五十話
「お酒下さい。水割りで」
「はいよ。オレンジジュースお待ちどおさま」
がしゃん、と少し強めに置かれるグラスのジョッキ。折角外に出てきた事だしお酒でも飲もうと思って注文をするとあら不思議。
オレンジジュースとなって返ってきた。
注文を取ってくれた店主であるリッキーさんは耳の病気なのかもしれない。
病院を勧めるべきだろうかと私が深刻そうな顔で眉根を寄せた直後。
「餓鬼相手に酒出せるわけねぇだろうが」
「えぇ……」
呆れ顔で理不尽な言葉を突き付けられた。
どこからどう見てもオレンジなジュースだったけど、もしかするとお酒かもしれない。
そんな一縷の望みを胸に、置かれたグラスに口をつけ、傾ける。
味は果汁たっぷりオレンジだった。
意外と美味しくてゴクゴクいけそう。
どうしてか、敗北感が私の中で広がった。
鍛冶屋の店主であるニコラスさんと別れた後、私は服屋に寄り、比較的楽に過ごせそうな衣服を購入。
その結果、上は白のとろみシャツ、下は暗めの色をしたデニムパンツという間違っても剣士には見えない服装に落ち着いていた私はユリウスの言葉に従うように、リッキーという店主が営業している酒場へとやって来ていた。
ギルドに直行しなかった理由は出入り口と思しき場所で、人集りが出来ていた為。
爪弾きにされていた頃の記憶を引き摺っているのか。私は比較的、人が多い場所はあまり好きでは無い。出来る事ならば避けて通る派である。
と、いう事で服屋の店主にリッキーさんのお店の場所を尋ね、酒でも久しぶりに飲んでぐーたらしますかぁと上機嫌になっていた矢先、この仕打ちである。年相応の容姿が今だけ憎らしい。
「酒が飲みたきゃ、家でこっそりと飲め。ここじゃ、お嬢ちゃんに出せる飲み物はオレンジジュースしかねぇよ」
「お、横暴だ……」
「何とでも言え」
取りつく島もないとはこの事か。
時刻はまだヴァルター達と別れてからあまり経っておらず、日もまだ落ち切っていない。
それ故、酒場にひと気は薄く、カウンター席に腰を下ろした私はスキンヘッドのおじさんこと、リッキーさんとカウンター越しに向かい合って会話していた。
「それで、見ねぇ顔だが、お嬢ちゃんはどこから来たんだ?」
「スェベリアです」
「ほぉ? スェベリアから何をしに?」
「頼まれ事と……武闘大会に用がありまして」
「成る程なぁ」
ちらりとリッキーさんの視線が私の腰に下げられてる無銘の剣に一瞬だけ向く。
ただ、本当に一瞬だけ。
女剣士も珍しい事には珍しいが、女騎士程ではない。騎士とは世間の認識で物事を語るとすれば、エリート連中という言葉に落ち着くから。
だから、女騎士はコネだなんだとグチグチ騒がれ、好奇の視線を寄せられる。
ここでもし、私が騎士服を着衣していたならば、また向けられる言葉は違っただろうが、その騎士服は服屋でついでとばかりに買った大きめのバッグの中である。
ニコラスさんナイス。
「じゃあ、〝ギルド〟にはもう寄ってみたか? お目当てのヤツがいるかもしんねぇぞ?」
「お目当てのヤツ、ですか」
私がそう言うと、「なんだ、お嬢ちゃんは物珍しさからやって来たクチか」と、リッキーさんは勝手に一人で納得をしていた。
「〝ギルド〟に人集りが出来てたろ? 武闘大会が近くなってきてるってんで、賞金目当てに世界のそこら中に散らばってる傭兵やら〝ギルド〟の連中が集まって来ててなあ」
物珍しさ故に人集りが出来ていた、と。
成る程。そういう事かと遅れて私も納得。
「流石にお嬢ちゃん自身が参加するとは思っちゃいねぇが、誰か興味あるやつでもいんのかと思ったよ」
確かに、強い剣士の技術を目に焼き付け、自身の剣技ないしは、戦術に組み込む為にパクるという行為は重要である。かくいう私も色んな人の剣技をパクってきたクチなのでリッキーさんのその発言は大いに共感が出来た。
「興味がある人……」
「おうよ。興味があるヤツ誰かいねえのか?」
折角なので考えてみる。
剣士で、それも武闘大会なんてものに参加しそうな物好きで、興味をそそられる人と言えば——。
「————〝貪狼ヨーゼフ〟とか、ですかね」
「……おいおい、幾ら何でもマニアック過ぎんだろ。そいつは20年も前に死んでるじゃねぇか」
せめて存命してるやつの名前を言ってくれよと呆れられる。
〝貪狼ヨーゼフ〟
もし私が今まで会った中で一番強い剣士は誰かと聞かれたならば、間違いなく父——シャムロック・メセルディアかヨーゼフの名を口にした事だろう。
一度目にすればどんな事だろうと模倣する事が出来る正真正銘の化物。
貪るように他者の技術を盗む孤高の剣士。
故に、〝貪狼〟。
私も一度だけ剣を合わせた事があるけれど、化物はあの人の為にある言葉と思わされたくらい。
結局、次に持ち越しだなんて結果に終わったけれど、負けなかったのは偶々でしかない。
確か……病に倒れてそのまま死んだとかなんとか風の噂で聞いた気がする。そっか、あのおっさん死んだのかと思いながら、ならば他をと、うーん、と唸りながら探そうと試みる。
……しかし、武闘大会だなんて見せ物になる未来しか見えない催しに参加しそうな人間で興味がある人間なんて中々見つかる筈もなくて。
「他は……いない、ですね」
「……お嬢ちゃん、剣士じゃねぇのかよ」
上昇志向が些か足りねえんじゃねぇかと、言わんばかりの視線を向けられる。
……文官の家に生まれたただの貴族令嬢がギラッギラに他国の剣士に興味向けてたらヤバイ人扱いされる未来しかないでしょうが。と言ってやりたかったが、リッキーさんにそれを言っても仕方が無いと分かってるので私は口籠る。
「……誇れる程のものでもないので」
現状、基礎と言える部分。
つまりは体幹であったり、体力であったりとそう言った部分が壊滅的な為、他の剣士に目を向けて剣技を盗むという段階にすら至れていないのだ。
だから私なりに、まだそこまでたどり着いてないんだよ! と、目で訴えるも、リッキーさんには伝わらなかったのか。強く生きろよ、みたいな感情を向けられた。なんでだよ。
「まぁ技量の程は兎も角、見て損はないだろうからこの機会に目一杯、目に焼き付けときな」
リッキーさんは剣士として、私が武闘大会を観に来たと思ってるようだけど、ここで縁談から逃げる為に来ましたと言ったらどんな反応をするんだろうか。
そんな至極どうでもいい考えが浮かんだ。
勿論、流石に言いはしないけど。
「……えぇ、まあそのつもりではいます」
これまでの経験から、手っ取り早く強くなる方法は大きく二つに分けられると私自身は思っている。
一つ目に、身体に直接叩き込む事。
痛くなければ覚えないからね戦法である。
代償は大きいが、間違いなく自分の力として身に付いてくれる。
そして二つ目に、見て覚える事。
つまり、他者の技術を見る事で己自身の昇華の足掛かりとする方法だ。
大体、この二つのうちどっちかをやっておけば万事オッケーである。ソースは私。
ただ、
「なんだ、折角遠路遥々見に来たってのに乗り気じゃなさそうじゃねえか」
「気のせいじゃないですかね」
私が思うに、頭のおかしい連中の大半が己の手の内を晒す事を拒む。ましてや、こんな見せ物にしかならない武闘大会に参加する中に是が非でも目に焼き付けておきたい! と思える人物がいるだろうかと————自問。
多分、いないなと————自答。
そんな心の声が表情に代わってうっかり出てしまっていたのだろう。
リッキーさんから指摘が飛んできていた。
危ない危ない。私は武闘大会を観にきたって設定なのに。
「ところで、あえておれの前に座ったって事は何か用でもあんだろ? 世間話を挟んじまったが、用があるんなら聞くぞ?」
「……あー、いや、用と言いますか、待ち合わせと言いますか」
「待ち合わせだぁ?」
今の私は、用がなくなればここで待っておけとユリウスに言われたので言われた通り時間を潰しているだけなのだ。
ただ、一人でぽつーんと待つのはそれはそれで寂しかったので偶々空いていたリッキーさんの前に座ったってだけの話。
特に深い理由はない。
「別行動をしてる知己がやる事なくなったらリッキーさんの店で待っておけと言っていたので」
酒は飲ませてくれないみたいですし、オレンジジュースを飲んで待つ事になるでしょうけど。
と、嫌味を込めて言葉を付け加えてやるが、暖簾に腕押し。聞こえないフリどころかガン無視で話を進められる。
「ちなみにそいつの名前は?」
「ユリウス・メセルディアって言うんですけど————」
ご存知ですか? と、言葉を続けようとした私であったけれど、ユリウスという言葉に反応してリッキーさんの相貌に深い皺が刻まれた事を見逃す私ではなかった。
これは恐らく、不快感を示す明確なサイン。
まず間違いなく過去、ユリウスはリッキーさんに何かやらかしてる。事情を全く知らない私でさえ、即座にそんな考えが浮かぶ程にリッキーさんの表情の変化は顕著なものであった。
「————ご存知みたいですね」
取り敢えず、続けようとしていた言葉を急遽変更。ついでに、にっこりと愛想笑いもしといた。何も関係ない私に飛び火だけは勘弁である。
あの野郎、どのツラ下げてここを待ち合わせに指定しやがったんだ。と言わんばかりに、ぷるぷると震える右腕と、オレンジジュースの入ったピッチャー。
そんな彼の様子を前に、私は思う。
言わなきゃ良かった。くそったれ。
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また、感想で指摘をいただいたんですが、人物紹介は必要でしょうか…?
必要そうならGW中に作っておきます!








