四十話 エピローグ① ヴァルターside
『————私が剣士を志した理由、ですか』
それは、17年も昔の記憶。
遠い、遠い昔の記憶。
俺が強くなろうと誓った、原初の記憶。
たった数日の記憶なのに、俺の中で未だにこんなにも存在感を主張している。
燦然と、光り輝いている。
『強いて言うならば……父が、嬉しそうにしていたから、ですかね』
強くなりたいからでも。
剣士に憧れていたからでも無く。
ただ、父が喜んでいたから。俺の問い掛けに対する返答はそんな、珍妙な回答であった。
『物凄く偏屈で無愛想な父なんですけどね、一度だけ父の前で剣を握った事があったんです。その時に見せてくれた顔が忘れられなくて。キッカケはきっとそれでしょう。……結局、どこまで煎じ詰めても、私もメセルディアなんでしょうね。気付けば、20年も剣を振っていました』
剣士は剣で全てを語る。
何処かの吟遊詩人がそんな言葉を歌に乗せて語っていたような、そんな記憶がある。
きっと彼女ら親子にとっては、剣こそが己らの思いの丈を語る手段であったのだろう。
『多分、私は認められたかったんでしょうね。父の時のように、兄の時のように。私には剣しか誇れるようなものはなかったから。だから、ただ、ただ、振っていた。血筋が関係でもしてるのか、これが案外、楽しかったんですよね』
そして父の背中を追うように、彼女は騎士になったのだという。
それこそが、女の身でありながら剣士を目指し、騎士となった女性——アメリア・メセルディアが根底に据える想いであったのだ。
『貴女は、強いな。僕より、ずっとずっと強い。女の人なのに、ずっと——』
『まさか』
当時の俺の言葉に対し、アメリアは苦笑いで言葉を返す。
『私は強くなんてありませんよ。少なくとも、私からすれば殿下の方がよっぽど御強く見えます』
『それこそ、まさかだろう』
俺のどこがアメリアには強く見えたのか。
それは結局、これ以上は水掛け論でしかないと判断し、会話を半ば強制的にアメリアが打ち切った事で分からず終い。
『……剣士は、自由か』
次に、そんな事を俺は聞いていた。
二人きりの逃避行。
俺を主人とする奴隷染みた契約を半ば強制的に結んでしまうような心底おかしな奴の素性が知りたくて暇さえあればこうして話しかけていたのだ。
『自由ですよ。少なくとも、貴族令嬢よりは』
けらけらと自嘲気味にアメリアは笑う。
『そういえば、殿下は自由になりたかったんでしたっけ』
『……ああ』
『でしたら、私は剣士になる事をお勧めします。なにせ剣士は、何処であろうと生きていけますから』
きっと、その時の彼女は本気では捉えていなかった。俺が、本当に剣士を目指そうとするなぞ、思いもしていなかった筈だ。けれど、言い放たれたその言葉に嘘偽りは入り込んでいなかった。
少なくとも、俺はそう思った。
『……確かに、そうだな』
『殿下がもし、剣士に興味があるのでしたら、一言だけ、言っておきたい事があります』
『なんだ?』
『私の座右の銘のような言葉なんですけどね』
『なら、是非聞かせてくれ』
『では、————決して忘れるな。なれど、決して引きずるな』
同じような意味を持った言葉が二度続く。
忘れるなと言いながらも引きずるなとは、矛盾ではないかと、そんな感想を抱いた。
『殿下の境遇は、私に少しだけ似ています』
それは血筋が良い、という部分の事なのだろう。ああ、成る程確かに。
メセルディアの位はかなりの上位に位置している。爵位こそ侯爵であるが、その影響力は時に公爵をも上回る程なのだから。
『だから、殿下が剣を握ろうものならば、必ず何かしら文句を言ってくるヤツが現れます。これは、間違いなく』
王族が剣士の真似事をする。
身内からは勿論、外野からも何かしらの嫌味を言われるやもしれない。
決まって、「王族の癖に」なんて言葉を幻聴しながら。
……あぁ。そういう事か。
貴女も、「女の癖に」と言われ、メセルディア侯爵家という看板が周りからの嫉妬心を掻き立て、悪意に晒され続けていたのだろう。と、当時の俺は理解を示す。
彼女の言葉の通り、俺とアメリアの境遇は何処か似ていた。
『故に、決して忘れないで下さい。己に向けられた言葉を。なれど、引きずらないでください。あくまでも、心に留めておくだけ。それだけで、未だ己の武威が血筋に負けているのだと、自覚が出来る』
便利なものでしょう? と、彼女は笑いながら言う。
けれど、決して引きずらないでくれ。
私達に出来る事は、前を歩く事だけ。実力で、有象無象を黙らせる事だけ。
そう、言葉が続けられた。
『全てにおいて、そう。剣は勿論、人死の時も』
きっと、この言葉を口にした時点でアメリアは薄々と分かっていたのだろう。
自分の死が、もうすぐ側まで迫ってしまっている事に。
しかし、この時の俺はそれを察することは出来なかった。ただ、彼女の言葉に言い包められる事しか出来なかったのだ。
『人死?』
『あー……、その、私、って結構な嫌われ者だったと言いますか、爪弾き者だったので嫌がらせのように面倒臭い場所に送り出されたりする事が多々ありまして』
だから、人が死ぬような現場に赴いた経験が多くあるのだと、アメリアは言う。
『嫌な人も沢山いましたけど、中には良い人もいるんですよね。ま、ぁ、一時であれ、仲良くしてくれた方々を忘れるのは……凄く、辛いんですよね。ただ、引きずるのは向こうに申し訳なくなると言いますか、何というか……』
『そうなのか?』
『兎にも角にも、色々とありまして。出来る事ならば、殿下には死ぬ間際まで知って欲しくない感情ではありますが、きっとそう都合よくはいかないでしょう』
————ま、私は死ぬ気なんてこれっぽっちも無いんですけどね!
と、気丈に振る舞う彼女のその言葉は、恐らく俺への配慮であったのだろう。
『死ねばそれで最後。その先には何一つとして残っていない。残されていない。だからこそ、大切な者であればある程、引きずるわけにはいかないんです。相手もきっと、死んで尚、自身の死という牢獄に人を閉じ込めておきたくは無いでしょうから。少なくとも、私はそう思っています』
剣から死へ。
違和感のない見事な話題転換。
巧みな話術にまんまと丸め込まれていたせいで、当時の俺はそこに潜んでいた違和感に気付けなかった。
本当に、この時の俺を殺したいくらいだ。
何度殺しても、気が済まない。
この時既に、アメリアが毒に侵されていた事に気付けなかった俺なんて、いない方がマシだ。
幾度として繰り返してきた自責をまた、行う。
きっと彼女は、自分が死んだとしても引きずるな。と、言いたかったのだろう。
「————無理に決まってるだろうが」
過去を懐かしんでいた俺は、我に返り、声をあげる。万が一にもそんな事があり得てなるものか。己の中に深く根付いた感情と共に俺は言葉を吐き出した。
「お前は、俺に思い出を与えすぎたんだ」
数え出したらキリがないほど、俺はアメリアから貰った。爪弾き者だった俺に、優しさをくれたのはアメリア。信頼するという行為の心地良さを教えてくれたのもアメリア。
……基本的に、俺に与えて、何かを教えてくれたのはアメリアだった。
お前がいたから、俺の人生は色付いてくれた。
お前がいたから、俺は生き続けようと思えた。
忘れる? とんでもない。
引きずるな? 無理に決まってるだろうが。
「こんなにも女々しい俺を知ったら、お前は失望するのだろうか。はたまた、あの時のようにまた、笑ってくれるのだろうか。なぁ————アメリア」
一国の王。しかし、どうでも良い。
王家の血筋。それもどうでも良い。
親族、地位、金、物。それら全て、言ってしまえば、どうでも良かった。
ただ俺は、少しでも良い。アメリアと時間を共に出来るならば、それで良かったのに。
それが、良かったのに。
「————己の事だが、これじゃあまるで、滑稽なピエロそのものだな」
本当の俺はこんなにも女々しく、不器用で。
昔から本質は何一つとして変っちゃいない。
ただ、王として振る舞っているだけ。ヴァルターとしてではなくスェベリア王として。
そして、その事実にユリウス・メセルディアだけは気付いてしまっている。
だからこそ、「ヴァル坊」と、いつまでも坊を付けて呼ぶのだ。昔からお前は何一つとして変っていないと、彼だけは俺の本質をどこまでも見抜いてしまっているから。
「……まぁ、いい。これが俺の生き方だ。ほっとけ」
この場にいないユリウスに向けて、俺は投げやりに言葉を唾棄。
「さぁ、て」
17年もの間の想いをぶつけるとすれば。
それは果たしてどのような手段を用いて、どのような場で行うべきだろうか。
そんな事を考えた時、何があっても譲れないものが一つだけあった。
「剣士らしく、剣で語り合おうか。フローラ・ウェイベイア」
呟きながら、俺は足を踏み入れる。
クライグ・レイガードと顔合わせの際に一度赴いていた教練場のような場所へ。
使用許可については、今回の件の事の顛末を聞いたディラン殿が快諾をしてくれた。
既に中ではフローラが待機しており、模擬剣を片手に、不満げな顔を浮かべていた。
大方、俺の鼻っ柱を折るために戒めも込めて一瞬で倒してやる。彼女の心境はおそらくこんなところだろう。
……それはダメだ。それは、認めない。
可能な限り自然な流れでこの状況に持ってくるまでに俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ。
積もり積もった17年。
剣を使って、じっくりと語り合おうじゃないか。
「待たせたな。フローラ」
「いえ。お気になさらず」
俺がこうして剣を合わせる時間を遅らせた理由は、フローラの体力を回復させておきたかったから。出来る限り、剣を合わせたかったから。
けれど、彼女は決して、疲れたから待ってくれとは言わない人だ。だから、俺がこうして遅れて入ってくる他なかった。
「さぁ、始めようか」
手が震える。
それは、歓喜だった。
それは、武者震いであった。
念願を前に、手どころか、心までが奮う。
「手加減はいらん。剣士同士、思う存分語ろうか!! なぁっ!! アメリア・メセルディア!!」
俺は喜悦に口角を曲げながら——声を、震わせた。
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