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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第37章 2016年度秋季個人戦2日目(2016年10月23日日曜)
220/496

217手目 詰めろ?

「6六飛」


挿絵(By みてみん)


 冴島さえじま先輩はチェスクロを押した。

 たしかに、先輩らしくない手だ。でも、最善な気がする。

 すくなくとも私が本命で読んでいた手だった。

 私はお茶を飲み、それからやや前のめりになって考える。

 手応えを感じていた。後手がいい。

「……7六歩」

「同飛」

「7七歩」


挿絵(By みてみん)


 ここが急所。金が動けば打ち込み放題。

 かと言って、手抜ける叩きじゃない。

 冴島先輩はひたいに手をあてて、盤面を凝視した。

「ぐッ……30分くらい欲しい」

 部室で検討するなら、それくらい欲しい局面。

 今はおたがいの持ち時間を足しても、そんなにない。

 私の残り時間が13分、冴島先輩が10分。

「カタチ的にこれしかない……はず。同飛」

 私は6六角と置く。飛車のこびん。

「くそぉ、飛車が動けないってわけか」

 冴島先輩は角を打った。


挿絵(By みてみん)


 7六角? ……これは読んでなかった。

 4四歩の取り込みとばかり。

 そもそも手の意味がよくわからない。

 なにかイヤな筋があって受けた?

 それとも3二角成と切るつもり?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………両方っぽいわね。

 というか、だいぶ難しくなった。私のほうがいいとは思う。でも、7七角成、同玉、2八飛みたいな手だと、3二角成、同玉、4四歩で先に私が詰めろ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)

 

 4八飛成なら4三角、3一玉、3二銀、2二玉、2三金まで。簡単な詰み。

 これを回避するために4四銀は、4九歩の底歩が利く……ん?

 それ以前に4五歩の打ちなおしが2手スキ?

 4八飛成、4四歩……4四歩は詰めろ?

 次に4三銀で……3三玉……詰まない……わけないか。

 3四銀成、同玉、4三角の打ちなおしで詰む……ん?

 3四銀成に4二玉で詰まない?

 私は混乱してきた。と、とりあえずお茶。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ふむ、詰むわね。

 4三角、3三玉、3四角成だ。これなら同玉も4二玉も詰む。

 つまり、4四歩の時点で私のほうは詰めろがかかる。

 その瞬間、冴島先輩の王様を詰ませられないかしら。

 私はあれこれ考えた。けど、これがまた難しかった。

 攻防のパターンが多すぎる。駒の渡し方によっては私が詰んでしまう。

 残り3分を切ったところで、私は読みを打ち切った。

 1番安全そうなルートを選択する。

「7五歩」


挿絵(By みてみん)


 わざと切らせる。3二角成、同玉、4四歩、同銀と収めたい。

 ああ、でも、どうかなぁ。優勢のときの安全策って、たいてい悪手のような。

 冴島先輩も目をほそめた。これは本命で読んでなかったっぽい。

「……切るしかないよな?」

 冴島先輩はあまり時間を使いたくなかったらしい。

 すぐに3二角成と切って、同玉、4四歩、同銀に4五歩と置いてきた。


挿絵(By みてみん)


 さて、次に4四歩と取り込まれたら、また詰めろなわけですよ。

 逆にいえば、これは2手スキってこと。

 私から詰めろをかけ続けたら勝ち。

 残り時間のうち貴重な1分を使って、私は7六銀と打ち込んだ。

「ん? それ詰めろか?」

 ですね、はい。

 7七角成、同金、同銀成、同玉、5九角、6八合駒、7六飛以下の詰み。

 最後は8一の飛車が成り込んで終了。

 冴島先輩は、さすがに時間を使った。

 

 ピッ

 

 おっと、冴島先輩、1分将棋に。

「げッ……時間が……」

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 強く取ってきましたか。

 私は同歩と取る。

 ここで冴島先輩は、急にヤル気を出してきた。

「よっしゃ、これは詰めろじゃないぜ」

 え? 簡単な詰めろじゃない?

 だって7七角打、7九玉、8八角成、同金、同角成、同玉、7七金以下だ。

 7九玉のところで6九玉なら、6八飛、同金、同角成以下。

 4六の桂馬が活きまくりの展開。

 冴島先輩にかぎって口三味線はない。まさか7七角打が見えてないとか?

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「4四歩ッ!」

 これは詰めろ、だけど、冴島先輩の王様は詰む。

「7七角ッ!」

 冴島先輩はノータイムでぎょくを立った。


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん? 6七玉?

 読んでなかった。

 

 ピッ

 

 私も1分将棋に。

 いやいやいや、さすがに勝ちでしょ、これは。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシーン!


挿絵(By みてみん)


 冴島先輩は目をみひらく。

「よ、4四角じゃねーのかッ!?」

 おたがいに読み抜け。

 冴島先輩は王様を持ち上げる。

「取らなきゃいいんだろッ! 7六玉ッ!」


挿絵(By みてみん)

 

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ふぅ、助かった。

「7五歩」

「6五玉」

「5七角成」

 開き王手で解決。

 冴島先輩も、アッとなった。

「そっか、5六に銀が落ちて……」

 ですね。以下、6八金、6六馬、7四玉に5六馬とできる。

 これが銀を取りつつ王手。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「ま、負けました」

「ありがとうございました」

 一礼して終了。

 なんか1局目からバタバタしてしまった。

 冴島先輩はよほど悔しかったみたいで、

「ちくしょお、7六歩のところで受けときゃ粘れただろ」

 と、ひとりごちた。

「ですね。6七金打とガッツリ受けられたら、むずかしいな、と」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「なるほどな……けど、後手に詰めろはかからなくなるぜ?」

「はい、ですから私のほうも余裕ができて、2八飛とおろします」

「……詰めろだな」

 4八飛成、7九玉、8八金、同金、同角成、6九玉、5八龍までだ。

 冴島先輩はほほをかいて、

「受け駒が銀しかないんだよな、これ」

 と言い、4九銀と打った。

 私はうなずいて、

「これで私のほうは安全になったので……」

 と言いかけて、はたと口をつぐんだ。

 安全になったのはいいけど、手がむずかしい。

 9九角成、4四歩、同馬は、消極的すぎるかしら。

 なやんでいると、いきなり火村ほむらさんがのぞきこんだ。

「5五銀ってぶつけるんじゃないの?」

 冴島先輩は顔をあげて、

「ん……おまえ、聖ソフィアの火村か?」

 とたずねた。

 火村さんは腕組みをして、

「見れば分かるでしょ」

 と返した。

 こらこらこら、おたがいにマナーだいじ。

 とりあえず5五銀とぶつける。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 火村さんは盤をゆびさして、

「で、こっから同銀、同角、4四銀、9九角成、4三銀打と攻め合うんじゃない?」

 とコメントした。

 んー、ありっちゃありか。

 すくなくとも単に9九角成よりずっといい。

 冴島先輩も納得したみたいで、

「おまえやるなぁ」

 と感心していた。

 火村さんもお調子者だから、後ろ髪をかきあげて、

「でしょ」

 という返し。

 私があきれていると、八千代やちよ先輩からアナウンスが入った。

「次の対局は10時45分から開始します」

 んー、あと15分しかないわね。

 っていうか、全体的にスケジュールが押してるっぽい。

 冴島先輩はなごりおしそうに、

裏見うらみも休憩したいだろ? これくらいにしとくか?」

 と言ってくれた。

 では、おことばに甘えまして。

「また時間のあるときに……ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 私たちは席を立った。

 火村さんは、

「とりあえず、おめでと」

 という祝辞。

「ありがと……ところで、火村さんは2回戦から参加なのよね?」

 火村さんは「そうよ」と答えつつ、

「もっと上までシードにしてくれればいいのに。男子は丸1日シードなんでしょ?」

 とグチった。

 いや、まあ、人数が違うから。

 男子は丸1日シードにしても64人が残っている。

 女子はそもそも最初の段階で64人もいない。

 たとえば、今回は1回戦が26人でスタート。今13名残っていて、これにシード権者3人がくわわる。シード権者は速水はやみさん(春の個人戦優勝)、三和みわさん(なにかの大会で好成績?)、火村ほむらさん(春の個人戦準優勝)。以下、16→8→4→2という進行。

 ちなみに春はこれを1日でやったわけだけど、規約の変更で2日制になったらしい。女子は女子で年々増えていて、昔のやり方だとパンクし始めたってこと。今日はベスト4まで決めて終わり。私の今日の目標はこれ、ベスト4。

 控え室にもどると、ほかのメンバーも集まっていた。

 結果は──穂積ほづみさんと松平まつだいらがリタイア。

 松平は、

「マジでベスト32の壁が厚すぎる」

 と、悔しそうだった。

 うーん、男子って、A級の純レギュラーだけでも30人近くいるのよね。

 そこに食い込まないと、どうしようもないわけか。

 私は、対局相手をたずねた。

八ツ橋やつはし山名やまなだ。勝ちたかったんだが」

「新人戦ベスト16の子でしょ。楽観しすぎたんじゃない?」

 松平は髪の毛をくしゃくしゃにした。

「実力的に勝ちたかった、じゃないんだ。あいつ俺のこと『お母さん』って呼んでくるから、一回ヒネっときたかった」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………危ないプレイかしら。

 テーブルに座っていたララさんが身を乗り出して、

「八ツ橋、ヘンタイさんしかいないんだね」

 と、きわどいツッコミ。

 マズい。他大に聞かれると誤解される。

 松平もこの話題を引っ込めたかったらしく、

「いや、これは山名の冗談だ。ちょっとファミレスで……」

 と言い、そこで口をつぐんだ。

 ララさんは首をかしげて、

「ファミレスで?」

 とたずねた。

「……いや、なんでもない」

 めちゃくちゃ気になるじゃないですか。

 なんで八ツ橋の知らない学生とファミレスに行ってるのよ。

 私も質問しようとした。けど、風切かざぎり先輩が先回りして、

「そろそろ移動しないと間に合わないぞ。とりあえず将棋に集中だ」

 と発破はっぱをかけた。

 スゴくモヤモヤする。

 男子たち、うらでコソコソなにかしてるんじゃないでしょうね。

 疑っていくわよ、そういうのは。とりま、出陣ッ!

場所:2016年度 秋季個人戦2日目 女子1回戦

先手:冴島 円

後手:裏見 香子

戦型:角交換型力戦形


▲2六歩 △3四歩 ▲2五歩 △3三角 ▲7六歩 △2二銀

▲7八金 △8四歩 ▲3三角成 △同 銀 ▲6八銀 △7二銀

▲4八銀 △3二金 ▲4六歩 △6四歩 ▲3六歩 △6三銀

▲3七桂 △4二玉 ▲4七銀 △7四歩 ▲4八金 △7三桂

▲2九飛 △8五歩 ▲7七銀 △8一飛 ▲1六歩 △1四歩

▲9六歩 △9四歩 ▲6八玉 △6二金 ▲6六歩 △5四銀

▲5六銀 △6五歩 ▲同 歩 △同 桂 ▲6六銀 △6四歩

▲5八玉 △3一玉 ▲7七桂 △4四歩 ▲6九飛 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8一飛 ▲6五桂 △同 歩

▲同銀直 △同 銀 ▲同 飛 △6三歩 ▲2四歩 △同 歩

▲4五歩 △4六桂 ▲6八玉 △7五歩 ▲6六飛 △7六歩

▲同 飛 △7七歩 ▲同 飛 △6六角 ▲7六角 △7五歩

▲3二角成 △同 玉 ▲4四歩 △同 銀 ▲4五歩 △7六銀

▲同 飛 △同 歩 ▲4四歩 △7七角打 ▲6七玉 △6八飛

▲7六玉 △7五歩 ▲6五玉 △5七角成


まで88手で裏見の勝ち

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