八十二話 エピローグ② アメリアと。システィアと。
ミスレナ商国にて開催されていた武闘大会も恙無く終了し、スェベリアに帰国した私とヴァルターは頼まれていた『千年草』を抱えてある場所へと訪れていた。
やって来た先はもちろん、
「やあやあ。待ってたよ、お二人さん」
〝北の魔女〟という異名で知られる人物————システィアの下である。
相変わらず病的なまでの濃いくまを目の下に拵えていた彼女は椅子に座り、何やら作業をしていたが、その手を止めて立ち上がる。
「で、頼んでおいた『千年草』は……っと」
そして、採ってきた『千年草』を抱えていた私と目が合う。
「うんうん、それそれ。流石は陛下。助かるよ」
渡してくれと言わんばかりに、手を差し伸ばされたので私はシスティアに抱えていた『千年草』を手渡す。
すると程なく、
「その様子を見る限り、ワタシからのお駄賃は気に入って貰えたようだねえ」
「……お駄賃?」
そんな言葉がやってきていた。
ヴァルターと私の顔を見比べながら何より何よりと、笑みを深めるシスティアであったが、何の話なのかが私にはてんで分からなかった。
しかし、どうにもシスティアの言葉の意味をヴァルターは理解をしていたのか。
横目で確認をすると、あからさまに彼の表情は険しいものへと一変してしまっていた。
「……フォーゲルに何がいたのか思い出してみろ」
頭上に疑問符を浮かべていた私を見かねてか、ヴァルターにそう言われ、思い返す。
フォーゲルには頼まれていた『千年草』を採りに向かい、そして、その道中に〝亡霊〟と出会った。後は、忘れもしないムカつく連中——〝華凶〟と遭遇したくらい。
と、己の考えを纏めたところで言葉が割り込んだ。
「どうせシスティアは、フォーゲルに〝華凶〟が潜んでいると知っていたから俺達を向かわせたんだろう」
……相変わらず気に食わんヤツだ。
言葉にこそされていなかったけれど、いつになくぞんざいな物言いからその感情は容易に汲み取る事が出来た。
「……いえ、ですが、」
だけど、素直にその事を認めることはできなかった。幾ら何でもそれは深読みをし過ぎなのではないのか。そう口にしようとして、
「前にも言った筈だ。〝北の魔女〟は伊達じゃないと。……それに、これまでにも何度か似たような事があった。俺に言わせれば、今更でしかない」
ヴァルターが並々ならぬ執着心を〝華凶〟に抱いていると見越した上で、あえて〝華凶〟のいるフォーゲルに自生する『千年草』を採ってきてくれと私達に頼んでいたのだと、彼は平然と口にする。コイツはそういうやつだ、と。
でも、そうであると仮定したならば、システィアが私達にお駄賃と言った事にも辻褄が合った。
……だけど、その場合、今度は違う疑問が浮かび上がってしまう。
〝北の魔女システィア〟がヴァルターにそこまでして恩を売ろうとする理由とは、一体何なのだろうか。
「そういう事。だからお嬢さんがそんなに深刻そうな顔をする理由は何処にもないってわけだ。ワタシの気まぐれは今に始まった事じゃあないからねえ」
……顔に出てしまっていたらしい。
「それに、心底信じられなくなった時は、斬れば良いだけの話だよ」
そうだろう? と首を傾げて私に同意を求めるシスティアの反応に、少しばかり困る。
私の役目はヴァルターを守る事。
だから、システィアが害を与える存在であるならば、剣を抜くことも吝かでもなかった。
だけど、何も起こっていないどころか、ヴァルターの言葉が真に正しいならば彼女は間違いなく恩人だ。
にもかかわらず、本人を目の前にして、いざというときは斬ると口にする事は流石に憚られてしまう。
「……こいつを本気で相手にすると疲れるだけだ。話半分に聞き流しておけ」
そんな折、側から呆れ混じりのアドバイスがやってくる。事実、ヴァルターは一切相手にしておらず、今にも帰らんとばかりに出口へ向かい始めていた。
以前やってきた時もそうだったが、ヴァルターはあまりシスティアが好きではないのだろう。
……ううん。一緒に行動してるから忘れがちになってるけど、ヴァルターって大の人嫌いなんだった。
と、私はふと思い出す。
「はぁあ。陛下は相変わらずツレないねえ?」
システィアがそう言う。
でも、言葉とは裏腹にその声音からは、楽しさのような感情が見え隠れしていた。
……付き合ってられん。と、小声で呟きながら頭を一度振った後、ヴァルターはなげやりに
「頼まれていたものはもう渡したんだ。文句はないだろ。俺は帰らせて貰う」
長居しても時間を無駄にするだけ。
そう決めつけてか、ヴァルターはそのままドアを押し開けて出て行く。
「……ちょ、っ、陛下っ」
〝華凶〟の討伐に一役買ってくれたのだから、お礼の一つでも言ったら良いのに。
そんな事を思いながらも、私は慌ててヴァルターの後を追いかけようとして。
「————あ、ちょっと待ってよ。混ざりもののお嬢さん」
「……?」
どうしてか、引き止められる。
そして同時、まただ。という感想を抱いた。
以前会った時も、どうしてか私は「混ざりもの」と呼ばれていた。
その時はあまり気にはしていなかったんだけれども、どうして私が「混ざりもの」なのだろうか。気にならないといえば、嘘になる。
「そういえば、まだキミにはお礼をしてなかったと思って。陛下へのお駄賃はアレで良いとして、でも、『千年草』の採取にはキミも一役買ってくれたんだよねえ? だったら、ワタシはキミにもお礼をしなきゃ」
そして、一拍、二拍と空白の時間が過ぎ、
「でも、キミへのお礼と言っても一体、何が良いのか思いつかなくてねえ。だから、さ。陛下がいると邪魔されそうだったし、一人になった時に訊こうと思ってたんだよ。キミは、何が知りたいのかなってねえ」
どういう事だろうか。
「陛下が五年前にワタシの下を訪ねてきた理由。ワタシがキミを『混ざりもの』と呼ぶ理由。何でもいい。これはワタシからキミへのお礼だから言葉通り、何でも答えてあげよう」
彼女の表情が、喜色に笑む。
……嗚呼、そういう。
システィアが何を言いたかったのか。
それを理解する。そして、であるならば、やはり私は首を横に振らなければいけない。
「いえ、そういう事であれば結構です」
「おや。それはまた、どうして」
不思議そうに見つめられる。
きっとその理由は、私が彼女の言葉の数々に疑問を抱いていた事を見透かしていたからだ。
ただ、それでも私が断ったワケは、決して謙虚になりたかったわけでも、興味がなかったからでもない。
システィアはお駄賃と言った。
であるならば、私もヴァルター同様に、既に貰っている。
だから、断ったのだ。
「既に貴方の言うお駄賃を私も貰っているからです」
それはつまり、〝華凶〟と引き合わせてくれた事こそが、今回引き受けた頼み事に対する報酬である。という事実の肯定であった。
「…………」
私のその発言を受けて、システィアの唇が真一文字に引き結ばれる。
「それに、本当に知らなきゃいけない事はどれだけ避けようときっと、嫌でも知る日がくる事でしょう」
それこそ、今日ここでシスティアに色々な事を尋ねずとも、知る必要がある事柄はどうやっても知る羽目になるだろう。前世の時も、そうだったから。
だからあえて、無理に知る必要はないと思った。
「まぁ、うん。そうだねえ」
「だから、遠慮しておきます。それに、たとえどんな理由や事情があれ、今で十分すぎるほど満足していますので」
今の私は、ヴァルター・ヴィア・スェベリアの護衛であり、女官。
それ以下でも、それ以上でもない。
だから、これで良いのだ。
……と、そんな事を私が思っていると、
「ふふっ、ふふふっ、成る程。成る程ねえ」
何故か笑われた。
「ま、そういう考えもあるかなあ。知る気がないのなら、それはそれでいいんだろうねえ。うん。それに、考えてもみれば確かにそれは実に、キミらしい」
どうしてか、私らしいと言われる。
顔を合わせた事なんて、これが二回目でしかないというのに。
もしかして、私が気付いていないだけで何処かで会った事があっただろうか。
と、考えを巡らせても、やはり覚えがなく、システィアの言葉に対する違和感は拭えなかった。
「ごめんよ、引き止めてしまって。ワタシの用事は済んだから、早く陛下を追いかけてあげてくれ」
その言葉で、我に返る。
そういえば、ヴァルターのやつ、一人でさっさと出て行ったんだった。
「……失礼します」
礼を一度。
次いで私は踵を返し、慌ててヴァルターの後を追いかけんと、駆け出した。
————事なかれ主義というか。欲がないのは相変わらずだねえ。アメリア。
その際、どうしてか。
近くにヴァルターはいないのに、私の名を呼ばれたような、そんな気がして。
……不思議と無性にそれが、何処か懐かしく感じた。
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