三十六話 三人称
「咄嗟に魔力を眼前へそのまま撃ち出す事で直撃を避けた、か。顔に似合わず器用な奴だ」
野性味溢れるガヴァリスの獰猛な顔付きを貶しながらヴァルターは、ほぅ、と息を吐いた。
「とはいえ、あれはもう致命傷だろう」
見るも痛々しい傷痕を遠目から見遣りながらヴァルターはそう断じる。
少なくとも、無残に焼け焦げた両腕は最早、使い物にならないだろうと彼はガヴァリスをひとり、哀れんでいた。
————いくら〝鬼火のガヴァリス〟であれ、あまりに相手が悪過ぎる。
そんな言葉を、彼は人知れず呟いた。
「なん、だ、アイツは……」
目を剥き、声を震わせる男はガヴァリスの副官であった男——フェリドである。
それもそのはず。
先程、魔力凝縮砲が放たれた場所はといえば、特大の自然災害にでも見舞われたのかと勘違いしてしまうような惨状が広がり、ゴッソリと地面は抉れていた。
しかも、その惨状を生み出した当の本人はといえば未だピンピンしており、剣を手にしたままガヴァリスと相対を続けている。
フェリドの反応は、普通の感性を持ち合わせた人間であれば当然のモノと言えた。
ただ————。
「俺を相手にしながら余所見とは、随分と余裕らしい」
「チィ————……ッ」
好機とばかりに袈裟懸けに振り下ろされる刃。
それを紙一重で避けるフェリドに対して手首を返し、再度振り抜き——刺突。
びり、と衣服と刃が擦過したのか、切り裂かれた音が耳朶を掠める。
「助けになんぞ、行かせんさ。ガヴァリスは踏み台だ。アメリアの為の、踏み台だ。サシの戦いを邪魔するなんて無粋はやめてくれよ。なぁ?」
ガヴァリスの動向に目を奪われるフェリドの前へ執拗にヴァルターは立ち塞がる。
「まともに〝鬼火〟の相手を出来る人間が俺しかいないと信じて疑わなかった。それが、お前らの敗因」
続け様、合わさる凶刃。
耳を劈く金属音が幾度となく響き渡るも、音に内包される苛烈さは何処となく薄ら。
その理由はきっと、ヴァルターが本気で己の前で機を窺うフェリドを倒そうとしていないから。
そしてフェリドはフェリドで、ヴァルターに対する決定打を持ち合わせていなかった。
それ故に、どこか一歩引いたような剣撃が何度として轟く羽目になっていた。
「だが、仮にお前らが二人掛かりで慢心を捨てて襲い掛かっていたとしても、結果は変わらなかっただろうな」
何故ならば。
「そもそも、土台無理な話なんだ。お前らが俺らに勝つなぞ。何より、相性が最悪過ぎる」
そう言って、ヴァルターは鼻で笑う。
彼からしてみれば、王宮で話を聞き及んだあの瞬間から、既に結果は見えていたのだ。
万が一すら入り込む余地なく、負ける筈がないと。そう確信をしていた。
「どんな策を講じていたのかは知らんし、知る気もない。しかしそれでも、お前らはその策に勝機を見出していたんだろうな」
————全く以て哀れと言う他ないが。
と言って、彼は言葉を吐き捨てた。
〝鬼火のガヴァリス〟
そう呼ばれるに至った経緯は、彼の持つ特殊なマナ。そして、副官であるフェリドの得意とする魔法————幻惑魔法が起因となっていた。
本来、マナは総じて青白い色をしている、という常識が世間に浸透している。
しかし、稀にその常識の枠に収まらない人間がいるのだ。そしてその代表格のような人物こそが、〝鬼火のガヴァリス〟であった。
幻惑に視界を惑わされる中、ガヴァリス特有の赤く輝くマナだけが存在感を主張し、ゆらりゆらりと風にでも吹かれ、燃え盛るかのような軌跡だけを残して対象を斬り裂いて行く。
そんな様を見て、誰かが言ったのだ。
まるでそれは、〝鬼火〟のようだ、と。
故に、〝鬼火のガヴァリス〟。
しかし、世の中には一定数、幻惑魔法が全く意味をなさない者達がいる。
例えば、魔力に対して恐ろしく聡い人間——ヴァルターや、幻惑云々関係なく、立ち塞がった事象を根本から蹴散らせるような馬鹿げた力の持ち主など。だからこそ、その例外に当て嵌まるヴァルターに対し、フェリドは何も出来ない。
幻惑魔法を行使したところで、魔力の浪費であるとわかってしまっているから。
「見立てが甘かったな」
「……確かに。あのスェベリア王が誰かと肩を並べて戦おうとする人間とは、此方は思ってもみなかった」
耳打ちをし、ガヴァリスの相手を進んで譲ったあの光景故の言葉なのだろう。
「失礼なヤツだ。俺にだって肩を並べて戦いたいヤツの一人くらいいる」
「それがあの者であると?」
「ああ、そうだ。あいつならば、俺は寝首をかかれて殺されても文句は言わない。……そんな人間でなければ、そもそも俺は自分の側に置かんがな」
行き過ぎた信頼。
ヴァルターの言葉を他の誰が聞こうとも、間違いなく口を揃えてそう述べた事だろう。
しかし、だ。
彼にとって淵源にあたる想いをもし仮にフェリドが知っていたならば、その考えは覆っていたかもしれない。
「笑いたいなら笑えばいい。愚かしいと思うなら好きなだけ蔑めばいい。たった一人の人間の為に。そいつと他の誰かを同列に扱いたくないという馬鹿げた考え一つの為だけに、護衛を拒み続けた俺を嘲笑いたいのならば、な」
始まりは、自責と贖罪であった。
己の弱さが、アメリア・メセルディアという騎士を殺したのだという自責。
『アメリア・メセルディアという騎士が愚か者であったと蔑まれたくなければ、その身で証明して見せろ。ヴァルター・ヴィア・スェベリアには確かに、命を賭けて守るだけの価値があったと、誰もに認めさせてみせろ』
剣の師から告げられたその言葉から始まった終わりの見えない長い、長い贖罪。
そしてそれを17年もの時間を掛けて己の中に刻み続けてきた愚かしい人間。
それが、ヴァルター・ヴィア・スェベリア。
その誓いは————あまりに重い。
「ただ、過去含め、アイツだけはもう誰にも笑わせんよ」
女だからと言って、笑われる事も。
側腹の子であるからと笑われる事もない国を。
生まれた瞬間から笑われる運命にあるなぞ、あまりに馬鹿らし過ぎる。
それはあまりに、理不尽過ぎる。
故に、否定をした。
故に、否定をする。
己が生き様を、以てして。
「だからこそ————立ち塞がらせて貰おうか。臣下には、花を持たせてやりたいんだ。分かるだろう?」
喜悦に口角をつり上げ、剣の切っ尖を向けるヴァルターとは裏腹に、フェリドの表情は険しい。
つまりそれは、フェリドが諦念を抱いてしまっているという事実をありありと示していた。








