてたわけか。八花は麻雀ファンだから黙るだろう」

 と解釈した。

「焼肉屋の時点では、まだ舞台裏をお兄さんに伝えていなかった。穂積さんが監視カメラの映像に気づいたのは、その夜なんじゃないかしら」

「で、あわてて消させた、と。いつ消したんだ?」

「穂積さんが朝来て消したんだと思う。フォルダから消すだけならクリック一発でしょ。あとでお兄さんが上書き処理して消去。これならバレないわ。穂積さんからみて一番信頼できる人物だし」

 バックアップを取ってなかった、っていうのがそもそも嘘だと思う。穂積お兄さんは、そのあたりをきっちりしてそうだもの。部室のパソコンから消えただけで、じつはどこかにあるんじゃないかしら。憶測でしかないけど。

 松平は腕組みをした。

 まっしろなテーブルをみつめて考え込む。

 私は「なにか辻褄の合わない点がある?」とたずねた。

「辻褄が合わないわけじゃないんだが……なんでサークル棟に姿をあらわしたんだ?」

「穂積さんをさがしてたんじゃないかしら」

「わざわざ大学に? 同乗者の捜索は、高子が担当してたんじゃないのか?」

「それ以外に考えられなくない? あるいは私が疑われてたのかも」

 なるほどと、松平は納得した。

 もうひとつ質問してくる。

「和泉の顔に見覚えがあるっていう、風切先輩の証言は?」

「記憶違いじゃない? けっきょく思い出せないんでしょ?」

 松平は「それもそうか」と答えた。

 大きく背伸びをする。

「あとは穂積兄妹次第か……退部されないことを願うしかないな」

 そこはお祈りかな。

 とはいえ、部を巻き込んだ点については、なんとかしてもらわないといけない。

 このまま卒業まで放置、とはいかない案件だったと思う。

 聖生のえるに関してもミスリーディングになってしまう。

 私がじぶんにそう言い聞かせていると、松平は席を立った。

「よし、飯でも食って帰るか。送ってくぜ」

「送り迎えはもういいわ。事件はもう解決したでしょ」

 松平はドアに手をかけながらふりむいた。

「俺は重信しげのぶ先輩を信用してるけど、八花がらみの先輩は信用してないんだよなぁ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………送ってもらいます。

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