二十八話
「————それ、で。先程寸止めと仰られていましたが、トリクラウド卿は実戦形式で行うおつもりですか?」
剣同士を合わせるだけ。
それならば、寸止めという言葉はまず出てこない筈である。
恐らく、トリクラウドさんは実戦形式による肩慣らしを想定していたのだろう。であればその言葉にも納得がいく。
「ああ、そうだとも。クライグ殿との力試しもその形式で行われるらしい。貴様からすれば願っても無い申し出であろう?」
まさか、逃げないよなぁ?
と、言外に圧をかけてくるトリクラウドさんであったが、私の脳内はとっととその喧しい口を黙らせてやるという意見一色。
会話を続けるだけでも精神衛生上宜しくないのでさっさとかかって来いや。
というのが本音である。
「ええ。別にその点に関して問題はありませんが……では最後に一つだけ」
私の経験上、こういう輩は負けたら負けたで何かにつけて言い訳をし、己の敗北を決して認めようとはしないタイプの人間だ。
だから、私はあえて己の手札を開示する。
たとえ知られたとしても、万が一にも、目の前のただ剣という装飾をぶら下げただけのような貴族に負ける気はなかったから。
「マナの使用を、認めて頂けますでしょうか」
こういう輩はズタズタのけちょんけちょんに叩き潰すに限る。故に私はマナの使用の許可を求めた。しかし。
「……ふっ、ぷくくっ、はははっ、はーーっはっはっは!!!」
返ってきたのはその是非ではなく、哄笑。
吹き出し、腹を抱えてこれは傑作だと言わんばかりにトリクラウドさんは私を見て笑い出す。
「マナの使用だと? 貴様、やはり道化の類であったか」
「道化とはどういう意味でしょう?」
「言葉のままだ。貴様、マナを扱える人間がこの世界にどれだけ存在すると思っているんだ。マナと魔法は訳が違うのだぞ」
人には誰しもに、「魔力」というものが宿るとされている。
そして、その魔力を外へと撃ち出す行為が魔法と呼ばれ、その魔力を身体に纏わせ、手にする得物などに伝導。巡らせる事を「マナ」と人は呼んでいた。
「我が祖国、サテリカでもマナを扱える人間はクライグ殿を含めてもたった3人だ。嘘をつくにせよ、もっとマシな嘘を吐いたらどうだ?」
魔法は誰しもが扱えるとされているが、マナはそうではない。私は自然と扱えるようになった者である為、どれだけそれが難しい事であるのかという判断はつかない。
ただ。
『————お前の才は、貴族令嬢として腐らせるにはあまりに惜し過ぎる』
アメリアとして生きていた頃。
当時の父が私に言ってくれたその言葉。
もう随分と前の言葉である筈なのに、こうも私の中で鮮やかに記憶として残っている。
気難しかった父がくれた褒め言葉を馬鹿にされたような気がしたから、私は。
「嘘と断じるのでしたら、折角のこの機会です。貴方の剣でそれ見極めては如何でしょう?」
大人気なくも挑発する。
不敵にほんの微かに笑いながら、トリクラウドさんを見遣った。
「……威勢だけは一流のようだ」
「それで、先の言葉に対する返事はいただけないのですか」
私はそう言って返事を急かす。
「構わんさ。マナであろうと何であろうと、使えるのであれば使うが良いさ。本当に、使えるならば、の話であるがな」
「そうですか」
言質は取った。
これで、マナを使うなんて聞いてない。という言い訳は使えない。
ボコボコにする為にもやはりマナは必須であると考えた私に取ってこのやり取りは必要不可欠であった。
「では————」
一歩、二歩と距離を取る。
私が一息で詰めることの出来る間合いを探りながら————約、十メートルと少し。
それだけの距離を作り出してから、言葉の続きを私は紡ぐ。
「時間も限られていますし、さっさと始めちゃいましょうか」
これから剣を合わせるのだと。
十名弱のトリクラウドさんの取り巻き達もそれを悟ったのか。
無言で私達から距離を取り始める。
トリクラウドさんの勝利を信じて疑っていないのだろう。にまにまとした気持ちの悪い笑顔を浮かべている奴らが大半。
なんでこんな剣士でもない奴に私が負けないといけないんだよと怒鳴り散らしてやりたくもあったけど、その怒りは剣で晴らす事に決めた。
「どんな結果になろうと、恨みっこはナシという事で宜しくお願いしますね」
「ふん、御託はいい。四の五のいう暇があるのならとっとと————」
そこからの会話は全てシャットアウト。
全てを雑音と認識。拒絶。
とっさに思いつく限りの逃げ道は塞いだ筈だ。
昔のように、何かと理由をつけてイチャモンをつけてくる事は恐らくないだろう。
そして私は————魔力を巡らせた。
剣へ伝導。
身体から何かが抜けていく奇妙な感覚。
ライバードさんとの仕合の時とは異なり、雀の涙程度のマナではなく————私が御せる限りなく限界値に近い量を流し込む。
発光する剣身。色は青白。
親しみ深い独特の色をした剣身へ視線をやりながら私は感傷に浸った。
嗚呼、懐かしい、と。
「————は?」
何処からか聞こえる雑音が私の鼓膜を揺らす。
それは素っ頓狂な声であった。
どこかそれはトリクラウドさんの声に似ていたけど、きっと気のせいだろう。
故に、黙殺。
マナを通し、青白の輝きを纏った剣に視線を落とす。流石はメセルディア家の家宝と言うべきか。あの時の模擬剣とは異なりひび割れる気配は一切感じられない。
「それでは、」
「—————!? ————!!」
「始めますね」
腰を落とし、足に力を込める。
すぅ、と息を吸い込み、腹に力をいれた。
何か声が聞こえる気がしなくもないけど、集中をしているからか、何も頭に入ってこない。
そして、
「そ———ぉ、れッ!!」
掛け声に合わせて、肉薄。
目論見通り、生まれていた私とトリクラウドさんとの距離を刹那の時間でゼロへ。
続け様、剣を正眼に構えたまま何故か硬直してしまっていたトリクラウドさんの得物目掛けて——剣を振るう。
直後。
ガキンッ、と何かが砕け割れる音が耳朶を叩き、時間差で宙に弾け飛んでしまっていた鋭利な何かがさくっと音を立てて地面に突き刺さる。
それは刃先であった。丁度、トリクラウドさんが手にしていた得物の刃先。
だがそれに構わずそのまま振り上げた剣の刃先をトリクラウドさんの首筋に添えてやる。
その際、失意の感情を向けてやる事も忘れない。
「……ま、そりゃそうですよね」
そもそも、子供の玩具のような剣でメセルディアの家宝とされていた剣による一撃を防げる筈がないのだ。舐めすぎにも程があるだろう。
とはいえ。
「……あ」
ボコボコのけちょんけちょんにしようと思ってたのに、早速剣を折ってしまったではないか。
これではボコボコに出来ないじゃん。
私は一瞬前の過去を盛大に後悔した。
折るとしてももう少し粘るべきだった、と。
けれど、これに関しては私は悪くない。
折ろうと思って折れるような柔な剣が悪いのだ。私は断じて悪くない。
しかし、である。
「えっ、と、トリクラウド卿の剣がどうやら不良品だったようですね。どなたか代わりとなる剣を貸して差し上げては頂けませんか?」
そう言って私は視線を向ける。
言わずもがな、トリクラウドさんが連れてきていた取り巻き共に、である。
いち、に、さんと声に出して数え、八人いる事を確認。しめて計八本の剣である。良かったと私は安堵の息をもらした。
だが、どうしてか彼らはギョッとした表情で口ごもる。そしてこの鬼畜! と言わんばかりの視線がやって来ていた。
いやいやいや。
ダメでしょそれは。
あれだけ大口や暴言を叩いておいてお咎めなしはダメに決まってる。少なくとも私は許さない。
そのひん曲がった思考をズタズタにしてやらないと気が済まない。
「どなたか、トリクラウド卿に剣を貸して差し上げてはくれませんか?」
「……い、や、その」
「どなたか、トリクラウド卿に剣を貸して差し上げてはくれませんか?」
「で、ですから」
「どなたか————」
その時だった。
ずずず、と何かがずれ落ちるような音が周囲に響き、私の言葉を遮った。
程なくして、ずしん、と地響きのような音に変わる。音の原因はトリクラウドさんの後ろに生えていた木が折れた事で生まれたもの。
どうにも先の一撃。
その剣風か何かでぽっきりと折れてしまっていたらしい。まぁ、よくある事だ。たぶん。
「どなたか————」
「そ、それは、」
「————いいからさっさと貸せよ」
「すみませんでした……!!」
ドスの効いた声で言ってやると謝罪と共に剣が差し出された。
初めからこうすれば良かった。








