心臓編・32『セーラー服を着た幼女』
そういえば、サーヤが仲間になってから宿はひとり部屋になることができた。
もともと借りてた部屋はサーヤに入ってもらい、俺は新しくひとり部屋を借りたのだ。
ひとつグレードが落ちる部屋だったが、ベッドの寝心地もいいし実家の部屋よりはよほど広い。
ひとりになって寂しい想いをしてるんじゃないかと枕を持って押しかけてくるエルニとサーヤにも、プニスケという鉄壁の口実もできてガードは完璧。プニスケは陽が沈むとすぐに寝て起こすまでぐっすりな健康生活で、安眠を妨害されることはなかった。
朝の寝覚めもいい。
「おはよールルク。プニスケとロズさんは?」
「おはよう。プニスケは部屋で、師匠も今朝は見てないな」
宿のレストランの、もはや指定席になっている一角に座って紅茶を飲んでいたらサーヤが起きてきた。
ゆるっとした寝間着に眠そうな顔。髪もセットする前なのか寝癖がたくさんついている。
「エルニは?」
「まだ寝てるわ。昨日もそうだったんだけど、起こしても起きないのよね~あの子」
「夢で羊でも数えてるんだろ」
朝に弱い羊幼女はいつも通りだ。
「ねえルルク、髪とかして~」
「はいはい」
櫛を取り出して、膝の上に座ってくるサーヤ。
まったく。中身のせいで大人びてるとは思っても、まだまだ子どもらしいところもあるな。
寝癖が落ち着くまで髪をとかしてやる。気持ちよさそうに目を細めていたサーヤだったが、ハッとしたように振り返った。
ちょっと頬が膨らんでいた。
「むむ。なんか手馴れてない?」
「昔は妹にしてあげてたからな。ここのところはエルニにも」
「ルルクって妹いたの?」
「ああ。リリスって言って、お兄ちゃんっ子だったな」
もう4年近く会ってないから、いまはどうなっているかわからないけど。
ストアニア王国にいたときに何回か実家あてに手紙を出したんだけど、返事は来なかったからどうなっているかはわからない。そもそもリリスまで届いていたのかも不明だしな。
「そっか。そういえばルルクの出身ってどこだっけ? ストアニア?」
「いや、マタイサだよ。ムーテランって言ってダンジョンがあるとこ」
「そうなんだ! いずれちゃんとご両親に挨拶しに行かないとね!」
「なんでだよ。ああでもサーヤと同じで母親はもう亡くなってるから、挨拶するとしても父親だけになるぞ」
「そ、そうなんだ……ルルク、つらくなかった?」
ポスン、と後頭部を胸に当てて見上げてくる。優しい目をしていた。
俺はサーヤの髪を撫でながら肩をすくめた。
「それがさ、俺こっちの世界に来たのってこの体が5歳のときなんだよ。元々のルルクが病気で死んで、その代わりに俺が乗り移って生き返った感じなんだよな。ルルクの母親が死んだのがルルクが生まれた直後らしくて、そもそも俺は知らないんだよなぁ」
「そんなことってあるんだ……じゃあ、途中からルルクになったんだね」
「ああ。だから慣れるまでちょっと時間がかかったし、慣れてからもちょっと自分のことが他人っぽく思うときもあるんだよな」
自分はルルクのはずなのに、ルルクは他人だから。
妙に冷めた目で自分を見ているときがあると自覚していた。
「そっか。でもルルクはもうルルクでしょ。七色楽じゃなくてルルクなんだから、あなたがこの世界で考えて行動したことはぜんぶあなた自身が選んだものよ。ロズさんだってエルニネールだって、もちろん私だってあなたがルルクだからそばにいるのよ。だから、そんな寂しそうな顔しないでよね」
「え。俺そんな顔してる?」
「うん。ほら、笑って笑って」
サーヤが向かい合うように体勢を変えて、両手で頬を挟んでくる。
ムニムニと顔で遊ばれる。
けどまあ、気を遣ってくれたみたいだな。
「ふぁふぃふぁふぉう」
「いいのよ。あ、でもお礼したいって言うならどうぞ! ん~」
目を閉じて唇を近づけてきたサーヤ。
調子に乗るな。
額にチョップをお見舞いしてやった。
「あいだっ! ちょっと、ひどくない?」
「油断も隙もないな」
「いいじゃない! 1回も2回も変わらないでしょ!」
「もっと自分を大切にしなさい」
まだ嫁入り前なんだからな。
しかもこんな公共の場でなんて、自分が子爵令嬢ってこと忘れてるだろ。
「む~ファーストキス奪ったくせに~」
「奪ってきたのはそっちだろ」
「あれそうだったっけ~サーヤわかんない!」
「はいはい。どうでもいいけどそろそろ注文しろよ。店員さん待ってるぞ」
「わかってるもん。あ、でもちょっとまって。ってことは私、ルルクのファーストキスもらっちゃったってこと? きゃ~っ!」
嬉しそうにクネクネしてるサーヤだった。
……うん、アレが初めてじゃなかったことは黙っておこう。
わざわざ藪をつつく趣味はないのでね。
そのあとサーヤはお肉がたくさん入ったパスタもどきと果実水を注文して、食事にありついていた。
ロズが顔を出したのはそれから少ししてからのこと。
ちょうどサーヤが食事を終えた頃に、レストランに姿を見せた。
「おはよ、ふたりとも」
「おはようございます師匠」
「ロズさんおはよー」
「サーヤ、今日も出かけるわよ。ついでに街の外でできるクエストでも受けて来なさい」
「え~また外に出るの? 座学がいいな」
「座学でできることは外でできるけど、外でできることは座学ではできないの。いいからさっさと準備する」
「……はーい」
渋々、と言った感じで離席したサーヤだった。
店員が食器を片付けていくのを横目に、立ったままのロズに問いかける。
「師匠はまたサーヤの特訓ですね。情報屋には?」
「これからよ。ルルクは今日はどうするの?」
「まだ決めてません。でも、今日は服を買いに行こうかと思いまして」
「あら珍しいわね。どうしたのよ」
かなり物珍しそうな目をされた。
まあ、普段は冒険者っぽければなんでもいいと思ってるし言ってし着てるからな。
ただ今回は特別だ。
「明後日に慰労会がありますからね。冒険者として呼ばれてますしわざわざドレスコードする気はありませんが、この服も買ってしばらく経ちますから、せっかくなら新しい綺麗な服で行こうかと」
このサイズを買ってからもう一年近くになる。毎日洗濯してるとはいえ、襟も袖もヨレヨレだ。外で活動するにはいいが、貴族たちのパーティとあらばちょっとみすぼらしい。
成長期も見越して、もう少しだけ大きめの服を買っておこう。
ついでにエルニの服も新調しようと思っていた。
「そう。じゃあエルニネールとデートね。行ってらっしゃい」
「師匠も、あまりサーヤをいじめないでくださいよ」
ロズは片手を上げるだけで断言はしなかった。
サーヤ、がんばれよ……。
紅茶を飲みほした俺も席を立ち、エルニを起こしに向かうのだった。
エルニと作戦会議をおこない、慰労会に来ていく服はちょっと趣向を変えてみようという話になった。
もちろん冒険者としての服(エルニは可愛い服)というコンセプトを変える気はなく、デザインチェンジという意味なんだけど。
ただし冒険者活動に支障がでるといけないから、とりあえず一着だけ試しに買ってみようという話に落ち着いた。
そういうわけでこの街にひとつしかないという冒険者も御用達の装備・服屋にやってきたわけで。
この前サーヤを連れてきたから、ある程度は憶えているなかで色々と物色していたところ、新作入荷という札が下がったとある服を見つけてしまった。
「こ、これは……セーラー服!?」
白い線の入った大きな襟、胸元の派手なリボン、ヘソ下くらいまでの短めの丈、スカートは縦に長い折り目つきのデザイン。
間違いなくセーラー服だった。しかも現代風のオシャレなやつ。
もちろん見覚えのある化学繊維の素材ではなく、この国では高級品である絹製だ。
俺が驚いていると店員がそそくさと寄ってきて、この服はいまマグー帝国の貴族たちの子どもが好んで着ている流行りものだということだった。この街にも貴族はそれなりに住んでいるから、一着だけ買い付けたんだという。
マグー帝国か。サーヤに次ぐ日本人がいる可能性が高いな。
いずれ行かなければ。
「すみません、じゃあこちら服をこの子に合わせて仕立て直してもらっていいですか?」
「はい! よろこんで!」
まあそりゃ買うよね。
慰労会のエルニの正装はこれで決まりだな。
俺は採寸前のエルニに認識阻害をかけた腕輪を渡しておいて、ローブを預かっておいた。店員とともに試着室に消えていく幼女を見送って、今度は自分の分を見繕っていく。
デザイン違いかあ。いつもはシャツとズボンに革の鎧っていうめちゃくちゃ駆け出し冒険者っぽいだしな。Bランクにもなったし、もうちょっと強そうな恰好したほうがいいのか?
でも耐魔術特化のユニコーンマントと耐物理特化のグリフォン鎧を着てるせいで、Bランク魔物くらいの攻撃ならほとんどダメージないしなぁ。
やっぱここはデザイン重視でカッコいいのにしよう。
色々見たうえで俺が決めたのは、黒地の襟シャツに薄手の灰色のベスト、髪と同じブラウンのズボンだ。
ベストは皮鎧の上に羽織って、マントを脱いでも見た目がゴテゴテしないようにした。
選んでいるときは、最高にカッコいいセンスだと自画自賛していたが……うん。実際に着て鏡を見て思った。冒険者ギルドに行けば数人は見かけるようなド安定の服装でしたね。
いいんだよ。前世でも親が送ってきた詳細不明の民族衣装を気にせず着てたくらいなんだし。
「お客様、お嬢様のお召替えが終わりましたよ」
おっと、もうできたのか。
店員に呼ばれて試着室に向かった。
布の向こうから出てきたのは、セーラー服を見事に着こなしたエルニ。ふわふわの白い髪に、紺色の大きな襟がよく映える。リボンもエルニが好きな緑にしてもらったようで、とても可愛い仕上がりになっている。スカートの丈もエルニ好みに短くしてもらって動きやすそうだ。
「ん……ルルク、どう?」
「似合ってるよ。この服はエルニのために作られたんじゃないかっていうくらい、世界一可愛い」
「んあっ」
魂に刻まれた貴族スキルが発動した。
いまやどんな魔物相手にも動じないはずのエルニは、顔を真っ赤にして試着室に戻ってしまった。
世界一はさすがに大袈裟すぎて恥ずかしかったのか?
まあいいや。
「ではこっちの服と合わせてお会計をお願いします」
「かしこまりました。ありがとうございます」
セーラー服は絹製で高級品だということもありそれなりに値段は張ったけど、まあエルニの正装代だと思えば悪くないだろう。
物欲はあまりないけど、たまには自分で買い物するのも悪くないな。
満足のいく買い物ができた俺だった。
その日の夜、エルニにセーラー服をドヤ顔自慢されたサーヤにもの凄い勢いで駄々をこねられてしまうことを、俺はこの時はまだ知らなかった。




