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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第21章 2016年度新人戦(2016年6月12日日曜)
123/496

122手目 不平不満

「え、私しか残ってない?」

 私のすっとんきょうな声に、ほかの1年生はもうしわけなさそうな顔をした。

「すまん、2回戦で日センの奥山おくやまに負けた……」

「拙僧、1回戦でいきなり氷室ひむろくんに当たってしまいました」

「あたしは晩稲田おくてだの変なのに負けたぁ」

「みんなララより強いんだから、困っちゃう」

 う、うーむ、なんだかあまり責められないような。

 というか、私のクジ運が良かっただけ?

「ま、そういう顔するな。ベスト16だぞ、ベスト16」

 三宅みやけ先輩はそう言って励ましてくれた。

 そう、なにを隠そう、この時点でベスト16なのだ。

 1年生だけだから、さすがに進行が早い。

「残ってるのは、どんなメンツですか?」

 私の質問に、三宅先輩はメモをひらりと投げた。

 レストランのテーブルのうえを、スーッと紙切れが走る。


挿絵(By みてみん)


 むむむ……半分以上知らないひとだ。

 三宅先輩はひとりひとりの名前を確認しながら、

裏見うらみの次の相手は、この16人のなかだと中の上だな」

 と告げた。私は自分がどのくらいの位置にいるのか質問した。

「裏見も……中の上かな」

 三宅先輩の答えに対して、穂積ほづみさんは、

香子きょうこが中の上って変じゃないですか? 関東代表なんですよ?」

 と疑問を表明した。

「ん、まあ……プロと同じで、男子のほうが層は厚いんだ。奥山は春の個人戦で当たりが悪かったし、明石あかしはわざと負けたっぽいからな。このへんも本気出してくるだろ」

 ふむ……参ったわね。自分でも分かってるけど、私が東日本の1年生代表に選ばれたのは、関東個人戦の男子ベスト8と女子の準決勝進出者までを枠にしたからだ。私が1年生のベスト5の実力だから、じゃないのよね。このあたりは自覚がある。

「というわけで、ベスト8めざしてがんばってくれ。頼んだぞ」

 裏見香子、頼まれました。

 とりあえずお昼ご飯を食べてチャージ!

 

  ○

   。

    .


「はじめまして、慶長けいちょう1年の日高ひだかです」

「裏見です」

 ちょっと強面の青年とあたってしまった。

 ごっついわけじゃないけど、どこかとっつきにくいところがある。

 慶長ってことは、三和みわさんや児玉こだまさんの後輩よね。

「裏見さん、東日本代表での勝利、おめでとうございます」

「あ、ありがとう」

「僕は個人戦ベスト16だったので、選抜枠に入れなかったんですよね」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………むッ。牽制してきた感がある。

 男子陣営は、あの選抜方法をよく思っていないのでは。

 とはいえ、そんなことでひるむ香子ちゃんじゃないわよ。

 私は駒を並べながら気合いを入れた。

 振り駒をして後手になる。

「対局準備の整っていないところは、ありますか?」

 2、3席ほど準備に手間取っていた。昼食明けだから、どうもごたごたしている。

「そろそろよろしいですか? ……それでは、対局を始めてください」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 おたがいに一礼して、対局開始。

 日高くんは初手を指した。

「7八飛」


挿絵(By みてみん)


 ぬおぉおお……いきなり挑発してきた。

 さっき矢追やおいくんがしてきたのと似た流れじゃない。

 とりあえず深呼吸。お茶を飲んで落ち着く。

「……8四歩」

 しばらく角交換をしない方針で。

 7六歩、8五歩、7七角、6二銀、4八玉、4二玉、3八玉、1四歩、1六歩。

 端の突き合いになったわね。ってことは、穴熊はなさそう。

「3二銀」

 2回戦と同じで美濃に組む。

 2八玉、3一玉、6八銀、3四歩。


挿絵(By みてみん)


 私は角道を開けた。この段階で交換させれば後手の手損になる。

「穴熊……は、さすがにないか。3八銀」

 5二金右、5八金左、2四歩、8八飛。

 日高くんは向かい飛車に展開した。

 私は6四歩で角の頭を狙いにいく。

 さあさあ、交換しないと先手はタダの向かい飛車になっちゃうわよ。

「2二角成」

 よし、ここまでは作戦通り。

「同玉」

「7七銀」


挿絵(By みてみん)


 これは……逆棒銀で来そうかな。あるいは、飛車交換を迫る8六飛狙い。

 8六歩は素直に同歩と取って、同飛なら8五歩で交換を拒否しましょう。

「6三銀」

 日高くんはノータイムで8六歩と突いた。

 Aクラスレベルの選手になると、序盤は思いっきりがいいわね。

 私も受けて立つ。

「同歩」

 同飛、8五歩、8八飛、7四歩、6六歩、4四歩。

 自然に盛り上がっていく。

「5六角」


挿絵(By みてみん)


 ちょっとひねってきた……いや、だいぶ、か。

 手なりで2三銀は、7五歩、同歩、8三歩と押さえられてしまう。

 かと言って、7筋を受けるのは3四角と飛び出される。

 このふたつを同時に受けるには――

「4三角」


挿絵(By みてみん)


 これだ。

 日高くんはムッと目つきをするどくした。

「やりますね……4六歩」

 当然4筋にプレッシャーをかけてくるわよね。

「8四飛」

 まずは飛車を浮く。これで7五歩〜8三歩はなくなった。

 並みの指し手なら、5六角の意味がボヤけて不利になるところだけど……さて。

 日高くんの反応は、私が思っていたよりも早かった。

「4五歩」

 すぐに交換か。代償を求めてきた感じ。

 同歩、同角、4四歩、6七角。


挿絵(By みてみん)


 撤退したわね。手応えを感じる。

 終盤で飛車成りからの4二歩、みたいなのは気になるけど、まだ先の話だ。

「7三桂」

 自然に進める。

 8七歩(先手は狙いが全部潰れた)、9四歩、4七金、3三銀。

 2三銀からの銀冠は放棄して、角の頭を守る。私のほうもすこしいびつだ。

 3六歩、4二金寄、2六歩、3二金上、2七銀、5四銀、3八金。


挿絵(By みてみん)


 さて、飽和したわけですが……どうしましょ。

 かたちはイイから攻めたいのよね。

 ここから発展させるとなると、1二玉からの串カツか穴熊くらいしかない。

 さすがにそんな悠長な囲いは先手が許してくれなさそう。

 私はお茶をひと口飲んで、長考に入る。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………むずかしいわね。

 私がメインで考えているのは、6五歩、同歩、7五歩の仕掛けだ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)

 

 同歩には6五銀と出て、6六歩に対して7六歩と打てば優勢。

 さすがにここまでうまくはいかないだろうから、7五歩、6六銀をメインで読む。

 以下、8六歩、同歩、6五銀、同銀、同角とか?

 ただ、これもあんまりしてこないかなぁ……6六歩、7六角と突っ込まれたとき、先手はいい気がしないと思う。というのも、角交換後に6五桂〜5七桂成〜7九角の両取りが成立してしまうからだ。

 というわけで、本命は6五銀出に7五銀。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 この飛車当たりが悩ましい。

 当然に引く一手……に見えるけど、そうでもない。放置して6六歩がある。以下、8四銀、6七歩成なら、次に5七と、同金、7九角の筋が出てくる。先手は銀がそっぽだ。

 全体的に後手持ちの展開が多い。じゃあ、なにに悩んでいるかというと、7五銀、6六歩に4九角と引かれるパターン。このとき、後手は速攻できる手がない。8一飛と逃がすことになる。つまり、先手に手が渡る。

 ここで日高くんがなにをしてくるか、よね。

 私はいろいろ読んでみて、大崩れはないと判断した。とりあえず打診する。

「6五歩」

 日高くんは姿勢を正した。カウンターの長考を始める。

 私が顔をあげてお茶を飲むと、周囲にはけっこうひとがいた。

 都ノみやこのの部員以外にも、三和さんと児玉さん(慶長サイド)、さらになにかメモっている全然知らないひとたちもいた。秋に当たるCクラスの偵察……かな?

 けっきょく、日高くんは2分ほどの考慮時間で同歩と取った。

「7五歩」

「6六銀」

 以下、予定通りに進む。

 8六歩、同歩、6五銀、7五銀。

「6六歩」

 私は飛車を逃げずに歩を打つ。

 日高くんも意表を突かれたわけじゃないらしく、30秒だけ追加して4九角と引いた。

 私はいったん飛車を8一にさがる。

「6四歩」


挿絵(By みてみん)


 ほぉ……そう来ましたか。

 けっこう悠長なのね、と言いたいところだけど、そこまでヌルい手じゃないはず。

 私のほうからは7六銀〜6七歩成あるいは8七銀成が見える。6三歩成、6七歩成、7三との攻め合いは、8七銀成から潰れてしまうはずだ。7二と、8八成銀、8一との取り合いもこっちがいい(7九飛と打ちおろすのが強烈で先手はもたない)。そもそも、7二とに飛車を逃げてもいいくらいだ。

 こんな潰れ方を30秒で選択したの? なんかあやしくなぁい?

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