六十六話
「……レゼルネ」
「……事情は、後でちゃんと話すわよ」
どうして連れて来たのだと。
責め立てるような声音が聞こえてくるや否や、そんな事は分かっていると言わんばかりにレゼルネさんは半ばヤケクソに言葉を唾棄。
その態度から、私を連れて来たのはやはり彼女としても本意でなかった事は一目瞭然であった。
「……厄介な事が起こってたの。……だから、こうしてフローラさんを連れて来ざるを得なかった」
「厄介な事……?」
「ええ。……確たる証拠はないけれど、恐らくこの件に関して〝ギルド〟からの助力は得られない」
レゼルネさんのその言葉に、アクセアさんとサイナスさんはぎょっと目を剥いた。
「だから、あたしはフローラさんを連れてきた」
「待て待て。幾ら何でも端折り過ぎだろ。話がてんで見えねえ。百歩譲って〝ギルド〟から助力が得られないとしても、だからといってこの子を連れて来る理由にはなんねーだろ」
焦燥感を顔に貼り付け、サイナスさんは至極当然とも言える言葉を並べ立てる。
「ええ、そうね。フローラさんがあたしよりずっと強い人でなければ、連れてくる理由は何処にもなかったわ」
その言葉の直後、一斉に視線が集まった。
私に、ではない。
私のすぐ側で直立不動の体勢で炎の身体を揺らめかせる〝炎狼〟に、である。
「……成る程、ね」
視界に映され、存在するものだけで大方の事情を把握したのか、微かに顔を顰めながらあたかも得心したかのような返事をアクセアさんがこぼす。
しかし、そうは言っても100%納得する事は出来ないのか。視線を逸らし、私とレゼルネさんが来た道を一瞥。
ふらふらとあてもなく浮遊する亡霊が視界に入り込んだのだろう。ここで追い返すわけにもいかないと思ったのか。勘弁してくれよと言わんばかりに瞑目。やがて口を開いた。
「……引き返すなら今のうちだよ。もう遅い気もするけどね」
「いえ。今回の件は私が巻き込んでしまった事。だからこそ、知らぬ存ぜぬを通す気はありません。それに、亡霊の対処にはちょっとだけ自信がありまして」
力になれると思いますと。
私は顔を綻ばせながら難しい顔を向けてくるアクセアさんに対して言い放つ。
伊達に前世、亡霊処理係みたいな面倒事を押し付けられていた私ではない。
基本的に「自信」という言葉と全く縁がない私であるけれど、亡霊の対処だけは唯一、例外的に「自信」があると言える程であった。
「————あれは、グリムリーパーですか」
視線の先。
此処からはそれなりに遠く離れているにもかかわらず、これでもかと存在を主張する私の数倍は大きいであろう死神のような亡霊を前に、私は言葉を紡いだ。
恐らくはグリムリーパーの存在があったからこそ、アクセアさんとサイナスさんはこうして木陰に身を隠していたのだろう。勝手に自己解釈を始めながら私は思考を巡らせる。
大きな漆黒の鎌を片手に浮遊する巨大な亡霊。
私はソレをグリムリーパーと呼んでいた。
こりゃまた、面倒臭い亡霊がいたもんだ。
と、他人事のような感想を抱きつつ、
「でしたら、さっさと倒しておくべきでしょうね」
私は当たり前のようにそう宣った。
何より、見張りの男の言葉を鵜呑みにするならば、私にとってちょっとばかし思うところがある連中が絡んでいる。
亡霊如きに時間は掛けていられない。
というのが私の心境であった。
「あの、ここって、ちょっとだけ焼け野原にしちゃっても問題ありませんでしたか?」
「……は?」
倒せるものならば、とうの昔に倒していると目で物を訴えかけて来ていたサイナスさんに向けて、私はそう問うた。しかし、聞こえてくるのは素っ頓狂な声が一つ。何言ってんだあんたと言わんばかりの返事であった。
「亡霊を手っ取り早く片付けるなら、そうするのが一番なんですよね」
「いやいやいやいや、話飛躍し過ぎだろっ!? それに、ここ一帯を焼け野原にでもしてみろ! 亡霊は勿論、そこらで潜んでる暗殺者共にも見つかって狙われる事になるんだぜ!?」
その言い草から察するに、どうやらアクセアさん達は見張りの男が言っていた〝華凶〟と思しき連中と既に交戦をしたのだろう。
故の、警告。
だが。
「ですけど、その暗殺者さんとあの亡霊を同時に相手取る方がよっぽど危険と思いませんか?」
「…………じゃあ、フローラはあの亡霊を倒し切れると?」
「周りへの被害を度外視しても良いならば」
「言うねえ」
微かに口端を吊り上げる。
面白おかしくて仕方がないと言わんばかりに、刹那の逡巡なく言葉を返した私に向けてアクセアさんは僅かに破顔していた。
「じゃあ頼むよ」
「アクセアっ!?」
「……どうせ、僕らじゃ対処のしようが無いんだ。だったら、出来ると言う人間に任せた方がいい。なにせ、レゼルネが強いと言った人間だ。僕は、仲間の言葉は信じる主義の人間でね」
「……良い関係ですね」
「褒めても何も出やしないよ」
そう言いながらも、アクセアさんの綻んだ顔は引き締まるどころか、一層緩んでいく。
「あと、周囲への被害は考えなくて良いよ。フォーゲルの一部が焼け野原になる事に目を瞑るくらい、あの亡霊によって生まれるであろう本来の被害を考えれば寧ろ安過ぎる」
「では、遠慮なく」
そして私は隣で控えていた〝炎狼〟に命令を下そうとして————すんでのところで踏み止まった。
「……そういえば、先程暗殺者がどうのこうのって仰ってましたよね」
「あ、ん?」
「そいつ、身体にタトゥー入ってました? クソ趣味の悪いタトゥーだと思うんですけど」
肩越しに振り返り、話を蒸し返す私の言動にサイナスさんはきっと疑問を抱いた事だろう。
しかし、ニッコリと気持ち悪いくらい屈託のない笑みを浮かべる私の表情が、どうしてという言葉を封殺していた。
「……い、一瞬だったもんで確実じゃあないんだが、恐らくあったような気がする。鎖みてーな刺青が」
「そうですか」
決定だ。
フォーゲルに隠れてる連中は間違いなく〝華凶〟であると、私はそう決め付ける。
何故か答えてくれたサイナスさんは何処か怯えていたような気もしたけどきっと気のせいだ。
「にしても、本当に〝華凶〟の連中でしたか。それは……本当に困りましたね」
アメリア・メセルディアとフローラ・ウェイベイアは分けて考える。
それは私だけが知る決め事であった。
だから、己がアメリアであるという事は可能な限り隠してきたつもりである。
ただ。
それでも例外はある。
たとえば、アメリアの頃に借りを作ったままであった人間、とか。
基本的に私はやられたらやり返す人間である。
借りは勿論、キッチリ利子をつけてお返しに行くくらい私は律儀な人間であると自負している。
「————とはいえ、まずは目の前のグリムリーパーを始末しない事にはどうにもならない、かな」
どうせ変わらずロクでもない連中。
十七年前の借りを利子付けて返してあげるべきだろう。何より、今、ミスレナにはヴァルターがいる。何があってもあんな連中に手出しをさせるわけにはいかない。
だから尚更、半殺しには最低でも追い込んでおくべきだ。恐らく、亡霊を生み出してるのもアイツらだろうし。
そう己の考えを正当化させてから、私は意識を〝炎狼〟へと戻す。
「時に、アクセアさん達は亡霊の弱点をご存知ですか?」
「弱点、だって?」
「勿論、塩をまけだとか、そういった類の話ではありませんよ? 本当に、戦う上で致命的と言える亡霊の弱点の話です」
そんなものがあるのかと。
アクセアさんは勿論、サイナスさんとレゼルネさんも驚愕に目を見開いていた。
しかし、それもそのはず。
馬鹿みたいにくる日もくる日も亡霊処理をやらされていた私が、暇だからという理由で色々な倒し方を試みていた際に偶々、見つけた弱点だ。
本来ならば、知る由はなかった弱点である。
「亡霊はですね、例外なく目が見えてないんですよ。赤くピカピカ光ってはいますけどね」
「い、や、でも、アイツらは俺らの事を寸分違わず狙ってきたんだぜ!? 目が見えてなきゃどう説明すんだよ?」
「亡霊の目は特別製でして。見えてないけど見えてるんです」
一見、矛盾としか思えない回答。
けれど、その発言の意図をレゼルネさんは一瞬にして汲み取っていた。
「……要するに、まともに見えてはいないけど、何らかの方法であたし達の居場所を掴んでるって事?」
「はい。その通りです。亡霊は、周囲の温度差で此方の居場所を察知しています」
だからこその、焼け野原。
だからこその、〝炎狼〟。
故に————。
「————〝炎狼〟」
隣で控える炎狼の名を呼ぶ。
直後。ゴゥ、と音を立ててその姿は揺らめき、燃え盛る。そして、その姿はひと回り大きなものへと一瞬にして変貌した。
程なく、背を向けていた筈のグリムリーパーの意識が此方へと寄せられる。
突然、膨れ上がった熱源反応に、目ざとくグリムリーパーが反応したのだ。
「……おいおい、マジかよ」
「なので、不自然なまでに温度を上げてから、後は敵の意識を分散させて混乱している間に————数の暴力で押し込めば大抵の亡霊は消えてくれます」
ほら、致命的な弱点だと思いませんか? と、笑む私の態度と眼前に広がる光景を前にして。
あり得ねぇと。
一瞬にしてグリムリーパーを囲うように出現していた鬼火のような炎の塊。次第に狼の姿へと変化するその物量に、その光景に、サイナスさんは口吻を洩らしていた。
その数、目算二百ほど。
炎狼の火が木々に若干移ってしまっているが、これは必要な犠牲であると割り切る。
脇役はとっとと退場しなよ。
そんな想いを根底に据え、私は紡ぐ。
さぁ、獲物は目の前だ。
存分に————、
「————喰らい尽くしてよ、〝炎狼〟」
その言葉を始動の合図とし、立ち往生するグリムリーパーへと、目で追えない程の〝炎狼〟が一斉に襲い掛かった。








