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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第31章 裏見香子、駒桜に舞い戻る(2016年8月9日火曜)
185/496

185手目 恋と将棋と盆踊り

 太鼓たいこのひびきが、笛のをまとって聞こえてくる。

 今日は駒桜こまざくら市の盆踊り。

 わたしは浴衣ゆかたにうちわといういでたちで、とある人物を待っていた。

 その人物とは――

裏見うらみ、待たせたな」

 ふりかえると、松平まつだいらが公園の入り口で手をふっていた。

 松平も浴衣姿で、妙にさまになっている。

 私は草履ぞうりでこけないように、気をつけて歩み寄った。

「おかえりなさい。今日帰ってこれたとか、タイミングがよかったわね」

折口おりぐちがようやく見逃してくれた。新幹線をとるのが大変だったぞ」

 話によると、松平はお盆の3日だけ折口先生から休みをもらったらしい。

 どういうブラック研究室なんですか。

 私はすこしばかり心配になって、

「単位がもらえたら、今後の交渉をしたほうがいいんじゃない?」

 とアドバイスした。松平は迷う。

「しかしなぁ、『単位もらったんでずらかります』ってわけにもいかんだろう」

「それはそうかもしれないけど……あ、そうだ」

 手に持った巾着きんちゃくから、私はスマホをとりだした。

 パスワードを解除して、例の動画ファイルを再生する。

「松平、ちょっとこれを見て欲しいの」

 私は例の『白熱列島』をみせた。

 松平はとくに事情を聞かず、数分ほどの動画をじっとながめた。

 場面が次の喫茶店にきりかわったところで、私は質問をなげかけた。

「この番組、観たことある?」

「『白熱列島』はたまに観るけど、この回は観てないな」

「なにか違和感がなかった?」

 松平はあごに手をあてて、うーんとうなった。

 私が事情を説明せずに質問から入ったのには、ワケがある。私は佐田さだ店長の正体を知っている。正確には、知っているわけじゃなくて推理してるだけだけど、この推理には自信があった。でも、かえって先入観になっているおそれもあった。

 松平は、もう一度動画をみせて欲しいと言った。

 おなじシーンを再生する。

 終わりに近づいたところで、松平は「ん?」と声をもらした。

「ラストのところ、もう一回みせてくれないか?」

「どのあたりから?」

「オーナーがPRしてるところだ」

 私はシークエンスバーをすこしもどして再生した。

《有縁坂将棋道場の次回イベントは、来月の敬老の日になっています。この将棋カフェがオープンしたのもちょうど敬老の日ですので、そのときにご協力いただいた方のご来店もお待ちしております》

 松平はそのシーンをみつめて……なにも言わなかった。

「いまのシーンが、どうかしたの? なにか違和感?」

「違和感ってほどじゃないんだが……いや、違和感か。オーナーがいう『そのときにご協力いただいた方』って、ようするに開店資金とかを出してくれたひとのことだよな?」

「……たぶん」

「渋谷の将棋カフェに資金を出してくれるなら、銀行かなにかだろ。銀行のご来店をお待ちしてますって、なんか変じゃないか? もちろん、融資担当者に来てもらいたいだけなのかもしれないが、それならメールか電話で連絡すればいいと思うけどな」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、理解した。

 私のなかで、すべてがつながった。

「松平、ここから話すことは、だれにも言わないでね」

「ん、ああ」

 私は、速水はやみ先輩の一件もふくめて、松平にすべてを話した。

 祇園のホストと佐田さんが同一人物だという推理を聞いて、松平は眉をひそめた。

「ってことは、さっきの『そのときにご協力いただいた方』って……」

聖生のえるよ。佐田さんは、テレビをつうじて聖生に呼びかけたんだわ」

「だけど、いまさら呼び出してどうするんだ? この佐田って男性は、聖生から仕入れた情報で空売りして、大儲けしたんだろ? 折口みたいにな。しかも、学生だった折口とちがって、ホストをしてたんだ。稼いだ金で空売りすれば、億単位で儲けててもおかしくない。金ならくさるほどあるんじゃないか?」

「お金目的でないとしたら?」

 私の推理に、松平はあまり納得しなかった。

「裏見の話を聞くかぎり、聖生と佐田のあいだには金のつながりしかなくないか?」

「ここまでの情報では、ね。でも、私たちは聖生の正体を知らないし、そもそも佐田さんが聖生とどう接触したのかも知らないわ。株の空売りは表面的なできごとで、もっと深刻なナニかがあるんじゃない?」

「30年前にあらわれたときも、バブル崩壊の予言だったんだろ? 金がらみで動いてるとしか思えないけどな」

 たしかに……私はことばにつまった。

 そして、その隙を突いたかのように、ふいに声をかけられた。

「松平先輩、おかえりなさい」

 ふりかえると、箕辺みのべくんが立っていた。捨神すてがみくんと葛城かつらぎくんも。

 いつもの3人組に、松平はなつかしそうな顔をして、

「よぉ、元気してたか?」

 とたずねた。箕辺くんが代表して答える。

「はい……松平先輩は、いそがしそうですね。今日帰郷したって聞きました」

「研究室がいそがしくてな……ま、それは話してもしょうがない」

 松平は話題を変えた。意図的だった気がする。

 ふだんの大学生活から無難にチョイスして、場所の移動もはじめた。

 夜店に寄ったり、ちょっとしたイベントを楽しんだり。

 とちゅうで猫山ねこやまさんのお店もみつかった。

「ニャハハハ、クレープ屋さんですよ。おひとついかが?」

 屋台には本格的なセットがおかれていた。

 クレープの生地きじに生クリームをつめて終わり、ってわけじゃないみたい。

 私は1つ注文した。松平も注文する。

「ここは俺が出すぞ」

「だいじょうぶよ」

 このやりとりをみていた葛城くんは、

「ふえぇ、なんか東京であった予感」

 とつぶやいた。ほら、勘のいいひとが気づくでしょ。

 私が注文したのはイチゴ味のクレープとコーヒー。

 ふんわりとした生地が口のなかでほどけて、クリームが下のうえでとろけた。

「んー、猫山さん、さすがです」

「包装紙はラミネート加工してあります。持ち歩いてもOKですよ」

 私たちは食べながら、あちこちのお店をまわる。

 昔ながらのお面屋さんもあった。キャラクターのお面がたくさん。

 なんとなくパチものっぽいお面も、ちらほら。っていうか、店主不在のような?

 私は棚のうしろをのぞいてみた。だれもいない。

「こういうのって、収益構造はどうなってるのかしら」

 私がそうつぶやくと、松平は、

「裏見、すっかり経済学脳だなぁ」

 と言った。いやいやいや、そういうわけでは。

 そもそも、収益構造を気にするのは、経済学っていうよりは経営学だ。

 とはいえ、気になるものは気になる。

「このお面とか、有名な特撮ヒーローでしょ。版権が……」

「お面ではない。将棋仮面だ」

「うわあぁッ!?」

 商品だと思っていたものは、お面をかぶった若い男性だった。

 どうりで店主の姿がみえなかったわけだ。

 スッとたちあがった男性に、私は見覚えがあった。

「あなた、去年の日日にちにち杯の特別ゲストじゃない?」

「いかにも……お嬢さん、ひとつ特撮ヒーローになってみないか?」

 遠慮します。そういう年齢じゃないし。

 それにしてもこの青年、将棋がめちゃくちゃ強いのよね。何者なのかしら。

 内木さんとよくつるんでるから、内木さんの彼氏じゃないかって言うひともいた。

 でもなぁ、内木さんがこんな変なひとと付き合うかなぁ。

 私たちは順番にお店をみてまわる。とちゅうで、松平が射的をしてくれた。将棋の駒のキーホルダーをゲット。お礼を言って、巾着きんちゃくにそのままつけた。

「松平、射的がうまいのね」

「ああいうのは得意なんだ」

 さすが機械系男子、というわけでもないか。個性よね。

 こうして、すてきな時間が過ぎていく。

 中央広場に到着したところで、ちょうど例のトークショーがはじまった。

《こんばんは、駒桜市のみなさん、内木レモンです。今日は市の広報課のかたがたに、司会のお声かけをいただきました。ありがとうございました。みじかい時間ですが、どうぞよろしくお願いします》

 パチパチパチ。拍手。

 最初は詰め将棋のコーナー。

 これは市内の社会人強豪と捨神くん、それに古谷ふるやくんが持っていった。

 不破さんも解けてたんじゃないかしら。なんかそんな気がする。でも、不破さんは不気味なくらいおとなしくて、駒込こまごめくんと一緒に観戦してるだけだった。

《いやぁ、さすがは将棋の町。みなさん早かったですねぇ。それでは、お待ちかね、ペア対局のコーナーに移りたいと思います。お相手を務めさせていただくのは、私とぉ〜》

「俺だッ!」

 タタッとひとが走ってきて、そのままステージのうえにジャンプした。

 華麗に着地したその青年は――将棋仮面ッ!

 内木さんも予定外だったらしく、将棋仮面の胸をこづいた。

《あんたじゃないでしょ》

「マイクが入ってるぞ」

《ぐッ……ええと、お客さま、乱入は……》

 ところが、会場には評判がよくて、

「あれが将棋の強い御面ライダーか」

「テレビで観たことありますねぇ」

「パパ、御面ライダーのサイン欲しい」

 などなど、推す声が続々。

 内木さんも収拾がめんどくさくなったらしく、これに便乗した。

《あ、はい、えー、本日は有名な特撮キャラに指してもらいます》

 わーっと拍手が起こった。

 これこそ版権的にどうなの。あぶないのでは。

 地方のお祭りだからやりたい放題になっている。

《それでは、会場からペアを選びましょう。どなたか挙手をお願いしまーす》

 ちらほらと手が挙がる。じゃんけんで決めるのかな、と思いきや、内木さんは会場内をゆびさして、こう言った。

《そこのカップルのお姉さん、挙手が早かったですね》

 ふぅん、カップルで参加するんだ……ん? 私のほうを指してない?

 というか、右腕に違和感が……ってッ!? ひじを持ち上げられてるッ!?

「不破さんッ! なにやってるのッ!」

「はーい、この姉ちゃん、手を挙げてまーす」

 挙げさせたんでしょッ!

《さあ、どうぞどうぞ》

 私と松平は不破さんに押されて、ステージに上がらされてしまった。

 将棋仮面は私の顔をみて一言。

「さっきのお嬢さんか……そういえば、日日杯で解説をしていたな。失敬した」

「お、おひさしぶりです……」

「デート中のところもうしわけないが、興行のためにひと肌脱いでもらおう」

 もう、こういうところでコキ使わないでくださいな。

 一方、松平はまんざらでもないようすだった。

 うしろ髪をかきながら、お愛想の笑顔。

「将棋仮面さん、おひさしぶりです。去年会場にいたんですけど、覚えてます?」

「もちろんだ。松平くんだったかな」

「どうぞお手柔らかに」

 サラリーマン同士の会話みたいなやりとりはNG。

《さあ、それではペア将棋の開幕ですッ! ……と、そのまえに大盤の準備》

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