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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第38章 2016年度秋季個人戦3日目(2016年10月30日日曜)
227/496

223手目 ふたてに分かれて

※ここからは、香子きょうこちゃん視点です。

 けっきょく、風切かざぎり先輩はもどってこなかった。

 私と松平まつだいらは、部室を閉めて移動。3限の講義がある。

 先輩はカバンを持って行ったから、だいじょうぶだろうと判断した。

 私は経済学部棟へ、松平は工学部棟へ。

 とちゅうまでいっしょに移動する。

 私はちょっと心配になって、

「さっきの電話、もしかして例の件かしら?」

 とたずねた。

 松平はなんとも言えない表情で、

「どうだろうな……」

 と、あいまいに返す。

「風切先輩から、なにか教えてもらったの?」

「いや、簡単な経緯と、難儀してるっていう愚痴ぐちだけだ」

 私はその経緯とやらをたずねてみた。ところが、松平も詳しく教えてもらったわけじゃないとのことだった。ようするに、次期会長がまだ決まっていなくて、風切先輩が候補の一角としてあがっている、と。個人戦2日目に、ばんくんから聞いた話でしかなかった。

 私はすこし深掘りしてみた。

「だれかが策動してる、っていう話はなかった?」

「んー、俺が聞いた限りじゃ、晩稲田おくてだの界隈がそういう動きをしてるってだけで、風切先輩本人は、マジメに受け取ってないみたいだったぞ」

 晩稲田の【界隈】がたちばな先輩であることは、すぐに察しがついた。

「じゃあ、断るってこと?」

「どうだろうな……おっと、俺はここまでだ。またあとでな」

 松平は工学部棟に消えた。

 うーん、けっきょく真相はあいまいなままなのか。

 私はとりあえず、経済学部棟へむかった。1階の大教室へ。

 いつもの中央前寄りに座ると、おなじ1年生の女子に声をかけられた。

香子きょうこ、おはよ」

「おはよ……どうしたの?」

「こんど合コンすることになったんだけど、参加しない?」

 私はカバンを置きながら、

「そういうのはパス」

 と答えた。

 少女は一瞬きょとんとして、それから、

「あ、ふーん、そっか、もう彼氏いるんだあ」

 とニヤついた。

「そういう問題じゃないから」

「さっきいっしょに歩いてた男子?」

 見られてるじゃないですか。もう、障子しょうじどころじゃなく目があるわね。

 少女はひとりでうなずいて、

「なるほど、彼くらいのがいれば合コンも必要ないってか」

 と納得していた。

 こらこら、勝手に合点しない。

 とはいえ、あれこれ訊かれても困るから、黙っておく。

 そのうち先生が来て、講義が始まった。

 私はノートをとりながら、物思いにふける。

 会長職の件は、正直、私たちにとってはどうでもいいことなのかもしれない。

 2年生のだれが選ばれようと、あまり関係ない気がした。

 朽木くちき先輩でも速水はやみ先輩でも、しごとはきっちりこなしてくれそう。

 ただ、なーんかありそうなのよね。このイヤな予感は、いったいどこから?


  ○

   。

    .


 というわけで、個人戦3日目に来てしまったわけですが──

 大谷おおたにさんと風切先輩も出てるし、ふつうに応援、というのが半分。もう半分は、もやもやの解消。これは私じゃなくて、大谷さんが言い出したことだった。どうも違和感をおぼえるから、3日目に来て欲しいと言われた。私の勘はあんまりアテにならないけど、大谷さんに言われると気になっちゃうのよね。

 私は対局会場──新人戦のときに使った公民館──のエレベーターのなか。

 大谷さんとふたりきり。私は、

聖生のえるがここに現れる、ってこと?」

 と、たずねた。

 大谷さんは取り澄ました表情で、

「それはわかりません……しかし、2日目の風切vs朽木戦といい、なにやらキナ臭い気配がします。私たちの知らないところで、イベントが進んでいるような……」

 と、つぶやいた。

「会長えらびのごたごた?」

「……わかりません」

 大谷さんでもダメか。あんまりトラブルになりませんように、と。

 15階に到着。とびらがひらき、ソファーと観葉植物のある簡素な空間が広がった。

 公民館のなかでも、ここは市民用のイベント会場らしい。

 奥には【和室】のプレート。左右の通路は、それぞれ会議室につながっていた。

 そう、あの和室は、氷室くんが倒れた場所だ。あの日のことを、私は思い出す。

 学生は、すでにそこそこ集まっていた。

 入江いりえ会長や傍目はため先輩は当然に来ていたし、応援も思っていたより多い。

 風切先輩はまだ来ていない。それとも手洗いかしら。

 私がきょろきょろしていると、サイドから声をかけられた。

「あら、香子きょうこじゃない」

 火村ほむらさんだった。

 火村さんは、真っ黒なフリフリの衣装を着ていた。

 髪はツインテールで、コウモリのヘアピンをしていた。

 もしかしてハロウィン? 10月だけど、女子大生にしてはお子様っぽい。

 でも、そこに突っ込んじゃダメよね。乙女のファッションに、けなしは禁物。

「火村さん、かわいい衣装ね」

 火村さんは上機嫌になって、

「でしょでしょ……ところで、香子はひよこの応援?」

 と、質問をかえしてきた。

 そういうことにしておく。

 むしろ、火村さんがなんで来てるのかが気になった。

「火村さんは、純粋に観戦?」

「そうね、来季の参考にしようかしら、なーんて」

 なんかはぐらかされた気がする。

 まさか火村さんも、大谷さんみたいに勘が働いたとか?

 ありえなくはないのよね。

 私たちがしゃべっていると、入江いりえ会長が抽選箱を持って現れた。

「えー、今から準決勝の抽選をおこないます。カードを引いてください」

 私が新人戦のときに引いたやつね。

 選手は前に出た。

 まず女子から引いていく。

「速水さんと大谷さんがA、橘さんと三和みわさんがBですね。では、男子のひと」

 あちゃー、速水さんと当たったか。

 これは大谷さんといえども厳しいかも──ん? 風切先輩は?

 入江会長も変に思ったのか、

「あれ、風切くんは?」

 と言い、私たちのほうをみた。

 私はちょっと慌てて、

「え、あの……わかりません」

 と答えた。

 入江会長は、

「いっしょに来たんだよね?」

 とたずねた。私は首を振る。

 入江会長は困ったような顔をした。

「まいったな。対局時刻は遅らせられないし……」

「わりぃ、ここにいるぞ」

 風切先輩は、なんと奥の和室から出てきた。

 ずいぶん眠たそうな顔で、

「すまん、早く来すぎて寝てた」

 と言った。

 入江会長はちょっとあきれて、

「カードはもう3人とも引き終えたよ」

 と伝えた。

 慶長けいちょう児玉こだま先輩と帝大ていだい氷室ひむろくんがAだった。

 Bの1枚は、土御門つちみかど先輩が持っている。つまり、土御門vs風切。

 入江会長は箱をさしだして、

「いちおう引くかい?」

 とたずねた。

 風切先輩はこれをことわった。

 入江会長は箱を抱いたまま、

「さて、どうしようか。和室と洋室に2組ずつ入ってもらってもいいし、そこのソファーで指してもらってもいい。ただ、和室は幹事以外立ち入り禁止。狭いからね。観られたいひとは、洋室かそこのソファーでお願いする」

 と説明した。

 こういうのは、運営で決めちゃっていいんじゃないかしら。

 選手だって、振られても困るような──と思いきや、土御門先輩が扇子せんすを鳴らした。

「わしは和室がいいのぉ。風切、どうじゃ?」

「俺もかまわないぜ」

 土御門先輩、一方的に引き込んでるわね。

 とはいえ、風切先輩も元奨もとしょうだから、畳で指すのは慣れてそう。

 入江会長はうなずいて、

「じゃあ、風切くんと土御門くんは和室ね。ほかの選手は?」

 とたずねた。

 ここで意外にも、大谷さんが手をあげた。

「拙僧も、できれば和室でお願いできませんでしょうか」

 おっと、これには周囲がびみょうに反応した。

 入江会長は、速水先輩のほうをむき、

「大谷くんは和室を希望みたいだけど、速水さんは?」

 と確認をいれた。

「私もかまわないわ」

「では、速水さんと大谷さんも和室。2組以上は入れないから、三和さんと橘さん、児玉くんと氷室くんは洋室でいいかな?」

 だれも反対しなかった。ソファーで指そうというひとは、今回はいなかった。

「では、対局準備を。和室は僕が担当しよう。傍目さん、洋室を頼む」

「承知しました」

 みんな散っていく。

 私はどうしよっかな。ここのフロアに残るひともいるみたい。

 迷っていると、大谷さんが耳元でささやいた。

「これで2部屋とも監視できます。裏見さんは洋室のほうへ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、そういうことか。

「了解」

 私は洋室へ移動。10畳くらいの小会議室だった。楕円形の白いテーブル、椅子はありきたりなリクライニング式。右手のほうに窓がみえた。奥にはホワイトボード。

 ギャラリーは、関東のトップクラスばかりだ。

 太宰だざいくんの存在が、ちょっと気になるかも。単なる観戦とは思えない。

 児玉vs氷室が奥に、三和vs橘が入り口近くにセッティングされた。

 私は三和vs橘の近くに立つ。ここなら、あやしまれない。大谷さんのために偵察中、という建前。案の定、着席した三和さんは私をみて、

「おっと、ひよこくんのスパイかな」

 と勘違いしてくれた。

 まあ、そういう要素がないわけじゃないし。

 橘さんは黙々と駒をならべる。

 傍目先輩が腕時計を確認した。

「私の時計で、10時から開始とさせていただきます。振り駒をお願いします」

 3年生の三和さんが振って、歩が1枚。橘さんが先手。

 歩をもとの位置にもどして、待ち時間になった。

 準決勝だけあって、さすがに雑談はなかった。

「……それでは、始めてください」

「よろしくお願いします」

 三和さんがチェスクロを押して、対局開始。

 橘さんは10秒ほど冥想して、それから7六歩と突いた。

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