六十二話
「にしても、帰ってきませんね」
シン、と静まり返った場にて、私が声を響かせる。既にアクセアさんと別れてから三十分程度経過している気がする。
けれど、帰ってくる雰囲気だとか、予兆といったものはこれっぽっちも感じられなかった。
そろそろ〝ギルド〟に戻ってこの事を知らせるべきではないのか。そんな事を思う私の心境を察してか、隣で佇んでいたレゼルネさんが悩ましげな声を漏らし、
「……もう少しだけ待たせて」
そう、言った。
「……おれは素直にあんたのとこのリーダーの言う事を聞いておくべきだと思うが」
しかし、その言葉に対して見張りの男は顔を顰める。次いで、意味深な発言を————ひとつ。
「とはいえ、この事を報告したからと言ってまず間違いなく〝ギルド〟の連中は動かねェだろうがな」
「……それは、どういう事?」
「あぁ、いや、言葉を間違えた。動かねェじゃねェ。動けねェが正解か」
不測の事態が起こってしまったというのに、その事を報告しても〝ギルド〟は動けないとどうしてか、彼はいう。
「あんたは、どうして〝ギルド〟がフォーゲルを完全封鎖し、討伐令を出さねェのか。それについて疑問を覚えた事はねェか」
対するレゼルネさんの返事は——無言。
そして無言はつまり、肯定。
その現象が起こっている理由を貴方は知っているのかと。驚愕の感情を含んだ視線でレゼルネさんは発言の主である見張りの男を射抜いていた。
「……理由は至極単純なもんでな。どんな理由を抱えてんのかは知らねェが、『豪商』に動く気がねェんだ。だから、まず間違いなく〝ギルド〟は動かねェ」
〝ギルド〟とはミスレナ商国のトップである三人の『豪商』の下に存在する一つの組織。
だからこそ、『豪商』に動く気がない限り、〝ギルド〟は動けない。
人手を借りられるとしても、それは個々人の意思で動く気のある人間の手のみだと彼は言う。
「『豪商』に動く気が、ない……?」
「応よ。三日前だったか。おれと、もう一人の見張り役をしてる奴で『豪商』の下に出向いたんだ。流石に我慢の限界でな。すると、だ。……おかしな事に、そいつは言ったんだ。今回の件について、わたしが何か策を講じる気はねェってな」
亡霊の被害は日々増える一方。
見張りを務めるおれの口から言わせて貰うが、亡霊の数は間違いなく日に日に増していると彼は言葉を付け加える。
だというのに、現場の声を無視し、ある『豪商』は断固として動こうとはしなかった、と。
「加えて、今、フォーゲルにゃ、良からぬ輩が潜んでいるなんて噂もある。……こうして事実、亡霊がどんなカラクリか、増え続ける手前、それはあり得ないとは言い切れねェ。……寧ろ、十中八九、ロクでもねェ輩が今回の一件に絡んでるんだろうよ」
じゃねェと説明がつかん。
と言って彼は言葉を締めくくる。
「それじゃあ、貴方はその『豪商』の方が、ロクでもない連中に肩入れをしてると?」
そう私が尋ねた。
レゼルネさんと見張りをしていた男の会話を聞く限り、この結論にたどり着くのが当然と言えた。いや、こう結論が出るようにあえて彼が話を誘導していた気すらする。
だから、なのだろう。
この結論にたどり着かせる事を目論んでいたのか、少しだけ嬉しそうに笑みながら男はどうしてか、首を横に振った。
「ああ。おれも、初めはそう思ってた」
まるでそれは、その結論は違っていたと言わんばかりの言い草で。
「あの『豪商』はおれらに言ったんだ。話せる事は何もないし、話す気もねェってな。……おかしいと思わねェか?」
「何がですか?」
「普通、本当に肩入れをしてんのなら、何よりも先に自分がどうにかして疑われないように立ち回ろうとしねェか? もっともらしい嘘でも吐いて、取り繕ったほうが余程建設的だ。……そうは、思わねェか?」
その言葉を聞いて、確かにと思わず頷いてしまう自分がいた。そして結局、貴方は何が言いたいのかと尋ねようとして。
「あの『豪商』は恐らく、誰かしらに弱味を握られてる可能性があるんじゃねェのか。……おれは、そんな答えに辿り着いた」
彼は、そんな結論を言い放った。
しかし。
「……確かに、その可能性もあると思うわ。でも、『豪商』の弱味なんてものを誰が握れるの? ……握ろうと思って握れるようなものではないと貴方だって分かってる筈。『豪商』の近辺は三人誰しもに、とんでもなく強い傭兵が付いてるわ。……その目を掻い潜って弱味を握ったと?」
疑念と猜疑に満ち満ちたレゼルネさんの言葉に対し、男は自信ありげに鷹揚に頷いてみせる。
「何より、そのくらいやってのける連中ならば、色々と辻褄が合う。こうして、どんな方法を使ってんのかは知らねェが、亡霊を大量に生み出すような馬鹿げた真似を敢行する連中だ。頭のネジは勿論、色々とぶっ飛んでてもなんら可笑しくはねェよ」
そうでなきゃ、説明のしようがないと彼はへらりと笑った。
「……なる程。つまり貴方はこの事に対して、〝ギルド〟ではなく、その『豪商』に伝えろと。そう言いたいわけ?」
「理解が早くて助かる。……おれとしても、給金はいいがずっとこんな場所で見張り役すんのはもう、疲れてきてんだわ。……というより、おれの予想が正しければ、もう少しすればおれらの手にすら余るようになっちまう。……いや、嘘偽りなく言うとすりゃ、既にもうおれらの手に余る寸前だ」
「それはどういう————」
「————言ったろ。亡霊の数が本当におかしなくらいに、」
そこで、唐突に言葉が止まる。
まるで、このタイミングを狙っていたかのように私達の前にそれは立ち塞がった。
音もなく、兆候もなく、ソレは現れた。
黒のコートのようなものを羽織った骸骨の————亡霊が。
それも————数は、五体。
「……多い、ってよ」
辛うじて紡がれる続きの言葉。
苦笑いを浮かべる男の顔には、このタイミングで現れてきやがるのかと。幾ら何でも多過ぎるだろうがと心境を物語っていた。
「悪りぃが手ェ貸してくれ。アイツがいたんならまだなんとかなったが、一人でこの亡霊五体は流石に手におえねェ」
アイツとは、恐らくBランクの人間を追いかけに向かったと言っていたもう一人の見張り役の人間の事なのだろう。
そして、私とレゼルネさんは顔を見合わせる。
向けられる瞳には少しだけ不安のような感情が見て取れた。……恐らくは、私の事を心配してくれてるのだろう。
だから、
「分かりました」
あえて声を張り上げる。
次いで、流れるように剣を抜く。
ユリウスから譲り受けたメセルディアの家宝である無銘の剣を。
しかし、その行為に対してやってくる————呆れに似た言葉。
「……待て。亡霊に剣は————」
通じねェんだと。
きっと彼はそう言おうとしたのだろう。
けれど、その事実はちゃんと私の頭にも入っている。知っていて尚、あえて私は剣を抜いたのだ。
亡霊のような存在に、剣といった物理的な攻撃手段は通じない。それは周知の事実。
しかし、物事には何事にも例外がある。
たとえば、そう。
「————って、オイオイ、マジか。あんた、マナ使いかよ」
剣に、マナを纏わせてみるとか。
基本的に亡霊という存在には、魔法攻撃のみしか通じない。剣で斬ろうが、槍で突こうが、彼らにダメージを与える事は叶わない。
ただそれは——マナを纏わせてない場合のみ、の話なんだけれども。
噴き出し、剣に纏わり付くマナ。
剣を覆い始める青光を前に、見張りの男は驚愕に塗れた声で答えを紡いでいた。
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気晴らしに新作を書いたりボチボチやったりしてますのでそちらも合わせてよろしくお願いしますー!








