七十六話
「……あぁ、もう」
協調性なんてものにハナから期待はして無かったけれど、自分勝手にも程がある。
己の立場ってものをやっぱり理解してないよコイツ。
などと胸中で愚痴りながらも、私はもう一度、剣を握る右手に力を込める。
そしてため息混じりに、
「ま、何となくこうなる気はしてましたけどね」
ヴァルターに背を向け、そして再び剣を振るう。刹那、生まれる火花。響く衝突音。
程なく、闇に身を溶け込ませ、機を窺っていたにもかかわらず、当然のように私に防がれた事実が信じられなかったのか。
一瞬だけ姿が視認出来た仮面の男は「……これを防げちゃうんすか……ッ!?」などと声をもらす。
「————っ、」
「これでも何度か貴方達みたいな人と私、戦った経験があるので」
だから、同じ手口の奇襲は通じないよと言ってやる。なにせ、そのお陰で十分過ぎるほど、痛い目をみた。同じ技に二度もやられてやるほど、私も馬鹿じゃない。
「冗談……!!」
信じられないと言わんばかりの言動。
しかし、それでも必殺を期した一撃が防がれたという事実に変わりはないと冷静に判断したのか。仮面の男はそのまま飛び退いて後退。
やがて、キィン、と魔法発動の兆候でもある甲高い音と共に視界に映り込む白色の魔法陣。
どうにも、暗殺者のナリをしておきながら彼は魔法使いでもあったらしい。
そんな感想を抱いているうちに魔法陣が完成。
そしてそれを私は目視。
どういった魔法陣であるかをこれまでの経験から導き出し、頭の中で理解。
「天貫け————!!」
魔法の行使を試みる仮面の男を見遣りながら、私もそれに対抗するように、白い魔法陣を足下に浮かばせる。狙ってやった事だから当然なんだけれど、それは仮面の男が浮かばせた魔法陣と遜色ないもの。
……そんな馬鹿な話があるものかと。
仮面越しにも、その動揺は手に取るようにわかったけれど、出来ちゃうんだから仕方がないじゃんと胸中で言い訳。
直後、紡がれる魔法。
まるで生き物のように洞の表面がボコボコと音を立てて変形。
やがて突出し、槍のような形を形成したのち、
「ッ、————大地の槍〟————ッ!!」
紡ぎ終わる魔法発動の言葉。
心なしその一言に、ほんの僅かな逡巡が入り混じっていたが、それでもやはり、一瞬のうちに模倣を終えて対抗するなんて行為はあり得ないと。
己にとっての常識が後押ししたのだろう。
でもそれは、私に言わせれば間違いなく悪手であった。
「〝大地の槍〟」
彼に続くように、私も魔法を紡ぐ。
そしてそれは、彼と殆ど同じ魔法。
ただ、一瞬で見て模倣したが為に若干の違いはあるがそれでも、言葉と共に私達目掛けて撃ち放たれた槍に対抗するように、私が生み出した〝大地の槍〟が迎え撃つ。
間もなくぶつかり合い——綺麗に相殺。
壮絶な衝突音の後にはパラパラと、砂煙が僅かに舞うのみ。
「…………」
生まれる一瞬の静寂。
そして、驚愕でもしていたのか。
身体を硬直させる仮面の男であったが、それも刹那。その姿は一瞬にして掻き消える。
一定間隔で聞こえてくる接地の音。
肉薄を試みたのだと理解。
やがて瞬く間に生まれていた距離をゼロへと変えられ、私に迫る銀の軌跡。
なれど、
「攻撃が直線的過ぎるんですよね」
バレバレの脳天目掛けた一撃に対して、私は身を翻す事で危なげなく回避。
続けて二度、三度と剣を振るわれ、それらに対して的確に防いでみせたところで仮面の男は何を思ってか、再び私から距離を取った。
「は、ははっ……」
引きつったような苦笑いが仮面越しに聞こえてくる。
「……あんた、一体何者なんすか?」
程なく投げ掛けられる問い。
そこに秘められた感情は、嫌悪か、困惑か。
何にせよ、負の感情に近い何かである事に変わりはなかった。
「さっきまでのやり取りでそれなりに理解したんすけど、魔法や剣の技量は勿論の事。あんたを支えてるその精神性。邪魔をするなら容赦なく殺すっつー姿勢はどちらかといえば裏の人間側に近い。にもかかわらず、新参であるはずのあんたはそこの王様から全幅の信頼を置かれてる。このオレですら、あんたの事は得体がしれねえと思ってんのに、だ」
恐らく、事前にヴァルターの事に関しては情報を集めていたのだろう。だとすれば、私が新参だなんだと知っている事にも納得がいく。
仮面に遮られているせいで、分かり辛くもあるけれど、彼のその視線はヴァルターを一顧だにせず、私にのみ注がれていた。
「何者なんですかって、どうせ既に調べ終わってるんでしょう? それが答えですよ」
「その上で、分からねえから聞いてるってあんたも分かってんでしょうに」
無駄に質問を繰り返させるなと責められる。
しかし、そうなると彼が納得出来る答えというやつは何処にも転がっていないという事になってしまう。
死んだ筈の人間が気が付いたら転生していた。
なんて話を誰が信じると言うのだろうか。
きっと信じる人間は……ヴァルターとか意外と信じてそうなのでこれ以上は考える事を私は放棄した。
「こうして話してるとより顕著に分かっちまうんすけど、一見、隙だらけに見えて油断や慢心は何処にも欠片すら見当たらねえ。どんな人生を送ってりゃ、その歳でそうなれるんすかねえ……?」
そりゃ勿論、油断をしていないのは〝華凶〟に私は一度殺されたからだよと心の中で返事をする。
己を殺してくれた相手に対して、どうして無防備に、無警戒に対応してやらないといけないのか。そんな当たり前の事を聞くものだから、私は白けたように表情を消した。
その反応に、これ以上、この話題を続けてはいけないと思ったのか。
唐突に投げ掛けられる言葉の話題が変わる。
「時に、あんたはどうしてそいつを守ってるんすか?」
「守っちゃいけないんですか?」
「いやいや、別にそうは言ってねえっすよ。ただ、あんたはそこの王に特にこれといった義理は抱いてねえでしょうに。なのにどうして守ってんのか気になったんすよ、フローラ・ウェイベイアさん?」
名前を言い当てられる。
しかし、動揺はなかった。
相手はあの〝華凶〟。
情報に関しては抜かりはないだろうし、そもそも知られて当然であると思って考えていたから、私が声に出して驚くこともない。
「それを貴方に言う必要が何処にあります?」
罪悪感があーだこーだと誰かに聞かせるつもりはないので、たとえここで「ある」と言われようが、そんな事知るかバカ! で済ませるつもりだった。
けれど、仮面の男はその私の反応を公言出来るほど確固たる揺るぎない理由はないと判断してか
「————金貨六千枚」
突如として、彼はそんな事を宣った。
「下手すりゃ城ひとつ丸ごと買えちまうようなこの額が、何を表す金額かご存知で?」
「さあ?」
「あんたが守るそこの王様に、裏で付けられてる懸賞金。その総額っすよ」
そう言われ、私が初めに抱いた感情は随分とヴァルターのやつ、やんちゃしたんだなあ。
で、あった。
王位継承の際に、色んな方面から恨みを買ってしまっていると既に知っていたし、だからこそ、その繋がりで多くの人間から恨まれていようが別段、驚くような事でもない。
それに、武が突出し過ぎているが故にヴァルターに対してのみ、武力的な脅しは一切通用はしないので恐らくここ近年では例を見ないほど扱い辛い王であることは言わずもがな。
退位して欲しいと願う人間が一定数存在するのは考えるまでもなく明らかであった。
「で、それが何なんですか?」
「いや、率直に疑問に思っただけっす。なにせ、特にこれといってそこの王様に恩義もねえ筈のあんたが、実の肉親である大叔父を殺した奴にどうして付き従ってんのか。それが理解出来ねえんすよ」
予期せぬ情報に、少しだけ眉根が寄る。
ただ、この場合はフローラ・ウェイベイアにとっての大叔父なのだろう。
「その様子を見る限り、知らなかったみたいっすねえ? それとも、あえて伝えられてなかったんすかね?」
神経を逆撫でてくる気味の悪い声が聞こえる。
仮面の男の声は、喜色に弾んでいた。
確かに、私が本当にフローラ・ウェイベイアであるならば、その一言は致命的な一撃になり得たかもしれない。
だけど、この場にいるのは17年前の当時を知る人間である私。フローラ・ウェイベイアであって、フローラ・ウェイベイアでないような曖昧な存在だ。
故に、ヴァルターの性格は勿論、彼が大勢の身内や貴族を排除した事も、アレばかりは仕方がない事だと私は既に答えを出してしまっている。
当時の上層部連中に、腐った奴が多かった事も。中立を貫いていたハーメリアのような人間が重用されている事も。私は全部知ってる。
ヴァルターが、意味もなく誰かを殺すような人間でない事も。ぜんぶ。
「あんたの大叔父を殺したのは他でもねえ、そいつっすよ?」
だから、なんだというのか。
喉元につきつけられた言葉をどこまでも私は軽んじる。そして、侮蔑する。そんな言葉には何の意味もないのだと言わんばかりに。
「下手すりゃ、あんたの身内はその王がいる限りまだ殺されるかもしんねえ」
あー、あー。煩い煩い。
色々と限界が近いから黙ってくれないかなぁといくら私が思おうと、仮面の男は口を閉じない。
それどころか、捲し立てる始末。
「だというのにあんたはそんなロクでもねえ王に付き従ってるってわけだ。守ってるわけだ!」
感情任せに叫ばれる。
あと一押し。
もしかすると、そんな下らない事でも考えているのかもしれない。
閉口をして、その突きつけられた事実に対して葛藤の感情が頭の中に渦巻き、硬直している。
傍から見たら今の私はそう見えるかもしれないけどその実、心の中では早く黙らないかなとしか思っていない。というより、最早言葉に耳を貸してすらなかった。
そもそも、あの時の事を何も知らない奴が語ったところで私の琴線には一切響かない。
私は、私が正しいと思う道を貫くだけ。
だから。
だからいい加減、そろそろ黙れよ。
「浮かばれねえっすねえ!? あんたの大叔父も!!!」
威勢よく鼓舞するように叫ばれた後、仮面の男の空いていた左手が懐に伸びる。
取り出した物は、短剣だろうか。
そして、会話を挟む事で揺さぶり、私の隙を突こうと試みた仮面の男に対して、明らかにそれと分かる嘲弄の感情を貼り付けた表情を向ける。
「元気いっぱいに叫んでくれてるところ悪いんだけど……あのね、そもそもそんな事は私の知った事じゃないんだ」
詰まる間合い。
誰に聞かせるわけでなく、そうひとりごちながら、私は力いっぱいに剣の柄を握り締める。
「—————ッ!!!」
肉薄し、迫り来る仮面の男の姿を見据える私に対して毒か何かが塗りたくられたナイフが投擲される。けれど、それを難なく私は叩き落とし、そのまま袈裟懸けに、一閃。
色々と聞かされて苛立っていたからか、剣線が弧を描くその速度はここに来て最速。
満足に対応できなかった仮面の男の手から剣が弾かれる。
それを好機と捉えて私は続け様に一閃。
男の身体から、赤い飛沫があがる。
「っ、ぁぐ、ッ!?」
追い討ちをかけるようにそのまま二撃、三撃と、斬りつけた場所をなぞるように斬り上げ、再び袈裟に斬り下ろす。
「それに、本当にロクでもないヤツならハーメリアやユリウスからあんなに世話を焼かれるわけないし」
サテリカの王や、スェベリアの騎士達の反応を見ればよく分かるけど、本当に救えない暴君のような王様であるならば、間違ってもあんな対応はされない。
当初、私に食ってかかって来ていたライバードさんなんて、ヴァルターに思いっきり意見してたし。暴君なら間違いなく打首死刑ものである。
てか、そもそも。
「というか、もう知ってるかもしれないけど、私、〝華凶〟の事大っ嫌いなんだよね。一人残らずぶっ殺しときたいくらいに」
勿論、私怨100%の恨みである。
「だから————貴方はここでさようなら」
苦悶の声を上げる仮面の男に対して私は無情に頭部目掛けて刃を振り下ろす。
その瞬間、苦し紛れに何か言葉を漏らしていたような気がしたけれど。
「……ごめんね。今、なんか言った?」
最早、言葉に耳を貸す気はなくて。
前のめりに崩れ落ちる仮面の男に向かって、そう言葉を吐き捨てた。








