四十七話
————一人行動をするならこれを使え。
などと言われ、別れ間際に渡された膨らんだ巾着袋。じゃらじゃらと金属同士の擦れる音が響くソレは、ずしりとそれなりの重量感あるものであった。渡してくれたヴァルターの前で中身を確認する行為は流石に憚られたので別れてから確認をするとその中には金貨が約30枚ほどぎっしりと。
四人家族が一月に掛かる平均的な生活費が約金貨一枚なので……うん。どう考えても渡され過ぎである。きっとあの王様は金銭感覚がどこかズレている。これまでの行動も含め、私はそう確信した。
「にしても、一人行動か……」
ウェイベイア伯爵家の令嬢として生活していた頃は言わずもがな、一人行動は許されていなかった。何かしらの用事で外出しようと試みると決まって護衛が側についた。
だから、街をこうして一人で散策してこいという経験は滅多になく、新鮮な気持ちになったけれど、新鮮過ぎて何をしたら良いのか分からない、というのが本音であった。
ぐるりと周囲を見渡す。
商国というだけあって様々な商売を営む建物が見受けられた。
食事処、服屋、武器屋、宝石商、エトセトラ。
スェベリアでは見掛けもしないような看板もチラホラと。だからだろう。
それらに私は少しだけ目を惹かれていた。
けれど、それだけ。
さて、何をするか。と考えた時、やはり目が向くのは己の腰に下げられた一振りの剣。
ユリウスから譲り受けた無銘の剣であった。
「んー……」
やりたい事、やりたい事と脳内で自己問答を繰り返すも、明確な答えはいつまで経っても浮かんできやしない。出てくるのは妥協に近い答えだけ。食べ物に執着があるわけでも、女らしく服や装飾に特別興味があるわけでもない。
どうしたものかと考えた時、こうして〝剣〟を思い浮かべてしまうからこそ、親友であるフィールに私は常日頃「女らしくない」と言われる羽目になっていたのだろう。
「……うるさいほっとけ」
此処にフィールがいる筈は万が一にもないのに、彼女の呆れ混じりな声が私に向けられたような気がして、思わずそんな言葉が口を衝いて出た。
……ドレスは動き辛いし、アクセサリーは重くて目がチカチカするだけじゃん。メイドからは身嗜みはキチンとしませんとと言われ、香水はめちゃくちゃぶっかけられるし、女らしさがソレであるのならば、私はもう女らしくなくていいと切に思う。
「特にやる事もないし、剣の手入れでもして貰うかな」
ユリウスあたりが聞いたら、普段と変わらねえだ、ミスレナ商国にまできて武器の手入れかよと呆れられる未来しか見えなかったけれど、一人行動なんだし、何をするのも私の勝手。
〝北の魔女システィア〟から頼まれている『千年草』についても、鍛冶屋の主人にでも聞けば何かしらの情報が出てくるでしょ。なんて楽観的な思考を抱きつつ、私は丁度視界が捉えていた鍛冶屋らしき店へと向かう事にした。
* * * *
「いらっしゃい。女性のお客さんとは随分と珍しい」
鍛冶屋らしき建物の扉を押し開ける。
まず先に聞こえてきたのは少し高めの男の声であった。
店番をしていたのは見た感じ私と同世代だろう、相貌に幼さを残した黒髪の青年だった。
「それで、何の御用かな」
カウンターの上で頬杖をつきながら彼が私に問い掛ける。
「剣の手入れをして欲しいのですが」
「その腰に下げてるやつ?」
「ええ」
「それってキミの?」
「……そうですが」
「ふぅん! ちょっと見せて貰っていいかな」
女の剣士が珍しい事は自覚していたのであえて、ひと気の無さそうな店を選んだとはいえ、中は閑散としており、閑古鳥が鳴いている。
客は私を除けば誰一人としていない。
暇をしていたところに私が来た、という事で暇をつぶせるとでも思ったのか。どことなく彼の声は上機嫌に弾んでいた。
「どうぞ」
鞘ごと手に取り、青年が頬杖をつくカウンターまでの距離を歩み進める事で縮めた私はゴトリと音を立てながらもカウンターの上に剣を置いた。
「抜いても?」
「勿論構いません」
こちらは手入れを頼みに来たのだ。
抜いて状態を確かめるのは当然だろう。
「じゃ、遠慮なく」
そう言って彼は逡巡なく無銘の剣を鞘から引き抜いた。普段より私が一応、定期的に研いだりしてる為、状態は悪いものでは無いと思うんだけど……などと思う矢先。
ふぅーん。と悩ましげなくぐもった声をもらす青年はややあってから
「……これ、本当にキミの剣?」
……どういう意味なのだろうか。
と、少しばかり嫌悪感を表情に貼り付けてやると、苦笑いを伴って返事がやってくる。
「いや、別に他意があるわけじゃあないんだけどさ。もしこれが本当にキミの剣なのだとすれば、顔に似合わず随分と使いが荒いなぁと思って」
……顔に似合わずはどう考えても余計でしょ。
思わず若干、表情が引き攣った。
しかし、だ。
「……よく分りましたね」
一応、私なりに暇を見つけては研いでるし、状態は限りなく良好なものだと思うんだけど。
と、胸中で本音をこぼしながら、マナを巡らせ、戦う自身の戦闘スタイルを思い返し、荒いと指摘される覚えは確かにあるのでその部分については口籠る。
「そりゃぁね。ボクには剣の声が聞こえるから、このくらいは当然だよ」
————剣の、声。
奇妙な事を言う人もいたものだ。
そんな感想を反射的に抱いた。
「うー、わー。その顔、絶対ボクの言葉信じて無いでしょ? うわ、頭のおかしい奴の店に来ちまったよ。ツイてねー。とか思ってるでしょ。ま、見る限り、キミはミスレナの人って感じの身なりじゃないもんねえ」
私は余所の人間だから事情を知らないだろうし、無理はない。
まるでそう言っているように聞こえた。
きっと、何かしらの事情持ちの人なのだろう。
とはいえ、私は他所様の事情に首を突っ込む気はない。今は我儘な王様の相手で手一杯なのだ。
だから不穏な空気をいち早く感じ取った私は面倒事に発展する前にとっととこの場を後にしようと、渡していた剣を返して貰おうと試みる事に。しかし。
「まぁまぁ。事情があるとは言ってもボクが嫌われ者ってだけだから。そう焦らなくてもいいと思うけどな、フローラ・ウェイベイアさん?」
その行動を見透かしていた青年に名を呼ばれた。まだ名乗っていないはずなのに、一字一句間違う事なく私の名を呼ばれた。
……一体これはどういう事なんだろうか。
一息ついて、混乱する自分自身を自制する。
「言ったでしょ? ボクは剣の声が聞こえるって。主人の名前くらい、剣に聞けば一発でわかる。剣の声が聞こえるって事はつまり、そういう事なのさ」
踵を返そうと試みていた私の爪先が、再び青年の方を向く。
剣の声が聞こえる。
実に胡散臭い言葉である事この上ないのだけれど、教えてもいない名前を的確に当てられ、ほんの少しだけ目の前の彼に興味が湧いてしまった。
「で、嫌われてる理由も単純明快。剣の声が聞こえてたからだよ。10年前まではそこそこボクも有名な鍛冶師だったんだけどね、とある貴族様につい、言っちゃったんだよ。使い手が二流だから、一流の剣がわんわん泣いてるよってね。それからだ。残念な事にその貴族様が随分と偉い人だったらしく、ミスレナのトップに色々と働き掛けられちゃって見事、ボクは嫌われ者になっちゃったってわけ」
あっはっはっは!
と、あっけらかんに笑う青年であるが、随分と怖いもの知らずな人である。
間違いなく遠慮という言葉を彼は真っ先に覚えるべきだ。
「だから基本的にボクの店に来るのは外からのお客さんか、一部の太客だけ」
つまり、私は滅多にこない客に当て嵌まる、と。
「こうして出会ったのも何かの縁だし、もし良ければ金を落としていって欲しいなぁ。なんて」
そう言って彼はにっこりと笑んだ。
他の店に向かい、世にも珍しい女の剣士という事でほぼ100%の確率で好奇の視線に晒される事になるが、それを耐えるか。
はたまた、剣の声が聞こえると宣う不思議な青年に手入れを頼むか。
その二点を私は口を真一文字に引き結んだまま秤にかけ————。
「……分かりました。手入れをして頂けるのであれば問題はありません」
秤は後者に傾いた。
何より、やる事がなかった私にとって、剣の声が聞こえると宣う青年の存在はいい暇潰しになると思えた。
「さっすが。あまり客が来てくれないから助かるよ。あ、それと、名乗り遅れたけどボクの名前はニコラス。見ての通り、しがない鍛冶師だよ」
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