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三宅純の哀愁

※今回は三宅みやけくん視点です。

「かんぱーい」

 ビールのジョッキが、心地よいひびきをかなでる。

 俺はスキっぱらにぐいっと流し込んで、冷たいのどごしに酔いしれた。

「いやぁ、初日はなんとかなった」

 俺の心地よい嘆息に、隼人はやとは、

三宅みやけ、だいぶ緊張してたみたいだな」

 とコメントした。

「あたりまえだろ。初日のカードで負けがついたら、昇級は絶望的だったからな」

「たしかに、三宅にはちょっと負担かけすぎてるな……すまん」

「ま、俺も楽しんでやってる……っと、きたきた」

 バイトのお姉さんが、焼き鳥を持ってきてくれた。

 俺はじぶんで注文したモモをいただく。

 男3人だから取り分けなくてもいいよな。俺は串のまま口に運んだ。

 んー、いい肉使ってる。塩加減も最高だ。

 隼人もネギマをひとくち食べて、

「ん、うまいな」

 とおどろいた。

「だろ、幹事会で教えてもらった」

 他大と交流してると、こういうお役立ち情報も手に入る。

 もう一本、と手を伸ばしたところで、重信しげのぶが質問してきた。

じゅんちゃんって、仕事がすごくテキパキしてるよね。コツとかあるの?」

「重信にはまだ話してなかったな。俺は高校のとき、将棋部の主将だったんだよ」

「あ、そうなんだ。どこ出身?」

「H島」

「H島市?」

「いや、駒桜こまざくらっていうところだ」

裏見うらみさんやけんちゃんと同郷なんだっけ?」

 俺はうなずいた。

 けっこうめずらしいよな、そう考えると。

 料理がどんどん運ばれてくる。

 俺は揚げ出し豆腐を切り分けながら、

「重信だって、事務仕事がやけにテキパキしてないか?」

 とたずねた。

「僕も部長経験者だから」

 マジか? そういうタイプだと思ってなかった。

「なんの部だ?」

「正確にはチームリーダーかな。競技プログラミング」

 なんか聞いたことあるな。

「どういう活動をするんだ?」

「主催者が出した問題に、プログラミングで解答するんだよ。例えば……」

 重信はボールペンで、紙ナプキンにササッと問題を書いた。


 2つの整数a,b(1≤a,b≤10000)が与えられたとき、a*bが偶数か奇数か判定せよ。

 

「これを解決できるプログラムを書く」

 わけがわからん。

 重信はこっちの理解におかまいなく続けた。

「たとえば、すぐに思いつくのは……」


#include <iostream>

using namespace std;


int main() {

int a, b;

cin >> a >> b;

int c = a * b;

if (c % 2 == 0) cout << "Even" << endl;

else cout << "Odd" << endl;

}


「これね。競技プログラミングだからC++が基本」

 ますますわけがわからん。

「重信、ほんとにすごいな」

「これは練習問題だよ。forもsortも使ってないし」

「重信の名前、理学部の友人はけっこう知ってたぞ」

「あ、そうなの? なんか恥ずかしいな」

 ああ、ついでにシスコンっぷりも有名だったぞ。

 八花やつかに対する態度は、わりと俺も引く。

 俺は枝豆えだまめのサヤを皿にほうりこんだ。ビールのおかわりを注文する。

 これを見た隼人は、

「ペース早いな。明日は月曜だぞ」

 と忠告してきた。

 俺はシタリ顔で、

「じつはな、月曜日は講義を入れてないんだ」

 と答えた。

「マジか?」

「金土日で3連休にする学生が多いが、俺は土日月だ。大会専用のシフトだ」

「なるほどなぁ、俺は月曜の『集合と位相』をどうしても取りたかったからムリだ」

「カリキュラムなんて個々人で決めればいい。学科の事情もちがう」

 俺のコメントに、隼人は大きくタメ息をついた。

「まあ、そうなんだが……」

「どうした、さっきから微妙に浮かれない顔してないか」

 隼人はビールのジョッキに視線をむけた。

「このままでほんとうに王座戦に行けるのかな……って思うことがある」

 ちょっとばかりテーブルの空気が重くなった。

 隼人の不安はわかる。関東の出場枠2つを争う戦いだ。簡単なわけがない。

 俺は笑顔をつくって、

「最初のチャンスは、うまくいけば今シーズンにつかめるだろ」

 と告げた。

 すると重信は、

「あれ、そうなの? まだCクラスだよね?」

 とたずねた。俺は王座戦の仕組みを解説する。

「王座戦の関東2枠のうち、ひとつは秋のA級優勝校だ。もうひとつは、A級校、Bの優勝校、準優勝校、Cの優勝校の10校で争う」

「へぇ、僕たちがCで優勝したら、のこりの1枠にワンチャンあるってことか」

 俺たちの会話に、隼人がわりこんでくる。

「理論的には、な。今のメンバーでそのトーナメントを勝ち抜くのはムリだ」

 やけに悲観的だな、ってわけでもない。

 今のメンバーじゃ、Aの最下位にすら入らない。

 だが、重信は楽観的な性格なのか、

「ミーティングで『優勝を目指そう』って説明すれば良かったんじゃない?」

 とたずねてきた。

 これには俺が答える。

「そういう目標を立てるのは危ない、っていうのが俺と隼人の判断だ」

「危ない? なんで?」

「部員の意識を『王座戦出場』に持っていくと、目のまえの試合がおろそかになる。都ノみやこのはCクラス最下位だ。ムリにクラス優勝を狙う位置じゃない」

「まあ、それはそうかもしれないけど……」

「それとな、Bへ確実にあがっておきたい理由があるんだ」

 重信は、教えてよ、と訊き返した。

「来年度の新入部員をあつめるとき、Bクラス所属のほうが勧誘しやすい」

 重信はうなずいて、ビールを飲んだ。

 だし巻き卵に箸をのばしながら、

「なるほどねぇ、強そうなチームのほうが入ってもらいやすいもんね」

 と言った。

 そう、そのとおりだ。下から2番目のクラスよりも、上から2番目のクラスで昇級をめざしている、というほうが、圧倒的に勧誘しやすい。されたほうもノリ気になるだろう。

 ただ、重信は一点だけ納得がいかなかったようで、

「でもさ、目のまえの団体戦よりも来年度のことを重視して、いいのかな?」

 と、遠回しに疑問を呈してきた。

「それについては……ちょっと自分語りしてもいいか?」

 俺の問いかけに、ふたりともOKだと答えた。

「俺は高校のとき主将をしてたんだが、俺の代では一回も優勝できなかった」

 その発言に、ふたりとも表情を変えなかった。わざと変えなかった気がする。

「ところがな、俺が卒業した翌年……ようするに去年の春に、母校は市内で優勝した」

 俺はビールを空にして、ジョッキをテーブルにおいた。

「さあ、この事実について、どう考える?」

 俺が尋ねると、隼人は目頭めがしらを押さえて、

三宅みやけ……そんなに部長辞めたかったのか……作り話しなくてもいいんだぞ……」

 と言った。

 ちがーうッ!

「隼人、おまえ酔ってるだろ」

「そんなことはない」

 ほんとかぁ?

 今の話、そんなに作り話っぽかったか? 事実なんだが?

 一方、重信はずいぶんとマジメに考えてくれた。

「うーん、このタイミングで昔話か……とりあえず、部のメンバーがポイントかな」

 俺はパチリと指を鳴らした。

「そこだ。去年は新1年生で強いのがふたり入って、あっさり優勝したらしい」

 隼人は神妙な顔をして、腕組みをした。

「そう、将棋は弱くてもなんとかなる、ってゲームじゃない」

 隼人が言うと、なんか深刻なんだよな。

 さらに重信も、

「プログラミングだって、やる気だけじゃ組めないよ」

 とつけくわえた。

 俺は先を続ける。

「ようするにな、事務方の小手先でなんとかするには限界があるんだ。将棋部を強くするために必要なのは、人材を確保すること。この現実から目をそらすのはよくない」

 重信もうなずいた。

「だね……けど、どうやって集めるの? 人材集めだって小手先じゃできないよ?」

 そこなんだよなぁ。

 俺はタメ息をついた。

「うちは他大に比べて不利な点がある。高校強豪とのコネがすくない」

 俺が調べてみたところ、大学強豪と高校強豪は、人的なつながりが強かった。

 よく考えてみたら、あたりまえのことだ。大学生のほとんどは元高校生なわけで、先輩後輩関係があるのは自然な流れだ。この先輩後輩関係は、おなじ大学でなくても発揮される。情報網というやつだ。都ノは情報を手に入れるタイミングが他大より遅い、ということに、部長の俺は気づいた。王座戦に出場しようとするとき、ネックになる気がした。

 さらに重信は、痛いところを突いてきた。

「大学って、さすがに部活じゃ選びにくいよね。スポーツならまだしも、将棋部の強さで決めるひとは、あんまりいないんじゃないかな。うちは推薦枠もないし」

「……だな」

 天佑てんゆうを待つしかないのか?

 俺は心のなかで、やや大げさな疑問をいだいた。

 俺が高3のとき、佐伯さえきという1年生が入ってきた。期待の新人というやつだ。その佐伯がみつかったのは、たまたまだった。俺が通っていた高校はミッション系で、敷地内に小さな教会があった。その教会で出会った。これが天佑というやつだ。

 だが……ときどき思う。あれはただの偶然だったんだろうか? 俺はキリスト教徒じゃないから、学校のイベントでもないかぎり、教会へは行かなかった。だが、校内でチェスが強い1年生がいると聞いて、もしやと思ってさぐりを入れていた。もし俺があのときアンテナを張っていなかったら、佐伯には会えなかったかもしれない。

 それとも、会えるやつにはいつか会えるんだろうか? ちょっとマンガチックか?

 隼人は2杯目のビールを飲み終えて、日本酒にとりかかった。

 俺はちょっと気になって、

「飲むペースが早くないか?」

 と、やんわり牽制しておいた。

 隼人は「大丈夫」とあっさり答えて、運ばれてきた日本酒を俺たちにもすすめた。

 そのあと、俺たち3人はいかにも大学生らしい話題に花を咲かせた。

 内容はヒミツだ。

 会計のまえに手洗いを済ませてもどると、隼人が寝ていることに気づいた。

 テーブルに突っ伏すわけでもなく、ちょっと前かがみになっていた。

 俺は頭をかきつつ、

「やっぱり酔ってるじゃないかぁ」

 とグチって、起こそうとした。すると――

「ん〜……ふぶき……」

 と、寝言が聞こえた。俺は手をとめた。

 重信は、

「雪山で遭難そうなんする夢でも見てるのかな?」

 と、いぶかしげだった。俺もちょっとよくわからなかった。

 が、その直後――

「ふぶき……もういちどやりなおそう……」

 俺と重信は顔を見合わせた。

 おたがいにちょっと察したような空気になる。

「デザートでも頼む?」

「……そうだな」

 

  ○

   。

    .


 はぁ、けっきょく俺が送ることになるのかよ。

 俺はスチール製の階段を降りて、隼人のアパートの敷地を出た。

 学生街が広がる。近くの川辺から、秋の風が吹きあがった。

 スマホをみると、もう10時過ぎだった。

「……ちょっと遅いか」

 俺は横断歩道を渡ろうとした。ふと立ち止まり、もういちどスマホをとりだした。

 画面をタッチして、電話帳をひらく。

「……もしもし、莉子りこか? ん、ああ、夜中に悪い、なんとなく……東京で浮気? してねぇよ。ん、いや、ほんとになんとなく……ところで、大学受験どうするんだ? 東京? ……そっか、オープンキャンパスとかで、こっちに来ないのか? ……なにが言いたいのかって? その……莉子の声を聞きたいな、と……え? 東京で浮気してるからフォロー入れてる? ちげぇよ。それでな、さっきの話だが……」

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