八十一話 エピローグ①
「『さぁっ!! 武闘大会も大詰めッ!! 残すところこの決勝戦のみとなりましたッ!!』」
拡声器に乗せられた声が大きく場に轟く。
〝華凶〟との一件から約2週間後。
ミスレナ商国を訪れる事にした本来の目的である武闘大会。その様子を、私はヴァルターと共に観客席で眺めていた。
どうにも、ユリウスは別の用事が出来てしまったらしく、武闘大会の観戦には結局、最初から最後までこなかった。
一体、何をしてるのやら。
そんな事を考えている折、すぐ側から声が掛かる。それは、ここ2週間ですっかり親しみ深くなった声であった。
「や。隣良いかな」
私に声をかけた者の正体は、ギルドランク〝A+〟で知られるアクセアさんであった。
「ええ。どうぞ、アクセアさん」
快く許可をすると、それじゃあ失礼して。
と言って彼は私の隣の席に腰を下ろした。
「にしても、惜しかったですね。あの一戦に勝ててさえいれば、決勝戦に進めていたのに」
十数分前の出来事を振り返る。
この武闘大会には、アクセアさんや彼のパーティーメンバーであるレゼルネさん達も参加しており、つい先ほど準決勝にてアクセアさんは敗れてしまっていた。
相手の名は、ジョン・ドゥ。
鉄製のヘルムを被った大柄な男であった筈だ。
……恐らく偽名なんだろうけれど、顔をヘルムで隠しているあたり、何か訳ありの人物なのかもしれない。
「……まぁね。二つ名が付けられてる人物とは一度、手合わせをしてみたかったんだけども、今回は運がなかったみたいだ」
アクセアさんを倒し、決勝戦に進んだジョン・ドゥの相手は灰色髪の男であった。
名前は、バミューダ。
『豪商』エドガーの護衛役として雇われている人間らしい。
〝血塗れのバミューダ〟という二つ名で知られた傭兵であると数分前、実況者らしき人物が軽く紹介してくれていた。
「大鎌とは珍しいですね。あんな使い辛い武器を好んで使う人がまだいただなんて」
大鎌の全長は2メートル程だろうか。
刃の部分だけでなく、柄までも全てが黒塗りにされた鎌であった。
「ところで、フローラ達はメセルディア卿とは一緒じゃないんだね」
珍しそうに、アクセアさんが言う。
基本的にここ2週間は私とユリウス。そしてヴァルターの3人で常に行動する羽目になっていた。
偶に私が1人になる事はあっても、ユリウスとヴァルターはどちらかが一人でいる場面に出くわしたのは私でさえも数回あるかないか。
だから、彼が珍しがるのも無理はなかった。
私だってこんなにも長時間、あのユリウスがヴァルターの側を離れている事には疑念を抱いている。本当に、何をしているんだか。
「どうにも、用事があるらしく武闘大会が始まる直前から何処かに行っちゃってて」
「…………用事、か」
どうしてか、アクセアさんの表情が途端に険しくなる。まるでそれは、ユリウスの行き先に心当たりがある。そう言わんばかりの様子であった。
「あの、スェベリア王」
何を思ってか。
今度は私でなくヴァルターに声をかける。
「なんだ」
「もしかして、あのジョン・ドゥという甲冑男、その正体はメセルディア卿ではありませんか」
そんなまさか。
ユリウスは武闘大会なんて俗な催しに興味はないだろうし、何より、私と同様、見せ物になる事を嫌う側の人間である筈だ。
だから、確かに体格は似ていると思ったけどそれだけはあり得ないと私は即座に否定する。
けれど、肝心のヴァルターの口からアクセアさんの質問に対する返事が中々やって来ない。
十秒、二十秒と沈黙が続き、そして漸く
「……事情があるんだ」
少しだけ気まずそうな表情で、ヴァルターはアクセアさんの質問に対し、不承不承と言った様子で肯定をした。
「……2週間前。〝華凶〟の下に俺とユリウスが駆けつけただろう。あれはとある人物からの情報提供のお陰で駆けつけられたんだ。……数日前にその借りを返せと言われてな。やむなくだ」
他国とはいえ、国王陛下であるヴァルターに真正面切って借りを返せとは中々に根性がある人だなと思ったのも刹那。
「なんと、情報を提供してくれた人間がユリウスに個人的な恨みがあったらしくてな。あいつが武闘大会だなんてイベントに参加する事を嫌うと知った上で、ユリウスを参加させてくれれば、あの時の事はチャラにすると言ってきたんだ」
ユリウスに個人的な恨みがある。
その一言のおかげで、何となく事情が見えてきた。この2週間は殆ど、私はユリウスとヴァルターと行動を共にしていた。
だから、新たに恨みを買うなんて出来事に見舞われていない事を知っている。
だとすれば。
きっと、その借りを返せと言ってきた人物は、終始、ユリウスをクソ野郎呼ばわりしていた何処ぞの酒場の店主ではないだろうか。
であるならば、ユリウスが嫌がる事を熟知していた事にも頷ける。
何かとミスレナにやって来る以前にユリウスのせいで痛い目を見ていた私的には心の底から良くやってくれたと称賛の言葉を送りたい。
流石はリッキーさん。
「勿論、俺は恩讐は忘れない人間なんでな。恩にはちゃんと報いる事にした」
————おいいいいぃぃぃいい!? オイッ、ヴァル坊!? てめ、ふざけてんじゃねえぞ!? なんでリッキーの言う事聞くんだよ!! そこは頷くとこじゃねえだろうがよおおおおォ!!
……なんか幻聴みたいなものが聞こえたような気がしたけどきっと気のせいだろう。
でも、きっとそんなやり取りがあったんだろうなあって事は容易に想像がついてしまった。
「……陛下、ちょっと笑ってます。ユリウス殿が見てたらめっちゃ暴れてますよきっと」
なんか義理堅い良い人感溢れるセリフを口にしてるけど、ヴァルターがめちゃくちゃ現状を楽しんでる事は火を見るより明らかであった。
相変わらずの性悪っぷりである。
「それにしてもアクセアさんもよく分りましたね。あの甲冑男がユリウス殿って」
「……まあ、僕、瞬殺されたしね。あんな事が出来る人間が何人もいたらそれこそ自信無くすから」
言われてもみれば、さっきのアクセアさんの試合時間は十五秒くらいだった気がする。
ヴァルターが溜まりに溜まっているであろう政務をどうやってハーメリアに押し付けるか。
などと、本気で悩んでいたので頑張って説得してるうちに確か試合は終わってたっけ。
「でもまあ、決勝の相手はあのバミューダだ。僕の時のようにはいかないだろうね」
「……そんなに強いんですか? あのバミューダさんって人」
私がそう尋ねたのが意外だったのか。
心底驚いたような表情を向けられる。
最近、ヴァルターの女官をするようになって他国の知識をつけ始めたけれど、人に関する知識は17年前でぴたりと止まってしまっている。
なので、私がバミューダという名前に心当たりがないのはある意味当然であった。
「通称————〝血塗れのバミューダ〟。本当かどうかはさておき、5年ぐらい前に傭兵として参加した戦地にて、一人で千人近く敵兵を殺したらしいよ。それで付けられた名が、血塗れ」
アクセアさんの話を聞く限り、あの大鎌使いの方は随分と強い人らしい。
「メセルディア卿が強い事は僕も知ってるけど、相手はあの血塗れだ。もしかすると、って事もあるかもしれないね」
少しだけ、ヴァルターとは違う意味で楽しそうな表情を浮かべて言葉を口にしていた。
まあ、折角の催し。
ワンサイドゲームほどつまらないものもないだろう。だから、アクセアさんの気持ちもよく分かるところであった。
それに、二つ名持ちといえば、以前リッキーさんの前で名前を挙げた〝貪狼ヨーゼフ〟だってその一人だ。
バミューダもそのうちの一人と考えれば、ユリウスが負ける可能性だって割と高いのかもしれない。
「……成る程」
だとすれば、面白いものが見られるかもしれないなと思い、私は隣で座るヴァルターに一つ、尋ねてみる事にした。
「じゃあ、陛下はどっちが勝つと思います?」
「ユリウス」
即答だった。
「馬鹿にする気はないが、所詮は商人の護衛だ。才能や技量もそうだが、何より潜ってきた修羅場の数が違いすぎる」
だから相手にならんと、ヴァルターは逡巡なく言い切っていた。
なんだかんだと彼が一番実力を信頼しているのはユリウスだろうし、ヴァルターに尋ねればそう返って来るのが当然か。
そんな事を思いつつ、意地悪する割に、やっぱり結局、明確な言葉にこそしないけれどユリウスの事を心底信頼しているヴァルターの姿が微笑ましくて。
「確かに、それもそうですね」
破顔しながら私はヴァルターの言葉に同意をした。








