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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第26章 単位大作戦!松平を救え!(2016年6月29日水曜)
156/496

156手目 人体実験?

挿絵(By みてみん)


 人体にいいとか悪いとか、そういう問題じゃないでしょ。

 私はいきどおりつつも、黙って3三角と上がった。

 この調子だと、質問しても無駄だと感じたからだ。

 ちゃっちゃと終わらせて退散しましょ。

 4五歩、同歩、同銀。

「7七角成」

「けっきょく角交換か。同銀」

「角頭を狙われたから当然ですッ! 3三銀ッ!」


挿絵(By みてみん)


 先手の陣形はものすごく前のめりだ。

 折口おりぐち先生もさすがに5八金と手をもどした。

 私は小考する。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4二飛」


挿絵(By みてみん)


 こっちも積極的にいく。

「5六銀……は、おもしろくないな。4六歩」

 歩越し銀――歩越し銀には歩で対抗が、将棋の格言。

 でも、ここで4四歩と打つメリットはない。

「7四歩です」

 6八玉、4一玉、7九玉、3一玉。

 囲い合いになった。

 1六歩、1四歩、9六歩。

「7三桂」


挿絵(By みてみん)


 この手をみて、先生はメガネをなおした。

「端歩を受けないのか……しかし、単に桂跳ねでは攻めが続かんだろう。6六歩」

 そのことは百も承知。

 私は8二飛で、主砲を定位置にもどした。

 3六歩、5二金。

「飛車をもどしても、まだ攻め駒が足りないようにみえるな。3七桂」

 ぐッ……先生の言うとおりだ。

 私のほうから攻めるのはむずかしい。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 私はぎりぎりのタイミングで9四歩と突いた。

「手詰まりか。5六銀。攻めさせてもらう」

 8一飛、4五桂、2二銀。

 こうなったら反動を狙う。あえてスキをつくる。

「2四歩と突いてこい、か……こっちのほうがいいな。3五歩」


挿絵(By みてみん)


 厳しい――けど、チャンス。

 私は3七角と打ち込んだ。

「馬は許容する。2九飛」

 私は4六角成とひっくりかえした。3五馬が間に合えば、なんとか。

「2四歩」

 ここで私は迷った。

 無視して3五馬? それとも一回は同歩?

 いくらなんでも2三歩成とされるのは危険……でも、2四同歩、3四歩は馬が空ぶる。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3五馬ッ!」


挿絵(By みてみん)


 私は3筋を優先した。

 折口先生もすこし考える。

「手を一貫させたわけだな……2三歩成」

 同銀、1五歩、同歩、3三歩。

 も、もつのかしら。全面的に厳しい。

 同桂、同桂成、同金、4五桂、3二金。

「このかたちは珍しいぞ。3三角」


挿絵(By みてみん)


 〜〜〜〜〜〜ッ! こんな手がッ!

 せ、成立してる……同金、同桂成は完全に潰れだ。

 かと言って放置もできない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「2二歩ッ!」

「1五香」

「……1三歩」

「2四歩」

「い、1二銀……」

「殺到する。1三香成」


挿絵(By みてみん)


 私は苦悶した。先手は全軍躍動。

「せ、先生、何者なんですか?」

「ただの将棋好きのアラサーだ」

 うそうそ、絶対うそ〜ッ!

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 私は同銀と取った。

 2三歩成、同金、同飛成、同歩、1一角成、2四銀、3三桂成。


挿絵(By みてみん)


 つ、詰めろ……で、でも、右に逃げれば、まだなんとかなる。

 4一玉、4三歩、5一玉、4二歩成。

 う、馬の利きがビミョウすぎる。守りに役立ってない。

 同金、同成桂、同玉、2二馬。

 ここで4九飛と打つ? それとも5二玉と一回逃げる?

 4九飛、5九金打……あ、ダメか。飛車を逃げる場所があまりない。

「5二玉です」

 折口先生は、こめかみに指をあてて考えた。

「……すこし危ないが戦線拡大するか。6五歩」


挿絵(By みてみん)


 え? 優勢なのに戦線拡大? ……安全策がなかった?

 わからない。チェスクロはどんどん時を刻む。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ

 

 私は4九飛とおろした。

 5九金打、4二飛成(この引きのための5二玉)、3二金、4三龍。

 小康状態になった。龍で受けきる。

 折口先生は、はじめて30秒を使い切った。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 先生はスッと銀を出た。


挿絵(By みてみん)


 これは……むずかしい。一見、受ける手がありそう。

 あるいは、攻める? 6五桂とか……いや、ダメだ。4四香で龍が死ぬ。

 6四銀とみせかけて、本命は龍の補足。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「ご、5四歩」

「おっと、引っかからないか。方針転換。6四銀」

 私は6五桂と跳ねた。

 先生は持ち駒の香車へ手を伸ばす。

「いい将棋だが、これはどうだ? 8四香」


挿絵(By みてみん)


 ? ……なにこれ?

 一瞬、8四同飛に7三銀不成の狙いかと思ったけど、なんともないわよね。

 もちろん、これ自体はある筋で、普通なら1段目に角を打つ伏線だ。

 でも、1段目に打つ手はなさそう。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同飛ッ!」

 わかんなかったら取る。

「ん? 取るのか? 4四歩」

 同馬、同馬、同龍……あッ。


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 飛車……龍……両取り……。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「ま、負けました」

 私は投了した。

「ありがとうございました。最後は8四同飛じゃなくて、横に逃げたほうがよかった」

 折口先生は、いきなり感想戦を始めた。

 投了図以下は、5五角と打っても8四角、6四角、6二飛、5一玉、4二飛成、6一玉に6二龍で捕まってしまう。5五角に代えて3三龍、8四角、3二龍のほうがまだ粘れるけど、これも6二飛以下で寄る。そもそも先手を寄せる手がない。

「あの……どこが悪かったですか?」

 私は逃散するのも忘れて、感想戦に乗ってしまった。

「先手に攻めさせたのはムリがあるんじゃないか?」

「それって中盤ですよね……でも、こっちからは攻められないですし……」

 そのときだった。私は、例の光がどこにも見当たらないことに気づいた。

「さっきの光、けっきょくなんだったんですか?」

「ふふふ、それは秘密だ」

 あのさぁ、これってアカハラなのでは?

 学生を実験台にしちゃダメでしょ。

 もうすこし強くたずねようとしたところで、ドアがノックされた。

 白衣の男性が顔をのぞかせる。

「あれ、折口先生、使用中でしたか」

「いえ、ちょうど終わりましたので……裏見うらみさん、もう帰っていいぞ」

 

  ○

   。

    .


「ということが、今日の午後にあったわけよ」

 放課後の部室で、ことの顛末てんまつ大谷おおたにさんに報告した。

「人体実験ですか……して、ご無事で?」

「肌に異常はないのよね」

 私は自分の腕を確認した。あとがついたとか、そういうことはない。

「それにしても、折口先生とは関わらないほうがよろしいのでは?」

「私もそんな気がしてきたわ。松平まつだいらを洗脳から解いて離脱させないと……ん?」

 スマホが振動した。MINEをみる。


 剣之介 。o O(すまん、今日も部室へ行けない)


 香子 。o O(どうしたの?)

 

 剣之介 。o O(折口に呼ばれた)


 香子 。o O(その件だけど、はっきりことわったら?)

 

 剣之介 。o O(だいじな研究なんだ。また明日)


 私はもういちど、ことわるように連絡した。

 ところが、既読がつかなかった。

「……大谷さん、ちょっと席をはずすわ。留守番をお願い」

場所:工学部共同研究室

先手:折口 希

後手:裏見 香子

戦型:居飛車力戦


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲8八銀 △3二金 ▲7八金 △4四歩 ▲4八銀 △4二銀

▲4六歩 △6二銀 ▲4七銀 △6四歩 ▲5六銀 △6三銀

▲2五歩 △3三角 ▲4五歩 △同 歩 ▲同 銀 △7七角成

▲同 銀 △3三銀 ▲5八金 △4二飛 ▲4六歩 △7四歩

▲6八玉 △4一玉 ▲7九玉 △3一玉 ▲1六歩 △1四歩

▲9六歩 △7三桂 ▲6六歩 △8二飛 ▲3六歩 △5二金

▲3七桂 △9四歩 ▲5六銀 △8一飛 ▲4五桂 △2二銀

▲3五歩 △3七角 ▲2九飛 △4六角成 ▲2四歩 △3五馬

▲2三歩成 △同 銀 ▲1五歩 △同 歩 ▲3三歩 △同 桂

▲同桂成 △同 金 ▲4五桂 △3二金 ▲3三角 △2二歩

▲1五香 △1三歩 ▲2四歩 △1二銀 ▲1三香成 △同 銀

▲2三歩成 △同 金 ▲同飛成 △同 歩 ▲1一角成 △2四銀

▲3三桂成 △4一玉 ▲4三歩 △5一玉 ▲4二歩成 △同 金

▲同成桂 △同 玉 ▲2二馬 △5二玉 ▲6五歩 △4九飛

▲5九金打 △4二飛成 ▲3二金 △4三龍 ▲5五銀 △5四歩

▲6四銀 △6五桂 ▲8四香 △同 飛 ▲4四歩 △同 馬

▲同 馬 △同 龍 ▲6六角


まで105手で折口の勝ち

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