122手目 不平不満
「え、私しか残ってない?」
私のすっとんきょうな声に、ほかの1年生はもうしわけなさそうな顔をした。
「すまん、2回戦で日センの奥山に負けた……」
「拙僧、1回戦でいきなり氷室くんに当たってしまいました」
「あたしは晩稲田の変なのに負けたぁ」
「みんなララより強いんだから、困っちゃう」
う、うーむ、なんだかあまり責められないような。
というか、私のクジ運が良かっただけ?
「ま、そういう顔するな。ベスト16だぞ、ベスト16」
三宅先輩はそう言って励ましてくれた。
そう、なにを隠そう、この時点でベスト16なのだ。
1年生だけだから、さすがに進行が早い。
「残ってるのは、どんなメンツですか?」
私の質問に、三宅先輩はメモをひらりと投げた。
レストランのテーブルのうえを、スーッと紙切れが走る。
むむむ……半分以上知らないひとだ。
三宅先輩はひとりひとりの名前を確認しながら、
「裏見の次の相手は、この16人のなかだと中の上だな」
と告げた。私は自分がどのくらいの位置にいるのか質問した。
「裏見も……中の上かな」
三宅先輩の答えに対して、穂積さんは、
「香子が中の上って変じゃないですか? 関東代表なんですよ?」
と疑問を表明した。
「ん、まあ……プロと同じで、男子のほうが層は厚いんだ。奥山は春の個人戦で当たりが悪かったし、明石はわざと負けたっぽいからな。このへんも本気出してくるだろ」
ふむ……参ったわね。自分でも分かってるけど、私が東日本の1年生代表に選ばれたのは、関東個人戦の男子ベスト8と女子の準決勝進出者までを枠にしたからだ。私が1年生のベスト5の実力だから、じゃないのよね。このあたりは自覚がある。
「というわけで、ベスト8めざしてがんばってくれ。頼んだぞ」
裏見香子、頼まれました。
とりあえずお昼ご飯を食べてチャージ!
○
。
.
「はじめまして、慶長1年の日高です」
「裏見です」
ちょっと強面の青年とあたってしまった。
ごっついわけじゃないけど、どこかとっつきにくいところがある。
慶長ってことは、三和さんや児玉さんの後輩よね。
「裏見さん、東日本代表での勝利、おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
「僕は個人戦ベスト16だったので、選抜枠に入れなかったんですよね」
……………………
……………………
…………………
………………むッ。牽制してきた感がある。
男子陣営は、あの選抜方法をよく思っていないのでは。
とはいえ、そんなことでひるむ香子ちゃんじゃないわよ。
私は駒を並べながら気合いを入れた。
振り駒をして後手になる。
「対局準備の整っていないところは、ありますか?」
2、3席ほど準備に手間取っていた。昼食明けだから、どうもごたごたしている。
「そろそろよろしいですか? ……それでは、対局を始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
おたがいに一礼して、対局開始。
日高くんは初手を指した。
「7八飛」
ぬおぉおお……いきなり挑発してきた。
さっき矢追くんがしてきたのと似た流れじゃない。
とりあえず深呼吸。お茶を飲んで落ち着く。
「……8四歩」
しばらく角交換をしない方針で。
7六歩、8五歩、7七角、6二銀、4八玉、4二玉、3八玉、1四歩、1六歩。
端の突き合いになったわね。ってことは、穴熊はなさそう。
「3二銀」
2回戦と同じで美濃に組む。
2八玉、3一玉、6八銀、3四歩。
私は角道を開けた。この段階で交換させれば後手の手損になる。
「穴熊……は、さすがにないか。3八銀」
5二金右、5八金左、2四歩、8八飛。
日高くんは向かい飛車に展開した。
私は6四歩で角の頭を狙いにいく。
さあさあ、交換しないと先手はタダの向かい飛車になっちゃうわよ。
「2二角成」
よし、ここまでは作戦通り。
「同玉」
「7七銀」
これは……逆棒銀で来そうかな。あるいは、飛車交換を迫る8六飛狙い。
8六歩は素直に同歩と取って、同飛なら8五歩で交換を拒否しましょう。
「6三銀」
日高くんはノータイムで8六歩と突いた。
Aクラスレベルの選手になると、序盤は思いっきりがいいわね。
私も受けて立つ。
「同歩」
同飛、8五歩、8八飛、7四歩、6六歩、4四歩。
自然に盛り上がっていく。
「5六角」
ちょっとひねってきた……いや、だいぶ、か。
手なりで2三銀は、7五歩、同歩、8三歩と押さえられてしまう。
かと言って、7筋を受けるのは3四角と飛び出される。
このふたつを同時に受けるには――
「4三角」
これだ。
日高くんはムッと目つきをするどくした。
「やりますね……4六歩」
当然4筋にプレッシャーをかけてくるわよね。
「8四飛」
まずは飛車を浮く。これで7五歩〜8三歩はなくなった。
並みの指し手なら、5六角の意味がボヤけて不利になるところだけど……さて。
日高くんの反応は、私が思っていたよりも早かった。
「4五歩」
すぐに交換か。代償を求めてきた感じ。
同歩、同角、4四歩、6七角。
撤退したわね。手応えを感じる。
終盤で飛車成りからの4二歩、みたいなのは気になるけど、まだ先の話だ。
「7三桂」
自然に進める。
8七歩(先手は狙いが全部潰れた)、9四歩、4七金、3三銀。
2三銀からの銀冠は放棄して、角の頭を守る。私のほうもすこしいびつだ。
3六歩、4二金寄、2六歩、3二金上、2七銀、5四銀、3八金。
さて、飽和したわけですが……どうしましょ。
かたちはイイから攻めたいのよね。
ここから発展させるとなると、1二玉からの串カツか穴熊くらいしかない。
さすがにそんな悠長な囲いは先手が許してくれなさそう。
私はお茶をひと口飲んで、長考に入る。
……………………
……………………
…………………
………………むずかしいわね。
私がメインで考えているのは、6五歩、同歩、7五歩の仕掛けだ。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
同歩には6五銀と出て、6六歩に対して7六歩と打てば優勢。
さすがにここまでうまくはいかないだろうから、7五歩、6六銀をメインで読む。
以下、8六歩、同歩、6五銀、同銀、同角とか?
ただ、これもあんまりしてこないかなぁ……6六歩、7六角と突っ込まれたとき、先手はいい気がしないと思う。というのも、角交換後に6五桂〜5七桂成〜7九角の両取りが成立してしまうからだ。
というわけで、本命は6五銀出に7五銀。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
この飛車当たりが悩ましい。
当然に引く一手……に見えるけど、そうでもない。放置して6六歩がある。以下、8四銀、6七歩成なら、次に5七と、同金、7九角の筋が出てくる。先手は銀がそっぽだ。
全体的に後手持ちの展開が多い。じゃあ、なにに悩んでいるかというと、7五銀、6六歩に4九角と引かれるパターン。このとき、後手は速攻できる手がない。8一飛と逃がすことになる。つまり、先手に手が渡る。
ここで日高くんがなにをしてくるか、よね。
私はいろいろ読んでみて、大崩れはないと判断した。とりあえず打診する。
「6五歩」
日高くんは姿勢を正した。カウンターの長考を始める。
私が顔をあげてお茶を飲むと、周囲にはけっこうひとがいた。
都ノの部員以外にも、三和さんと児玉さん(慶長サイド)、さらになにかメモっている全然知らないひとたちもいた。秋に当たるCクラスの偵察……かな?
けっきょく、日高くんは2分ほどの考慮時間で同歩と取った。
「7五歩」
「6六銀」
以下、予定通りに進む。
8六歩、同歩、6五銀、7五銀。
「6六歩」
私は飛車を逃げずに歩を打つ。
日高くんも意表を突かれたわけじゃないらしく、30秒だけ追加して4九角と引いた。
私はいったん飛車を8一にさがる。
「6四歩」
ほぉ……そう来ましたか。
けっこう悠長なのね、と言いたいところだけど、そこまでヌルい手じゃないはず。
私のほうからは7六銀〜6七歩成あるいは8七銀成が見える。6三歩成、6七歩成、7三との攻め合いは、8七銀成から潰れてしまうはずだ。7二と、8八成銀、8一との取り合いもこっちがいい(7九飛と打ちおろすのが強烈で先手はもたない)。そもそも、7二とに飛車を逃げてもいいくらいだ。
こんな潰れ方を30秒で選択したの? なんかあやしくなぁい?




