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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第37章 2016年度秋季個人戦2日目(2016年10月23日日曜)
223/496

220手目 互角?

挿絵(By みてみん)


 大谷おおたにさんはチェスクロを押した。

 私は太ももに手をつき、前傾姿勢になる。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………5六歩で角が死んでない?

 というか、どう見ても死んでいる。

 確実すぎて、かえって疑心暗鬼になってしまった。

 大谷さんが見落としているとも思えない。

 となると──角切りか。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 これだと思う。

 同飛に7七香の放り込み、あるいは8二香〜8七香成の狙い。

 前者のほうが可能性は高いかな。

 7七香……7四歩?

 でも、7八香成に同玉は、7七金の王手角取り。

 7八同銀も7七金で、以下、同銀、同歩成、同角、7六銀。けっきょく困っている。

 うーん、玉頭に殺到されちゃう。

 後手は香車1枚でも、攻勢に出られるのか。

 しまった。ぜんぜん考えてなかった。

 私は気をとりなおす。消費時間はもどってこないから、しょうがない。

「……5六歩」


挿絵(By みてみん)


 角香交換に応じるしかないと判断。

「1九角成」

 同飛、7七香と進んだ。

 やはりそっちだったか。

 この瞬間は私の駒得になっている。

 私は同金と強く取った。

「単に取る……ですか」

 大谷さんはここで小考した。

 窓から風が吹き込む。秋の香り。

 お遍路へんろさんの衣装のそでぐちから、ゆっくりと手が伸びた。

「同歩成です」

 今の小考、なんかあやしいわね。

 同歩成しかなかったわけで。その先を考えていたっぽい。

 8七飛成と7六金の天秤かしら。

 とりあえず、同角とする。こちらも手は固定されていた。

「8七飛成」

 飛車成りだった。

 私は7八銀と引いて受けた。

「7六歩」


挿絵(By みてみん)


 ん……そういう小考だったの?

 これは意外というか……8八角で受かる。

 以下、8一龍、8七歩or8七香でフタをしたい。

 後手はちょうど歩切れだから、8七香が効くわね。

「8八角」

 大谷さんは即座に8一龍と撤退した。

 8七香、4一龍。


挿絵(By みてみん)


 んー、そこか。4筋の受け。

 攻めさせてもらいましょう。

 4三歩成と成り込む。

 同金右、6五歩、同銀、1一角成。

 攻めに弾みがついてきた。

 大谷さんも3六歩の取り込みで対抗してくる。

 ここで私は小考。

 1五歩か2四歩が効けばいいんだけど……ちょっとムリか。

 馬が閉じ込められないうちに、動いておきましょ。

「6九香」


挿絵(By みてみん)


 6六歩、同香、同銀、同馬で撤退。

 大谷さんは7七香と放り込んだ。

 んー、2度目の7七香。これもめんどくさい。

 7八香成、同玉、7七銀が両取りだから、放置はできない。

「……6八銀」

 私は手堅い受けをみせた。

 大谷さんも10秒ほど考えた。

「……馬が邪魔ですか。6五歩です」

 これは……取るわよね。

 同馬、5四金、6六馬。

 ここで6五歩と打ちなおす歩がない。

 ところが、大谷さんは別の駒で代用した。

「6五桂」


挿絵(By みてみん)


 あうッ……7筋に間接的な追加……って、ん?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ちょっと待って。

 これ、4筋の龍が働いてきてない?

 例えば、7八香成、同玉、7七銀、同銀、同歩成、6九玉、6八金、同金、同と、同玉に4七龍と走られてしまう。さすがにもたない、っていうか投了になる。

 私は無意識のうちに、ペットボトルへと手を伸ばした。

 とりあえず飲む。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………かなり悪い気がしてきた。

 今は4六歩の受けを考えている。以下、7八香成、同玉、7七銀以下の順で、4七龍の心配はなくなる。でも、7七同銀、同歩成、6九玉、6八金、同金、同と、同玉でバラバラにされたら、けっきょく寄っている。

 7八香成、同玉、7七銀、同銀、同歩成に、同馬と取る?

 ただ、同桂成、同玉、7六金と打たれるのがキツい。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これはもう負けだ。6八玉と右に逃げようとしても、7七角がある。

「……」

 私は長考する。のこり時間がない。

 1分だけ残して、私は6七銀直と立った。


挿絵(By みてみん)


 大谷さんは30秒使って、7八香成。

 私はノータイムで同銀とした。

 のこり時間は、私が1分、大谷さんが3分。

 いやあ、終盤の叩き合いで時間がない。

 以下、7七歩成、同銀、同桂成、同馬、7六銀。

 上から押さえ込みに来られた。

 対応をミスると終わる。私はなけなしの時間を投入した。

 

 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 馬を犠牲にして、馬を作りなおす。

「なるほど、そう来ましたか」

 大谷さんは、さも感心したようすだった。

 お世辞抜きで、あまり読んでいなかったらしい。

 じぶんでもトリッキーなことは自覚している。

 

 ピッ

 

 大谷さんも1分将棋になった。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「7七銀成」

 同角成、7六銀、8六馬、7七金、4六香。

 歩切れを突く。

「6一龍」


挿絵(By みてみん)

 

 ぐぅ冷静。

 次の8七銀成で詰めろ馬取りになってしまう。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ

 

「6九玉ッ!」

「5六桂、と飛び込みたいところですが、先に8七銀成です」

 あうーん、あくまでも冷静。

「……8五馬」

「今度こそ5六桂です」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………終わった。

 右に逃げても一手一手だ。

 どうにもならない。

「負けました」

「ありがとうございました」

 うーん、ベスト4ならずかぁ。

 途中までは互角だったと思うんだけど。

「どこで悪くなった?」

「仕掛けのあたりから、後手持ちだったように思います」

 マ? ずっと悪かったってこと?

「序盤で劣勢だった?」

「いえ、優勢劣勢というほどではありません。わずかに後手持ちかな、と……いずれにせよ、1回目の7七香に同金とされたところで、指しやすくなりました」

「えぇ……そっか……代わりにどうしたらよかった?」

「先に7四角と打って、牽制しておくのはいかがでしょうか?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「4二金右?」

「はい、そのあと、7七香を同角と取ります」

「角で取るの?」

「1筋で角香交換をしたあとですから、もとにもどるだけです。以下、同金で8七飛成りを防ぎ、次に5五歩を狙うのがよろしいのでは?」

 うーん、なるほど。

 解説されてみると一理ある。

「全体的に大局観がおかしかったかも」

「雁木は崩れ始めるともろいです。先攻された時点で、よろしくない可能性があります」

 それも一理ある。

 私たちはそれから中盤の小競り合いを検討した。

 途中で火村ほむらさんが顔をのぞかせる。

「香子、どうだった?」

 私は負けたと答えた。

 すると、火村さんは私の肩をたたいて、

「まあ、そういうこともあるわよね」

 と、なぐさめてきた。

 ん? この反応は?

「火村さん……もしかして負けた?」

「香子、そういえば前期の成績はどうだった?」

「フル単だったけど……って、話を逸らさない」

 火村さんは「うぅ」とうなってから、

「はいはい、負けました、負けました」

 と答えた。そんなに投げやりじゃなくても、いいじゃないですか。

「あいては?」

晩稲田おくてだのアイツ」

 たちばなさんか。

 これはしょうがない気がする。

 よくよく考えたら、私が春の個人戦で橘さんに勝ったのも、金星なのよね。

 火村さんは腕組みをして、

「あいつ、なんかやたら気合い入ってたのよね。団体戦はもう終わってるのに」

 とつぶやいた。

 私は、

「王座戦があるからじゃない? そのレギュラー争いとか?」

 と推測した。

「王座戦っていつあるの?」

「12月下旬よ」

「どこで? 東京?」

 どこだったかしら。私が答えられないでいると、大谷さんが、

「M重です。ちょうど日本列島の中間地点が選ばれています」

 と教えてくれた。

 あ、そうなんだ。っていうか、日本列島の中間地点がM重だって知らなかった。

 これを聞いた火村さんは、

「じゃあ、赤学あかがくわきの実家があるとこ?」

 とたずねた。

 大谷さんは、そうだと答えた。

 火村さんは、

「んー、あいつに頼んだら、連れてってもらえないかしら?」

 と、危ないことを言い始めた。

 私は諫止かんしする。

「さすがに図々しすぎるんじゃない?」

「そういえば、あいつ、勘当かんどうされてるって言ってたわね」

 いやいやいや、そういう問題じゃないし。

 聞こえる可能性があるところで言わない。

 とはいえ、周囲にひとはもういなかった。

 みんな撤収している。幹事の八千代やちよ先輩は、黒板を消していた。

 私は、大谷さんに感想戦の切りあげを頼んだ。

「左様ですね。男子はもう一局あります。観戦していきましょう」

 そうそう、風切かざぎり先輩が勝ってたら、応援しないといけない。

 というわけで、おたがいに一礼して終了。

 私たちは盤駒チェスクロを持って、廊下へ出た。

 すると、ちょうど消火栓のまえで、風切先輩とすれちがった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あれ?

「先輩?」

 私の呼びかけに、風切先輩はふりむいた。

「ん……ああ、裏見うらみか、おつかれさん」

「おつかれさまです……これから対局ですか?」

「男子はまだベスト8だからな」

 それは知っている。

 気になったのは、なんだかボーッとしていたことだ。

 とはいえ、くわしく尋ねるのもはばかられた。

「道具をかたづけたら、応援に行きます」

「ああ、てきとうなときに来てくれ」

 私と大谷さんは控え室にもどった。

 穂積ほづみさんがスマホゲームで遊んでいた。ララさんは行方不明。

 松平まつだいらの姿はなかった。男子の対局会場かしら。

 私たちは盤駒の見張りを、穂積さんにお願いした。

 男子の対局会場に入ると、抽選はもう終わっていた。席についている。

 ベスト8だから、もう4席しかない。ほかの長机はガランとしていた。

 風切先輩のあいては……朽木くちき先輩ッ!

 それをみた大谷さんは、

「さすがに男子のベスト8ともなると、トップクラスばかりですね」

 とつぶやいた。

 うーん、これはがんばって応援しないと。

 一方、晩稲田もけっこうなメンツが集まっていた。

 太宰だざいくん、そのとなりに冴島さえじま先輩。

 さらに、ビン底メガネの学ランくんもいた。たまに会場で見かける。名前は知らない。

 もちろん、橘さんもいた。一番オーラ(殺気?)が出ている。

 私たちも急いで応援にまわる。風切先輩のうしろがわへ。案の定、松平がいた。

 先輩たちは駒を並べ終えていた。会話は一切ない。

 入江いりえ会長の指示が入る。

「それでは、振り駒をお願いします」

 風切先輩が先にゆずったけど、けっきょく振ることになった。

 歩が3枚で、風切先輩の先手。

「準備はよろしいですか?」

 返事はない。

「では、これが本日最後の対局となります……始めてください」

場所:2016年度 秋季個人戦2日目 女子3回戦

先手:裏見 香子

後手:大谷 雛

戦型:相雁木


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲6六歩 △6二銀 ▲2五歩 △3三角 ▲6八銀 △4二銀

▲7八金 △3二金 ▲4八銀 △4四歩 ▲4六歩 △4三銀

▲4七銀 △7四歩 ▲6七銀 △7三桂 ▲3六歩 △6四歩

▲5八金 △6三銀 ▲6八玉 △5二金 ▲7九玉 △9四歩

▲9六歩 △1四歩 ▲1六歩 △4二玉 ▲5六銀右 △5四銀右

▲3八飛 △3一玉 ▲3五歩 △同 歩 ▲同 飛 △3四歩

▲3八飛 △6五歩 ▲同 歩 △7五歩 ▲同 歩 △6五桂

▲8八角 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8一飛

▲6六歩 △7七歩 ▲同 桂 △同桂成 ▲同 角 △9五歩

▲同 歩 △6四桂 ▲4七銀 △4五歩 ▲同 歩 △6五歩

▲4四歩 △同 角 ▲3六桂 △7六歩 ▲8八角 △5五角

▲1八飛 △3五歩 ▲4四歩 △3四銀 ▲5六歩 △1九角成

▲同 飛 △7七香 ▲同 金 △同歩成 ▲同 角 △8七飛成

▲7八銀 △7六歩 ▲8八角 △8一龍 ▲8七香 △4一龍

▲4三歩成 △同金右 ▲6五歩 △同 銀 ▲1一角成 △3六歩

▲6九香 △6六歩 ▲同 香 △同 銀 ▲同 馬 △7七香

▲6八銀 △6五歩 ▲同 馬 △5四金 ▲6六馬 △6五桂

▲6七銀直 △7八香成 ▲同 銀 △7七歩成 ▲同 銀 △同桂成

▲同 馬 △7六銀 ▲1一角 △7七銀成 ▲同角成 △7六銀

▲8六馬 △7七金 ▲4六香 △6一龍 ▲6九玉 △8七銀成

▲8五馬 △5六桂


まで128手で大谷の勝ち

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