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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第25章 合宿費盗難事件(2016年6月20日月曜)
147/496

147手目 連帯責任

 翌日、私は大学の構内をひとり歩いていた。

 講義を終えて、部室へむかう途中だった。

 ああでもないこうでもないと、星野ほしのくんの冤罪を晴らす策を練る。

「ようするに、すり替えられた通帳をみつければいいのよね……」

「Oi、香子きょうこ、なにしてるの?」

 うわッ、びっくりした。ふりかえると、ララさんが立っていた。

 Tシャツにジーパンで、頭には造花つきの帽子をかぶっていた。

「前向いて歩かないと、あぶないよ〜」

「ご、ごめんなさい」

「Nao há problema.なにか考えごと?」

 私はあたりに気を配りつつ、ここまでの事情をララさんに説明した。

「ああ、MINEで連絡のあったやつかぁ。そんなに問題なの?」

「問題よ。星野くんが入ってくれるかどうかで、秋の難易度が変わるわ」

「ふ〜ん……でもさ、星野は退学になってないんでしょ? だったら、事件なんか解決しなくても、いいんじゃないのかなぁ? よくあるドロボウじゃない?」

 ララさん、大雑把な生き方をしてるのね。まあ、らしいっちゃらしいけど。

「星野くんが疑われたままだと、将棋部で引き受けにくいのよ」

「それは変だよぉ。犯人だって決まったわけじゃないのに。日本人の変なとこ」

 ぐッ……それを言われると厳しい。けど、世間体は世間体。

 野球部がどういう報復に出てくるかわからないし。

「ララさん、なにかいいアイデアはない? 最近、部室に顔を出してないでしょ?」

 ララさんはため息をついて、

「もうすぐ7月でしょ。レポートが忙しいんだよ」

 と答えた。ぐぬぬ、私たちだって忙しいのに。

「試験が始まると連絡をとりにくいから、今月が勝負なのよ」

 ララさんはくちびるに指をそえて、空をみあげた。

「……星野って、どういうタイプ?」

「そうね……頭がキレるわりに気が弱い子、かな」

「ウソつくタイプ?」

「あ、うーん……」

 私は迷ったあげく、休んだ週をごまかされたことを話した。

「先週休んでたのに、休んでないって言ったの?」

「そう。理由は不明」

「え? 理由はむしろはっきりしてない?」

 私はおどろいてしまった。

「ララさん、もしかして星野くんと話したの?」

「Não、だけど理由はなんとなくわかるよ。犯人を捜してたんでしょ、自分で」

 ……その可能性は、まったく考えなかった。

「で、でも、自分で犯人を捜すのってムリじゃない?」

「あの聖ソフィアのちびっ子が気づいたんだから、星野も気づいたんじゃないの?」

「なにに?」

「通帳がすり替えられたことに、だよ」

 私はこれまでの出来事をふりかえった――ありうる。星野くんの説明がやけに流暢だったのは、単に記憶力がいいからじゃなくて、自分であれこれ調べておいたからなのでは。だとすると、星野くん自身に協力を持ちかけたほうが……あ、でも、なんで私たちに助っ人を頼まないのかしら? 自力で犯人をみつけたいから? それとも信用されてない?

「ねぇ、ララさん……」

「あッ! 星野ぉ!」

 ララさんはいきなり手をあげて叫んだ。

 視線をおなじ方向へむけると、10メートルほど先に星野くんがいた。

 星野くんもびっくりして、

「あ、こんにちは……」

 と、ぎりぎり聞こえる声で返してきた。

 微妙にスルーされそうになる。

 ララさんはすばやく反応して、ザーッと星野くんのまえに立ちはだかった。

「ねぇねぇ、いま時間ある? これから講義?」

「え、その……」

 ララさんは、ひじで星野くんをこづいた。かるくウィンクする。

「ちょっと付き合って欲しいところがあるんだけどなぁ?」


  ○

   。

    .


 カーン

 

 ボールがはじき返され、緑色のネットへ向かって飛んで行く。

「ナイスヒット!」

 私の歓声に、ララさんは手をひらひらさせた。ご満悦のようす。

 ここは大学の近くにあるバッティングセンター。

 私はベンチに座り、ララさんと星野くんのプレイを眺めていた。

 

 カーン

 

 ララさんの打った球が、ふたたびネットをとらえた。

「もっと速くならないの、これ?」

 ララさん、強気。一方、となりの星野くんは――

 

 パシーン

 

 スカッとバットが空を切った。

 ボールはうしろに転がる。

 星野くん、下手すぎでは。さっきから1球も打ててない。

「ハァ……ハァ……ちょっと休憩しませんか……?」

 しかも息があがってる。まだ1プレイが終わっていない。

 となりでバットを構えたララさんは、ひとこと、

「Boa sorte!! あと1球だよ〜」

 と言った。

 星野くんはバットを構えなおしたけど、それより先にボールが放たれて空振り。

 ララさんは最後の1球を華麗に打ち返して、うんと背伸びをした。

「Ok、ちょっと休みましょ」

 ふたりは私のとなりに腰をおろした。星野くんが真ん中。

 ララさんは水分補給をしながら、

「星野って、野球部なのにヘタッぴだね」

 と単刀直入に言った。こらこら、ひとにそういうことを言わない。

 私はララさんをたしなめかけた。でも、それより早く星野くんが反応した。

「野球を始めたのは大学からなんです……」

 え……そうだったの? いや、まあ、さっきのプレイはまるで素人だったけど。

 ララさんは気にしなかったらしい。平然と続きを訊いた。

「ふぅん、で、ハイスクールではなにをしてたの?」

「……なにもしてませんでした」

「大学デビューってやつだね」

 いや、なんかそれは意味が違ったような。深くはつっこまないけど。

「でもさ、なんでベイスボールなの? デビューのハードル高くない?」

「なんかこう……僕って貧弱なので……スポーツしようかな、と……」

 星野くんは言葉をにごした。

 まあ、わからなくもない。女顔でひょろっとしてるから、コンプレックスなのだろう。こういう男子、周囲は「かわいい」って言ってくれても本人が満足してないことがある。

「わざわざベースボール選ばなくてもよくない?」

「新任のコーチから強く誘われたんです。大熊おおぐまっていうひとなんですけど、すごくいいひとで、体力のない僕でも全然オッケーだと言ってくれました」

 ララさんは納得がいかないようで、

「それって口車じゃないの? マネージャーやらされたんでしょ?」

 と尋ねた。

「マネージャーは藤田ふじたキャプテンに言われたんです」

 私はその名前を聞いてハッとなった。

「藤田……あ、もしかして、部員争奪戦でバッターだったひと?」

「はい。あのひと、初日に僕のプレイをみて『危ないからやめろ』って……それで、マネージャーをすることになりました」

 私は息を呑んだ――今の、重要な情報なのでは。

 ララさんもストローを咥えたまま、少しばかり考えこんだ。

「……星野はなんで合宿費をあずかってたの?」

「藤田キャプテンから『おまえはルールもあまり覚えてないから、金の管理を任せる』と言われて……たしかに、スコアとかも間違うことが多くて……」

 私はさらに質問を重ねようとした。そのとき――

「おーい、ここ空いてるぞ」

 すぐそばの入り口から、丸刈りの少年2人が現れた。

 都ノみやこの野球部のユニフォームを着ている。

 ララさんは、星野くんの頭に自分の帽子を深々とかぶせた。

 彼らは私たちのほうをちらりと見て、いかにもな笑みを浮かべた。

「女の子だけで打ちっぱなししてるの?」

「Eu não falo japonês」

 ララさんがポルトガル語で返した。

 少年たちはきょとんとする。ひそひそ話を始めた。

「日本人じゃないのかな?」

「……かもな」

 少年たちは軽く手を振って、それ以上話しかけてこなかった。

 そのままバッターボックスに入り、すこし小柄な子が1球目を打った。

 バットは見事に芯をとらえて、爽快に飛んでいく。

克己かつみ、また伸びたんじゃないか?」

「受験疲れから、ようやく回復だ」

 カツミと呼ばれた少年は、ニヤリと笑って2球目を同じくらい飛ばした。

 そして、がっしりした体格の相方に、こう言った。

勇介ゆうすけこそ、1年でレギュラー候補なんだろ?」

「ただのうわさだよ」

「藤田キャプテンがやたら褒めてたじゃないか」

 カツミくんは3球目を打った。すこし飛距離が落ちる。

「チッ、右に引っ張りすぎた」

「ハハハ、今のはキャプテンに見られたら評価下がったぞ」

「キャプテンがメンバー決めてるわけじゃないだろ」

「2年の先輩が言ってたけど、けっこう影響力あるらしいぜ」

「どうだか……このまえの星野の件で、だいぶ株下がったろ」

 星野くんが顔を上げかけた。ララさんが帽子ごと押さえ込む。

 カツミくんは4球目を打ってすぐに、

「星野を合宿係にしたのはキャプテンだからなぁ」

 と言った。ユウスケくんはそれを聞いて、

「しかも大熊コーチが責任とって辞めるとか言ってんだろ?」

 と付け加えた。カツミくんはおどろいて、バッティングフォームを崩す。

「マジ?」

「ああ、辞表出したらしい」

「コーチは関係ないだろ? このまえ来たばっかだし」

「星野に声かけしたのって大熊コーチらしいぜ」

「ってことは大学辞めるのか?」

「よくわかんないけど、野球で雇われてるんだから、ほかに仕事なくないか?」

 カツミくんとユウスケくんは、それから黙々と1ゲームを終わらせた。

 2人がその場を去ったあと、私はおそるおそる星野くんに声をかける。

 星野くんは目もとが涙で濡れていた。

「僕……やっぱり大学辞めます。これ以上迷惑かけられません」

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