185手目 恋と将棋と盆踊り
太鼓のひびきが、笛の音をまとって聞こえてくる。
今日は駒桜市の盆踊り。
わたしは浴衣にうちわといういでたちで、とある人物を待っていた。
その人物とは――
「裏見、待たせたな」
ふりかえると、松平が公園の入り口で手をふっていた。
松平も浴衣姿で、妙にさまになっている。
私は草履でこけないように、気をつけて歩み寄った。
「おかえりなさい。今日帰ってこれたとか、タイミングがよかったわね」
「折口がようやく見逃してくれた。新幹線をとるのが大変だったぞ」
話によると、松平はお盆の3日だけ折口先生から休みをもらったらしい。
どういうブラック研究室なんですか。
私はすこしばかり心配になって、
「単位がもらえたら、今後の交渉をしたほうがいいんじゃない?」
とアドバイスした。松平は迷う。
「しかしなぁ、『単位もらったんでずらかります』ってわけにもいかんだろう」
「それはそうかもしれないけど……あ、そうだ」
手に持った巾着から、私はスマホをとりだした。
パスワードを解除して、例の動画ファイルを再生する。
「松平、ちょっとこれを見て欲しいの」
私は例の『白熱列島』をみせた。
松平はとくに事情を聞かず、数分ほどの動画をじっとながめた。
場面が次の喫茶店にきりかわったところで、私は質問をなげかけた。
「この番組、観たことある?」
「『白熱列島』はたまに観るけど、この回は観てないな」
「なにか違和感がなかった?」
松平はあごに手をあてて、うーんとうなった。
私が事情を説明せずに質問から入ったのには、ワケがある。私は佐田店長の正体を知っている。正確には、知っているわけじゃなくて推理してるだけだけど、この推理には自信があった。でも、かえって先入観になっているおそれもあった。
松平は、もう一度動画をみせて欲しいと言った。
おなじシーンを再生する。
終わりに近づいたところで、松平は「ん?」と声をもらした。
「ラストのところ、もう一回みせてくれないか?」
「どのあたりから?」
「オーナーがPRしてるところだ」
私はシークエンスバーをすこしもどして再生した。
《有縁坂将棋道場の次回イベントは、来月の敬老の日になっています。この将棋カフェがオープンしたのもちょうど敬老の日ですので、そのときにご協力いただいた方のご来店もお待ちしております》
松平はそのシーンをみつめて……なにも言わなかった。
「いまのシーンが、どうかしたの? なにか違和感?」
「違和感ってほどじゃないんだが……いや、違和感か。オーナーがいう『そのときにご協力いただいた方』って、ようするに開店資金とかを出してくれたひとのことだよな?」
「……たぶん」
「渋谷の将棋カフェに資金を出してくれるなら、銀行かなにかだろ。銀行のご来店をお待ちしてますって、なんか変じゃないか? もちろん、融資担当者に来てもらいたいだけなのかもしれないが、それならメールか電話で連絡すればいいと思うけどな」
……………………
……………………
…………………
………………あ、理解した。
私のなかで、すべてがつながった。
「松平、ここから話すことは、だれにも言わないでね」
「ん、ああ」
私は、速水先輩の一件もふくめて、松平にすべてを話した。
祇園のホストと佐田さんが同一人物だという推理を聞いて、松平は眉をひそめた。
「ってことは、さっきの『そのときにご協力いただいた方』って……」
「聖生よ。佐田さんは、テレビをつうじて聖生に呼びかけたんだわ」
「だけど、いまさら呼び出してどうするんだ? この佐田って男性は、聖生から仕入れた情報で空売りして、大儲けしたんだろ? 折口みたいにな。しかも、学生だった折口とちがって、ホストをしてたんだ。稼いだ金で空売りすれば、億単位で儲けててもおかしくない。金ならくさるほどあるんじゃないか?」
「お金目的でないとしたら?」
私の推理に、松平はあまり納得しなかった。
「裏見の話を聞くかぎり、聖生と佐田のあいだには金のつながりしかなくないか?」
「ここまでの情報では、ね。でも、私たちは聖生の正体を知らないし、そもそも佐田さんが聖生とどう接触したのかも知らないわ。株の空売りは表面的なできごとで、もっと深刻なナニかがあるんじゃない?」
「30年前にあらわれたときも、バブル崩壊の予言だったんだろ? 金がらみで動いてるとしか思えないけどな」
たしかに……私はことばにつまった。
そして、その隙を突いたかのように、ふいに声をかけられた。
「松平先輩、おかえりなさい」
ふりかえると、箕辺くんが立っていた。捨神くんと葛城くんも。
いつもの3人組に、松平はなつかしそうな顔をして、
「よぉ、元気してたか?」
とたずねた。箕辺くんが代表して答える。
「はい……松平先輩は、いそがしそうですね。今日帰郷したって聞きました」
「研究室がいそがしくてな……ま、それは話してもしょうがない」
松平は話題を変えた。意図的だった気がする。
ふだんの大学生活から無難にチョイスして、場所の移動もはじめた。
夜店に寄ったり、ちょっとしたイベントを楽しんだり。
とちゅうで猫山さんのお店もみつかった。
「ニャハハハ、クレープ屋さんですよ。おひとついかが?」
屋台には本格的なセットがおかれていた。
クレープの生地に生クリームをつめて終わり、ってわけじゃないみたい。
私は1つ注文した。松平も注文する。
「ここは俺が出すぞ」
「だいじょうぶよ」
このやりとりをみていた葛城くんは、
「ふえぇ、なんか東京であった予感」
とつぶやいた。ほら、勘のいいひとが気づくでしょ。
私が注文したのはイチゴ味のクレープとコーヒー。
ふんわりとした生地が口のなかでほどけて、クリームが下のうえでとろけた。
「んー、猫山さん、さすがです」
「包装紙はラミネート加工してあります。持ち歩いてもOKですよ」
私たちは食べながら、あちこちのお店をまわる。
昔ながらのお面屋さんもあった。キャラクターのお面がたくさん。
なんとなくパチものっぽいお面も、ちらほら。っていうか、店主不在のような?
私は棚のうしろをのぞいてみた。だれもいない。
「こういうのって、収益構造はどうなってるのかしら」
私がそうつぶやくと、松平は、
「裏見、すっかり経済学脳だなぁ」
と言った。いやいやいや、そういうわけでは。
そもそも、収益構造を気にするのは、経済学っていうよりは経営学だ。
とはいえ、気になるものは気になる。
「このお面とか、有名な特撮ヒーローでしょ。版権が……」
「お面ではない。将棋仮面だ」
「うわあぁッ!?」
商品だと思っていたものは、お面をかぶった若い男性だった。
どうりで店主の姿がみえなかったわけだ。
スッとたちあがった男性に、私は見覚えがあった。
「あなた、去年の日日杯の特別ゲストじゃない?」
「いかにも……お嬢さん、ひとつ特撮ヒーローになってみないか?」
遠慮します。そういう年齢じゃないし。
それにしてもこの青年、将棋がめちゃくちゃ強いのよね。何者なのかしら。
内木さんとよくつるんでるから、内木さんの彼氏じゃないかって言うひともいた。
でもなぁ、内木さんがこんな変なひとと付き合うかなぁ。
私たちは順番にお店をみてまわる。とちゅうで、松平が射的をしてくれた。将棋の駒のキーホルダーをゲット。お礼を言って、巾着にそのままつけた。
「松平、射的がうまいのね」
「ああいうのは得意なんだ」
さすが機械系男子、というわけでもないか。個性よね。
こうして、すてきな時間が過ぎていく。
中央広場に到着したところで、ちょうど例のトークショーがはじまった。
《こんばんは、駒桜市のみなさん、内木レモンです。今日は市の広報課のかたがたに、司会のお声かけをいただきました。ありがとうございました。みじかい時間ですが、どうぞよろしくお願いします》
パチパチパチ。拍手。
最初は詰め将棋のコーナー。
これは市内の社会人強豪と捨神くん、それに古谷くんが持っていった。
不破さんも解けてたんじゃないかしら。なんかそんな気がする。でも、不破さんは不気味なくらいおとなしくて、駒込くんと一緒に観戦してるだけだった。
《いやぁ、さすがは将棋の町。みなさん早かったですねぇ。それでは、お待ちかね、ペア対局のコーナーに移りたいと思います。お相手を務めさせていただくのは、私とぉ〜》
「俺だッ!」
タタッとひとが走ってきて、そのままステージのうえにジャンプした。
華麗に着地したその青年は――将棋仮面ッ!
内木さんも予定外だったらしく、将棋仮面の胸をこづいた。
《あんたじゃないでしょ》
「マイクが入ってるぞ」
《ぐッ……ええと、お客さま、乱入は……》
ところが、会場には評判がよくて、
「あれが将棋の強い御面ライダーか」
「テレビで観たことありますねぇ」
「パパ、御面ライダーのサイン欲しい」
などなど、推す声が続々。
内木さんも収拾がめんどくさくなったらしく、これに便乗した。
《あ、はい、えー、本日は有名な特撮キャラに指してもらいます》
わーっと拍手が起こった。
これこそ版権的にどうなの。あぶないのでは。
地方のお祭りだからやりたい放題になっている。
《それでは、会場からペアを選びましょう。どなたか挙手をお願いしまーす》
ちらほらと手が挙がる。じゃんけんで決めるのかな、と思いきや、内木さんは会場内をゆびさして、こう言った。
《そこのカップルのお姉さん、挙手が早かったですね》
ふぅん、カップルで参加するんだ……ん? 私のほうを指してない?
というか、右腕に違和感が……ってッ!? ひじを持ち上げられてるッ!?
「不破さんッ! なにやってるのッ!」
「はーい、この姉ちゃん、手を挙げてまーす」
挙げさせたんでしょッ!
《さあ、どうぞどうぞ》
私と松平は不破さんに押されて、ステージに上がらされてしまった。
将棋仮面は私の顔をみて一言。
「さっきのお嬢さんか……そういえば、日日杯で解説をしていたな。失敬した」
「お、おひさしぶりです……」
「デート中のところもうしわけないが、興行のためにひと肌脱いでもらおう」
もう、こういうところでコキ使わないでくださいな。
一方、松平はまんざらでもないようすだった。
うしろ髪をかきながら、お愛想の笑顔。
「将棋仮面さん、おひさしぶりです。去年会場にいたんですけど、覚えてます?」
「もちろんだ。松平くんだったかな」
「どうぞお手柔らかに」
サラリーマン同士の会話みたいなやりとりはNG。
《さあ、それではペア将棋の開幕ですッ! ……と、そのまえに大盤の準備》




