五十五話
とても、ゆっくりとした歩調。
普段のヴァルターらしくないあからさまに小さい歩幅をつい目にしてしまい、私が気を遣われているのだと自覚する。
……別に私が気を遣われなきゃいけない理由なんてものはないのに。
私の中ではそう答えが出ているからこそ、ヴァルターに気を遣わせてしまっている事実を前に、ため息が出た。
「……何か聞きたい事でもあったんじゃないですか」
たとえ聞かれたとしても馬鹿正直に言うつもりは無かったけれど、付き合えと言っておきながら終始無言を貫き、隣を歩くヴァルターの態度に痺れを切らした私が思わずそう言葉を投げ掛けていた。
「別に」
短く一言。
きっと本心では何で殺気を撒き散らしてたんだって聞きたい癖にヴァルターは本心を隠す。
どうせ取り繕うんだったらもう少し上手く取り繕えばいいのに。
……本当に、分かりやすい人である。
そんな事を思いながら私は、歩み進めていた足を止める。
程なくそれに気づいたのだろう。
数歩ばかり一人で先に行ってしまっていたヴァルターも私に倣うように足を止めて後ろにいる私へと肩越しに振り返った。
「ほんっと、陛下って変わってますよね」
今日だけの話じゃない。
これは前々から、事あるごとに言って来た言葉。
「自分で言うのもなんですが、私、結構得体が知れないと思うんですけどね」
自嘲気味に視線を落とす。
明言こそしていない。
ただ、私がアメリア・メセルディアであるという確信を抱いていると匂わせるような発言を度々ヴァルターはしていた。
……けれども、私は一度ヴァルターの目の前で死んだ人間だ。幾ら転生したとはいえ、はっきり言って気持ち悪くないのだろうか。
ヴァルターが私を巻き込もうとしていた事は知っている。そして、その為に幾つかの理由を並べ立てていた事も。
だから、思ったんだ。
……もしかして、ヴァルターは私と同様に。
私はヴァルターに、罪悪感を今も尚抱かせてしまっているのではないのか、と。
そう思いながら地面に落としていた視線を再度、ヴァルターの双眸に合わせる。
ジッ、と彼は私を見据えて続く言葉を口を閉じて待っていた。
……いや、やっぱりやめよう。
ヴァルターの様子を目にした私は思い留まることにした。何となく、この状況下で何かを口にしてしまうと、もう口が止まってくれないような、そんな気がしたから。そんな危惧の念を抱いてしまったから。
「……すみません。今の言葉は————」
忘れて下さいと言おうとして。
「————それは違う」
私の言葉に被せられるヴァルターの声。
それは、明確な否定であった。
「もし、お前が本当にそう思ってるのなら、買い被りもいいとこだ。お前が思ってる程、俺は人としての器は大きくない。ただの自己中心的な人間なだけだ」
会話になっていなかった。
けれど、私たちの意志は丁度その時、もしかすると同じ方向を向いていたのかもしれない。
何故ならヴァルターのその言葉は、私が心の中で抱いていた疑問にカチリと綺麗に嵌まり込んでしまったから。
でも。
「……あの、どういう意味なんですか? それ」
「さぁな」
言葉に心当たりがあったにもかかわらず、私はそうやって恍けてみせる。
わざわざその言葉に肯定して、己の心の裡を晒すような真似をする気は今はまだないから。
そしてヴァルター自身もだからと言って問い詰める気はないらしい。ただ、言ってみただけ。
本当に、そんな感じ。
「変な陛下ですね」
「今のお前にだけは言われたくないセリフだな」
それもそうかと。
少し前までの自分自身を振り返りながら、私は観念するように小さく笑った。
「変、というか……私の場合はちょっとだけ、昔を懐かしんでただけですよ」
決して良い思い出ではなかったけれど、嘘はついていない。
「それで、ちょっとだけ昔の自分にイラッとしただけです。殺気が出てたのは恐らく、それが理由でしょうね」
「随分とおっかないな」
そう言ってヴァルターは笑っていた。
過去を懐かしむだけで殺気がダダ漏れ。
……確かに言われても見ればかなりヤバイ奴である。やっぱ今のナシって慌てて撤回を試みようとしたけれど、主義主張をコロコロ変えてると墓穴を掘ってしまいそうだったので私は大人しく観念する事にした。
「にしても……昔か」
少しだけ寂しそうに。
夜闇のせいではっきりとは見えなかったけれど、顔には寂寥のような感情が浮かんでいた。
「……昔がどうかしたんですか?」
「いや、時間が経つのは随分と早いなと思ってな」
徐にヴァルターは首にかけていたネックレスに手を伸ばす。そして、大切そうに赤の宝石のようなものが装飾として付けられたネックレスを握り締めていた。
そういえばヴァルターってそのネックレスいつも付けてるよなぁと思いつつ、興味本位でジトーっと眺める。
でも、幾ら眺めても何の変哲もないただのネックレスにしか見えなくて。
「ふと気になったんですけど、陛下っていつもそのネックレス付けてますよね」
「そうだな」
「もしかして、魔導具か何かですか?」
「……魔導具、か。いや、俺にとってコレは魔導具なのかもしれないな」
思わず私は首を傾げる。
疑問符が私の脳内を埋め尽くしていた。
俺にとっては魔導具ってそれ、どういう意味なんだよと、私にはイマイチ言葉の意図がよく分からなかった。
「要するに、大切な物って事だ」
「あぁ……成る程。そういう事ですか」
だから、「俺にとって」なのかと漸く理解。
そしてふと、思い出す。
そういえば私がフローラ・ウェイベイアとしてヴァルターと初めて出会った際、私が誰かに似ているからとか言ってなかっただろうかと。
やけに大事そうにするそのネックレスといい、私は何故かピンと来てしまったのだ。
成る程。人を寄せ付けないヴァルターにもそういう時期があったのかと。私の中で野次馬根性がかつてないまでに燃え上がる。
すっかり性根が腐り切ってしまい、腹黒に成り果ててしまったなと諦めていたけれど、案外可愛いところもあるじゃんと。
「……とんでもない顔してるぞお前」
「どうぞ気にしないで下さい」
恐らく鏡を突き出されてもしたらぎゃー! と私でさえ悲鳴を上げてしまいそうなくらいの表情をしているだろう自覚はある。
だけど、あんなに護衛嫌いというか、側に人を滅多に置こうとしないあのヴァルターが人並みに色恋をしてると思うとつい、ニヤけ顔を止めようにもやめられなかった。
何故かヴァルターがお前、やっぱりアホだろみたいな感情を半眼で私に向けていたけれど、恐らくこれは照れ隠しだ。
私はそう思うことにした。
だってそっちの方が面白いから。
「あ、そうだ。陛下! 折角ですから親睦を深める為にも、昔語りでもしましょう! こんな機会滅多にありませんし!」
元からヴァルターの過去についてはそれなりに興味があったけど、リッキーさんの酒場にいた時の熱がまだ私の中に残っていたのかもしれない。
若干、いつもよりテンション高めに私はぐいぐいと彼に詰め寄る。
「……別に構わんが、面白い事なんて何もないぞ」
「それでもです!」
「……あとでお前も自分の過去を語るなら語ってやろう」
つまり、対価を渡せと。
タダで聞かせてやる話はねえと。
……やはりそこまで甘い話はないらしい。
しかし、妥当な提案である。
故に、————その提案、乗った。
「分かりました。流石に今回ばかりはやむなしです。私も特別に語りましょう」
基本的に周りに馴染めない私の素晴らしいぼっちな日常か。親友のフィーと出掛けたりする事ぐらいしかないので私に失うものは何もない。
「……随分と楽しそうだなお前」
ヴァルターが呆れていたけれど、私の頭はあのネックレスが一体何なのかという疑問でいっぱいいっぱいだ。きっと甘酸っぱい歴史の数々があのネックレスに詰め込まれているのだろう。
既にワクワクが止まらない。
「まぁ、お前の気が晴れたのなら俺はそれで良いんだがな」
流石は臣下にはそこそこ優しいヴァルターである。ミスレナに来る道中は先々行くばかりで全然私に配慮してくれなかったけど。
その時はいじめか何かかと思ってたけども。
こうして偶に気に掛けてくれる中々に良い王様である。
「そう、だな。なら、俺が王になったばかりの頃の話でもしてやろうか————」
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