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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第40章 幽霊部員ストーカー事件(2016年12月5日月曜)
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243手目 被害者たち

 氷室ひむろくんの発言に、私たちはかたまった。

 風切かざぎり先輩は、けげんそうに目を細めた。

「新入部員? ……最後に入った星野ほしののことか?」

「いえ、星野くんには会ったことあります。女のひとです」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………女性の新入部員?

 そんなひとはいないと、風切先輩は答えた。

 氷室くんは「え?」という顔をした。

「さっきすれ違ったひとは、お客さんですか?」

「来客はなかったぞ」

「部室のドアのまえにいたような……」

 そのとき私は、粟田あわたさんのことを思い出した。

 彼女、びみょうに興味があったはず。

「もしかして、メガネをかけてて、前髪をすこし短めに切ってる子?」

「あ、裏見うらみさん、知ってるんだ。サングラスをかけてたよ」

 サングラス? ……ちょっと粟田さんっぽくないわね。

 いや、そういうのは偏見か。

 ところが、あれこれ特徴をチェックしてみると、ぜんぜん一致していなかった。

 粟田さんはショートで、身長は高くない。

 けど、氷室くんが見かけた女性は、ロングヘアーで背が高かったらしい。

 私は服装もたずねてみた。

「黒いコートを着てて……あと黒いズボンだったかな……」

「顔はどうだった?」

「マスクをしてたから、イマイチわかんない」

 えぇ、いかにも不審者じゃないですか。

 この情報に、風切先輩は強く反応した。すこし青くなっていた。

 とうとつに、

「見覚えのある女じゃなかったんだよな?」

 と確認してきた。

「断言はできませんが、知り合いじゃなかったと思います」

「それならいいんだが……」

 私は、風切先輩の不安を察した──宗像むなかたさんだ。

 風切先輩は安心したのか、それとも確証が持てなかったのか、それ以上訊かなかった。

 ここで三宅みやけ先輩が場をまとめる。

「部屋をまちがえただけかもしれないが……少し妙だな。変質者か空き巣ってこともありうる。あとで警備員さんに伝えておく」

 こうして、その話題はとりやめになった。


  ○

   。

    .


 その日の夕方、私はララさん、大谷おおたにさんと食堂にいた。

 すると、トレイを持った穂積ほづみさんをみかけた。

 声をかけたけど、なんだかうわの空みたいだった。

 ララさんが、

八花やつかってば〜」

 と大声を出して引き止めた。

 穂積さんはびっくりしてふりかえった。

「な、なんだララか……おどかさないでよ」

「おどかしてないよ。いっしょに食べよ」

 穂積さんは、ララさんのとなりに座った。

 トレイのうえにはカレーライス。私もなんだけどね。

 ここのカレーライスは、サラダもついてて、量がちょうどよかった。

「八花、元気ないね? レポートの提出忘れた?」

「……」

「男?」

 こらこら、あんまり深入りしない。

 とは思ったものの、私も気になるのよね。

 このまえの朝帰りの一件から、急に部室に来なくなったし。

 ララさんは「相談に乗るよ」と言った。

 気さくな感じがよかったのか、穂積さんはようやく口をひらいた。

「だれかにストーカーされてる……気がする……」

 これには私たちもびっくり。

 ララさんは「京介きょうすけが見た女だよ」と口走った。

 私もそう思った──けど、それは早合点だった。

 穂積さんは「女? 男よ」と言って否定したのだ。

 ララさんは眉をひそめた

「男? ……八花のお兄ちゃんじゃないの? 心配で尾行してるとか」

「お兄ちゃんを見間違えるわけないでしょ」

 穂積さんの話によると、若い男で、見かけたことのない人物らしい。

 しかも、サングラスにマスクをしていた、とつけくわえた。

 その点は昼間の情報と一致していたから、私は、

「じつは女ってことはない? 髪の長さは?」

 と確認を入れた。

「夜道だったから、絶対にそうだとは言えないけど……男だったと思う」

 うーん、断言はできないのか。

 それにしても、夜道でストーキングされるとか怖すぎる。

 大谷さんはこれを聞いて、

「警察に通報してみては、いかがですか?」

 とアドバイスした。

「したけど、おざなりな対応だった」

「そうですか……証拠がないと、動いてもらえないのかもしれません」

 ララさんがパチリと指をはじいた。

「こういうときはコネだよ」

 穂積さんは「警察にコネなんかないわよ」と答えた。

「あるじゃん。日センの怖いひと」

「……速水はやみ?」

「そうそう、パパが警察の偉いひとなんでしょ。頼めるって」

 いや、ムリがあるのでは、と思ったけど、穂積さんは、

「そうね……試す価値はあるか……」

 とつぶやいた。

 そんなに心配なのか。まあムリもないわよね。

 いきなり襲われたら最悪だし。

 いっぽう、大谷さんはすこし違うところが気になっていたようで、

「氷室くんが話していた女性の不審者とは、なにも関係がないのでしょうか?」

 とたずねてきた。

 うーん、どうだろう。

 そもそも氷室くんの話も、ほんとうかどうかわかんないのよね。

 部室のドアのまえにいた気がする、っていうだけの話だし。

 私は大谷さんに、

「氷室くんが見たのって、ほんとに不審者だと思う?」

 とたずねた。

「そこはなんとも。しかし、事件の同時性は気になります」

 それもそうか……私は穂積さんに向きなおる。

「とりあえず、気をつけて帰ったほうがいいわね。穂積さんはひとりで帰宅?」

「最近はお兄ちゃんといっしょに帰るようにしてる……けど、お兄ちゃんって襲われたら反撃できなさそうなのよね。スタンガンとか買っといたほうがいいのかな」

 たしかに、護身用アイテムだいじかも。

 私も防犯ブザーくらい買っておこうかしら。

 そんなことを考えていると、むこうから見慣れた顔がやってきた。

 穂積お兄さんだった。

「八花、迎えに来たよ」

「あ、もうこんな時間か……じゃ、お先に」

 穂積さんはお兄さんといっしょに、トレイを返すレーンへ向かった。

 ララさんはシェークをチューチューしながら、

「こういうときにお兄ちゃんいるといいよねえ。香子きょうことひよこはお兄ちゃんいる?」

 と訊いてきた。

 私は一人っ子だと答えた。

 大谷さんもそう答えた。

「Oh、日本は少子化まっしぐらだね」

「ララさんは?」

「ララはいるよ。日本には来てないけど」

 それはそれでさみしいわね。

 ララさん、よく考えたら海外留学だし、けっこうたいへんよね。

 食事を終えた私たちは、しばらく雑談をした。

「それでは、拙僧たちも念のため3人で帰るといたしますか」

 あッ……ちょっと待って欲しい。

 私はことわりをいれた。

「ごめんなさい、このあとまだ用事があって……」

「左様ですか。終わるまでお待ちいたします」

 いや、そういうことではなくてですね。

 ララさんが口をはさむ。

「香子は送りオオカミがいるからいいんだよ」

「オクリオオカミ? ……番犬を飼っていらっしゃるのですか?」

 純真な大谷さんが混乱してるでしょ。

 とりあえずこの場はごまかして、私は食堂を出た。

 工学部棟に向かう。

 入り口をのぞいてみると、松平が椅子に座って待っていた。

 自動ドアを開けてなかに入る。

「ごめん、お待たせ」

 松平はスマホから顔をあげた。

「だいじょうぶだったか?」

「だいじょうぶ、っていうのは?」

「不審者がまだ校内にいるんじゃないかな、と思ってな」

 だれも見かけなかったと、私は答えた。

 工学部棟を出て、大学をあとにする。夜道は暗かった。

 このあたり、微妙に田舎っぽいのよね。都内と雰囲気がぜんぜんちがう。

 学生街だからだと思うけど。

「わざわざ送ってもらってごめんなさい」

 私はそう言ってから、穂積さんの一件も伝えた。

 松平は深刻そうな顔で、

「マズいな……このへんの女子大生を、無差別に狙ってるんじゃないのか?」

 とつぶやいた。

 その可能性、否定できないから怖いのよね。

「しばらくは送るよ。裏見になにかあったら俺もショックだ」

 そうしてもらえると助かる。

 私たちはとりとめのない話をしながら、家路についた。


  ○

   。

    .


 翌日、講義を終えた私は、部室へむかった。

 ドアを開けると、意外な人物がいた──速水はやみさんだった。

 速水さんは椅子に座って、風切先輩と向かい合っていた。

 私が来たことに気づいて、こちらへ顔をむけてくる。

「こんにちは、お邪魔してるわよ」

「あ、こんにちは……なにか御用ですか?」

 これには風切先輩が答えてくれた。

「来年の運営の打ち合わせだ。あと王座戦の旅程りょてい

 そういうことか。次期会長・副会長コンビってわけね。

 ふたりの邪魔にならないように、私はソファーへ座った。

 そして、ふと思いついたことがあった──速水さんに相談するの、アリでは?

 穂積さんのアイデアを借用する。

 私は機をうかがった。雑談が多くなってきたところで、声をかける。

「あの……お話中のところすみません……速水さんにちょっと相談があるんですが……」

 速水さんはこちらへふりむいた。

「私に? 法律相談?」

 私は事情を説明した。

 速水さんは表情を変えずに、ただ耳をかたむけていた。

「……ストーキングを受けてる?」

「はい……たぶん……」

「証拠はあるの?」

 目撃談っぽいものがある、と私は答えた。

 速水さんは「そう」と言って、しばらく考え込んだ。

「……日本にストーカー規制法はあるけど、今の状態で警察が動くのはムリね。仮に可能だとしても、『不審者が出ました』っていう看板を立てることくらいかしら」

「どういう状況だと動いてもらえるんですか?」

「複数回のストーキング行為があって、警察も具体的に対応できることが要件かしら。単に不審者がいたってだけじゃ、だれに警告を発していいのかわからないわ」

 うむむ、そういうことか。

 これを聞いた風切先輩は、

「もこっちのコネでコネコネっとできないのか?」

 とたずねた。

「私に警察のコネはないわよ」

 ほんとぉ?

 まあ建前上そういうしかないわよね。

「すみません、変な相談で……」

「防犯対策はしっかりしておいたほうがいいでしょうね。夜道をひとりで歩かない、防犯ブザーやスプレーを携帯する、あたりかしら」

 けっきょくそこに落ち着いちゃうのか。

 私はお礼を言って、将棋の雑誌をパラパラした。


  ○

   。

    .


 さらに次の日、私はゼミに参加していた。

 けど、先生の話がなかなか頭に入ってこなかった。

 粟田さんの調子が悪そうにみえたのだ。

 女の子の日かな、と思う。

 ゼミが終了したところで、私はこっそりと粟田さんに話しかけた。

「おつかれさま……粟田さん、もしかして具合悪い?」

 粟田さんは、ちょっと作ったような笑顔で、

「うん、すこしだけ」

 と答えた。

 やっぱり女の子の日かな。

「あんまりひどいようなら、保健センターに……」

「あ、そこまでじゃないから……でも、ちょっと困ったことがあって……」

「困ったこと? なに?」

 粟田さんは、ほかのひとがいなくなったのを確認してから、こう言った。

「私の勘違いかもしれないけど……ストーキングされてる気がするの」

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