七十話
「……貴方の正体があのスェベリア王であった時点でそっちの騎士さんの正体については大方の予想はついてたけど、まさかユリウス・メセルディアだったとはね」
ぎこちない様子で、アクセアさんは微かに震え、驚愕に大きく目を見開いていた。見るからに居心地が悪そうにしている。
……そんな大仰な反応を見せる程、ユリウスは大物じゃないと思うけどなあと、思うも刹那。
驚く程の事ですか? と、小首を傾げる私に対して、アクセアさんはそんな内心を見透かしてか、説明をしてくれる。
「……メセルディア卿に限らず、スェベリアの騎士団の長を務める人間に尋常な人間はいないよ」
「……まぁ、それは分からないでもないんですけどね」
私にとってのスェベリアの騎士団長といえば〝怪傑〟などという見るからにヤバそうな雰囲気しか感じられない二つ名を付けられていたアハト・ユグリアーテただ一人。
そんな彼は、周りから色々とヤバイ奴扱いされていた当時の私をして、〝超ヤバイ人〟という認識に落ち着いてた人間である。
故に、ユリウスは兎も角、アクセアさんのその言葉には頷ける部分があるのもまた事実であった。
とはいえ。
「ただ、それよりも私は言わなきゃいけない事が一つあったんでした」
そう述べてから私はヴァルターに向き直る。
「別行動って聞いてたんですけど?」
「偶々行き先がバッティングしただけだ」
「ユリウス殿は追い掛けてきたと言わんばかりの言い草でしたが?」
「……そうだったかもしれない」
致命的なまでに嘘がド下手である。
「……はぁ」
思わずため息を一つ。
「別に私、助けてくれと一言も言ってません」
「そうだな」
「陛下は王ですよ? ……ご自身の立場をきちんと弁えて下さい。今回の件は心配いりませんから。それと、ユリウス殿もユリウス殿です。ハーメリア卿から頼まれた護衛なんですからちゃんとその役目を果たして下さい」
だから、ほら。
助力とかそんなの良いから。
宿に帰った帰ったと私は彼らに促す。
何より、今回はあの〝華凶〟絡みだ。
〝北の魔女システィア〟から千年草の採取を頼まれているとはいえ、どうしても現状だと危険が付き纏ってしまう。
「特に、今の時期のフォーゲルは危ないですし、陛下はお戻り下さい。こういう危険が伴う行動を率先してこなす為に、臣下がいるんですから」
だから、〝千年草〟の件は安心して私に任せて。と、言ったところで何故かユリウスの声が聞こえた。
————見事と言う他ねえな。的確にヴァル坊の地雷踏みやがったよ。この嬢ちゃん。
それは何処か、同情めいた感情が内包された言葉であった。
そして程なく、
「————は?」
底冷えした低音が、私の鼓膜を揺らす。
それは本当にヴァルターの声なのかと、思わず疑ってしまう程、普段とは乖離したものであった。感情の削げ落ちた声を前に、私の思考も一瞬ばかり真っ白になる。
「……俺にとっての臣下とは、背を任せられる者の別称だ。側にいる事を許容した人間だけを、俺は臣下と認識している」
その言い方だとまるで、スェベリアの騎士を始めとした兵士の大半が臣下でないような言い草ではないか。それは幾ら何でも無いんじゃないのか。
そう言おうとして。
「————その通りだが?」
表情から判断したのか。
勝手に内心を見透かされた。
……だから心を読むなって。
「あいつらの大半はスェベリアの騎士や兵士であるが、俺の臣下ではない。……生まれが生まれだからか、どうにも俺は人を信じるという事が絶望的なまでに苦手でな。お陰でロクに己の護衛すらつけられない始末だった」
それは、知ってる。
意外だ。どうして。なんで。と護衛に突然指名された私は色んな人から好奇の視線にこの数ヶ月間晒されていたから。
「だからこそ言おうか。俺の臣下が少しでも危険な目に合うかもしれないと知ったならば、俺は何があろうと駆け付ける。お前は知らないだろうが、ヴァルター・ヴィア・スェベリアはそんな救えない馬鹿なんだ」
……自覚してるのなら、やめてくれ。
それが私の本音であったけれど、理屈をいくら並べ立てたところできっとヴァルターは納得しないだろう。私の言葉を微塵も受け取る気がない事は最早、明白であったから。
「諦めろ嬢ちゃん。こうなっちまったらヴァル坊は何を言おうと耳を貸そうともしねえ」
テコでも動かねえんだよと、私とヴァルターのやりとりを見ていたユリウスが呆れまじりに言う。
そして。
「これでもそれなりに名を轟かせた身。足手纏いになる気はない。それに、〝華凶〟は俺にとっても因縁ある相手だ。不穏分子はさっさと潰しておきたい」
だから引く気はないと。
……どこから情報を得たのかは知らないが、どうやらヴァルター達もフォーゲルに〝華凶〟の連中が潜んでいる事を知っていたらしい。
「背中は任せろ、フローラ・ウェイベイア」
不敵に笑いながらそう告げるや否や、私は嘆息し、諦めた。
これは私に説得は無理だ、と。
そもそも、ユリウスが投げてしまってる時点で薄々そんな気はしてたんだけれども。
「アクセアさん」
「……うん?」
「ここは、二手に分かれましょう」
すっかり蚊帳の外になっていたアクセアさんの名を呼んだ。
その理由は、ヴァルターとユリウスがいるなら〝華凶〟だろうと大丈夫だろうと私が判断したから。加えて、この三人だけの方がやり易いだろうと思ったから。
「〝華凶〟の連中を叩き潰しに行くグループと、フォーゲルの奥地へ向かったらしいBランクの方ともう一人の見張りの方を探すグループに」
そう述べてから、私はアクセアさん達の下から離れ、ユリウスのいる方角へと歩み進めた。
「……不本意ですが、私とユリウス殿。そして陛下の三人で〝華凶〟含む亡霊共を叩きます」
「いやっ、そりゃ流石に……!!」
負担の度合いが違いすぎるだろうがと。
サイナスさんが慌てて声を荒げるも、そうは言っても相手は〝華凶〟である。
外道非道はお手のものな連中だ。
……恐らく相手側の手の内を把握してるだろうユリウスとヴァルター、それと私の三人だけの方がどう考えても都合が良い。
だから。
「〝華凶〟の連中の事は私達に任せて下さい」
たった一言。
それだけ告げる事にした。
そして、その言葉に対し、観念したように反応を見せたのは
「…………分かったよ」
アクセアさんだった。
「そこまで言うなら、別行動を取ろう。……不甲斐ない事に、僕らじゃさっきみたいな亡霊が出てきてもあまり力になれないだろうしね」
それに、メセルディア卿もいるしと。
どうしてか、アクセアさんは頻りにユリウスに視線を向けていた。
……もしかすると何かワケありなのかもしれない。
とはいえ、それで納得をしてくれるのなら私はなんでも良かった。
「それじゃあ僕らはこっち側を探して来るよ」
「お、ぃっ、アクセアっ!?」
むんず、と。
未だ納得出来てなかっただろうサイナスさんの首根っこを掴み、〝華凶〟が逃げていった方角とは別の方へとアクセアさんはレゼルネさんと共に歩き始めた。
出来る限り急がないと。
そういった考えが念頭にあるのだろう。
会話はそれだけで終わり、彼らは足早に歩き去っていった。
「……時にユリウス殿」
「あん?」
「アクセアさんに何かしました?」
場に残された私とヴァルターとユリウスの三人。折角だからと、私はユリウスに尋ねていた。
何となくだけれど、やけに物分かりの良い態度をアクセアさんが見せた理由はユリウスの存在ありきであったのではと思っていたから。
……何より、見るからに怯えてたし。
「おいおい、嬢ちゃん。人聞き悪い事を言ってくれるな。誓って俺は何もしてねえよ」
「……でも、アクセアさんめっちゃユリウス殿を警戒してましたけど」
「……あー。そりゃあれだ。恐らくはそのアクセア? って奴が〝ギルド〟の人間だからだろうな」
……どういう事なのだろうか。
「あれは……もう5年も前か。名をあげてぇって叫び散らして単身でスェベリアに乗り込んでヴァルターを打ち負かすとかほざく馬鹿がいたんだ」
「確かに、それは馬鹿ですね」
「だろ? で、流石にんな言葉認めらんねえって俺が説得してやったんだが、逃げるのか、だなんだかんだと挑発すっから、段々俺もイライラしてきてな。俺を半殺しに出来たら取り次いでやるよって言っちまったんだよ」
「…………成る程」
悲しきかな、この時点で既に大体の事情は把握出来てしまった。
「で、二度とんな真似出来ねえように死なない程度にボコってやったんだが、そいつが何か〝ギルド〟のSランク? SSランク? よく分かんねえ階級持ってたらしく、半殺しの状態で部下にミスレナにそいつの身柄届けさせて以来、なーんか〝ギルド〟の連中に怯えられるんだよな。きっと原因それだろうなあ」
元々私もメセルディアの人間だったから分かるけど、メセルディアの人間は興味が無い事にはとことん興味がない。
こうしてユリウスが本気で不思議がってるのが良い例だ。
恐らく、ユリウス的にはうるさい奴を始末しただけなんだろうけど、〝ギルド〟側からするとトップに近い人間を半殺しにするようなヤバい奴扱いを間違いなく受けている。
「ま、気にする程の事でもねえだろ」
そして不本意ながら、ここでもまた、ハーメリアの腹黒さを垣間見てしまった。
……恐らく、ミスレナに行くならユリウスを連れて行けば滅多な事がない限り手出しはされないだろうと。〝ギルド〟を中心として広まっている噂を知った上で彼はユリウスを護衛の選択肢に加えていたのだろう。
…………恐るべし、ハーメリア。








