215手目 男子会
あやしげな太宰のおさそいに、俺はあえてノッてみた。
すると、意外なイベントが待ちかまえていた。
男子学生がファミレスで、大テーブルをかこんでいる。周囲の家族づれと比較して、やや異様な光景。うす暗くなった大通りが、ガラス窓からみえた。明日は平日だ。通行人はまばらだった。
中央の席に座った太宰は、かるくセキばらいをした。
「それでは、1年生男子会をはじめたいと思います」
俺はこの状況を、理解しかねていた。
男子会ってなんだ? いや、わかるが、開催する意味は?
メンツは俺もふくめて、10人しかいなかった。
まず、晩稲田の太宰。どうもこいつが幹事らしい。
自称はしていないが、全体の雰囲気からしてそうだった。
俺はメンツを確認する。
大テーブルは、壁際の席と、通路側の席にわかれていた。
俺は通路側の席、太宰は壁際の席に座っている。
太宰の左手がわには、学ランと学帽をみにつけた、ぐるぐるメガネの男。
こいつは知っている。晩稲田のレギュラーで、新人戦ベスト8の又吉だ。
右手がわには、ウルフカットのこわもて男子、慶長の日高。
新人戦ベスト16で、裏見に負けてたな*。
通路側の席の左端には、大柄な角刈りの男子、大和大学の新田がいた。
駒の音で裏見と指したあいてだから**、面識はある。
次に、治明の大河内。
そこから磐→俺→氷室と座る。
俺の正面には、陽気そうな流し髪の男、八ツ橋の山名。
向かって一番右端の席には日センの奥山がいた。
……………………
……………………
…………………
………………俺だけ浮いてないか?
1年生男子会じゃなくて、A級校の新人エース会?
イヤな予感がする。俺はなるべく会話をひかえた。
太宰は淡々と司会をすすめる。
「とりあえず、注文しようか……あ、お酒はダメだよ」
なにをする会なのか、説明して欲しいんだが──俺から質問するとマズい気がする。
メニューをひろげる。
磐がいきなりのぞきこんできて、
「俺がチーズハンバーグを頼むから、剣之介はチキングリルを頼めよ。半分こしようぜ」
と言った。
「ダメだ、ひとり1品」
「え、なんで?」
「なんでも」
俺は海鮮ピザに決めた。
磐は肉のことになるとうるさいからな。焼肉で懲りた。
注文を決めた俺は、右どなりの氷室にたずねる。
「氷室はどうする?」
「ごめん、僕はあんまり食べないんだよね。1番量が少ないのってなにかな?」
俺は、ラザニアをすすめた。
ところが、氷室はそれでも多いみたいだった。
これより少ないのは、サイドメニューしかない。
「じゃあ……このトーストじゃないか?」
「あ、それで」
少食なんだな。
俺は奥山にメニューを渡した。
「どうする?」
奥山はメニューをみながら、
「んー、ハンバーグにするか」
と言った。磐が身を乗り出し、
「チーズハンバーグにしろ。それで半分こだ」
と催促した。
奥山もなかばあきれつつ、
「大学生でそれはないだろ」
と拒否した。
「そんなことないぞ。首都工だと、いろいろ注文して分けるからな」
磐はしつこかった。
しょうがないから、俺は前髪をいじりつつ、
「わかったわかった。俺がチーズハンバーグにするから、奥山にからむのはやめろ」
と妥協案を出した。
磐は笑って椅子に身を投げる。
「へへへ、やっぱファミレスはこうでなくっちゃな」
磐が椅子をかたむけたので、俺は注意した。
それを見ていた山名は、テーブルにひじをつき、そのうえにあごを乗せながら、
「松平くんって、お母さんみたーい」
とニヤケた。
ぐッ、俺は赤くなる
たしかに、なんで同学年のめんどうを見てるんだ、俺は。
急に恥ずかしくなった。
日高が呼び出しボタンを押す。みんな注文を終えた。
料理が運ばれてくるまで、てきとうな雑談タイム。
会話の内容は、A級の結果に集中していた。俺は聞き手にまわる。
食事がはじまり、太宰がカンパイの音頭をとった。
「大学将棋で知り合いになれたのも、なにかの縁だと思います。今後ますますのご活躍を祈念いたしまして、乾杯をさせていただきます。かんぱーい」
「かんぱーい」
な、なんか変な感じがするな。
とりあえず、チーズハンバーグを切り分ける。
「あ、チーズがかたよってるぞ」
「最初からこうだろ」
「んー、もうちょい右」
これじゃほんとにお母さんだな。
俺はチキングリルも切り分けて、半分ずつ交換した。
「いっただきまーす」
磐は勢いよく食べ始める。
俺もひとくち──ん?
「なんか味がよくなってるな」
磐はドヤ顔になる。
「だろぉ? チキンにチーズの味がついて絶品なんだな、これが」
なるほど、食べ合わせの問題だったのか。っていうか、最初からそれを言えよ。
そこからの会話は、とりとめのないものばかりだった。
磐は【俺さまが最近考えた天才的ハツメイ】とやらを、ひとりでまくしたてていた。
氷室は数学の話が出たときだけノッてきて、磐も俺も答えられない質問をした。
奥山は理系の話はさっぱりらしく、日センのA級陥落をなげいていた。
あらかた食べ終わったところで、新田が口をひらいた。
「おい、太宰」
太宰は紙ナプキンで口もとをふきながら、
「ん、なにかな?」
とたずねた。
新田はたくましい腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。
「懇親の目的で、俺たちを呼んだわけじゃあるまい?」
太宰は紙ナプキンを皿のうえにおいた。
会話がやむ。
「みんな食べ終わってるみたいだね……本題に入ろうか」
俺はなんのことかわからなかった。
が、ほかのメンバーは、妙にとり澄ましていた。
太宰は先をつづける。
「みんな知ってると思うけど、いちおう情報共有しておくね。今、関東大学将棋連合は、重大な問題に直面している。次期会長が決まっていない」
ん? ……もしかして、熱海の食堂で聞いたネタか?
俺は太宰の説明に、耳をかたむけた。
「入江会長の任期は、12月下旬に開催される王座戦の終わりまで。今は10月中旬。残り2ヶ月しかない」
ある疑惑が生じて、俺は青くなった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
みんなが一斉にふりむく。
「1年生からムリヤリねじ込む、ってオチじゃないよな?」
これには、ぐるぐるメガネの又吉が答えた。
「松平殿はせっかちでありますなぁ。吾輩たちも、そのような横暴はいたしませんぞ」
「じゃあ、なんの集まりなんだ、これ?」
俺は本音を漏らしてしまった。
太宰が答える。
「来年度の人事を早めにやっておかないか、っていう提案」
俺は眉をひそめた。
「……気が早すぎるだろ」
「そんなことないよ。僕たちの中から役員を決めるのは、いつだろうか? 来年の12月までだよね? もう1年と2ヶ月しかない。今の2年生は『2年生になってから決めればいい』と先延ばしして、現在に至ってる。二の轍を踏む必要はないと思う」
「いや、でも……」
俺はほかのメンバーを見た。
あまり表情が読みとれない。
新田は眉間にしわを寄せ、目を閉じていた。
山名はニヤニヤしているばかりで、奥山、日高、大河内の3人は無表情。
磐はつまらなさそうに椅子をかたむけ、氷室は話を聞いていないみたいだった。
俺は正直に切り込んだ。
「すまん、ひとつ訊いていいか? 俺はなんで呼ばれた?」
太宰はいつもの能面で、
「なんで、というのは?」
とたずね返してきた。
「なんで俺だけBクラスから呼んでる?」
「……風切先輩は、都ノのメンバーにアノ話をしていないの?」
そういう言い方はやめろ。
俺はテーブルに身を乗り出す。
「太宰、ストレートに説明してくれ」
「ごめん、ごまかすつもりはなかった……現時点の会長候補は、だれだと思う?」
「今の2年生で、か?」
「うん」
ごまかすつもりはない、とか言いながら、けっきょくクイズなのか。
俺は推理する。
「……日センの速水先輩と、晩稲田の朽木先輩じゃないのか?」
「もうひとりいるね」
「もうひとり?」
俺は今までの情報を整理する。
ある可能性に思い当たった。
「まさか……風切先輩か?」
「正解。執行部が指名したがっているのは、速水先輩、朽木先輩、風切先輩の3人」
クイズは解けた。しかし、俺が呼ばれた理由はわからなかった。
それを太宰も察したらしい。補足してきた。
「一度会長が出ると、次もその大学が候補に入りやすいんだよ」
「ああ、そういう……でも、俺はさすがに指名されないだろ」
「風切先輩の場合、身内から候補者を出す可能性はあるよ。先輩自身の知名度はバツグンでも、人的なコネクションは小さい。もともと学生将棋界の出身じゃないから」
「なんかテキトウな憶測だな……そもそも、なんで風切先輩が指名されるんだ?」
「執行部は派閥争いを避けたいんだ」
「派閥争い……?」
「速水派と朽木派で、舞台裏がドロドロしたことになってる」
いや、大学将棋に派閥とかあるわけが……ん? 待てよ。
俺は、朽木派のリーダーがだれか、察しがついてしまった。
「あぁ、なんとなくわかった……けど、そんなのさすがに例外だと思うがな」
「それをどう受け取ってもらうかは自由として、僕の提案を聞いて欲しい」
太宰は水を飲んだ。
じぶんを会長にしてくれ、って言い出すんじゃないだろうな。
全員の視線が、太宰にそそがれる。
「僕たちの代から、選挙にしてはどうだろうか?」
妙に妥当な提案で、俺は拍子抜けしてしまった。
大河内はメガネをなおしながら、
「投票で決める、ということですか?」
とたずねた。
太宰はうなずいた。
「それが一番公平じゃないかな?」
大河内はしばらく思案した。
「……たしかに、密室人事はよくないのかもしれません。しかし、選挙をしたところで、派閥争いが激化するだけではないでしょうか?」
「それは正当な選挙運動だよね?」
太宰の返答に、大河内は、
「派閥争いをなくすことはできないから、いっそのこと公認してしまう、というわけですか? それは一理あるかもしれませんが……」
と、しばらく言葉をにごした。
「大学のサークルでやることでは、ないと思います」
太宰は、「うん、そうかもしれないね」と、あっさり認めた。
新田がわりこむ。
「で、太宰はけっきょくなにが言いたい? ここで多数決でも取るのか?」
「いや、さすがにそんなことはしないよ。今日の1年生会は、ほんとうに親睦が目的さ。仲良くなろう、っていう意味じゃなくて、来年度のために地ならしをしておこう、っていう意味でね。年度が変わってから急に選挙制を提案しても、時間がないだろうし」
ここで奥山が挙手した。
「ちょっと発言していいか?」
「どうぞ」
「さっきの派閥争いに関する説明だが、異論がある。もこっち先輩に派閥はないよ」
んー、これまたびみょうな発言だ。
ほかのメンバーが言うならともかく、奥山だとなぁ。
山名は体をのりだして、
「それって、本人じゃなく、とりまきの誰かが作ってるっていう意味?」
とたずねた。
これは奥山を名指ししているのに等しかったから、奥山は、
「ちがう」
とはっきり答えた。
山名は両手を後頭部にあてて、ソファーにもたれかかる。
「まあまあ、怒んないでよ。確認しただけだから」
奥山は気をとりなおして、
「とにかく、太宰の説明はすこしおおげさだと思う」
と言って、そのまま口をつぐんだ。
太宰は「なるほど」と言い、壁の時計をみる。
「もう8時半か……あしたは授業があるだろうし、今日は解散にしよう」
こうして俺たちは、ファミレスから解放された。
俺、奥山、磐の3人は、おなじ方向だった。駅へむかう。
道中、磐はローラーブレードを転がしながら、
「チェッ、太宰のやつ、けっきょくじぶんが立候補する予定なんだろ」
とつぶやいた。
奥山も同意見らしく、
「だろうな。さっきの1年生会は、下調べだった気がする」
と答えた。
俺もそれは感じたんだよな。
太宰が選挙を提案したのは、出馬の準備っぽかった。
だけど、奥山のセリフには、一箇所わからないところがあった。
「『下調べ』っていうのは? だれもじぶんの意見は明確にしなかったことないか?」
奥山は俺をみる。
「注文から食事が終わるまで、太宰は俺たちのことを観察していた」
「観察……?」
「俺と松平と磐がわりと遊んでいるのは、さっきの雰囲気でバレたと思う。氷室が松平のとなりに座ったのも、人間関係が出た気がする。氷室も顔はひろいが、友だちっぽいのはいないんだよ」
……そういうことか。氷室のやつ、いやにおとなしいな、と思ったが、ひょっとするとあれが素なのかもしれない。表彰式でのコメントも、なんかテンション低いよな。
磐はポケットに手を入れて、
「おい、剣之介、おまえが会長選に出るなら、俺は推すぜ。太宰会長はイヤだからな」
と言った。
ちょっと待て。そういうのを派閥っていうんだろうが。
俺はあきれて、
「あのな、俺はそういうのにマジで興味がない」
と念押しした。
個人的には、太宰でいいような気もする。
わざわざ雑用をしたいっていうなら、周囲としては歓迎だろう。
俺はこの話を打ち切った。
すると、磐は急に男子学生らしく、
「しっかし、なんで男9人と飯を食わないといけないんだよなあ」
と言いだした。
奥山も同調して、
「そうそう、気を利かせて合コンでもセットしてくれたらよかったのにな」
と笑った。
磐は悪ノリする。
「そうだ、こんど都ノとうちで合コンしない? うちは男しかいないけど、都ノは女子の割合が高いからバランス取れてるだろ? 裏見ちゃんの正面席がいいなあ」
奥山も同意した。
「あ、いいな、日センも混ぜて……」
「コホン……奥山、磐、ひとつ言っとくが、裏見に手を出したら俺とリアルストリートファイトだから、そこんところよろしくな」
「「あ、はい」」
*122手目 不平不満
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**72手目 Help me!!
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