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空の妖精  作者: 道豚
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HIROMI


「お姉さん。 さあドーンと計ってもらいましょう」

 ランジェリーショップに入るや否や樫内が店員の前で胸を突き出している。

「……は、はい……」

 店員はその勢いに押されて頷きながら、その後ろにいる博美にぎこちない笑顔を向けた。

「えーっと、すみません。 友達に言ったら、私も計ってもらうんだって……」

 博美は苦笑いだ。

「秋本さんは私より小さかった筈よ。 それがBなら私もB以上じゃなくちゃおかしいじゃない」

 樫内は店員に体当たりをしそうなほど近づき、今にも胸で突き飛ばしそうになっている。

「わ、わ、分かりましたから… 落ち着いてください」

 店員が涙目になりながら樫内の肩を押さえて距離をとった。

「そ、それではお計りいたしますので、此方へどうぞ」

 そして奥の試着室に歩いていった。




「納得いかないわ。 なんで私がAなのよ」

 ランジェリーショップを出てスポーツ用品のある4階にむかう間、樫内は博美に「ぐちぐち」と訴え続けていた。

「おかしいでしょ。 だって中学校に入った頃から大きくなりだしたのよ。 4年も掛かって10センチしか育たないなんて。 きっと計り方がおかしいのよ」

 そんなことは無い。樫内が納得しないので、店員は何度も計ったのだ。それこそ背中やお腹から肉をブラに集めて頑張ってくれたのだ。もっともアスリートの樫内には贅肉が殆ど無くて、あまり効果は無かったようだが。

「でもBのブラは買ったんだよね」

 博美が樫内の下げている袋を見る。中にはブラとパッドが入っているはずだ。

「そうよ、ここで秋本さんに置いていかれては困るの。 並んだときに差がつくじゃない」

「私は気にしないよ?」

「私が気にするの! 篠宮さんの視線をこっちに向けさせたいの」

「篠宮さんって、そんな下衆な人じゃないと思うけど」

「いーや、男っていうのはそういう生き物なのよ。 あの加藤君だってそうよ。 秋本さんって警戒心が無いから…… 気をつけなさいよ、いつか襲われるわよ。 でも… 篠宮さんにだったら襲われてもいいかも……」

「樫内さん、篠宮さんを襲わないでね」

 博美が樫内から少し離れる。

「うふふ、大丈夫よ。 今はその時じゃないわ」

 樫内は黒い笑みを浮かべていた。




 二人はエスカレーターを乗り継いで4階にやって来た。春に博美が来た時と違いフロアー内は水着売り場が中央に出来ていて、そのカラフルな色により華やいだ雰囲気になっている。当然それぞれのテナントにも水着が置かれているので、此処は一足先に夏になったようだ。

「ねえねえ、樫内さん。 何処で買うの? テニスウェアーを買った所?」

 きょろきょろと周りを見ながら、隣を歩く樫内に尋ねる。

「いーえ、あそこはテニスには強いけど水着なんかは不得意よ」

 かぶりを振って樫内が否定した。

「所詮、私たちにとっては年に数回着るだけの物なんだから、特設売り場で十分よ」

 お嬢様然としているが樫内は堅実だった。




 臨時に作られた特設売り場と言ってもシーズン初頭という事もあり、スペースも広く品揃えは十分だった。

「(うーん… いっぱい有りすぎて迷うなー)」

 取り合えず夫々に探そうと、博美は樫内と分かれてうろうろ彷徨っていた。

「(でもなー やっぱりビキニってちょっとカラフルなブラとパンツだよな)」

 博美が居るのはビキニが下がっているコーナーだ。樫内からビキニを買うことを厳命されて仕方なく探している。

「(あっ、これ…… 上にタンクトップを着るんだ。 これならブラが見えない。 ショートパンツも付いてるし…)」

 マネキンの着てる水着は、ぱっと見にはやや露出が多いが、街中でもどうやら問題ないようなデザインだ。

「秋本さん、良いのが見つかった?」

 樫内が籠を下げてやって来た。

「うん。 これなんかはどう?」

 博美がマネキンを指差す。

「これ? どれどれ……」

 樫内はマネキンの着ているタンクトップを捲ったり、ショートパンツを下げたり、まるでセクハラをする様に調べだした。

「うーん。 ビキニ初心者の秋本さんには良いかも。 ショートパンツを脱げばビキニだしね」

「んじゃ、これにする。 樫内さんは決めたの?」

 博美が樫内の持ってる籠を覗き込んだ。

「決めたわ。 黒のビキニよ。 これで篠宮さんのハートを掴むのよ…」

 再び樫内の目が怪しく光った。

「え、えっと。 水着って試着しないの?」

 樫内の暴走を止めようと、レインボーカラーの水着を持って博美が尋ねる。

「んっ? 出来るわよ。 でも下着の上からね」

 妄想から帰った樫内が答えた。




「わー、いっぱい有るー」

「ほんと、ほんと。 今年は早く来て良かったね!」

 博美と樫内が試着室に行こうとしたとき、女の子が二人、賑やかに喋りながらやって来た。

「あっ! 秋本さん」

 その内の一人が博美を見て名前を呼んだ。

「はい…… えっとー」

 いきなりの事で博美が驚いていたが、

「麻由美です。 加藤麻由美。 しばらくぶりです。 お兄ちゃんがお世話になってます」

 以前ショッピングセンターで会った加藤の妹だった。

「あっ! ごめんなさい。 そうそう、麻由美ちゃんだ。 久しぶりー、元気だった?」

 すぐ側までやって来た麻由美の顔を見て博美が言う。

「はい。 秋本さんも元気そうですね。 でも、お兄ちゃんは一緒じゃ無かったんですねー じゃ、本当にラジコンに行ったんだ」

 麻由美が「うんうん」と首を縦に振った。

「んっ? どういう事?」

 博美が首を傾げる。

「あっ! 大した事じゃ無いんです。 ラジコンに行くって言ったけど、本当はデートなんだろうって母と話をしてたんです」

 手を顔の前で振りながら麻由美が説明をした。

「ねえ、まゆー。 この人… モデルのHIROMIじゃない?」

 麻由美と一緒に来たが後ろから小声で聞いてくる。

「ちょっとー みのり、失礼だよ」

 麻由美が振り返って嗜めた。

「そうよ。 よく知ってるわね」

 それを聞きつけて樫内が割り込んでくる。

「ちょっと、樫内さん。 それ何?」

 三人の話に博美は付いていけない。




「えーっと、つまり僕がHIROMIって名前のモデルだってこと?」

 三人がいっぺんに説明をしようとした為、危うく話が「発散」しそうになったが、なんとか博美は理解できた。

「そうそう。やっと理解できた?」

 樫内が抱きつこうと両手を広げて博美に迫る。

「でも、なんでそんな事になったのかな?」

 樫内の腕を押さえながら博美が聞いた。

「以前から無料情報誌に写真が載ってるじゃないですか。 凄い美人だけど秘密のベールに包まれてるって有名になってたんです。 それが先月だったかな? ラジコン雑誌の表紙になったでしょ。 誰かが雑誌社に訪ねたらしいんです。 そしたら名前だけ分かった、HIROMIだってネット上に書き込まれたんです」

 二人の攻防を不思議そうに見ながら麻由美が説明をする。

「それじゃ、本物のHIROMIさんなんですね! わー! すごい、すごい。 あの… 握手していいです?」

 麻由美と一緒に来た美野里みのりが博美の手を握った。

「あっ! 樫内さん、抱きつかないで」

 片手の自由を失った博美は攻防に敗れ、樫内に抱き付かれてしまった。

「あのっ… 私って不味い事しました?」

 突然の事態に美野里が驚いている。

「あ、美野里ちゃんは悪くないよ。 これは樫内さんの病気だから」

 体の自由を失いながらも博美は美野里に笑顔を向けた。

「あー 久しぶりの僕っ子だわー」

 樫内は恍惚の表情で博美に抱きついていた。




「秋本さん、もう着た?」

 目を輝かせた麻由美と美野里を後ろに引き連れて、樫内がカーテンの外から声を掛ける。

「うんー 着たけどさ、私って今、生理用ショーツなんだよね。 ショーツがはみ出しちゃって変なんだ」

 試着室の鏡に映った自分の姿を見て、困ったように博美が答える。

「それは仕方が無いから… 見せて!」

 言うが早いか、樫内がカーテンを引き開ける。

「だ、だめー まだタンクトップもショートパンツも着てない!」

 大急ぎで博美がカーテンを押さえた。しかし慌てたため、下側を押さえられただけで、ウエストから上は衆人の下にさらけ出されてしまった。

「わふー」

「やったー」

 周りからシャッターの音が響き渡る。無理も無い、カーテンで隠されているお陰で下半身に何も着ていない様に想像されるポーズになっているのだ。

「素敵ー やっぱりモデルって違うわねー」

 美野里がうっとりと今写した写真をスマホの画面で見ている。

「ちょっとみのり。 勝手にモデルを写真に撮っちゃいけないのよ」

「えっ! そうなの? ごめんなさい。 知らなくて…」

 麻由美に言われて美野里の声が小さくなった。

「べ、別にいいのよ。 美野里ちゃん、気にしないで。 でも人に見せるのは止めてね」

 再びカーテンに隠れた博美が声を掛ける。

「そうよ、秋本さんはプロじゃないから、細かいことは言わないわよ。 でもネットに上げたり、人に見せるのは駄目ね」

 スマホで写真を確認しながら樫内が言った。

「えー 撮っても良かったんだ。 残念。 ねえその写真私にちょうだい」

 麻由美が美野里に強請る。

「良いんですか?」

 美野里は博美に聞いた。

「うーん。 麻由美ちゃんなら良いかな?」

 どうせ見られたんだし、と博美が答える。

「それじゃ、すぐ送るわね」

 美野里は慣れた手つきでメールを送った。

「ありがとう」

 麻由美も写真を手に入れたようだ。




 高専の近くにあるラジコンの飛行場で加藤は博美から借りている「アラジン」を飛ばしていた。エンジン機を飛ばし始めて間が無いにしては上手く飛んでいるのだが、博美のフライトを見ている加藤としては満足していない。

「加藤君。 調子よく飛んでるね。 それ博美ちゃんのだろ」

 着陸した「アラジン」を回収してくる加藤に小松が声を掛けた。

「ええ、そうです。 調子も良いですよ。 流石は妖精の秋本の作った機体です。 っとメール?」

 「アラジン」をピットに置いた時、工具箱の上に置いてあったスマホが光っているのに加藤は気が付いた。

「んっ? 麻由美から? 珍しい。 添付ファイルを見ろって… ってえーー」

 送られてきた写真を開いた途端、加藤はスマホを裏返した。

「麻由美の奴… なんて写真を送ってくるんだ!」

 それは下半身はカーテンを巻きつけただけ、上半身はレインボーカラーのブラだけの博美だった。





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