決意の聖女
先生に焦げたクッキーを食べさせてしまうというイベントを終えてから数日後。
「あ……!?」
寝起き早々、私はとてつもなく焦っていた。
あの羽根ペンが。
先生にもらった大切な大切な羽根ペンが。ケースに入れていたはずの尊さの塊のあの羽根ペンが(しつこい)、枕元で粉々になっていたのだ。しかもケースごと。
「なに……? 怪力なの、聖女って」
私は思わず自分の両手をじっと見つめる。
寝相が悪かった、で片付けるにはあまりにも豪腕が過ぎる。
全然そんな風に力を込めたつもりはなく、日課となった先生語りをしながら眠りについていただけだというのに。
末代まで未来永劫保存しようと思っていた矢先の出来事に、さすがの私もショックが隠しきれない。
(ランドストレームくん、私の羽根ペンをもう一回燃やしてくれないかな……ってダメダメ、先生のご厚意をそんな風に思うなんて)
ぶんぶんと頭を振った私は、とりあえず、本当に豆粒のように粉々になってしまっているケースと羽根ペンをかき集めて、泣きながら掃除をした。
せっかく頂いたペンをダメにしてしまったことを考えると、先生に会うのも気が重くなる。
(次の魔法学の授業は明日。先生はこれからしばらく実技って言ってたから、座学で羽根ペンを見咎められることはないかな……?)
そんなことを考えながら、私は先生と今後の展開について思いを馳せることにした。
ベッドの上に寝転がり、ゆっくりと瞳を閉じる。
思い浮かべたいのは、小説の最後。エンディングの部分だ。
『済世の聖女』で最後に明かされるのは先生が黒幕であったこと。それとは別に、なぜ先生がこの世を憎んで王家に復讐をしようとしたかが描かれている。
「えーっと、確か……先生の力がぐんと強くなるのはこれから……? 王家の血筋だから元々魔力量が多くて、だからこそ最強のラスボスなんだけど……」
なにかがあったはずなのだ。
◆◆◆
…………
……
『そんな……私がもっと早く知っていたら……』
ヴァンスを討ってから暫くして、明るみになった事実を知ってセシリアは衝撃を受けていた。
彼もまた、王家の転覆を企む貴族によって利用されていたのだ。
嘆くセシリアの元に、ゆっくりと王子バレリオが近づいてくる。
彼もまた元婚約者だった令嬢を亡くしたばかりで、沈痛の面持ちのままセシリアの肩を優しく掴んだ。
『……君は悪くない。対話をしようとしなかったのは、先生の方だ』
『バレリオ様、でも、でも……っ』
『泣かないで、セシリア。君は涙までも美しいけれど、僕は君が悲しむ所を見たくない』
『あっ……』
バレリオはセシリアの身体を優しく抱き締めた。その抱擁はとても温かで、失意にくれるセシリアをそっと包み込む。
『セシリア……僕だけの聖女……』
『バレリオ様……』
陽光が差し込む王子の執務室の一角で、二人はゆっくりと見つめあう。
それからどちらともなく顔が近づいて――
◆◆◆
「うわああああっ! やめやめ、ストップ!」
最後の挿絵のシーンまでしっかりと思い出してしまった私は、慌てて目を見開いた。
(そうそう、最後は王子様とのキスシーンだった! 回想やめ!)
大切なのはそこではない。
"明るみになった事実"の方だ。
先ほどのキスシーンは記憶から抹消する。
「先生が王家に協力していたのは……お母さんの病が原因だったんだよね」
教員を演じるヴァンスの元に来た王家からの命令は、聖女セシリアを監視すること。
王家を嫌う先生がその命に従ったのは、母親の病を治す鍵が聖女にあると言われていたからだ。
通常の医療では手の施しようのないほど悪化した病は、聖女のみが治せると言葉巧みに王家は先生を駒のように使う。
そしてもちろんその約束は守られず、母親は儚くなってしまい――自暴自棄になってしまった先生に、貴族派が囁くのだ。
『共に復讐を果たそう』と。
「……それで結局、先生は闇の力に手を出して、ラスボスに……って、ちょっと待って」
私はとあることに気が付いた。
先生はもうすでに、王家からの命令を受けて動いているはずだ。
母親の死はもう少し先。
そうであれば、私の力で何とかすることが出来るのではないだろうか。
小説のセシリアは、最後までずっと知らなかった。でも、私はこれから起きることを知っている。
「まずは、先生のお母さまを助けなくちゃ!」
固く拳を握り締めて、私はそう決意する。
先生を幸せにするため、頑張らなくては。




