起きたら推し
わたしは眠っていた。
不思議とそのことがわかる。意識が有るようなのに、瞼を固く閉じたまま身体も動かせないでいる。
(体の中が、からっぽだ……魔力を使いすぎたということなのかな)
巡る魔力を感じられないでいるわたしは、ただ目を閉じたまま、じっと横になっている。
時折、ふわりとした感触があり、身体が宙に浮くような感覚があった。心地よい魔力がわたしを包み込む。その温かさに安心して身を委ねていると、本当に眠くなってきた。
「……セシリア」
(はい、ここにいます)
もちろん口は動かせない。声を発することが出来ないまま、わたしは心の中で返事をした。
ゆらゆらと揺れる思考の中、だんだんと意識が薄れてゆく。
――今度こそ本当に眠ってしまう。
そう思ったときには、もうすっかり意識をなくしていた。
◇◇◇◇◇
ぐう、とお腹が鳴った。
お腹と背中がくっつくほどの激しい空腹感に襲われたわたしは、カッと目を開いた。
「……ここ、どこ」
手足にも感覚が戻り、ふにゃふにゃながらなんとか身体を起こす。
身につけているワンピースは見覚えのない淡い色合いのもので、見渡せば知らない部屋の中にいる。
必要最小限の調度品と、このベッド。
それだけだ。
「ええと……? 誰かいませんか……?」
とにかくお腹がペコペコだ。わたしはお腹をさすりながらベッドから降りようと試みた。
「……っ!?」
しっかりと両足をついたつもりだったのに、自らの体重を支えきれずにそのままその場に座り込んでしまう。
自分に起こったことが信じられず、わたしは目を白黒としてしまった。
「……大丈夫ですか?」
扉の外から遠慮がちな声が聞こえてきて、わたしの心臓は祭りのように激しく騒ぎ出した。
その声が。
だってだってその声が。
「ええ……? どうしてヴァンス先生の声が聞こえてくるの……?」
最推しのヴァンス先生のものだったから。
「開けますよ」
「えっ、あのっ、えっ」
間もなく扉が開き、本当にヴァンス先生が出てきた。学校にいる時とはどこか雰囲気が違っているように思える。
(待って待って、心臓が破裂する……っ)
どこか気だるい雰囲気の先生が徐々に近づいて来て、わたしは床に這いつくばったまま胸を押さえた。
息が苦しい。死因になりそう。
先生が一番近づいてきた瞬間、わたしは思わずぎゅっと瞼をとじてしまう。でもそれも、ほんの少しの時間だった。
「大丈夫ですか」
「ひゃ……」
わたしは先生に、ひょいと抱えあげられた。
夢にまで見たお姫さま抱っこである。
驚きで目を開ければ、ヴァンス先生のご尊顔が目の前にあって、心の中で全インド人が歌い踊り始めました。
(かっ……こいい! 最高の眺め!)
口元を両手で押さえて、変な声が漏れないように自分を律することが出来たのは我ながらえらいと思う。
ヴァンス先生は変なものを見るような目をしているが、その赤い瞳も、黒髪も、とっても素敵で――
おや?
わたしは異変にようやく気が付いた。
ヴァンス先生の声、ヴァンス先生の顔。ここにいるのは間違いなくヴァンス先生だ。
その髪色と瞳の色さえ違っていれば。
「ひとまず、ベッドに下ろします。一週間近く眠っていたのですから、身体はうまく動かないでしょう」
「一週間……、いえ、そんなことより、ヴァンス先生ですよね……?」
夢か現か分からないけれど、わたしは思いきってそう切り出した。
わたしの目の前にいるヴァンス先生は、悪役そのままの姿でそこにいたのだ。
「ああ」
短く返事をすると、先生はそのままわたしをとさりとベッドの上に戻した。
お姫さま抱っこに最高に色気のある黒髪姿、いつもだったら目もくらむほどに即発光していただろうに、わたしは淡く光るだけだ。
「……まだ枯渇しているな。少し待っていなさい」
わたしの様子を一瞥すると、先生はくるりと踵を返す。
「あ、あの……きゃあ!」
どこへ行くのかと思って思わず手を伸ばそうとして、またバランスを崩してベッドから落ちそうになる。
力がないことを忘れていた。
上体から落ちることを想定してきつく瞼を閉じたわたしだったが、痛みはなかなか襲ってこない。
それどころか、ぷにぷにとした感触すらある。
そっと目を開ければ、黒くて大きなクッションのようなものにわたしの身体は包まれていた。
人をダメにするタイプのあのクッションだ。
これがなんなのかまるで分からないが、とても柔らかで気持ちがいい。
「君は大人しく寝ていること。食事を運んでくるだけだ。いいね、セシリア」
ヴァンス先生にそう告げられて、わたしは「ひゃい」と変な返事をした。
遅くなりましたー!!!




