表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第36章 2016年度秋季個人戦1日目(2016年10月16日日曜)
217/496

215手目 男子会

 あやしげな太宰だざいのおさそいに、俺はあえてノッてみた。

 すると、意外なイベントが待ちかまえていた。

 男子学生がファミレスで、大テーブルをかこんでいる。周囲の家族づれと比較して、やや異様な光景。うす暗くなった大通りが、ガラス窓からみえた。明日は平日だ。通行人はまばらだった。

 中央の席に座った太宰は、かるくセキばらいをした。

「それでは、1年生男子会をはじめたいと思います」

 俺はこの状況を、理解しかねていた。

 男子会ってなんだ? いや、わかるが、開催する意味は?

 メンツは俺もふくめて、10人しかいなかった。

 まず、晩稲田おくてだの太宰。どうもこいつが幹事らしい。

 自称はしていないが、全体の雰囲気からしてそうだった。

 俺はメンツを確認する。

 

挿絵(By みてみん)

 

 大テーブルは、壁際の席と、通路側の席にわかれていた。

 俺は通路側の席、太宰は壁際の席に座っている。

 太宰の左手がわには、学ランと学帽をみにつけた、ぐるぐるメガネの男。

 こいつは知っている。晩稲田のレギュラーで、新人戦ベスト8の又吉またよしだ。

 右手がわには、ウルフカットのこわもて男子、慶長けいちょう日高ひだか

 新人戦ベスト16で、裏見に負けてたな*。

 通路側の席の左端には、大柄な角刈りの男子、大和やまと大学の新田にったがいた。

 こま裏見うらみと指したあいてだから**、面識はある。

 次に、治明おさまるめい大河内おおこうち

 そこからばん→俺→氷室ひむろと座る。

 俺の正面には、陽気そうな流し髪の男、八ツ橋やつはし山名やまな

 向かって一番右端の席には日センの奥山おくやまがいた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………俺だけ浮いてないか?

 1年生男子会じゃなくて、A級校の新人エース会?

 イヤな予感がする。俺はなるべく会話をひかえた。

 太宰は淡々と司会をすすめる。

「とりあえず、注文しようか……あ、お酒はダメだよ」

 なにをする会なのか、説明して欲しいんだが──俺から質問するとマズい気がする。

 メニューをひろげる。

 磐がいきなりのぞきこんできて、

「俺がチーズハンバーグを頼むから、剣之介けんのすけはチキングリルを頼めよ。半分こしようぜ」

 と言った。

「ダメだ、ひとり1品」

「え、なんで?」

「なんでも」

 俺は海鮮ピザに決めた。

 磐は肉のことになるとうるさいからな。焼肉で懲りた。

 注文を決めた俺は、右どなりの氷室にたずねる。

「氷室はどうする?」

「ごめん、僕はあんまり食べないんだよね。1番量が少ないのってなにかな?」

 俺は、ラザニアをすすめた。

 ところが、氷室はそれでも多いみたいだった。

 これより少ないのは、サイドメニューしかない。

「じゃあ……このトーストじゃないか?」

「あ、それで」

 少食なんだな。

 俺は奥山にメニューを渡した。

「どうする?」

 奥山はメニューをみながら、

「んー、ハンバーグにするか」

 と言った。磐が身を乗り出し、

「チーズハンバーグにしろ。それで半分こだ」

 と催促した。

 奥山もなかばあきれつつ、

「大学生でそれはないだろ」

 と拒否した。

「そんなことないぞ。首都工だと、いろいろ注文して分けるからな」

 磐はしつこかった。

 しょうがないから、俺は前髪をいじりつつ、

「わかったわかった。俺がチーズハンバーグにするから、奥山にからむのはやめろ」

 と妥協案を出した。

 磐は笑って椅子に身を投げる。

「へへへ、やっぱファミレスはこうでなくっちゃな」

 磐が椅子をかたむけたので、俺は注意した。

 それを見ていた山名は、テーブルにひじをつき、そのうえにあごを乗せながら、

「松平くんって、お母さんみたーい」

 とニヤケた。

 ぐッ、俺は赤くなる

 たしかに、なんで同学年のめんどうを見てるんだ、俺は。

 急に恥ずかしくなった。

 日高が呼び出しボタンを押す。みんな注文を終えた。

 料理が運ばれてくるまで、てきとうな雑談タイム。

 会話の内容は、A級の結果に集中していた。俺は聞き手にまわる。

 食事がはじまり、太宰がカンパイの音頭をとった。

「大学将棋で知り合いになれたのも、なにかの縁だと思います。今後ますますのご活躍を祈念いたしまして、乾杯をさせていただきます。かんぱーい」

「かんぱーい」

 な、なんか変な感じがするな。

 とりあえず、チーズハンバーグを切り分ける。

「あ、チーズがかたよってるぞ」

「最初からこうだろ」

「んー、もうちょい右」

 これじゃほんとにお母さんだな。

 俺はチキングリルも切り分けて、半分ずつ交換した。

「いっただきまーす」

 磐は勢いよく食べ始める。

 俺もひとくち──ん?

「なんか味がよくなってるな」

 磐はドヤ顔になる。

「だろぉ? チキンにチーズの味がついて絶品なんだな、これが」

 なるほど、食べ合わせの問題だったのか。っていうか、最初からそれを言えよ。

 そこからの会話は、とりとめのないものばかりだった。

 磐は【俺さまが最近考えた天才的ハツメイ】とやらを、ひとりでまくしたてていた。

 氷室は数学の話が出たときだけノッてきて、磐も俺も答えられない質問をした。

 奥山は理系の話はさっぱりらしく、日センのA級陥落をなげいていた。

 あらかた食べ終わったところで、新田が口をひらいた。

「おい、太宰」

 太宰は紙ナプキンで口もとをふきながら、

「ん、なにかな?」

 とたずねた。

 新田はたくましい腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。

「懇親の目的で、俺たちを呼んだわけじゃあるまい?」

 太宰は紙ナプキンを皿のうえにおいた。

 会話がやむ。

「みんな食べ終わってるみたいだね……本題に入ろうか」

 俺はなんのことかわからなかった。

 が、ほかのメンバーは、妙にとり澄ましていた。

 太宰は先をつづける。

「みんな知ってると思うけど、いちおう情報共有しておくね。今、関東大学将棋連合は、重大な問題に直面している。次期会長が決まっていない」

 ん? ……もしかして、熱海あたみの食堂で聞いたネタか?

 俺は太宰の説明に、耳をかたむけた。

入江いりえ会長の任期は、12月下旬に開催される王座戦の終わりまで。今は10月中旬。残り2ヶ月しかない」

 ある疑惑が生じて、俺は青くなった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 みんなが一斉にふりむく。

「1年生からムリヤリねじ込む、ってオチじゃないよな?」

 これには、ぐるぐるメガネの又吉が答えた。

松平まつだいら殿はせっかちでありますなぁ。吾輩たちも、そのような横暴はいたしませんぞ」

「じゃあ、なんの集まりなんだ、これ?」

 俺は本音を漏らしてしまった。

 太宰が答える。

「来年度の人事を早めにやっておかないか、っていう提案」

 俺は眉をひそめた。

「……気が早すぎるだろ」

「そんなことないよ。僕たちの中から役員を決めるのは、いつだろうか? 来年の12月までだよね? もう1年と2ヶ月しかない。今の2年生は『2年生になってから決めればいい』と先延ばしして、現在に至ってる。二の轍を踏む必要はないと思う」

「いや、でも……」

 俺はほかのメンバーを見た。

 あまり表情が読みとれない。

 新田は眉間にしわを寄せ、目を閉じていた。

 山名はニヤニヤしているばかりで、奥山、日高、大河内の3人は無表情。

 磐はつまらなさそうに椅子をかたむけ、氷室は話を聞いていないみたいだった。

 俺は正直に切り込んだ。

「すまん、ひとつ訊いていいか? 俺はなんで呼ばれた?」

 太宰はいつもの能面で、

「なんで、というのは?」

 とたずね返してきた。

「なんで俺だけBクラスから呼んでる?」

「……風切かざぎり先輩は、都ノみやこののメンバーにアノ話をしていないの?」

 そういう言い方はやめろ。

 俺はテーブルに身を乗り出す。

「太宰、ストレートに説明してくれ」

「ごめん、ごまかすつもりはなかった……現時点の会長候補は、だれだと思う?」

「今の2年生で、か?」

「うん」

 ごまかすつもりはない、とか言いながら、けっきょくクイズなのか。

 俺は推理する。

「……日センの速水はやみ先輩と、晩稲田の朽木くちき先輩じゃないのか?」

「もうひとりいるね」

「もうひとり?」

 俺は今までの情報を整理する。

 ある可能性に思い当たった。

「まさか……風切先輩か?」

「正解。執行部が指名したがっているのは、速水先輩、朽木先輩、風切先輩の3人」

 クイズは解けた。しかし、俺が呼ばれた理由はわからなかった。

 それを太宰も察したらしい。補足してきた。

「一度会長が出ると、次もその大学が候補に入りやすいんだよ」

「ああ、そういう……でも、俺はさすがに指名されないだろ」

「風切先輩の場合、身内から候補者を出す可能性はあるよ。先輩自身の知名度はバツグンでも、人的なコネクションは小さい。もともと学生将棋界の出身じゃないから」

「なんかテキトウな憶測だな……そもそも、なんで風切先輩が指名されるんだ?」

「執行部は派閥争いを避けたいんだ」

「派閥争い……?」

「速水派と朽木派で、舞台裏がドロドロしたことになってる」

 いや、大学将棋に派閥とかあるわけが……ん? 待てよ。

 俺は、朽木派のリーダーがだれか、察しがついてしまった。

「あぁ、なんとなくわかった……けど、そんなのさすがに例外だと思うがな」

「それをどう受け取ってもらうかは自由として、僕の提案を聞いて欲しい」

 太宰は水を飲んだ。

 じぶんを会長にしてくれ、って言い出すんじゃないだろうな。

 全員の視線が、太宰にそそがれる。

「僕たちの代から、選挙にしてはどうだろうか?」

 妙に妥当な提案で、俺は拍子抜けしてしまった。

 大河内はメガネをなおしながら、

「投票で決める、ということですか?」

 とたずねた。

 太宰はうなずいた。

「それが一番公平じゃないかな?」

 大河内はしばらく思案した。

「……たしかに、密室人事はよくないのかもしれません。しかし、選挙をしたところで、派閥争いが激化するだけではないでしょうか?」

「それは正当な選挙運動だよね?」

 太宰の返答に、大河内は、

「派閥争いをなくすことはできないから、いっそのこと公認してしまう、というわけですか? それは一理あるかもしれませんが……」

 と、しばらく言葉をにごした。

「大学のサークルでやることでは、ないと思います」

 太宰は、「うん、そうかもしれないね」と、あっさり認めた。

 新田がわりこむ。

「で、太宰はけっきょくなにが言いたい? ここで多数決でも取るのか?」

「いや、さすがにそんなことはしないよ。今日の1年生会は、ほんとうに親睦が目的さ。仲良くなろう、っていう意味じゃなくて、来年度のために地ならしをしておこう、っていう意味でね。年度が変わってから急に選挙制を提案しても、時間がないだろうし」

 ここで奥山が挙手した。

「ちょっと発言していいか?」

「どうぞ」

「さっきの派閥争いに関する説明だが、異論がある。もこっち先輩に派閥はないよ」

 んー、これまたびみょうな発言だ。

 ほかのメンバーが言うならともかく、奥山だとなぁ。

 山名は体をのりだして、

「それって、本人じゃなく、とりまきの誰かが作ってるっていう意味?」

 とたずねた。

 これは奥山を名指ししているのに等しかったから、奥山は、

「ちがう」

 とはっきり答えた。

 山名は両手を後頭部にあてて、ソファーにもたれかかる。

「まあまあ、怒んないでよ。確認しただけだから」

 奥山は気をとりなおして、

「とにかく、太宰の説明はすこしおおげさだと思う」

 と言って、そのまま口をつぐんだ。

 太宰は「なるほど」と言い、壁の時計をみる。

「もう8時半か……あしたは授業があるだろうし、今日は解散にしよう」

 こうして俺たちは、ファミレスから解放された。

 俺、奥山、磐の3人は、おなじ方向だった。駅へむかう。

 道中、磐はローラーブレードを転がしながら、

「チェッ、太宰のやつ、けっきょくじぶんが立候補する予定なんだろ」

 とつぶやいた。

 奥山も同意見らしく、

「だろうな。さっきの1年生会は、下調べだった気がする」

 と答えた。

 俺もそれは感じたんだよな。

 太宰が選挙を提案したのは、出馬の準備っぽかった。

 だけど、奥山のセリフには、一箇所わからないところがあった。

「『下調べ』っていうのは? だれもじぶんの意見は明確にしなかったことないか?」

 奥山は俺をみる。

「注文から食事が終わるまで、太宰は俺たちのことを観察していた」

「観察……?」

「俺と松平と磐がわりと遊んでいるのは、さっきの雰囲気でバレたと思う。氷室が松平のとなりに座ったのも、人間関係が出た気がする。氷室も顔はひろいが、友だちっぽいのはいないんだよ」

 ……そういうことか。氷室のやつ、いやにおとなしいな、と思ったが、ひょっとするとあれが素なのかもしれない。表彰式でのコメントも、なんかテンション低いよな。

 磐はポケットに手を入れて、

「おい、剣之介、おまえが会長選に出るなら、俺は推すぜ。太宰会長はイヤだからな」

 と言った。

 ちょっと待て。そういうのを派閥っていうんだろうが。

 俺はあきれて、

「あのな、俺はそういうのにマジで興味がない」

 と念押しした。

 個人的には、太宰でいいような気もする。

 わざわざ雑用をしたいっていうなら、周囲としては歓迎だろう。

 俺はこの話を打ち切った。

 すると、磐は急に男子学生らしく、

「しっかし、なんで男9人と飯を食わないといけないんだよなあ」

 と言いだした。

 奥山も同調して、

「そうそう、気を利かせて合コンでもセットしてくれたらよかったのにな」

 と笑った。

 磐は悪ノリする。

「そうだ、こんど都ノとうちで合コンしない? うちは男しかいないけど、都ノは女子の割合が高いからバランス取れてるだろ? 裏見ちゃんの正面席がいいなあ」

 奥山も同意した。

「あ、いいな、日センも混ぜて……」

「コホン……奥山、磐、ひとつ言っとくが、裏見に手を出したら俺とリアルストリートファイトだから、そこんところよろしくな」

「「あ、はい」」

*122手目 不平不満

https://book1.adouzi.eu.org/n0474dq/123/

**72手目 Help me!!

https://book1.adouzi.eu.org/n0474dq/73/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ